大好きな「お笑い」に関わりたくて映像制作の道へ

──櫻井さんは美大を卒業されているとのこと。もともとデザインを専攻されていて、途中で映像学科に転科したのはなぜですか?
私、「お笑い」が大好きなんです。子どものころからコントや漫才をよく見てきました。だから、私も誰かが笑ってくれるものをつくりたくて紙やWebなど、いろんな媒体で挑戦してみましたが、やっぱり笑いを提供するには映像が一番相性がいいんじゃないかと思い、映像を学ぶことにしました。

──学生時代に制作した作品でも、やはり映像の方が手応えがあったのでしょうか?
実はそうでもなかったんです。よくドキュメンタリー映像をつくっていたんですけど、めちゃくちゃスベってました(笑)。Web用の動画作品の方がウケていましたね。でも、つくっていて自分が一番楽しいと思えるのが映像でした。

──コントや漫才をよく見ていたということですが、テレビ局や番組制作会社に就職することは考えなかったのですか?
「お笑い×映像」の仕事がしたかったので、もちろんテレビ業界の入社試験は受けました。でも、あるバラエティー番組の制作会社を受けた時、動画審査であっさりと落ちてしまったんです。それで、「この面白さがわからないのか!」となんだか意地になってしまって…(笑)。テレビ番組以外でも「お笑い×映像」をやれないかなと考え、いろいろと調べた末に、CMディレクターという職種に行き着きました。

──それで、広告の映像制作会社であるTYOに入社したんですね。
TYOに入社したのは、CMディレクターの佐藤渉さんがいたからです。最近だと、満島ひかりさんと松田龍平さんが共演しているUQモバイル「UQUEEN」シリーズや、チョコレートプラネットさんの日清食品「これ絶対うまいやつ!」などを手がけている方です。渉さんのつくるCMを見て、めちゃくちゃ面白いと感じていました。自分が面白いと感じるCMをつくっている人がいる、そういう映像作品をつくれる会社で働きたかったんです。

入社後は、まずプロダクション・マネージャー(PM)から始め、1年目の終わりに社内試験を受けてCMプランナーになりました。

──それから1年もたたないうちに、当時新しくできたばかりの企画・演出部門「WHOAREYOU」に異動されました。
WHOAREYOUを率いているのが、先ほど話した佐藤渉さんなんです。私は渉さんがつくる世界観が好きで。入社直後のPM時代からずっと、一方的に渉さんに企画を出し続けていました。「私オモロいですけど、どうすか?」みたいな感じで(笑)。そのためなのかわかりませんが、WHOAREYOUに所属することになりました。

──学生時代に志したCMディレクターという目標に早くも到達されたわけですね。現在はどのようなお仕事をされていますか?
WHOAREYOUは、どこか「佐藤渉風味」のある映像を期待されていると感じています。佐藤渉の後輩なら何か面白いこと、他にないことをやってくれるんじゃないかって。その期待に応えられるように、「面白い謎動画」をつくることが多いです。

最近担当したのは、ENEOS「新車のサブスク」のWebCMです。藤原竜也さんが車のボンネットに耳を当て、車の気持ちを熱く代弁する…という、じわっと来る面白さのテレビCMを渉さんがつくっていて、同じキャンペーンのWebCMを任せてもらいました。

──瞬間的に大笑いするというより、じわじわとツボにはまるような面白さを持つ作品は、企画段階で世の中の反応を予測したり、クライアントに理解してもらうのが難しいという印象を受けます。実際はいかがでしょうか?
当然ながら、「面白い謎動画」と言っても、やみくもに変なものをつくればいいわけではありません。競合商品もちゃんと調べて、クライアントの商品の機能や価値について理解を深める作業は必須です。

その上で、自分いち押しのアイデアを実現させるやり方は、もちろんあります。たとえば、クライアントへの提案では、映像をカット割りしたコンテを出すんです。その時、通常は1つの企画に対してコンテも1つ。私はその際に、コンテを2~3案提出するようにしています。そのうち1つは企画にきっちりと沿った「これぞ正解」といったコンテを書く。そのほかのコンテには、自分が面白いと思っている要素を入れ込みます。たとえば、全然関係ないキャラクターを登場させたり、「この企画なら、こうなるのが一般的だろう」という予想からまるっきり状況を変えたり。そうやって3案くらい出すと、「あれ、意外とこっちの方が面白くない?」という反応をもらえることがあるんです。

いくら自信があっても、最初からクリエイターの感性全開で提案してしまうと、クライアントは戸惑ってしまいます。面白みを求めて依頼してくれていたとしても、いざ想定外のものが出てくると、頭の中が「???」となりますよね。クライアントにしっかりと比較検討していただき、最良の選択をしていただけるようにしないといけない。「正解」をつくり、その上で相手に「逸脱してみよう」と思ってもらえるよう、計算して別案をつくる。面白さに気づいてもらうために準備をするのは、クリエイターのスキルとして意外と大事なんじゃないかなと思います。

つくりたい映像の理想像を可視化できるようになった

──櫻井さんが「動画を見慣れた世代の人たちが見たことがない表現にチャレンジしたい」というお話をされているインタビュー記事を読みました。そうした表現やアイデアは、どのように湧いてくるのでしょうか。
WHOAREYOUのメンバーは、渉さんから「誰ともかぶらないものをつくれ」と言われています。それを仕事以外の生活でもすごく意識しています。映画を見ている時、「あ、この演出いいな」と思ったらメモするとか。もちろん、そのまま使うわけではなく、そこに自分なりのアレンジを入れます。

──具体的には、どのようなアレンジでしょうか。
見せ方は参考にしつつ、自分なりの別の意図を持って取り入れます。たとえば、オンライン動画のコンテスト「第10回 BOVA 2023」でファイナリストに選ばれた作品では、あるシーンに静止画を挟む演出をしました。実はこれ、Netflixで配信された映画『ドント・ルック・アップ』で使われていた手法です。いつかどこかでやりたいと思っていたんです。映画では、楽しさはありつつ、ゆったりとしたシーンで静止画が挿入されているのですが、私は逆にちょっと激しいシーンに静止画を使ってみました。

第10回BOVA 一般公募部門 ファイナリスト作品
アドビ「教科書.pdf」


それから、映像はアングルが大事だと思っていて。アングルをコロコロ変える演出が好きなんです。Pinterestで使えそうなアングルを見つけたら、「活かしたいアイデア」としてストックしています。その他、北海道テレビのバラエティー番組「水曜どうでしょう」は、実はアングルが秀逸なんです。たくさん番組の切り抜きをためていて、コンテのアングルで参考にしています。

──自分が面白いと思ったものをちゃんとインプットしておくと、それがいつか企画にはまって、大きなアイデアを生むかもしれない。
私、つくりたいものや、やってみたい表現のストックをめちゃくちゃ持っているんです。「アイデアを思いついた!」ということではなく、「今回はこういう企画か。じゃあ、あの表現と組み合わせたいな」という感じですね。どんなタイプの企画が来ても大丈夫という自信に近いものを持っています。

──それはすごいことだと思います。普段どんなマインドで演出に向き合っているのでしょうか。
映像制作っていろんなフェーズで、いろんな人から、いろんな要望が上がってくるものだと思います。特に広告の場合はさまざまな条件もありますが、ディレクターとして皆さんの意向をくみ取りながら、私自身が面白いと思える視点もうまく共存できるように意識しています
    
私の考える面白さって、誰かにとっては「刺さる」どころか「めっちゃツボ」なことが多いんです。自分の感性で誰かがすっ転んで笑うような映像が理想で、より多くの視聴者に面白いと思ってもらえるように昇華させることを心がけています。
第10回BOVA 広告主部門 ファイナリスト作品<br />
P&Gジャパン「ニオイの元が隠れてる」
第10回BOVA 広告主部門 ファイナリスト作品
P&Gジャパン「ニオイの元が隠れてる」
──すでにさまざまな広告に携わっていますが、今後どんなふうに業界をリードしていくのか楽しみです。展望をお聞かせいただけますか。
業界をリードするような、大きなことは考えられていないですが、は「めちゃくちゃ面白い!」と自分が心底思える映像コンテンツで、誰かを笑わせていきたいと思っています。

──その「めちゃくちゃ面白い映像コンテンツ」の、具体的な理想があるのですか?
最近すごく好きな動画に出会って。ダンス&ボーカルユニット「新しい学校のリーダーズ」が出演する、ナイキジャパンのWebCM「Welcome to Nike Juku」です。若い世代に、楽しみながら体を動かすことを提案する内容なんですけど、これが私の「どストライク」で。クライアントの希望とクリエイターの感性、どちらも引くことなく全開な感じがしました。「あ、こういうのつくりたいわ…」と思いましたね。あの動画をもし私がつくっていたら、今引退してもいいと思うほどの衝撃でした。

目標を可視化できたのがすごくうれしいんです。今の私じゃ、まだ全然足りないという自覚を持てました。「Welcome to Nike Juku」のような作品を成立させるには、まず私が、もっとクリエイターとして信用されなければなりません。いつか「この人の感性なら、お金を預けて大丈夫だ」と思ってもらえるようなディレクターになりたい。そして、私の感性全開の映像をつくってみたいと思っています。

──クリエイターが、自分の感性を信じて面白いものをつくる。そんな作品が、それぞれの層に深く刺さっていく。若手クリエイターが、そういう広告のつくり方ができる環境が広がるといいなと思いました。本日はありがとうございました。
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