新しい生活様式「オンライン名刺」

──2020年6月にSansanでは、「オンライン名刺」機能をリリースするとお聞きしました。これはどのようなものなのでしょうか?
Sansanが今回新たに提供する「オンライン名刺」とは、ユーザー同士が自身の名刺情報をオンライン上で送り合うことができる機能です。ユーザーは、紙の名刺とは別に、Sansan上で発行されるデジタルの名刺を持つことができ、URLを送付することで交換することが可能になります。相手がSansanに登録をしていない場合でも、QRコードから名刺を撮影して情報を送り返すことができます。
このオンライン名刺の機能は、本来であればいまのタイミングではなく、もう少し先にリリースをする予定でした。ですが、新型コロナウイルスの影響により大きく社会が変化しました。適切な距離を保ちながら名刺交換ができれば、感染リスクの軽減にもつながりますし、対面で会うことができない状況でもビジネスのやり取りを始めることができます。感染の拡大を防ぎ、経済活動を止めないために「オンライン名刺」をいち早く提供することが私たちの役割と判断。開発を前倒し今回のリリースへと至りました。

リモートワークが普及し、初めての商談がオンラインで行われることも増えてきているかと思います。時間や場所に融通が利きやすくなる一方で、直接対面しないことで商談相手の正確な部署名や連絡先など、詳細なビジネスプロフィールを蓄積することが難しくなっている側面もあります。そのような状況でも、「オンライン名刺」を利用してもらうことにより、対面と変わらない名刺交換の体験を実現できると私たちは考えています。

いま企業が取り組むべきブランディングは?

──5月29日には、日本経済新聞と読売新聞、朝日新聞にて、全15段の新聞広告も掲載されていましたよね。
今回掲載した内容は、「オンライン名刺交換、はじまる。」というメッセージに、ボディコピーとして、「こんなときだからこそ、一つひとつの出会いを大切にしたい。」という言葉を添えた、シンプルなものになっています。
5月29日(金)に掲載された新聞広告
5月29日(金)に掲載された新聞広告
政府から「新しい生活様式」が発表され、そのなかには名刺交換をオンラインで行うことも推奨されていました。しかし、そう言われたものの実際にどうやってオンラインでの名刺交換を行うのかは、イメージがつかない人が圧倒的に多いと思います。緊急事態宣言も解除され、一時事態は落ち着きを見せていますが、また第二波や第三波が来て、事態が深刻化してしまう可能性もないとは言い切れません。そこに備えるためにも、「オンライン名刺」について、私たちSansanの考えやスタンスとともに発信することが必要だと考え、新聞広告を掲載することになりました。

──一方で、「多くの企業で広告費が削減されている」というニュースもあるように、企業のブランディングは、いまとても難しい状況にあるのではないかと思います。田邉さんはSansanのCBO(Chief Brand Officer)という肩書をお持ちですが、この状況下での企業のブランディングについて、どのようなお考えをお持ちでしょうか?
おっしゃるとおり、現在のこの状況はブランディングの目線においては、とても苦しいものです。それは多くの企業で同じような状況になっているかと思います。特に私たちSansanは、出会いの証である名刺を事業としていることから、「出会い」をブランディングの根幹においてきました。手土産文化やノベルティなど、そのための独自の企業文化を育てていましたが、対面の「出会い」を今回の事態では絶たれてしまいました。

苦しい状況のなかで、自社のブランディングのためになにがやれるのか。私がたどり着いたのは、「自分たちが何者なのかを見つめ直す時間」として活用することでした。家にいなければいけなくなり、対面での出会いの機会が減ったということは、裏を返せば内面を見つめる時間が増えたということです。「自分たちはそもそも何者で、なにができるのか、そしてなにをしたいのか」。自分たちの内面とあらためて向き合うことで、今後自分たちが本当にするべき動きを再確認でき、行動が洗練されていきます。そう思うと、このような機会も、結果的にブランディングにつながっていくのではないかと私は考えています。

私の場合、Sansanの内面と向き合った結果としてたどり着いたのが、「どんな状況であれ、人が出会っていくことは変わらない」ということでした。外で行動ができなくなっても、リモートで画面越しに人と人が出会うようになったように、どんな時代や状況でも、人同士が出会うことがなくなることはないと気づきました。だからこそ、どのような出会いも変わらずに大切にしてほしい、その後押しをしたいと思ったのです。その思いを形にしたのが今回の新聞広告でした。

今回は広告という形になりましたが、広告に限らず、自社が向かおうとしている方向や自分たちの存在意義を再確認することは、企業にとって、とても意味のあることです。より強い組織になっていくと思いますし、いままで気づけなかったことが見えてくることもありますから。ブランディング以外の面で考えても、いまここで内面と向き合うことにかけた時間は決して無駄にならないと、私はそう思っています。

制約があるからこそ、クリエイティブはより輝く

──Sansanといえば、松重豊さんと野間口徹さんが出演している「それさぁ、早く言ってよ~」というフレーズのシリーズCMも印象的です。その新作CMを6月8日より放映開始したとのことですが、こちらはどのような内容になっているのでしょうか?
今回のCMは「オンライン名刺」をテーマに、シリーズ第7.5弾として、松重さんと野間口さんがリモート会議をしている様子のCMになっています。いままでのシリーズは前作の続きとなるストーリーが展開されてきましたが、今回はスピンオフという位置づけにしているため、ナンバリングも第8弾ではなく、第7.5弾としています。また今回のCMでは、制作期間が特徴的で、企画から放送まで約3週間の突貫で行いました
──ということはGW明けの5月上旬ころから企画がスタートしたというとこでしょうか? とてつもないスピード感ですね…! 
そうですね。通常のCMではどれだけ早くても放映まで3カ月ほどの時間を要していましたから、今回のCMは類を見ない短期間で制作を行いました。

本来であれば、前回の続きなる第8弾のCMを制作する予定だったのですが、緊急事態宣言が発令され撮影が困難となったため、CMの制作自体を保留にしていました。けれども、政府から新しい生活様式の発表があり、その中で「名刺交換はオンラインで」と言及があったことと、前述した内面を見つめ直す期間を経て、「なにかできないものだろうか?」と考えをあらため、急遽第7.5弾のCMを制作することを決めました。

今回のCMでは、すべての過程にリモートでの作業を取り入れています。企画会議はもちろん、撮影自体も必要最小限の人数のスタッフが立ち代わりでスタジオをセッティング。松重さんと野間口さんには、セッティングが完了した部屋に一人で入っていただき、PCに向かって演技をしてもらいました。つまりカメラマンも不在です。その後の試写もリモートで確認し、納品…という形で進行していきました。このような過程で制作を進めていくのは当然初めてでしたが、案外できるものだなと終わってみて思いますね(笑)。

──今回リモートでのCM制作を経験してみて、新しく気づくことなどはありましたか?
環境が大きく変化したときには、「いままでになかった新しいものが生み出されていく」と実感しています。新しいものを狙って生み出すことって、やはり簡単ではないですよね。今回経験したリモートでのCM制作なんて、その最たる例です。きっとこういう機会でもなければ、リモート制作というクリエイティブアイデアは生まれていなかったと思います。そう考えると、すばらしいクリエイティブアイデアというのは、制約があってこそ生まれていくものなのかもしれません。なにもないキャンパスから自由な発想でつくり上げていくよりも、禁止事項や使える道具の制限などがあるような、ある程度の枠が決められている状況。それらの制約があるからこそ、それを越えるクリエイティブが生まれたときに、人は感動し、すばらしいと感じるのだと思います。

広告やクリエイティブ、それ以外にも、世の中に発信していくものには必ず届けられる側の人がいます。そして、クリエイターには受け手が必要としているものを発信していくことが求められます。そこで求められているものはきっと、世の中の問題を解決、改善するためのものなのです。いまの世の中に即したものを発信していくことの重要性を今回のCM制作であらためて実感しましたね。

オフラインとオンライン、それぞれに拡がる世界

──Sansanではインハウスクリエイティブチームの「Juice」を構えているかと思います。今回の事態による影響はなにかありましたか?
Juiceでのクリエイティブ活動は、正直難しい状況です。オンラインで効率的に作業ができるようになった部分もありますが、オフラインでのセッションができず、どこか停滞感が漂っています。そのような状況のなかで、Juiceのクリエイターたちのなかでは「触れられるものをつくりたい」という熱量が高まっていると感じています。
Sansanでは現在、オンライン名刺の普及に注力しています。しかしその一方で、実際にモノを手に取るようなリアルな体験を求める人も増えていると感じています。やはり、直接対面で名刺交換をすることと、画面越しで行うことには違いがあるのです。そう考えたとき、私たちが取り組むべきなのは、すべてをオンラインに置換していくことではなく、オフラインとオンラインのそれぞれに世界を拡げていくこと。広がった世界に合わせた新しい基準を設けることが重要なのだと思っています。

──確かに、リアルが制限されたことで、DX(デジタルトランスフォーメーション)が大きく進んだ一方で、リアルでの体験の価値も高まっている兆しはありますね…。
名刺そのものや名刺交換という行為をデジタル化することで、時間や場所の制約は大幅に緩和されました。ですが、現状デジタルでは再現できないこともあります。例えば、名刺の紙質。手で触ったときの体験にこだわった名刺のすばらしさを伝えることは、データでは不可能です。ほかにも色味にこだわったものや立体的なデザインの名刺などがあるように、いまはまだ、オフラインのすべてをオンラインで置換することはできません。だからこそ、オフラインとオンライン、それぞれの体験に対応した基準を設けていくことが大切になっていくでしょう。

私は、なにかが始まるときには必ず「人と人」が存在していると思っています。これは100年前の世界でも、そして100年後の世界でも、きっとその構造は不変だと思います。時代はこの先も大きく変化していくと思いますが、変わらない出会いの構造のもとで、この先も私たちにできることに取り組んでいきたいと思います。

──新しい生活様式の一つである「オンライン名刺」を軸にブランディングやクリエイティブ、そしてこの先の未来について田邉さんにお話しいただきました。予測がつかない出来事が繰り返されていくなかで、Sansanがこの先どのような未来を築いていくのかとても楽しみです。お話いただき、ありがとうございました!

※2020年6月11日 記事の内容を一部修正いたしました。
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