知識不足を痛感し、個人事業をスタート

──noteのCDOに就任と同時期にご自身の会社も設立されていたそうですね。まずは現在の宇野さまの働き方についてお聞かせいただけますか。
note の仕事を主軸として、ほかに個人で2つの会社を持っています。

1つは、自身で立ち上げた法人「Fluid Design inc.」で受けている仕事です。ここでは、デザイン顧問・アドバイザーや、サービス企画・制作などを引き受けています。前職であるクックパッド在籍時から個人事業主として仕事を受けており、その案件数が増えてきたため、2022年に法人化しました。とはいえnoteが本業ですので、Fluid Designでの仕事は毎朝10時までと定め、その範囲で対応できる仕事だけを引き受けています。

もう1つは、Webサービス「MEEET」のデザイン担当としての仕事です。私と友人3名の、4名だけで開発・運営をしており、法人化こそしていますが、売り上げはまったく立てていません。ほとんど趣味の、友だちと楽しくデザインをできる場所ですね。

──現在の働き方に至る経緯を教えてください。
本業はnoteでやっていくと決めていたのですが、いろいろな知識や経験を得る機会を大事にしたいと考え、今も個人の仕事を続けています特に、デザイン顧問・アドバイザーを引き受けることで、いろいろな企業の経営・マネジメント層と話ができる。こうした機会の重要性は、前職クックパッドでの経験をきっかけに強く感じていました。

クックパッドでは、入社当初はCEO室所属のデザイナー。仕事のスタートは、自分の仕事をCEOとディスカッションしながら決めることでした。最終的にはVP of Design、デザイン戦略部本部長という肩書を担ったこともあり、経営メンバーとデザインの話をする機会が多くあったのです。

実は、このような経営メンバーとのディスカッションに参加した当初は、まったく話についていけませんでした。言葉の意味は理解できても、自分の中で整理ができず、何を言っているのかわからないという状態で。このポジションで仕事をしていくには、能力と知識が足りていないと思い、まず社内で積極的にインプットをし始めました。

そして、他社の経営層ともディスカッションすることで、より能力が高まれば、その会社にもクックパッドにもよいアウトプットとして還元できるようになるのではと考えました。ありがたいことに、デザイン顧問・アドバイザーの依頼をいただく機会があり、副業として仕事を受けるようになったという経緯です。

──ご自身のインプット・アウトプットの意味合いも含めて、個人事業を始めたのですね。
いろいろな経営者と話していて感じたのは、経営者の数だけ考え方があるということ。デザインについての考えも人によって異なり、そこに良し悪しはありません。それぞれの考えを聞き、私もアウトプットを重ねていくことで、結果的にデザインの在り方を多面的に考えることもできました。

note 執行役員 CDO 宇野雄さん<br />
制作会社やソーシャルゲーム会社勤務の後、ヤフーへ入社。Yahoo!ニュースやYahoo!検索などのデザイン部長を歴任し、その後クックパッドでVP of Design/デザイン戦略本部長を務める。2022年2月よりnote 執行役員 CDOに就任。東京都デジタルサービスフェローのほか、数社でデザイン顧問・フェローも請け負う。
note 執行役員 CDO 宇野雄さん
制作会社やソーシャルゲーム会社勤務の後、ヤフーへ入社。Yahoo!ニュースやYahoo!検索などのデザイン部長を歴任し、その後クックパッドでVP of Design/デザイン戦略本部長を務める。2022年2月よりnote 執行役員 CDOに就任。東京都デジタルサービスフェローのほか、数社でデザイン顧問・フェローも請け負う。

独立か、転職か。自分の価値を最大化するために

──改めて、これまでのご経歴についても教えてください。
キャリアのスタートは、Webデザイナー・ディレクターでした。小さな制作会社で、クライアント対応もしていましたね。その後ゲーム会社を経て、2013年2月にヤフーのデザイン責任者・デザイン部長に。丸6年働いて、2019年2月にクックパッドに転職しました。

3年間在籍したクックパッドでは、責任あるポジションも任され、信頼されていたと思います。転職を考えたのは、評価されている分、コンフォートゾーンで仕事していて、チャレンジしていない思いを抱えていたから。それをCEOに相談し、「環境を変えてチャレンジする」という決断をしました。

──まだまだ期待されている中での退職の決断は容易ではないですよね。
そうですね。だから、退職ギリギリまで次の仕事について決められずにいたんです。クックパッドに在籍している間は、目の前の仕事に全力で打ち込みたかった。実は、この頃に一度、noteの代表である加藤とCXOの深津から声をかけられていたんです。まだ次の仕事を考えられるタイミングではなく、当時は前向きな返事ができなかった覚えがあります。

結局、転職の話を進めるのは一旦控え、退職を3カ月後に控えた頃にようやく自身の進む先を考え始めました。まず選択肢として考えたのは、独立するか、企業に属するかでした。個人事業主としての仕事で、十分にやっていける気もしていたんですよね。

──独立も考えていたのですね。どうして企業に属するほうを選んだのでしょう
改めて今自分がどのように働きたいかを考えた時に、1人でできることよりも組織でしかなし得ないことに挑みたいと感じたんです。組織の中で、スペシャリティを発揮して、自分の価値を最大化するやり方を考えていくほうに興味があったのです。

それで、会社で働くならnoteがいいと思いました。noteは、「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」というミッションを掲げ、文章やマンガ、写真、音声投稿が可能なメディアプラットフォーム「note」を運営しています。1人のクリエイターとして、このようなミッション、事業に共感していたことも後押しして、2022年2月にnoteへ入社しました。

デザインの価値を高めるためにこそ、デザイン組織を解体した

──noteでの仕事についてお聞かせください。
入社を決めた当初は、デザインの統括を担ってほしいとは聞いていたものの、「どんな肩書にします?」というところからのスタート。これまでのnoteでは、CXOがUXの延長としてデザインも見ており、経営層にデザイン専任メンバーがいませんでした。今後の事業成長のため、より一層デザインを重視していきたいという代表の考えを受け、CDOに就任することとなりました。

そして、経営層とディスカッションしながら経営戦略やデザイン戦略の解像度を高め、自身のすべきこと、仕事を明確化していきました。その中で、まず行った大きな取り組みのひとつが、デザイングループの解体でした。

──デザインの最高責任者でありながら、デザイングループの解体に着手した。その理由は何だったのでしょう?
noteにおいてデザイナーがさらに力を発揮するには、事業の中心を担うプロダクトや事業開発チームの一員であるべきだと考えたからです。デザイングループという別部署にいてはいけないと思いました。

そもそも私は、デザインは会社のみんなで考え、つくっていくものだと捉えています。そして、その中でデザインをリードするのがデザイナーである、そうあってほしいと考えているのです。

──デザインを会社全体でつくるとは具体的にどういうことでしょうか?
例えば、「チラシをつくってほしい」「パッケージを改善したい」といったオーダーをインハウスデザイナーが受けたとします。このとき、「なぜチラシが必要なのか」「なぜパッケージを変えたいのか」という課題や目的については、デザイナーよりも各部署の担当者のほうがよく知っています。デザイナーは各部署の担当者の話を聞きながら、デザインに関する専門知識や経験を活かし、その目的を達成するのに必要なものを一緒に考えていく。そうすると、目的に即した制作物をつくることができます。

実際に、私は経営層という立場上、社内のさまざまな課題を聞く機会が多くあります。人事部から、新しい社内制度をどのように伝えるべきか相談されたことも。そういう時に、何を伝えたいのか、目的は何なのか、どのような効果を求めているのかを解きほぐす。そうすることで、どのように課題を解決しようか、デザインがどんなふうに役立つのかという議論ができます。

時には「この課題はデザインでは解決できないかもしれない」と言わなければならないことも。「デザイン以外の方法で解決すべき課題です」という提案ですね。ある意味でデザインの敗北のようでもありますが…(笑)。「デザインで何ができるか」を適切に判断し、デザインを牽引できる存在こそがデザイナーであってほしいと考えているのです。そして、それが実現した時、デザインの価値やデザイナーの重要性はさらに大きくなります。

こうした考えのもと、デザイン組織を解体し、プロダクト・事業開発チームにデザイナーを配属しました。各部署の担当者とデザイナーがもっと近い距離でコミュニケーションを取り、デザインについてディスカッションしやすい体制にしたのです。私自身も、プロダクトや開発に向き合う時間を増やすようにしています。

──それが、宇野さまの考える理想のデザイン組織のあり方なのでしょうか。
あくまで「今のnoteにとっての最適解」です。なぜなら、組織のあり方というのは、さまざまな変数の組み合わせによってベストアンサーが異なる、ベストが変わり続けるものだと思っているからです。

デザイン組織を立ち上げて成功している企業もあれば、成長のためにデザイン横断組織を解体する企業もあります。それぞれの経営層の考えや企業としての目標、事業規模など多くの要素によって判断されるべきものです。

大事なのは、限られた条件の中で、最適解を常に考え続けることではないでしょうか。デザイングループの解体も、noteというプロダクトに価値を見出しているユーザーに支えられている現状を踏まえ、プロダクトをさらに磨き込むために行なったことです。これから先、会社としてのフェーズやさまざまな要素の変動により、またデザイン組織を復活させるかもしれません。変わり続ける状況と目標に応じて考え続けなければならない。

──変わり続けることを念頭に、常に検討を重ねていく必要があると。
そう考えています。私はこれからも1年と言わず半期ごとに、どのような形がnoteにとっての最適解なのか考えていくつもりです。

これは、自分自身にも言えることです。自分がデザインを使って何をできるか、何を生み出せるか。今の私のミッションは、デザインの力でnoteを成長させていくこと。目標を見据えつつ、変化に応じた最適を検討することを忘れずに仕事をしていきたいです。

──最後に、宇野さまの今後の展望についてもお聞かせください。
すごく先の未来の話をすると、70歳になってもデザイナーでいたいと思っています。できれば、クリエイティブディレクターでもアートディレクターでもなく、デザイナーとして、週3日、好きな仕事だけしていたい(笑)。

もともと、今のような責任あるポジションに就きたいと思っていたわけではなかった。Webデザイナーになりたいと切望してなったのだから、役職者なんかにならない!と思っていた時期もあったくらいで。

しかし、70歳でも現役デザイナーとして活躍するためには、あと30年は成長していく必要があるんですよね。そう考えると、今の仕事は、とてつもない財産になると感じています。デザイナー以外の他者の視点を取り入れながら、デザインの実務以外にもさまざまな経験をしてからのほうが、ずっとプレイヤーでいるより魅力的なものをつくれるようになる気がしたんです。

私の中心にあるのはいつでも変わらずデザインですが、これからももっとデザイン以外にも目を向けていきたいし、それを楽しみにしています。もしかすると、デザイナーという肩書きも名乗らなくなっているタイミングがあるかもしれません。それでも、その経験や積み重ねが、最終的にはまたデザインに集約されていくと思っています。そのようにして、ずっとデザインに関わり続けていきたい、それが私の目標です。

──自身のスペシャリティを発揮し、デザインの価値を最大限に引き出せるデザイナーでいられるか。デザインを内製化する企業も増える中、デザインおよびデザイナーが会社の目的に寄与していくためのあり方について、貴重なお話いただきました。そして、そのためにどのような組織の形を取るべきかを考え続けていくことが大事である。多くの組織の経営層に携わってきた宇野さんだからこそのお話だったように思います。本日はありがとうございました。

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