──今回は、新作の『左ききのエレン』の制作依頼を受けていただきありがとうございます。まずは、かっぴーさんの経歴からお聞きします。美大を出て、東急エージェンシーのデザイナーになられたそうで、元々ずっと広告志望だったんですか?
高校2年生の時から広告志望です。自分でも早かったと思います。途中で広告以外も考えたんですけど、結果的に最初の目標に戻りました。小さいときは漫画家になりたかったので、結果的にはどんどん戻っていっていますね(笑)。

──すごいですね! 何年ぐらい広告会社に在籍したんですか?
2009年に入社して、2015年までいたので6年くらいです。入社してから4年間は百貨店の案件のアートディレクター(AD)、その後の2年間はマス案件のデザイナーをやっていました。

──そこからWeb制作会社のカヤックにディレクターとして転職されたんですよね。珍しいキャリアステップかと思いますが、なぜでしょうか? 
辞める直前に宣伝会議のアートディレクター養成講座に通っていたのですが、卒業課題で次点となりました。その際、講師の水野学さんから、デザインではなく企画やアイデアが良いのでプランナー向きかもね、と講評いただきました。元々、高校生の時から話をつくることやアイデアが好きだったのですが、漫画家や映画監督は保証がなくて不安だったので、近しい仕事としてADを目指したんです。美大に進学したのもADになるためだったので、デザインをやりたいかと言われたら微妙でした。だから水野さんに言われたことがすごくしっくりきて、社内でプランナーになれないか探りました。でも、年次でいうとデザイナーからADになるかどうかという人間が、そのキャリアステップを飛び越えてCDになることはできず、社内でキャリアアップしていくにはデザインのスキルが足りないと上長から言われました。デザインの勉強をした結果、デザインではなくプランニングの道に進もうと思ったけどそれができなかった、じゃあデザイン以外の仕事をしようと思ったのが、転職のきっかけです。

──そこからWeb系の会社を目指されたんですね。
他の広告会社に転職してプランナーになろうと思ったらよっぽど実績がないと難しいので、まずWebのプランニングスキルをつけようと思い、カヤックにいきました。

──先のキャリアプランを見据えての転職だったのですね。ではカヤックではどういった案件を担当されていたのでしょうか?
テレビ局や化粧品ブランドなどかなり重い案件をやっていました。思い入れが強いのは、化粧品ブランド。徹夜で朝を迎えることも多く、かなりしんどい案件でしたが、海外でもかなり話題になりました。もちろん即戦力ではなかったので、色々覚えながらやった感じです。
──漫画を描き始めたのは、カヤック在籍時だそうですね。
カヤックには、日報を全社員宛にメールするという文化があり、この人の日報は面白いな、次が楽しみだなと思わせたくて、漫画を描き始めました。それで、Facebookをネタにして一番最初につくった漫画が『フェイスブックポリス 』 です。

──それが社内で話題になって、さらに外で広がっていったんですね。
そうですね。『おしゃれキングビート』や『左ききのエレン』もそのときに書いていたんです。ただ、当時描いた漫画の半分は世の中に出ていないですね。カヤック社員しかわからないという身内ネタも多くて、子どもが描いた漫画をクラスで回しちゃうみたいな感じでした。でもそこから、広告案件としても漫画を描くようになりました。最初はサントリーさんで、『フェイスブックポリス』を連載化した『SNSポリス』  のような、バズ漫画をつくっていました。

──元々プランナーを目指していたとのことですが、独立して漫画家になったのは、どのような心境変化があったのですか?
当初は月いくらの副収入があれば嬉しいと思っていたので、独立するギリギリまで辞める気はなかったです。ただバズ漫画の依頼をコンスタントにいただいていて、3年は保つと思いました。そしてその後はいくらでも再就職できるな、とも考えていました。ただ、『左ききのエレン』を描き始めたら心変わりしてしまって、話をつくる仕事を一生やりたいなと思ってしまったんです。その頃の心境もnoteに書き綴った覚えがあります。

──『「左ききのエレン」は赤字です。』 という記事ですよね。「50%くらいはエレンを描くために脱サラした」と書かれていたので、熱い想いを持って独立されたんだなと一読者として思っていました。
『左ききのエレン』自体、登場人物が本気を出して頑張った結果諦める、という話なので、内容に引っ張られたのもあって、自分もダメだったらそのときに考えればいいやと思うようになりました。そこから徐々に『左ききのエレン』1本に集中するようになり、バズ漫画の広告案件も止めました。今振り返ると、人気が上がらなかったら月収0円だったので、よくエレンだけに絞ったなと。でも、だからこそ今『左ききのエレン』を描かなきゃいけない、描くことで作家になれると直感的に思っていたんです。だから将来が不透明なことを怖いとも思わなかった。もともと自分は計算に細かいタイプですが、真逆なことをやっていましたね(笑)。

──その時に描いているエレンの内容ともリンクしているんですか?
リンクしていますね。作家にならなきゃだめだと思い始めたのはNY編に入る前くらいです。4章の後半くらいで、エレンが「普通の人生が上手くできないのが私は恥ずかしい」と言うセリフがあるのですが、そこと強くリンクしています。ストーリー的にも、エレン自身をあまり描かないというスタンスからの転換で、僕自身も『左ききのエレン』に対する考え方が変わりました。この作品をきちんと描ききらなきゃという強い使命感を持ったタイミングですね。

──その頃はかっぴーさん的には、描いていて楽しかったのでしょうか? どういった心情だったのでしょうか? 
描いていて楽しかったですが、辛くもありました。こんなに面白いのに誰も読んでくれないと、PV数を見て、がっかりしていました。

──そうなんですか!? Twitterのトレンド入りするなど大人気だと思っていました。
トレンドに入るぐらいではまだ誰にも見つかっていないのと同じです。当時も話題作のように扱われることもありましたが、数字が伴っていたのではなく、糸井重里さんや落合陽一さんなど、ひらたくいうとすごい人たちが読んでくれていただけなんです。正直、真剣になればなるほど、なんで誰も読んでないんだと憤っていました。NY編の後半ぐらいに集英社の編集部から連絡があり、『少年ジャンプ+』に描いてほしいと言われたときは復活しましたが、その後2017年に初めて連載を中断してしまいました。いろいろと考えすぎて、自分の中で整理がつかず、ストーリーの方針をどうしたらいいのかわからなくなってしまったんです。休みますとブログに宣言し、一カ月間休みました。その後なんとか再開して、最終回まで描き切りましたが、かなり思い詰めていましたね。実感として、みんなに届いたなと感じたのはちょうどその頃です。最終回までは、誰も読んでくれないと強迫観念を持っていました。

──そんなに思い詰めていたんですね…。一読者としては復活されて嬉しい限りです。では、今の漫画についてお聞きしていきたいと思います。少年ジャンプ+で『左ききのエレン』のリメイク版原作を、そしてマンガトリガーでは『アイとアイザワ』の漫画版原作を、さらにジャンプSQ.では『アントレース』の原作を書かれています。週刊連載1本に月刊連載が2本と大変ではないですか。
作画の人とは比較はできないんですけど、仕事量はそんなに多くないと思います。でもネタを考えるのは大変ですね。

──ですよね。リメイク版の『左ききのエレン』はかなり原作からリライトされていますよね。
そうですね。もう一度やり直すのは、1からつくるよりも大変です。料理とかも、しょっぱくできたスープをそこから美味しくするのは、0からつくるより難しいでしょ? そんな感じです。さらに『左ききのエレン』はすごく時間がかかるんです。原作版でも、セリフの伏線の回収や構図をダブらせることで意味をもたせるなど、いろいろと工夫していました。リメイク版では、こうした伏線や構図を踏襲しつつ、さらにセリフの追加や構図の変更など加えて、複雑にリンクを張り巡らせています。だから、リンクが崩れるとすべてが狂うので、パズルのようで大変でした。 

──相当大変そうですね。さらに新キャラクターまで追加している。
最難関なのがキャラクターを足すことですね。リメイク版は新作をつくるより本当に難しいです。新キャラも物語全体に関わっているので、まだその苦労は続くのですが、そっちのほうが面白いんです。やり直すからには、前を越えないといけないなと奮起しています。

──そんなに大変なリライトをしつつ、もう2つ連載を持っている。けど先日、「週休5日」の宣言をnoteでされていたじゃないですか。現状はどのように働かれているのですか?
実際は週休3日から5日の変動なペースで働いています。週刊連載の『左ききのエレン』だけだと週2日実働で十分なのですが、『アントレース』と『アイとアイザワ』をつくるときに週4日必要になります。それぞれの作品の編集者や作画者は違いますが、面白い環境ですね。
──過去には『アントレース』の作画募集をTwitterで告知してバズらせるなど、SNSで話題化させるために仕掛けることもありますよね。今もそういう広告プランニングのようなことを考えているのですか?
以前は、どうすればRTされるか、シェアされるかを研究していましたが、今はSNSのシェアとか一切気にしてないです。極端にいうと、バズるほど売れなくなるなと。

──どういうことでしょうか?
あくまで自分の仮説なのですが、接触する場所によってコンテンツがチープ化する可能性があると思っています。コンテンツに1日10回接触するとして、テレビCMとポケットティッシュの10回だとまったく違います。媒体のチープさによってコンテンツの価値が変わってしまうんです。僕にとって、TwitterはテレビCMよりポケットティッシュに近いと分析しています。だから、Twitterでバズっても作品がヒットするとは思っていない。話題になることはもちろん良いことですが、作品をヒットさせるためには当たり前のことだけど面白いマンガを書くしかない。  

──なるほど、そういうことだったんですね。まだ先の話になりますが、今の連載が終わったあとにやりたいテーマはありますか?
具体的に言えませんが、今書いているジャンルとは違うものになりそうです。作画も自分でできたらいいなと思いつつも、そうなると1作品しかできないので、まだ決まっていないです。『左ききのエレン』の第2部は描くとは思いますが、まだまだ先になりそうですね。

──漫画以外にやりたいことはありますか? たとえば広告をつくりたいとか、ドラマ脚本などをやりたいとか。
あまりないですね。オファーがあればやるかもしれませんが。広告会社にいた頃は、PVつくりたいとか、映画の広告やりたいとか、山程あったんですけど、今はなにより面白い漫画を描きたいです。

──今回依頼させていただいた20年後の『左ききのエレン2038』も面白かったです! こちらの構想や制作時を振り返ると、いかがでしょう? 
2038年という20年後の未来を想像するのは意外と難しかったです。お題が自由すぎます。なにかしらの商品があって広告にするのは簡単なのですが、マスメディアンの転職サービスを広告するわけではないので、どう描こうか迷いました。あと時代設定も苦労しました。たとえば話の中で、「じき定時だ」「今時残業なんてスマートじゃ…」といったくだりがありますが、“定時”という概念の有無を決めなければなりません。ただ一つの可能性として、僕の考える未来では「広告会社はいつの時代も、変なところはオールドのまま残されている」というイメージを持っていて、定時という概念は変わらずあるんじゃないかなと。その上で、定時に帰れるようになっている。定時が存在しないよりも「昔の人は定時に帰らなかった」という話にした方が現在とつながり、読者のイメージが膨らむことを狙いました。
──面白い想像ですね。今回、「未来」というテーマで依頼しましたが、かっぴーさんが考える「未来のクリエイター像」はありますか? 
クリエイターは全体的に増えるけど、専業が少なくなって、副業が主流になるのではと予想しています。会社でデザイナーをしつつ、個人で本の表紙をつくったり、コピーライターをしつつ有名ツイッタラーでしたといったもうひとつの顔を持つのが普通になってくるんじゃないでしょうか。また才能を持っているけど、それに気づいていない人が、未来ではその才能を見出されやすくなってほしいなと。『左ききのエレン』も才能を題材にした漫画で、多くの天才クリエイターが登場するのですが、特徴的で尖っている人ばかりなんです。なぜかというと、その方が天才だとわかりやすいから。でも、そういう尖ったわかりやすい人だけじゃなくても、必ず才能がある。天才と天才じゃない人の境目は、その才能に気付いているかどうかだけなんです。

──そういった埋もれていた才能が将来的に副業でクリエイターとして活躍することはあるかもしれませんね。
あとは、CDのような職業は残り続けると思います。広告媒体が増えてより一層複雑になり、それに対応するためのスペシャリストは増える。そうなると、それらを束ねるCDが重要になるんです。『左ききのエレン』の朝倉光一も、出るのが早すぎた未来型のCDだと思っています。広告会社のクリエイターは、デザイナーからAD、CDと、スペシャリストを経てキャリアアップしていきますが、それぞれの職種に向いている人は違いますよね。でも、レベル1、2、3と順番に上がっていくようにキャリアップするしかない。天才やスペシャリストの気持ちがわかっていて、人当たりが良くて、スペシャリストになれなかったがゆえにそんな人たちを束ねられる、それらの職能を持った光一のようなCDが生まれてくるのではと思っています。

──スペシャリスト上がりのCDではなく、ゼネラリストなCDがもっといてもいいのでは、ということですね。いろいろなキャリアの積み方が生まれてきそうですね。漫画だけでなくインタビューも対応いただき、ありがとうございました!
SHARE!
  • facebookfacebook
  • twittertwitter
  • lineline