まさか自分がデザイナーとして歩き始めるとは

──学生時代はデザインを専攻されていたと伺っています。昔からクリエイティブに興味があったのですか?
絵を描くのは好きでしたね。高校時代にホームセンターでアルバイトをしていたのですが、メーカーの営業にデザイン好きの人がいて。「パッケージが変わったよ」とか、「ここに飾ってもらうためのPOPをつくってきたけど、どう?」とか、うれしそうに話すのを聞いているうちに、面白い仕事なんだな、私もデザインの領域で仕事ができたらいいなと思うようになりました。それで美大に入ってグラフィックデザインを学ぶことにしたんです。

でも、グラフィックデザインを学ぶ中で平面だけの世界ではなく、映像や写真、立体物など幅広く制作する方が楽しそう、と興味を持ちました。ポスター1つをつくっても、うまい人は本当にうまいんです。その人たちと同じフィールドで戦うために、グラフィックの力だけを磨くのは違うな、自分の強みはそこじゃないな、と感じたんですよね。幸い、ほかの学科の科目を履修することができたので、写真や3D技術、映像などいろんな授業を受けました。その結果わかったのは、私はデザインだけが好きというよりも、モノづくりそのものが好きなんだということでした。

──でも、卒業後に就職した制作会社には、デザイナー職で採用されたのですよね?
モノづくりには関わりたかったけれど、自分はデザイナーとしてビジュアルを制作するよりも、デザインをわかった上で、言葉とコミュニケーションでモノづくりに関わる方が向いていると考えていました。そのため、デザイン系の会社で、提案型営業ができる就職先を探しました。

新卒で入社した会社にも、営業職希望で応募をしました。ところが、面接で「デザイナーをやるつもりある?」と聞かれたとき、「なくはない」みたいなあいまいな返事をしたら、そのままデザイナーとして採用されてしまったんです。当時の人員配置として営業よりもデザイナーの採用がしたかったらしい…と言うと身もふたもありませんが(笑)、ポートフォリオは提出したので、それを評価いただいたみたいです。デザインで力を貸してほしい、と会社に言ってもらえたことは素直に嬉しく、また、苦手だったInDesignのスキルも身につけられるので、張り切って入社しました。

いつのまにか、映像ばかりつくっていた

──そこはどういった会社だったのですか?
インテリアメーカーの壁紙やカーテンなどのサンプル帳の企画制作を行っている会社です。

私が所属していた部署は、インテリアメーカーのサンプル帳や販促物の企画・デザインがメインで、社内のデザイナーは皆DTPのエキスパートです。そんな中で、1年に1回程度、クライアントから映像制作の依頼を受けることがありました。私が入社して1カ月経った頃にも、「カーテンブランドのイメージ映像をつくってほしい」という依頼があったのですが、当時の上長から「新しいこと好きでしょ?」と声をかけられ、InDesignもままならないままPremiere Proを教えてもらい、映像を制作しました。それ以来、カタログのデザインをしながら、年に数本依頼が来る映像の制作担当になりました。

入社して3年ほど経った頃にコロナ禍が来ました。オンライン展示会が開かれるようになると、セミナーや商品紹介の映像の需要がすごく増えたんです。私はずっと冊子をつくってきたのに、いつのまにか映像ばかりつくる日々に変わっていました。それで、「これだけニーズがあるなら、思い切って映像にかじを切ろうかな」って。

駅の広告を見ても、それまでポスターが貼ってあった場所が突然デジタルサイネージに変わったりする。これからも、いろんなことが大きく変化していくと思うんです。それでもクリエイティブの仕事で食べていくには、平面のデザインという基礎の上にどういう家を建てるのか、つまり、どういう方向に自分を伸ばしていくのか、そろそろ考えなくちゃいけない時期だと思いました。

──そういうきっかけで、映像制作のエレファントストーンに転職したんですね。グラフィックからWebに軸足を移すデザイナーの方は多いですが、映像へというのは少し珍しい気がします。
アップルがゴーグル型の端末「Apple Vision Pro」を発表しましたよね。今後、Webブラウザで何かを見るという行為は減っていくんだろうなと思います。10年先には、Webデザインという領域はなくなっているかもしれない。だから、これからどんどん発展していきそうな映像を学んだ方が、いろんなことに応用が利くんじゃないかなと思ったんです。

──前職で映像の仕事もされていた。それでも転職することにしたのはなぜですか?
日本にはインテリアメーカーがそう多くありません。「インテリアメーカー」という限られた業種をお相手に提案する中で、お客さまとの関係や、商品知識・業界への理解がすごく深まったと同時に、他の世界に飛び込んでみたくなり、転職という1つの挑戦をしようと思いました。異なる業界で新規のお客さまと1から関係性を構築するという経験を通して、自分の幅を広げたいと考えていましたね。

そんなとき、仕事でやりとりがあったエレファントストーンからタイミングよく誘われて。理念として掲げている「象る、磨く、輝かせる。」がすごくいいなと思ったんです。前の職場でも、クライアントに寄り添うことをすごく大切にしていたので、地続きで同じ思いで働けるかなって。

転職して、クリエイティブディレクターになるという目標が見えた

──転職後は、期待どおり新しい世界に挑戦できていますか?
入社してすぐに携わった大手家電メーカーの新しいプロダクトのコンテンツ制作は、新しい世界への挑戦になったと思います。そのプロダクトは直方体の照明で、その4つの側面がすべてモニターになっているという面白いものなのですが、最初はそのプロダクトのプロモーション映像の制作を担当していました。その映像の制作に向けてお客さまと密にコミュニケーションを取る中で、プロモーション映像制作から派生した、プロダクトそのものを売り込むためにモニター上で流すコンテンツもお客さまと一緒に考えるようになったんです。

そこからさらに担当領域が広がり、コンテンツの売り方・使い方についてもアイデアを出していけるようになりました。前職で学んだWebシステムやインテリアなどの知識を活かしながら、クライアントの担当営業の方とプロダクトデザイナーの方と、プロダクトそのものについて一緒に考えていって。仕事が広がることがすごく楽しかったです。

この経験を経て、紙だけ、Webだけ、映像だけと領域を限定しないで、すべてのクリエイティブをトータルで企画できるクリエイティブディレクターを目指したいと思うようになりました。これこそ、好きなモノづくりへの、理想的な関わり方じゃないかなって。
──紙のデザインという基礎の上にどういう家を建てるか、の答えが見えてきたということですね。トータルでディレクションできるということは、まず一通り制作できるようになりたいということでしょうか?
自分で全部やろうとは思わないし、できなくちゃいけないとも思いません。

大学時代、アートディレクターのカイシトモヤ先生のゼミに入っていたのですが、「デザイン力はビジュアルをつくる力だけではない」とよく言われていました。著書の『たのしごとデザイン論』にも書かれている内容ですが、クリエイターのスキルは「発想力」「造形力」「コミュニケーション力」などの5つに分類できて、各自に得意分野と苦手分野がある。クリエイティブのチーム構成の肝は、得意なことを持ち寄って、その5つのパラメーターの合計値を正五角形に近付けること。例えば、3DCGをつくりたいとき、私は「発想力」「コミュニケーション力」を活かせるけれど、「造形力」は足りない。でも、その分野が得意なクリエイターをアサインすれば実現できるんですよね。

むしろ、今重要なのは、世の中の流れを見極めて、「その中で、自分は何をしたらわくわくするのか?」を追いかけることだと思っています。例えば、駅看板もどんどんサイネージに置き換わっていて、広告と映像の両方の知識を持つ人がすごく求められている。これからはCGやVRが主流になるかもしれない。

私は、良いクリエイターとは圧倒的な強みがあるとか、いろんなことができる人ではなく、自分にとって「良い仕事」と自信を持って言えるクリエイティブを追求し続けられる人なのではないかと思っています。わずか10枚の企画書だって、言葉の一つひとつ、デザインの隅々まで渾身のものをつくらないといけない。だって、クライアントはそこから生まれるものに、普通は10枚の紙にはとても支払わないような額のお金を払うわけですから。「私の仕事は、それだけの価値をまとえているか?」と、いつも自分に問うようにしています。

──インタビューの冒頭から、職種にこだわらない印象をもっていたのですが、その答えが、最後のお話に表れていた気がします。心にあるのは、クライアントに良いものを提供したいという思い。そのために、自分が何をして、ほかの人のどんな力を借りてくるか。その総力でベストを尽くすのが、大金さん流のモノづくりなのですね。本日はありがとうございました。
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