人が能動的に関わりたくなる広告をつくりたい チョコレイト プランナー/クリエイティブディレクター 市川晴華さん
プロモーション領域で優れた実績を挙げた個人を称える「JPM The Planner」。CHOCOLATEの市川晴華(いちかわはるか)さんは2022年、同賞に選出され、一躍トッププランナーに名を連ねる存在となりました。SNSからテレビCMまで、ユニークで新しい表現に挑戦し続ける市川さんですが、プランナーとしてのキャリアは意外にも挫折の連続だったそうです。それをいかにして乗り越え、今後の自分はどうあろうとしているのか。お話を伺いました。
就職活動で大きな挫折
──もともとはグラフィックデザイナーになりたかったそうですが、なぜプランナーの道を歩むことになったのですか?親が美大出身だったこともあり、中学生の頃からグラフィックデザインに興味がありました。図書館に通って、原研哉さんとか佐野研二郎さんの本を読みまくるような子どもで。お金がかかるので、デザインの基礎になるデッサン教室に通うことはできませんでしたが、高校生のときにはすでに「将来は広告会社に入る」と決めていました。
ところが、富山大学の芸術文化学部に入学して、すぐに「デザインでやっていくのは無理だ」と気付きました。入学にはデッサン入試と小論文入試が選べたのですが、デッサン入試のみんなは構成力や色彩感覚が優れていて、自分との歴然としたスキルの差を感じました。これは勝てないなと。自分が磨くべき部分はこの部分ではないかもと思いました。それで、デザインに向けていた思いを完全にオフにしたんです。1年生の時には、デザイナーではなくプランナーになることを決めました。
でも、決して後ろ向きの決断ではなくて。としまえんの「史上最低の遊園地」という有名な広告があります。コピーライターの岡田直也さんとアートディレクターの大貫卓也さんのチームが手掛けた新聞広告なのですが、広告でありながらとしまえんを“最低”と言い放ってしまうエイプリールフールの企画です。私はこの広告の意外性が大好きで、表現より企画に憧れた。だから、プランナーになることを決めたとき、私もあんな企画を考えられる人になりたいと思いました。
──ご自身はディレクションに徹し、デザインは得意な人に任せたわけですね。
そうです。大学の授業はコンペ形式が多かった。お題に対してチームで取り組み、その出来栄えに順位が付けられました。私の場合は、最強のチームを組むことが何より大事。デザインがうまくないので「いい企画を出すこと」に特化して、めちゃくちゃクラフトがうまい人をスカウトしたりして。どういう布陣で臨めば良いものがつくれるか、毎回必死に考えていました。このとき、「良い作品は自分の力だけではつくれない」と気付けたことは、今につながっています。いい広告は、相性のいいメンバーと、相性がいいクライアントとマッチングすることで生まれると思います。 ──広告会社に就職することを高校生のときに決めたとのお話でした。その気持ちを貫き、大学を卒業後はCIRCUSに入社されたんですよね。
はい。でも、就活は思うように行かなかったんです。大きな挫折を味わいました。
高校生のころから広告業界を目指していたのに、なんと、すべての入社試験に落ちたんです。広告会社は規模問わず全滅、PR会社、SP会社、Web広告会社など、古今東西、全部ダメ。それも、エントリーシートから先に進めない。ようやく面接に進んでも1次で落ちてしまいました。この時に「なんて私はダメなんだ」と自己肯定感がゼロになりました(笑)。
絶望していたとき、時期外れにCIRCUSが募集を開始して。わらにもすがる思いで受けたのですが、インターン選考まで進んだところでやっぱりダメでした。もともと引っ込み思案の性格のため、全然自己アピールができなかったんです。
──えっ、一度はお見送りになったんですか? そこからどうやって入社することに?
アピールできなかった自覚があったので、インターンの最終日に企画書の束を社長のデスクに勝手に置いて帰りました。インターン中に関わった、いろんな案件について、自分だったらこうするっていうのを書いて。
そしたら、後日、社長から電話が来たんです。「選考には落ちたけれど、企画の筋は良さそうな気がするから、もう一度インターンに来て」と。もちろん即答で「行きます」と。ここで業界に片足を入れなければ、広告の企画の仕事はできないと思いました。とはいえ、私にコミュニケーション能力がないことは、面接に全部落ちてわかっていたので、企画で勝負しようと。来る日も来る日も企画を出しまくって、やっとの思いで内定をもらえた。私のキャリアは、こういう苦い経験から始まりました。広告志望の学生さんにこの話をすると「勇気をもらえる」と言っていただきます(笑)。
プランナーとして歩くため、自分に「キャラ」付けをした
──挫折を味わいながら、なんとか広告業界に入って。読売広告社に転職したのは、何かきっかけがあったのですか?CIRCUSはテレビ番組とのコラボとか、メディア力を活かす企画に強かった。いい経験になりましたが、2年が経ち、もう少し企画の領域を広げたいと思ったんです。面接はうまくいかないだろうと思ったので、それまで書きに書いた企画書をポートフォリオにして持参しました。それで、たぶん根性があるように見えたのかもしれません(笑)。無事に内定をもらえました。
──では、プランナーとして採用されたわけですね。
広い意味ではプランナーでしたが、配属先は不動産領域や街づくりのマーケティングを担当する「都市生活研究所」でした。どちらかというとマーケターとしてのお仕事をする部署です。
不動産や街づくりのマーケティングは、読売広告社が強みとする領域の1つ。だから、そこはエースが集まる重要な部門でした。プレゼンのストーリーづくりや戦略の立て方など、とても多くのことを学びました。一方、プロモーションやクリエイティブの企画をやりたい気持ちが強く、入社10日くらいから「やりたい仕事ができるようになるには」を考えるようになりました。
その答えとして、公募形式の広告コンペにたくさん参加するようになりました。プライベートの時間はほとんどコンペに費やした。社内での自己アピールが苦手だったので、広告賞を受賞することで、逆輸入的に社内にアピールしようと考えたんです。
そんな生活を半年ほど続けたとき、大学の後輩デザイナーと組んで参加した「ヤング・ロータス・ワークショップ」で金賞を受賞し、「アドフェスト」の日本代表に選ばれました。アドフェストはアジア最大級の広告祭ですから、私が企画をやりたい人間なんだということをアピールする、すごく大きな出来事だったと思います。もちろん、それですぐに異動できたわけではありませんが、自分が能動的に行動するきっかけになった。また、周囲のみなさんのおかげで、異動しなくとも「企画」の仕事を少しずつさせてもらえるようになりました。腐らずに動いて良かったなって、前向きな気持ちになりました。
──入社から5年後に希望がかない、プロモーションの部門に異動されたんですよね。広告コンペに参加すること以外に、どんなアピールをしたのですか?
公募の広告コンペでいくら入賞しても、それは実績にはなりません。クライアントワークで、ちゃんと実績を残すことが必要だと思いました。異動前からプロモーションの部署の先輩に仕事を手伝わせてほしいと頼んだり。そういうことを重ねていって、ちょっとずつ実制作を学んでいきました。先輩が退職するタイミングで仕事を引き継ぐことになり、ようやく「クリエイティブディレクター」としてクレジットを入れてもらえるように。そんな積み重ねで、正式に異動が決まったんです。
でも、異動して気付いたのですが、私にはプランナーとしての「キャラ(強み)」がない。個性がないとアピールできないと思いました。そこで、「タイムラインクリエイター」を名乗ってみることにしました。その当時はまだ、戦略的にSNSを語れる人材がそんなにいませんでしたから、YouTubeとかTwitter(現X)にとりあえず誰よりも詳しくなろうと。そうすれば、SNS企画はとりあえずこの人に頼もうと思われるかもと考えたんです。この作戦はニッチな分野の専門家になる可能性もありました。でも、SNSは世論と向き合うことで、全てに通ずるところがあるため、徐々にマス広告のお仕事も増え領域が広がりました。運が良かったです。
──ご自身に「キャラ」付けをして。その上で受けたお仕事にはどんなものがありますか?
私の代表的な仕事の1つになったのが、「#本田とじゃんけん」というサントリーペプシのキャンペーンです。サッカーの本田圭佑選手とSNS上でじゃんけんして、勝てばペプシがもらえるというもの。「勝負強いイメージの本田選手にも、勝てそうな気がするゲーム」と考え、じゃんけんにしました。負けた場合に表示される「なんで負けたか明日まで考えといてください」などの本田節全開のコメントが話題となり、口調を真似た投稿をするSNSユーザーが続出したんです。
私はこの仕事で、コンテンツがミーム化(言い回しや画像が真似され拡散)していく現象を初めて体感しました。どんどん二次創作が生まれるのを目の当たりにし、先輩と「これは一体何が起きているんだ」と驚いたのを覚えています。一般の人たちが遊び感覚で広告に参加してくれるってすごいことだと思いました。このような「あそび」をつくれたなら、嫌われがちな広告が、むしろ面白くて好きになってもらえる。ブランドの価値をもっと社会に広げられそうな気がしました。「楽しくて、関わるみんながハッピーになるような広告をつくる」。それが、このときから私の大事な指針になりました。
──その思考の変化が、現在のCHOCOLATEへの参画を促したのでしょうか。
そうですね。私がつくるのは広告なんですけど、人が能動的に参加したくなったり、見続けたくなったりするものをつくりたいという思いが芽生えたんです。例えば「Web動画をつくってください」という依頼を受けたとき、これまでのように広告的な思考で企画を考えていいのだろうかと、ちょっと立ち止まった時期がありました。
そんなとき、CHOCOLATEが制作した『14歳の栞』というドキュメンタリー映画を見ました。映画の主題歌に使われたクリープハイプの『栞』を長く愛される曲にしたいという相談から着想して制作したものだそうですが、そのような目的から始まった企画でも、こんなコンテンツにたどり着けるんだと感動しました。人が能動的に参加したくなる、見たくなるものには、まだまだいろんな手法があると思いました。
企画のために、人間の「行動原理」みたいなものを集めている
──CHOCOLATEではどのようなお仕事を?最近の代表的なものとしては、アース製薬のキャンペーンが挙げられます。同社は現在「殺虫剤」という表現をやめ、「虫ケア用品」と呼んでいます。これをもっと浸透させたいという思いがあります。そこで、6月4日の「虫ケア用品の日」に向けて、お笑い芸人のコウメ太夫さんを起用したWeb動画を制作しました。コウメ太夫さんは「小梅太夫」から「コウメ太夫」に改名後再ブレイクして、今も世の中に愛されていますから、メッセンジャーとして適任だったんです。
ある日、グラフィックの撮影をアース製薬さんの社内で行っていたところ、川端社長が挨拶に来られました。とても気さくにコウメ太夫さんとお話しされていて、良い雰囲気でした。せっかく撮影環境が整っているので記念撮影しましょうということで何枚か撮ってみると、「これはそのまま広告にできる!」と思えるほどの良い写真が撮れました。そこで、最後に「15段広告にしませんか?」という提案しました。 ──面白いですね。そういうアイデアって、どういうふうに出てくるんでしょう。偶然発生したものを見過ごさずにちゃんとつかむ、ということでしょうか。
アース製薬の例はそうかもしれません。何が起きても柔軟に企画に変えていくというのはあります。また、私は、必然性がすごく好きなんです。ときどき実績を見て「笑える系の企画が多いですね」と言われるのですが、それはたまたま最適な表現を探るとそうなっただけで。こういうオリエンを受けたから、ここを伝えるべき、だから表現はこうなると良いと、パソコンの前で整理しながらロジカルに考えることの方が多いです。
そして、「広告をつくる」というマインドでいると、見てもらえる前提で、コピーの語尾をどうするかとか、画像の配置をどうするかとか、そういうことにばかり意識が行ってしまいます。でも、大事なのは、人間の行動原理に沿った企画を考えることだと思います。私たちは「人間」という生き物で、こういう場面では多くの人はこう考える、という根源的なものを見つけることがヒントになります。
私の実家はそば屋で、子どもの頃から今でもずっと、大みそかはお店に出て年越し蕎麦の手伝いをしています。お客さんを見ていると、同じ行動をとることに気付くんです。例えば、メニューに写真が添えてあるものはイメージしやすいので注文が多いとか、「50分待ち」なら行列に並ぶけれど、「1時間待ち」になった途端に帰っちゃうとか。
こういった「人ってそうだよね」、「人ってそうするよね」という視点を企画に入れていくことがすごく大事。それができれば、「人が能動的に関わってくれる広告」に近付けるんじゃないかなと思っています。
だから、行動原理みたいなものをめちゃくちゃ収集しています。人が笑っているとつられて笑っちゃうとか、この展開のあとにこう来るとズッコけるとか、こう言われるとマウントとりたくなるとか、こういう瞬間にその人のファンになるとか。単純ではないから面白い。発見したらすぐにメモ。もっともっと集めて、見る人にすっと入っていく企画をつくっていきたいです。 ──市川さんが今後つくりたい広告について伺ってきましたが、最後に、広告業界にどんな未来が来ることを望んでいますか?
2023年に「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」の審査員を拝命しました。私は「ブランデッド・コミュニケーション部門」という、既存の枠組みに収まりづらい広告の審査を担当したのですが、本当にいろんなタイプの作品が集まったんです。「森羅万象、あらゆるものは広告企画者のライバルになる」と思いました。
でも、審査をしていると、「これは広告」、「これは広告ではない」と、線引きをしてしまう自分もいて。広告かどうかではなくて「課題があって、それを解決しているもの」をフラットに審査をするよう努めました。広告を「コミュニケーション」と呼ぶ場面もありますが、コミュニケーションは対話のことだと思うので、企業の一方通行な表現をそう言い切ってしまうのには違和感があります。広告の形をしているかどうかに関わらず、世の中の人たちが、能動的にリアクションしたくなるものが増えていくといいなと思います。
それからもう1つ。デザイナーや映像ディレクターやカメラマンに作家性があるように、プランナー個人の好きなものや思いを存分に企画に反映していいと思います。これまで、プランナーはどんなオリエンが来ても応えられるオールマイティーさが求められる印象がありました。でも、つくったものが「既視感」に陥りがちな今の時代では、プランナーの作家性が全面に出た、個人的な思いが詰まった企画の方が届くと思うんです。もっと個が尖っていいし、尖ることを認められていいんじゃないかなと思っています。
──確かに、プランナーの個性が出た方が、制作チームのアサインや、広告を出したい企業とのマッチングがうまくいく。広告の効果を出しやすくなります。これまでプランナーの作家性について語られることは多くありませんでした。市川さんたちの活躍で、広告業界のなかに、そういった新しい空気が満ちていくことを期待したいと思います。本日はありがとうございました。