──今回の受賞作には、AIの存在が大きかったという話を聞いて楽しみにしていました。キャリアにおいてもずっと「テクノロジー×クリエイティブ」に関心を持ち続けてきたんですか?
いえ、僕の場合はテクノロジー、AIに限らず、ある領域に全部振り切って仕事をしたことはないかもしれないです。インタレストドリブンで、その時々で興味を持ったものに正直な心でいようとしてきました

若手の頃から、大手クライアントの仕事に軸足を置きながら、ラジオCMに興味を持ったり、デジタルアクティベーションに興味を持ったりしつつ、広告に向き合ってきましたから。振り返ると、本業のクライアントワークはしっかりやる前提で、興味あるものをプラスしていくのが、僕の仕事のスタイルかもしれません。

今はAIに心の底から興味があるから、取り組んでいるという感じですね。

──なるほど。それでは大学時代からのキャリアを聞かせていただけますか。
大学の専攻は理科系でした。なので、広告クリエイティブに関わることは一切しない大学生活を送っていました。やがて就職を意識する時期になりましたが、僕は知らない人に自分の話をするのが嫌で嫌で、とにかく早く就活を終えたいと思っていました。
そんな中でも、自分の論理性に基づいたソリューションが価値になるような企業で働いてみたいなと、広告業界やコンサル業界を受けていきました。社交的ではなく、人前で話すのが苦手な僕でもできるかもと考えたんです。そして、内定をいただけた博報堂にご縁を感じて、2003年に入社を決めました。

──実際に入社してからはどうでしたか。
入社してすぐに、配属先を決めるためのクリエイティブテストがありました。レトリックの技術は全然なかったものの、コピーに関しては視点を評価されて。ただ、同時に視点のベースには論理性がないと駄目だということも感じさせられました。博報堂の「論理性を土台にしながら、クリエイティビティをつくっていく」という広告づくりの考え方が自分には合っているなと、このテストを通して改めて思ったことを覚えています。

──そのテストの結果、CMプラナー職になったんですね。現場はどうでしたか。
最初、15秒CMの企画をいっぱいつくるチームに入れていただいて、さまざまなブランドを扱いながら、とにかくアイデアを出し合うという打ち合わせを行っていたので、すごく勉強になりました。

まだ新人なので、当然企画においてはなんの役にも立てないんですが、先輩たちの企画を見ているとそれぞれ切り口や視点がはっきりしていて、すごいなぁと感動しました。こういう優秀な先輩を追っていけば、自分もいずれ力がつくんじゃないかと、毎日やりがいを持って仕事していましたね。

──やっぱり新人の時のチームは大事ですよね。それからはどんなステップでしたか。
入社4、5年目からは、メインでCM企画をやりながらも、何か自分の武器をつくりたいと思って、ラジオCMに取り組み始めました。最初はiPodにいろんなラジオCMを入れて、24時間ずっと聞きながら勉強して、2008年にようやく、TCC(東京コピーライターズクラブ)の新人賞も取らせていただくことができました。

だから、僕はコピーライターではないんですが、この時期にとにかく言葉と向かい合う修行をしたことで、今につながる基礎力がついた気がします。ラジオCMは台詞やナレーションなど言葉のみの戦いになるので、テレビCM だけでは身につかない台詞回しや時間軸の表現がうまくなったと思います。今回、宣伝会議賞に応募してみて、この徹底的な言葉との向き合い方はラジオCMとも似ているなと懐かしく感じました。

──CM企画だと先輩が何人かいたりしますが、ラジオCMだと企画して形にするまで1人でもできるので、早く力がつく面もありますね。
今はラジオCMをやる若者ももう減っているみたいですが、僕としてはめちゃくちゃ勉強になったと思います。それから次の転機は7年目ぐらい、部署横断のデジタルアクティベーション系のプロジェクトの「スダラボ」に加入したことですね。博報堂がデジタルに力を入れ出した時期で、僕も興味を持って、CM制作を行いながら兼務することにしたんです。

──2010年くらいの、各社がインターネットやデジタルの可能性に注目して本格的に事業化を計っていくころですね。
デジタルに興味がある若者を部署問わず募集していて、僕も手を挙げたんです。クリエイティブディレクターの須田和博さんをリーダーに、5人ほどのメンバーとともに、スダラボが立ち上がりました。スダラボは、クライアント受託ではなく、自分たちで新しい広告のようなものをつくろうという開発型プロジェクトで、いろいろな企画に挑戦できましたね。

例えば、「ライスコード」は、田んぼに描かれた巨大な絵「田んぼアート」をQRコードのように読み取るとECサイトへ飛び、その田んぼで取れたお米を購入できるという、風景を売り場に変えるスマホアプリです。僕も制作に参加し、2014年にカンヌライオンズでブロンズ(2部門でゴールド)を受賞。アジア太平洋広告祭(ADFEST)やスパイクスアジアなど、世界の広告賞でもグランプリやゴールドなど、数々の賞を受賞しました。
「ライスコード」イメージ
「ライスコード」イメージ
同じくスダラボで制作した店頭プロモーション「パニックーポン」では、カンヌのファイナリストをいただきました。これは四方八方からゾンビが襲ってくるというホラームービーを360度動画で観てもらい、体験者の心拍数が上がると割引額も上がるというユニークな施策でした。
「パニックーポン」イメージ
「パニックーポン」イメージ
「パニックーポン」イメージ
「パニックーポン」イメージ
──スダラボでも「インタレストドリブン」な仕事を多く経験されて。インタレストをプラスするというのは、とてもいいワークスタイルかもしれないですね。本業はもちろんきちんとやって、その上に自分の興味を乗せて。
インタレストドリブンで言うと、スダラボのあとは、CM好感度ランキングに興味を持って分析していた時期もありました。クライアントとともに、上位に入るには何が必要なのか、何が大きなファクターなのかを試行錯誤して、カメラワークを引きすぎると好感度が下がるとか、音楽とダンスがシンクロしたCMはやっぱり影響力が強いなとか、そんな映像と音の分析を突っ込んでしていた時期もありました。映画の制作分野の研究に近いかもしれません。

──そろそろ宣伝会議賞の話に移りますが、今回の受賞作と関わりがあるAIにはいつ頃からインタレストを持ち始めましたか。
割と最近でして、2024年の2、3月でしょうか。ChatGPTが日本語でもまともな文章を出力できるようになったころで、だから人よりも少し遅いくらいなんです。

芸人さんが大喜利のお題に対して回答していくテレビ番組がありますよね。トーナメント戦で大喜利王を決めるという企画ですが、大体の人はあんなに瞬発的に面白い答えを思いつくなんでできません。でもふと思いつきでChatGPTに大喜利を答えさせてみたら、僕が考えるより面白い答えがすぐに出たんです。その瞬発力に、そしてアイデアの発想力に、ちょっとポテンシャルを感じたんです。
その後、ChatGPTのプロンプティングの方法を調べていく中で、大喜利の回答で使用したような、1つの回答例を提示して回答を出させる「ワンショット型」という方法とは異なる、「GPTs」という機能を知りました。ノーコード(プログラミングなし)で作成できる、自分オリジナルのChatGPTで、対話形式で事前に勉強させておいたり、指針を示したりしておくことで、めちゃくちゃ回答の精度が上がることがわかったんです。これって大喜利だけでなく、コピーでもできないかなと思って、去年の4、5月頃から自分なりのトライを始めていきました

──後編では、江口さんがどのようにChatGPTでの制作を行ったのか、また「AI×クリエイティブ」へのお考えも伺います。

この記事は前後編です:後編は6/18公開予定
「選は創作なり――AIを優秀なアシスタントにするためには人間のクリエイティビティがいる」
写真
黒澤晃
元博報堂 クリエイティブディレクター
横浜生まれ。1978年、広告会社・博報堂に入社。コピーライターを経てクリエイティブディレクターになり数々のブランディング広告を実施。受賞多数。2003年から博報堂クリエイターの人事、採用、教育を行う。多くの優れた若手クリエイターを育成した。2013年退社。黒澤事務所を設立。さまざまなライティング、プランニングの領域で活躍している。東京コピーライターズクラブ(TCC)会員。最近の著書「20歳からの文章塾」「これから、絶対、コピーライター」など。ツイッター#ツボ伝ツイート。note「3ステップ・ライター成長塾」。
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