掲載情報|Vol.85 誰かを支えるためにマーケティングの力を全力で使う キャリアアップナビ
第一線のマーケター・クリエイターが明かす、キャリアアップの奥義。今回は、スヴェンソンでメンズ事業部 マーケティング部マネージャーを務める北島寛之さんにこれまでのキャリアについて伺いました。良い転職は、良質な情報を入手することから始まります。「こんなはずではなかったのに…」とならないための、転職情報をお届けします!
マスメディアン荒川が取材をした「キャリアアップナビ」記事が、宣伝会議「AdverTimes.」に掲載されました。
──学生時代、なぜ広告の仕事を志したのですか?
学生時代の私は、「意識高く勉強するタイプ」ではなくて…。法学部に在籍していたものの、音楽や古着屋巡りなど、カルチャーに浸る時間のほうが長かったと思います。広告界を志したのは、『宣伝会議』がきっかけでした。広告をカルチャーのひとつとして楽しみ、「こんな世界で働けたらおもしろいだろうな」とワクワクしたことを覚えています。
新卒で入ったのは社員30名ほどの小さな制作会社。大手広告会社と組んでナショナルクライアントの案件を担当し、イベントや店頭プロモーションなど幅広い仕事を任せてもらいました。華やかに見えた世界は、実際には泥臭い段取りや推進力が必要。そのギャップに戸惑いましたが、自分の手掛けた仕事がテレビや新聞で紹介されると、苦労が報われた気持ちになりました。
──その会社が突然事業縮小をした?
はい。1年半勤めたときでした。その後は、不動産業界の企業に在籍しつつ、新事業のような形で広告の仕事を続けました。制作の実務は前職でお世話になったデザイナーやコピーライターにお願いし、私は営業と企画に専念。ひとりで1日100本の営業電話をかけ、制作の段取りに追われる日々。当時は、若さと、信頼できる仲間たちに助けられていましたが、正直、綱渡りの毎日でした。とにかく目の前の仕事に食らいつくしかありません。
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学生時代の私は、「意識高く勉強するタイプ」ではなくて…。法学部に在籍していたものの、音楽や古着屋巡りなど、カルチャーに浸る時間のほうが長かったと思います。広告界を志したのは、『宣伝会議』がきっかけでした。広告をカルチャーのひとつとして楽しみ、「こんな世界で働けたらおもしろいだろうな」とワクワクしたことを覚えています。
新卒で入ったのは社員30名ほどの小さな制作会社。大手広告会社と組んでナショナルクライアントの案件を担当し、イベントや店頭プロモーションなど幅広い仕事を任せてもらいました。華やかに見えた世界は、実際には泥臭い段取りや推進力が必要。そのギャップに戸惑いましたが、自分の手掛けた仕事がテレビや新聞で紹介されると、苦労が報われた気持ちになりました。
──その会社が突然事業縮小をした?
はい。1年半勤めたときでした。その後は、不動産業界の企業に在籍しつつ、新事業のような形で広告の仕事を続けました。制作の実務は前職でお世話になったデザイナーやコピーライターにお願いし、私は営業と企画に専念。ひとりで1日100本の営業電話をかけ、制作の段取りに追われる日々。当時は、若さと、信頼できる仲間たちに助けられていましたが、正直、綱渡りの毎日でした。とにかく目の前の仕事に食らいつくしかありません。
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