子どものころから「異世界」に憧れていた

──喜々津さんは、もともとWebデザインやコーディングの仕事をされていました。「XR」(VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)など先端技術の総称)という新しいテーマには、どのようにして出会ったのでしょうか。
当時、テクノロジー好きの開発者向けイベントに参加して、「なんだかVRというものがあるらしいよ」と耳にしたことがきっかけです。

僕は子どものころから、「異世界」が好きでした。ドラえもんが出す道具や、アニメ『攻殻機動隊』の世界観にすごく惹かれています。これらはファンタジーにすぎないわけですが、先端テクノロジーを使えばそこにたどり着けるかもしれないなと。ありきたりかもしれないですが、そんなところから興味を持つようになりました。

──イベントでの出会いがきっかけで、最先端技術にどっぷりはまっていったのですね?
はい。勤めていたWeb制作会社で新規事業部門の立ち上げに関わり、XRやIoT(モノのインターネット)、プロジェクションマッピング(立体物に映像を投影する技術)など、どんどん出てくるインタラクティブな技術を使って、新しいエンターテインメント体験を生み出す活動をするようになりました。

初めはデザイナー兼エンジニアだった経験を活かして自分で制作まで担当していましたが、技術に詳しいメンバーが増えてからは、プロデューサーとして、企画提案を行ったり、クリエイティブディレクターとして制作を統括しました。おそらく国内初のMRデバイスを使ったイベント企画や、バーチャル歌手のライブ企画も手がけています。

──まさに「異世界」を現実に体験できるようにする仕事ですね。そもそも、なぜ「異世界」に惹かれるようになったのですか?
幼いころ、ジョルジョ・デ・キリコが描いた『通りの神秘と憂愁』という油絵を知ったんです。光の中にいる少女が不気味な影に向かって走っていく、暗く寂しい絵です。デ・キリコは形而上(けいじじょう)派を確立し、夢に出てくるような不可思議な世界を表現しようとした画家です。子ども心に、あの雰囲気にすごく惹かれるものがあって。そこから「異世界」に目が向くようになったように思います。いまでもなにかアイデアを出そうとするとき、「異世界」の原風景としてあの絵を思い浮かべることが多いですね。

先端技術をエンタメからビジネス活用のフェーズへ

──エンタメの分野から、現在の電通デジタルに移ったのはなぜでしょうか。
新しいテクノロジーに共通して言えることですが、生まれたてのころは、どんな形で実際に活用できるのか、未知数なことがほとんどです。だから、まずアートやゲームなどエンタメ分野で新しい体験や表現として広まることも多い。そうして遊びのなかで実験を重ねて、世の中の人たちのニーズを探っていく。ビジネスに活用されるのはそれからです。収益化にはさらに時間がかかります。

XRも、まだ一部の“新しいモノ好き”の人たちがエンタメツールとして楽しんでいる段階から抜けきってはいません。これをさらに一般の人に広げて、ビジネス活用の段階にもっていくことができたら、社会はきっと面白くなるし、より良くなる。僕はそこにチャレンジしたくなったんです。それで電通デジタルへ。デジタルテクノロジーで企業のコミュニケーション活動をサポートしている会社ですから、その手法として先端技術を取り入れることは難しくないだろうと思いました。
とはいえ、入社したときは先端テクノロジーを専門に扱う部署がありませんでした。そこでいま、配属先(CXクリエイティブ事業部)の上司に相談し、会社の研究開発の一環としてチームを立ち上げようとしています。XRやIoT、メタバースなど先端技術について研究する、組織横断型のプロジェクトです。

電通デジタルには、新しい技術に興味がある人がたくさんいます。なかには、優れた開発スキルを持った人もいます。でも、「先端技術を使いたい」というクライアントニーズはまだ多くはなく、せっかくの能力を発揮できずにいる。そういったメンバーを集めたら、情報やアイデアが集積されて、先端技術を活かした企画提案ができるようになるのではないかと考えたのです。

まだニーズが少ないと言いましたが、近い将来には、企業のコミュニケーション活動においてXRが使われるようになると考えています。製品やサービスのPRはもちろん、ビジョンなど無形の価値までも、リアリティーのある「体験」としてユーザーに提供できるからです。

──そうなると、企業のコミュニケーション活動は、どんなふうに変わりますか?
Webサイトやブログといったオウンドメディア(自社で保有するメディア)のように、「オウンドメタバース」を運営することが一般的になるでしょうね。さまざまな企業による無数のコンテンツが立ち並ぶと、ユーザーに見に来てもらうためにSEO対策も必要になります。データの分析、解析を得意とする電通デジタルにとっては、ここにも活躍できる場があると考えています。

メタバースは「生きやすさ」の選択肢になる

──「異世界」を現実のものにする、究極のカタチがメタバースと言えると思います。喜々津さんご自身はメタバースをどう思っていますか。
世界平和につながる。大げさではなく、本気でそう思っています。

これからは、VRゴーグルを着けると、視界いっぱいに街が広がり、自分のアバター(分身キャラクター)を動かしてさまざまな体験ができます。アパレルショップで試着して実際に購入したり、友だちとゲームや雑談を楽しんだりして、リアルの世界と同じ感覚で日常生活を送ることができます。

これは、生活空間が広がったという単純な話ではありません。私たちが生きていく上での選択肢が増えたということなんです。なんらかの理由でリアルの世界に生きづらさを感じている人には、「バーチャル空間で暮らす」という選択肢になる。また、例えば身体的に重度の障がいがあり身体を動かすことに制限があるといった場合でも、バーチャル空間ならではのスキルを活かした働き方が実現できるかもしれない。人が多様に自分らしく生きられるということは、世界平和を実現する礎になると思うのです。

メタバースを人が生きていく上での選択肢の1つとして見ると、最も大事なのは住人を増やすことではありません。メタバースを必要とする人たちが幸せになれる選択肢に育てていくことです。

例えば、メタバース上につくったコミュニティーで、遊べることやできることを増やしていく。人はもともと群れて暮らす生き物です。リアルでの人付き合いが苦手な人でも、バーチャルで誰かとつながることができたり、匿名のまま好きなことを語り合えたりする場が増えれば、安心して暮らすことができます。自分の価値観や性格、そのときの心境に合わせて自由に集団を出入りできる空間ができるというのは、誰にとっても幸せなことではないでしょうか。

──仮想空間は無限に広げられるわけですから、究極的には領地を奪い合うための戦争をなくすことができるかもしれない。
そうだといいですよね。ただ、住人が増えてコミュニティーができれば、人類学的、社会学的にさまざまな問題が起こります。いいことばかりではない。あらゆることがそうであるように、メタバースにも影の部分があります。

メタバースを運営するメタ(旧フェイスブック)が、メタバース上でのセクハラ対策として、自分とほかのアバターとの間に一定の距離が保たれるように設定できる機能を追加しましたよね。このような配慮も必要です。メタバースは人々の居場所になる、もう1つの社会です。より良い社会をつくっていくべきだと思います。
──メタバース上でどんなことができれば面白いと思いますか。
映画『マトリックス』に登場する人たちは、仮想の世界でさまざまな機能を自分にインストールし、カンフーやヘリコプターの操縦ができるようになります。あんなふうに能力強化できるといいなと思います。急に空手がうまくなったら、すごいじゃないですか(笑)。

それと、ほかの何者かに憑依(ひょうい)する体験が当たり前になると面白いですよね。SNSだと本来のアカウントとは別に複数の「裏垢(うらあか)」を持つ人が少なくありません。同じように、メタバース上ではいろんなアバターが使えて、いろんな自分になることができます。なりたい自分になって生活できたら、すごく生きやすい。それを実現するのはメタバースの社会的役割の1つだと思います。

──確かに、なりたい自分って1つではありません。そのときの状況や感情でさまざまなものになれたら、楽しく生活を送ることができそうです。皆さん、なにになりたがるでしょうか?
知人は、猫のアバターを使っています。「みんなになでてもらえるから」って(笑)。実際の彼は、プロレス好きで、ひげを生やしたワイルドでかっこいい人なんですけどね(笑)。

僕はVRアクターになってみたい。メタバース上だけで映画に出る俳優です。リアルでは難しいですが、バーチャルならすごい個性派俳優になれると思う(笑)。

──メタバースによって、生きる上での選択肢が増え、社会がより良くなるのであれば、早く一般化することを期待したいです。それにはなにが必要でしょうか。
メタバースのなかでの暮らしを当たり前のことにするには、「現実とリンクしている感じ」をどこまで再現できるかにかかっていると思います。例えば、ハプティクス(触覚技術)の研究もメタバースと共に盛り上がっています。ユーザーに振動や動きを与えることで「実際にモノを触れているような感覚」など、人間の五感を再現する研究です。コンテンツの世界に入り込む没入感を高めることができますから、メタバースの普及を後押ししてくれます。

しかし、より深く身体をリンクさせるには、そもそもVRゴーグルやさまざまな装置が必要で、ハードルが高い。思い通りにアバターを動かしたり、VTuber(バーチャルユーチューバー)として活躍したりするにも技術が必要です。現実とリンクした世界に暮らしている感覚を持つには、誰もがぱっと気軽に使えるように、ハード面が進歩しなければなりません。これにはちょっと時間がかかるでしょうね。

──「メタバースは人が生きるための選択肢」というお話が印象的でした。好きな仕事に就ける人は2~3割だと言われていますが、このサイトの編集人としては、もっと多くの人が好きな仕事に出会い、楽しく生活してほしいと思っています。メタバースという空間が広がることで、夢をかなえる人が増えたらうれしい。もちろん法整備も含め、解決しなければならない課題は山積みですが、リアルとバーチャルの世界を自然に行き来できるときが早く来るといいなと思います。本日はありがとうございました。
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