社会派クリエイター・辻愛沙子が伝える同世代へのエール「自分なりの役割で、世界をひっくり返そう」 arca(アルカ) CEO/クリエイティブディレクター 辻愛沙子さん
社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業づくり」と「世界観にこだわる作品づくり」の二つを軸に、広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター、辻愛沙子(つじあさこ)さん。若い女性を中心としたトレンド・カルチャーを次々と生み出し、2019年11月からは報道番組『news zero』(日本テレビ系)の水曜パートナーに抜擢されています。今回のインタビューでは、新型コロナウイルス(COVID-19)で揺れ動く日本社会に向けて、辻さんが投げかける課題。そして、この春から新社会人となる同世代に向けたメッセージをお話しいただきます。
当たり前が崩れていく時代
──はじめに、いまを生きる若者代表として伺います。辻さんは、自分たちはどのような世代だと思いますか?「転換期」を生きている世代だと感じています。これまでは、世の中に溢れる社会課題について、日常と切り離して考えていた人が多かったと思います。
しかし、いま問題となっている新型コロナウイルスの影響もあり、多くの人たちがジャーナリズム精神を持って、真剣に社会と向き合うようになってきました。これまで当たり前だったものが根底から覆り、前提が崩れていく時代を迎えているのではないでしょうか。
誰が決めたわけでもない日本の暗黙の了解として、政治について日常的に議論することって多くなかったと思います。いわゆるタブーなテーマというか。専門知識を持っている人たちだけが言及しているような空気があった。でも、いまはそんなこと言っていられませんよね。日本が危機的状況に陥っているからこそ、立場に関係なく、誰もが考えるべき問題なのです。
社会問題への提起は、必ずしもジャーナリストや専門家だけの聖域ではありません。落合陽一さんはアーティストでありながらSDGsをテーマに本(編集部注、『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ))を書いているし、イギリスのエマ・ワトソンさんは女優でありながら国連本部でのスピーチでフェミニズムについて訴えました。
さまざまな分野で活躍する人たちが領域を超え、自分たちの強みを活かしながら、世の中にメッセージを伝えています。社会課題を解決するための専門分野を越境した動きは、今後より活発になっていくと思います。 ──確かに自らの領域を越えて提起していますね。社会に対する危機感から突き動いていると。
皮肉なことに、近年注目されていたテレワークも、新型コロナウイルスによって一層浸透しました。仕事でいえば、会議。これまで対面が当たり前でしたがオンラインで行われるようになって、これまで思考されず残ってきた悪しき慣習や固定観念が見直されはじめています。
印鑑や過剰な形式的手続きもそうですし、ほかにも年齢や性別や容姿など、日常に溢れている無自覚な偏見もこれを機に少しは減っていくのではないかと期待しています。私が現場の意思決定をする役回りなのに、なぜか毎回私ではなく男性メンバーに質問がいく…なんてことも過去にはありました。そんな悪意のない無自覚な偏見や固定観念が、これまでの社会には根深く蔓延っていたように思います。
けれども、オンライン会議が当たり前になって、アバターでの参加も一般的になれば、年齢などに関係なく、企画者を中心に会議が執り行われる世界になっていくかもしれません。そういった部分も含めて、これまで当たり前に良しとされてきたことが「見直される時代」だと思います。
──アフターコロナの時代は、ほんとうに固定観念がひっくり返りそうです。
といっても、女性差別や環境問題など、ほかにも向き合うべきものは多いです。堅苦しく感じてしまうかもしれませんが、誰もが「政治家になれ」と言っているわけではありません。あくまでも、自分のいるフィールドから社会課題に働きかけることが大切なんです。
例えば、ディズニープリンセスの映画をつくるアニメーターになりたいと思っている人がいたとします。一見すると社会問題とそんなに密接にない職業のように思えるかもしれません。しかし、有色人種のプリンセスや、か弱さではなく強さが魅力のプリンセス、王子様との結婚だけではない幸せや生き方を表現するプリンセスなど、社会に根付いているさまざまな偏見に対して、コンテンツを通じてメッセージを届けることだってできるんです。
自分がかなえたい夢やいま自分にできることと、世界をより良くしたいという思いをリンクさせていくことができる。社会課題を「難しいもの」「不安なもの」として捉えるのではなく、アウトプットの形を変えて楽しみながら世界を変えていける時代でもあるんです。
無意識を変えるにはひとりの力では足りない
──堅苦しいジャーナリズムではなく、ポップなカルチャーの方が効果的ということでしょうか?どちらか一方が優れている、というわけではありません。社会課題は解決すべきポイントが「構造」と「無意識」に分かれていて、それぞれに適した働きかけが必要です。
私の場合は、女性向けの案件に多く携わってきたことで、フェミニズムを取り巻く課題について考える機会が多くありました。最近は働く女性も増えつつありますが、日本社会では、いまだに組織の上役のほとんどは男性なのが現状です。経団連の加盟企業の女性管理職の比率は17%といったデータや、日本の上場企業の女性役員の比率が5%といったデータも出ています。
ほかにも、思わぬところで気づかされることもありました。例えば、舞妓や芸妓とお座敷遊びができるお店のなかには、“権威”という線引きによって、会員になれるお客さんを限定しているところもあるそうです。「政治・経済圏における地位」がないと会員にはなれず、お店に入れないというルール。これだけを聞くと、性別は関係なさそうですよね。でも実際は、ルールとは別の「暗黙の了解」があって、女性は入店すること自体認められていない。つまり、「政治・経済における重要なポジションに女性はいない」が前提で成り立っているルールなのです。近年は女性もお座敷遊びができるようになってきましたが、このような昔の風習が、現代社会に「当たり前」のこととして根付いているのが問題です。
こういった社内全体に根付いている差別や構造上の問題に対し、最も効果的なのは規制や罰則などの「ルール」だと思います。法的な手段でルールチェンジを起こす。正攻法が適していると思います。女性管理職の比率を引き上げるルールや、比率が高い企業への厚遇、セクハラ・パワハラへの罰則などです。
一方で、「無意識」から生じる加害は個人の意識に依存していて、あらゆるシーンで自然に刷り込まれているものです。これを解決するためには、別のアプローチが必要になってきます。
──アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)ですね。解消するにはどうするべきでしょうか?
絡まった糸を解いていくような「逆の刷り込み」が必要です。だからこそ、特定の領域だけでなく、あらゆる領域からアプローチすべきなんです。 私のような広告クリエイターは、言葉の通り「広く告げる」ことを生業としています。
専門家の方同士の対談や、あるテーマについて掘り下げている書籍、さらには特定の読者を抱えるWebメディアなど、一定の層に対して深く強くメッセージや情報を届けることができる手法が、社会課題の解決では多く見られます。
他方で、広告は良くも悪くも人を選ばず、一方的に届けられるものです。広く遍く届くコンテンツにバイアスがかかっていないかどうか。その積み重ねが逆の刷り込みとなり、無自覚な偏見の有無の一助を担うのだと思っています。
日常にあふれ、意図せずに目に入るコンテンツだからこそ、できることがあるのではないかと考えています。「自分には関係ない」と思っている人たちの意識すら変えていけるようなメッセージを、広告を通して伝えていきたいですね。
また、不特定多数の人に届けられることも、広告の魅力だと思います。広告を通して同じ意識が芽生えた人たちがそれぞれのフィールドへ散らばっていけば、同時多発的に変化が起こる。
これはオセロと一緒で、一つひとつの変化は点だとしても、つながれば一気にひっくり返せると思っています。日本でも点が顕在化してきているので、ひっくり返る日は近いのではないでしょうか。あとは、起点となる「隅」を取れるかが鍵ですね。
小さな役割でも積もると世界はひっくり返る
──最後に、この春から新社会人となる同世代に向けてメッセージをお願いします。環境が変わると、はじめは右も左もわからなくて、自分の力を小さく感じてしまうことがあると思います。そんなときは、いまの自分にできる「役割」に集中して、行動を起こすことが大切です。「これって意味があるのかな…?」と不安に感じる人もいるのではないでしょうか。
しかし、大小関わらず自分がそのときにできることや周りが必要としていることを探して、一つひとつ丁寧かつひたむきに取り組んでいけば、気がついたときにはそれが自分の強みとなり、求められる役割になっていく。その連続で新しい役割がどんどん増えるのだと思います。そういう風にして、自分の行動の“意味”って後からついてくるものではないかなと。
そもそも、無力な人なんていないんです。周りの先輩たちは、自分と比べると知識も経験も豊富だと思います。けれども、これまでにない新しい視点は、自分しか持っていない。そんなふうに、ちょっと思い上がった意識を持つくらいが、ちょうどいいのかもしれません。最新の世界を知っているのは、一番若いみなさんですから。 私も、女性であり、若者であり、社会課題に思いを持つクリエイティブディレクターとしての役割を本業では務めています。それらがある上で、報道番組『news zero』(日本テレビ系)では、毎週水曜の出演の場においてキャスターの有働さんのパートナーとして、若者世代にニュースをより自分ごと化してもらうための伝え方を考える役回りを担っているように思います。Twitter×ハフポスト運営の就活応援番組「ハフライブ」も同じ。ハフポストの竹下編集長が大人の役割で、私が若者目線で代弁する。役割を無理につくり上げるよりも、自分がいまできることを全力でやる。それを重ねていくことで、どんどん任されることも増えてきました。
先日、『news zero』で話して自分でもハッとしたのですが、いま私たちは、後世に教科書に載るような時代を生きているわけです。「2019年から2020年にかけて新型コロナウイルスで世界中がこれだけ混乱しました。罹患者は○人、死者は○人」と記載される。
そう考えると、その歴史に残る一行に、私たちの日々の行動が大きく影響を及ぼすかもしれない。その重みを最近より強く感じています。例えば、「手洗い、うがい」のようなほんの小さな日常のアクションが、はたまた「ちょっとぐらいいいだろう」という軽率な行動が、教科書の一文を大きく変えるかもしれない。そんな感覚を目の当たりにしているのが、現代を生きている私たちの世代です。自らのアクションが社会の変化に寄与する。それをよりリアルに感じる世代が<ぼく・わたしたちの時代>なんだろうなと。
だからこそ大小にこだわらず、まずはいま自分にできることを一生懸命やる。そうやって自信を持っていろんな役割に挑戦し、点を増やしていきましょう。散らばった点はいつかつながり、オセロのように世界がひっくり返るはずです。いろいろなことが次々に起こる日々ですが、一歩ずつ、この時代をともに歩んでいきましょう。 ──Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字をつなぎ合わせたVUCA時代と言われていますが、まさに当たり前が覆る世界に直面しているわけですね。変化することを恐れず、楽しみながらチャレンジしていくことで、社会が変わっていくのですね。新社会人へのエールありがとうございました!
※2020年4月16日(木)タイトルの一部を修正しております
※3月下旬に、「密閉」「密集」「密接」を避けて取材・撮影しております