──映画『そうして私たちはプールに金魚を、」(以下プー金)拝見しました。私は地方都市出身なので、映画の舞台である狭山の閉塞感に共感できる部分があったのですが、東京都出身の長久さんがなぜあのようにリアルに表現することができたのかが疑問でした。
僕は人の気持ちがわからないタイプなので、登場人物はほぼ僕の気持ちです。ある時期、本当に会社を辞めたかったときがあって。「プー金」の狭山は電通という会社のメタファーで、辞めたいけど、辞めてしまうのも怖い、映画の技術もないただの素人だったから辞める勇気もなし、でも辞めて抜け出さないと、という焦燥感がありました。こうした当時の僕の状況を映画に置き換えたんです。その閉鎖された環境の中で、ちょっとでもあがこうと思って。だから、あれは僕個人の話なんです。
──そんな裏設定が! あと印象に残ったのは劇中の言葉、パンチラインの連発だなと感じました。
映画の中で、とくに「言葉」と「音」が好きなんです。だから制作過程ではシナリオ書きとMA(音声編集作業)が一番好きです。

──言葉のセンスはもともと広告のお仕事をされていて、コピーライターの素養がおありだからなのかと思ったのですが…。
いえ、僕自身、広告コピーを書く実力は低いと感じています。以前宣伝会議のコピーライター養成講座に通っていたことがあるのですが、コピーって学んでみて思ったのが、僕の好きな言葉とは距離があるなと。

──映画のセリフのセンスと広告コピーのセンスは別モノだと?
僕は意味のない、右脳的な言葉が好きなのですが、でもそれは商品を体現する言葉ではないので、商品の最適解じゃないと思うんです。

──ノイズを入れるのが広告だと成立しないということですか?
成立はしても、商品やクライアントにとって最適ではないと思っています。そういう考えなので、僕は広告で暴れられないんですよ(笑)。真面目になっちゃって。

──戸愚呂兄弟のプロモーション(※編集部注:ゲームアプリ「モンスターストライク」と漫画「幽☆遊☆白書」がコラボレーションしたテレビCM)などはだいぶ暴れている気がするのですが…。
あれは最適解だと思ってやってます。あくまで、どこまでも商品を真ん中に置いているので。
──なるほど、こうしたクリエイティブ論がどのように積みかねてきたのか、改めて長久さんのキャリアについてお伺いしていきたいと思います。
大学は青山学院大学のフランス文学科卒なのですが、ダブルスクールでバンタンデザイン研究所に通ってました。ここで映像の勉強をしていたのですが、電通入社して最初の配属は営業でした。その後、山本高史さんが受け持つコピーライター養成講座に通い、クリエイティブの転局試験を受けて、晴れてCMプランナーになりました。それが25歳ぐらいですかね。その後、シンガタの黒須美彦さんに10年ぐらい師事しています。

──最初、営業だったんですね!
実はそうなんです! けど、楽観的なので営業も楽しんでやっていました。営業のときから、クリエイティブディレクター(CD)のように俯瞰的な視点を持って臨んでいたので、プランナーになってからも一人で全行程やることも多かったです。あと、今のクライアントの社長に直で仕事を取ってくるスタイルは、営業時の経験が活きていますね。クライアント目線で、何が楽しいのかなって考えるのが好きなので。営業も楽しんでやっていました。

「クリエイティブ×PR」視点

──クライアント目線、大事ですよね。その他に広告クリエイターとして今後どういった考え方が必要だと思いますか? 
5、6年くらい前にPRの面白さと重要さに気づきました。発表会イベントの仕込みとか、自分で広告つくってリリース書くのがすごく楽しくて。広告が跳ねるかは、プレスリリースにかかってる。この映像でどう笑わすかよりも、発表会をどのタイミングで仕込むかの方が大事だなと思うタイミングがあって。そう思ったら、職人クリエイターが「この表情がどうこうだ」とこだわり続けるのって意味がない、自分のエゴだなって思ったんです。となるとPRも制作もやらなきゃいけない。でもその方が本当に良い広告になる。それはつまりクライアントのためになる。これは今後、広告クリエイターに必要になる考えなのかなと思います。

──そのPR目線は、自身の映画作品にも活きそうですね!
まさしく、そうなんです。漫画などの原作がある映画ばかりになっているのは、固定のファンの集客が見込めるからです。僕のようなオリジナル脚本では、映画配給会社の人たちはヒットするか不安を感じているんです。そこで、PR目線です。こうしたら人が入るっていうPR設計からつくるから、オリジナル脚本でも安心してもらえる。本当に自分がやりたいことがあって、それを成立させたり、世の中に届けたりするためには、ここまでやらないと。

──それは広告業界出身だからこそですね。脚本をつくると同時にPR戦略も練るなんて。
企画書を出して、最後にこうやって山をつくります!という説得をします。一方で、映画の中身は好きにやらせてくれと交渉します。そこはPRとは切り離されているから。こうやって交渉して、脚本は1文字も直させない(笑)。

──それも営業やCDとしてクライアントと交渉をしてきたからこそですね(笑)。
ほんとに営業でよかったなと(笑)。こうやって得た視点を活かして、好きにやらせてもらっているけど、その視点がなかったら、今ごろ本意じゃない映画とか撮らされていたかも。どうやったら世の中に波及していくかを理解した上でつくりたかったものをつくると、本当にすごく拡大できて、ハッピーなんです。遠回りしてよかった!と思いますね。

二足のわらじメリット・デメリット

──二足のわらじのメリットとして、“世の中のニーズを探れる電通”と“コンテンツメーカーとしての映画監督”いう両方の目線があることを以前電通報で答えていらっしゃいましたけど、そこに通ずる話でしょうか?
出資社側の「何を求めていて、それに対してどういったソリューションを求めているのか」という情報は電通じゃなかったら入ってこないので、監督一本に絞るのではなく、その情報を得る場所として会社には身を置きたいなと。あと日本映画は制限がいっぱいあるんです。それに対して疑問を持たず取り組んでしまっていることも多いみたいなのですが、僕は「その制限って、そもそもなんであるんですか?」と疑問を投げかけることができる。わけのわからないNGに対して、フラットで対応できる。これはこれまでの電通での仕事で得られたので、すごく助かっています。

──慣習にとらわれずメスを入れられるのは、二足のわらじならではですね。その他にアイデアの着想などでも活きそうですが、どうでしょう? 
やはり広告と映画はコンテンツ体系が似ているようでまったく違うので、脳みそも心も全然違う部分を使います。広告の瞬間風速的な企画脳や手段は何でもありの精神を、映画に活かしていくことで今までにない表現が見つかるかもしれないので、模索していきたいです。

──逆に二足のわらじだからこそ難しいと思うことはありますか?
スケジュール調整でしょうか。「このCMやってくれない?」みたいな話をいただくことがありがたいことに増えたのですが、映画の撮影・編集でスケジュールを空けられなくて、来年の夏くらいまで長編で埋まってしまっているので。

──そうなるとクリエイターのマネジメントする人が必要になりますね。
うちの会社にも、僕をマネジメントしてくれる人をつけてほしいとお願いしています。会社のブランディングを考慮した上で、この案件はやるべきとジャッジをする人がいてくれると助かります。

──二足のわらじは、大変ですか?
大変ですけど、わらじは履けば履くほど面白くなる。やれることが広がって、自分の好きなことができる確率は間違いなく上がる。それに、僕としては精神衛生的にも良い。自分のペースで自分が面白いと思える映画のみを定期的につくっていける環境なので。実は4~5年前に仕事に没頭しすぎて体調を崩してしまって。今のままじゃだめだ、自分の好きなことに取り組まないと!と思い立って、2週間有給を取って『プー金』を撮ったんです。だから「自分の好きなことを心の中心に置かなくては」と今でも思っていて、ストレスフリーでいられるように過ごしています。

次回作は少年の冒険もの? 『スタンド・バイ・ミー』?

──映画に関して、今後の展開についてはいかがでしょう?
今、ちょうど撮影・編集中の次回作『ウィーアーリトルゾンビーズ』は、めちゃくちゃ面白い作品になっています!!
2019年6月公開予定の『ウィーアーリトルゾンビーズ』ポスタービジュアル
2019年6月公開予定の『ウィーアーリトルゾンビーズ』ポスタービジュアル
──『プー金』はギミック満載で、目まぐるしい展開で疾走感がありました。次回作は長編とのことでしたが、どのように表現するか気になります。
そのままです! 見たあと疲れると思います(笑)。けど、疲れる映画もあっていいと思うんです。見やすくて感動的な映画は、他の人がたくさんつくっているので。僕はその使命を負わない。

──以前Twitterで映画『カメラを止めるな!』について言及して、「分からないこと、腑に落ちないこと、意味深だけど意味が明瞭でないこと、なのに美しく胸を掴まれること」とツイートされていましたが。
まさにそのゾーンの表現がもっと世の中にないといけないと感じています。人生の中で結論なんて明示してこないから、明示されないことをもっと受け入れたほうが良いと思うんです。理由や動機が明瞭でなかったりすることの方が多いのに、世のストーリーは人の心を明瞭に表現しすぎていて、それが当たり前になりすぎているのが危ない。カメ止めは本当に明瞭じゃないですか。それを見て、改めて僕が進んでいく領域がはっきりしました。
──『プー金』では、「結局私たちがやったことに意味なんてない」というオチでしたね。
自分もわからないし、人が決めるものでもないっていうのを伝えたかったんです。

──次回作でも同じテイストですか?
今回は4人の子どもの冒険モノをつくりました。僕が描きたいのは『プー金』と一緒で、今この瞬間のこととか、どうしてこうなったかわからないけど生きるしかないみたいなことで、そういった思想は今回も引き継いでいます。成長しなかったり、悲しいことが起きているのに泣けなかったり。

──お涙ちょうだいのわかりやすいストーリーではないんですね。
『プー金』は「泣いてる?」「泣いてねぇ」というセリフで終わるんですけど、次回作も「泣いてる?」「泣いてねぇ」で始まるんです。

──セルフオマージュ! いいですね! では最後に、映画ではなくクリエイターとして、今後の展開はどのように考えていますか?
SNSが発達したおかげで、日本の閉じられたマーケットではなく、グローバルでいろんな人に見られる時代になっています。もちろん「自分がしたいものをつくる」前提で、プラス「どうすればみんなが話題にしやすいのか」という、PRのグローバル視点を持つべきだと思います。そして、それは日本と関係なくてもピックアップされる個性的なオリジナリティを持ったほうがよいかなと。テーマとトーンとテンポ感でオリジナリティを発揮していきます。僕の作品は、「アニメのテンポ感」と「古き良き日本映画」の要素を足し合わせた結果、ネオジャパニーズという評価を受けました。どうしたら新しく見えて、人がピックアップしたいフレッシュなものに見えるかっていう視点が大事かなと思うんです。

──クリエイターの活路は“鮮度のある視点”ですね。いろいろと示唆に富んだお話ありがとうございました。
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