一緒にできる仕事をつくるためにコンテストに出る

──まず簡単にキャリアをお聞きします。
浅倉:はい。博報堂に2019年入社して5年目になります。行動を呼び起こすための体験デザインをする、アクティベーションプラナーです。2022年の10月に異動して、今、ハッピーアワーズ博報堂(HHH)に出向しています。

嶋元:僕は浅倉さんの1年前で2018年入社です。クリエイティブをやりたいと思っていましたが、最初の配属は別の部署でした。3年あまりで職種転換できる「転職試験」があるので、少しでもアピールできるように浅倉さんと自主的にコンテストに挑戦していました。宣伝会議の「販促コンペ」で2回、シルバーをいただいて、転職試験にも誠心誠意取り組んで、2021年10月にクリエイティブ局に異動できました。職種は僕もアクティベーションプラナーです。

──おふたりでペアを組んでコンペに参加したのはなぜですか。
浅倉:元々、私たちは大学が同じでした。私が1年生の時、新歓で2年生の嶋元さんに出会って、誘われて広告研究会に入りました。その時、私が所属したグラフィックチームのリーダーが嶋元さんで、仲良くなったんです。広告業界の魅力や博報堂ってすごくいい会社だというのをよく聞かされていました。それがきっかけで、この会社を目指したと言ってもいいです。
嶋元:僕が別の部署で働いている2年目に、浅倉さんが新人で博報堂に入ってきました。しかも、クリエイティブで(笑)

──それは衝撃的でしたね(笑)。嶋元さんは博報堂の先輩ですが、クリエイティブという意味では後輩になったということなんですね。
嶋元:そうなんです。僕が入社1年目、浅倉さんが大学4年生の時から、販促コンペをはじめとするいろんな公募コンテストに挑戦しているので、このペアはもう6年目になります。僕は賞を1つも取れなかったら、そもそもクリエイティブ局への転職試験を受けるのをやめようと思っていた。販促コンペで受賞したから、受ける資格があると思えたし、企画がやはり好きなんだなという気持ちも湧いてきました。

──販促コンペ、受賞できて良かったですね。
嶋元:相当頑張りました。アイデアを考えていた2020年の春ごろは、コロナの影響でずっと家から出られない時期でした。そんな中、ふたりで、ものすごい頻度でオンライン会議をするようになりました。

浅倉:その時から、週1で会議するのを始めました。今やルーティン化しています。

嶋元:ちゃんと結果が出たので、それ以降、コンテストに挑戦をする時には絶対に週1では会議をするようになった。それまでは対面で時々会って、他はLINEやチャットで進める形でした。ずっと先までお互いの金曜朝9時を抑えるみたいな感じで、予定をブロックしています。

──そういう公募の賞をやっていない時でも集まるんですか。
浅倉:はい。雑談というか、今週の学びなんだった?とかを話していますね。それぞれの先輩に聞いたこととか、あのCMを見たよ、とか。ほとんどは広告の雑談をします。

──雑談はアイデアを生む源という話もあります。では、BOVAの受賞作についてお聞きしていきます。
嶋元:僕にとって、コンテストは僕の存在を知ってもらうという意味合いもあります。クリエイティブに異動したてで、僕のことを知っている方が少ない中で、賞を取れば少しは覚えてもらえる。それと、コンテスト好きだったりもするので、浅倉さんを誘って、初めてBOVAに応募しました。

浅倉:私は、嶋元さんと一緒にできる仕事をつくりたいという思いがありました

嶋元:ペアでコンテストの結果を出したら、「あのペアに依頼したい」と指名で仕事が入るケースもあるじゃないですか。同じ職種ですが組織は別なので、なかなか一緒に仕事をする機会がなく、賞を取って浅倉・嶋元ペアに指名が欲しい、そんな気持ちもありました。

──営業が社内で仕事を依頼するとき、そのふたりにお願いしますということもあります。コピーライターとデザイナーが多いと思いますが、職能が違うので掛け算のペアな感じがあります。
嶋元:僕たちの場合は、お互いが同じものを好きなので、お互いがいいと思ったものを、こうしたらもっと良くなる、と足し算していく感じです。違う職能ではないこともあると思います。あと、浅倉さんのセンスを信頼しているので、彼女がいいと言えば、それはいいんだなという確信を持てる感覚もあります。

──企画のリトマス試験紙のようなものでしょうか。友達クリエイターなんですね。「ママを経験したクリエイティブは強い。をテーマにした動画」というBOVAの課題はどうでしたか、難しかったですか。
嶋元:難しかったです。テーマ以前の話として、僕たち2人はアクティベーションプラナーで、CMについては正直、苦手意識みたいなものがありました。しかし、僕たちが好きなアクティベーション的な企画、例えば、「注文をまちがえる料理店」なども、なぜ僕たちが知っているかというと、最終的には映像ストーリーになっていて、それを見ているから知っている。映像があるから広がっていくんだと気付いて、やっぱり映像から逃げられないよね、だったらつくらなきゃ、と思うようになったんです。​​​

自分で自分に呪縛をかけていた

──ふたりで考えている時、CMのスタッフは入っていませんでしたか。
嶋元:そうです。まずコンテやストーリーを僕たち2人で8~10案ぐらい出しました。そのほとんどが、「リアルイベントを実施して、その記録を映像作品にする」というアクティベーション的な企画でした。ところが、局内の上司に見ていただいたら、選ばれたのが唯一のCMらしい案で。そこから、ふたりで更に企画を詰めていき、やがて演出の段階になって、監督や他のスタッフの皆さんと話す形になっていきました。

──賞を取ったCMはその原案通りですか。かなり違ったものになりましたか。
嶋元:企画のエッセンスは同じですが、かなり違います。子育てを経た女性が面接に臨むという場面設定は同じ。違うのは、原案では、「前職の経験を教えてください」と聞かれた女性が、子どもをクライアント、父親を共同経営者に見立てて、子育てをしていた経験を「ベンチャー企業を経営していました」と話すという筋書きです。意外性もあるし、チャームもあるし、ネタバラシのオチもつくれるし、いいと思っていたのですが…。嘘が入っている気持ち悪さも正直、ありました。

浅倉:嘘があると、ママが実際にそれを見ても勇気が出たりはしないんじゃないか。つまり、この表現は適切ではないんじゃないか、と思い悩み、またさらに考えていきました。

嶋元:子育てはキャリアブランクだという固定観念を取り払うには、勘違いのようなインパクトがないといけないという、その大きな考えは残っていますが、表現の仕方は原案とはかなり変わりました。

浅倉:私は結婚していますが、いざ自分が出産したときに会社に戻ってこられるのかと考えたら、結構、自信が持てないんです。博報堂グループにはママさんクリエイターがたくさんいますが、私はああいうふうになれるのかな…と思ってしまって。出産と育児でブランクが空いたら、アイデアの考え方を忘れてしまうんじゃないか、子供のお世話で急に帰らなくてはいけなくなったときに周りに迷惑かけちゃうんじゃないか、とか。

考えているうちに、自分で自分に呪縛をかけていることに気付きました。上司とか、パパとか、そういう人たちに「理解してください」と訴えかけるCMは多くあります。私たちは、自信を持てないママさん自身に、「育休とか産休はキャリアブランクじゃないんだ」ということをメッセージとして伝え、呪縛から解放されるCMをつくりたいと思い、ふたりで一生懸命、話し合いを重ねていきました。

これから増えるソーシャルグッドな仕事のための準備

──そもそもこのマスメディアンの課題を選んだのはどういう理由でしたか。おふたりにとって、子育てはなかなか実感を伴いにくい経験だし、他の企業の課題もある中でどうしてですか。
嶋元:もともと社会課題を解決するようなアクティベーションを考えたい気持ちがありました。ただ、実務においては、「はい。では、やってみて」という都合のいいケースはほとんどありません。やはり商品やサービスを売ってほしいというものが多い。せっかく自分たちで課題を選べるコンテストですし、マスメディアンのものは1つの社会課題だなと思い、最初からやってみたいと考えていました。

浅倉:ソーシャルグッドを主目的とする仕事はまだまだ少ないように思いますが、これから増えてくる気はしていて。その準備をしたい気持ちもありました。

嶋元:パーパスという社会的意義の構築が企業にとって大切になると、社会との絆をどうつくるか、どういうアクションを取ればいいかを、より考えないといけなくなります。広告会社でも、パーパスに基づいた企業の活動に関する依頼が増えてきています。販促を超えた絆づくりやアクション創造を、勇気を持ってやっていく。僕たちにも、そんな仕事の依頼が来るといいなと思っています。

──社会的課題という上位概念な話と、CMという身近な共感の話とが混在してなかなか大変だったのではと思います。時間が流れるなかで共感をつくる作業も初めてだったでしょうし。
嶋元:本当に難しかったです。僕は字コンテを見て浅倉さんに、「これはどれだけゆっくり演出しても2分少しで終わる」って何回も言っていたんです。「変に要素を足さずに2分でさらっと見られる映像にしよう」って。ところが、いざ撮影して編集してみたら、監督から「3分にまるで収まりませんでした」と言われて。「え、そうなの?」みたいな感じで(笑)。

浅倉:課題の条件が3分以内でしたから。私は、3分間も飽きずに映像を見続けてもらえるようにするのは、とんでもなく難しいことだと感じました。時間の流れを計算してクリエイティブをつくっていく、その感覚が私たちにはあまりなかったんです。

──そんな中でも、子供を生み、育てたお母さんの気持ちへの寄り添いはとても感じましたし、「子育てはキャリアブランクじゃない。それは強いキャリアなんだ」というコンセプトも伝わってきました。
浅倉:あー、よかった。

嶋元:映像制作は自分の頭で想像していることと、違うことがかなり起こるんだなとも感じました。小道具とか、ナレーションとか、いろいろですね。自分の意見を言いたいと思った時に、どの段階でそれを言っていいのかも悩みどころでした。クリエイティブディレクターがいない、僕らが最終決定者になる映像制作の現場は初めてだったんですが、スタッフさんに「これでいいですか?」と聞かれた時に、みんなの目がこっちに向いていて、さて、どう返したらいいのか…と。でも、2人でそういう経験ができたのは、本当に貴重だなと思っています。

文化をつくりたい、助けを求めている人たちのために何かしたい

──では、広告業のことも含めて、今後のことをお聞きしたいと思います。
嶋元:まず僕から話します。就活の時、エントリーシートの1番上に書いたのは、「文化がつくりたい」ということでした。例えば、バレンタインデーを広めたのも広告だし、義理チョコやめませんか、と話題にしたのも広告じゃないですか。結局、幸せな習慣であれば、1度広まったら、何度も呼びかけなくても自主的に生活者がやってくれるようになる。そういう「新しい当たり前」がすごく好きで博報堂に入ったので、「新しい当たり前」をつくれるようになりたいと思います。「子育てはキャリアブランクじゃなくて、それは最強のキャリアなんだ」と今回、考えたのも、それが「新しい当たり前」になってくれたらいいなと考えたからですし、そういう仕事に携われたらいいなといつも思っています。

──「新しい当たり前」の提案は、定着すればずっと行われていく。それこそ、嶋元さんや浅倉さんのアイデアが永遠に残るかもしれない。
浅倉:すごく素敵なことです。新しい習慣が根付いて社会が楽しくなったら。

──社会的課題を解決する広告についていうと、最近、広告に携わる若い人はそこを強く意識していると感じます。
浅倉:私の祖母が認知症だったり、高校時代からの親友が病気で受験を諦めざるを得なくなったり。そんなことをすごく間近で見てきたので、助けを求めている人たちのために何かしたいな、という気持ちはすごくあります。ですので、私は将来的にはやはりソーシャルグッドに挑戦したいなと思っています。

──「至福の時間をつくる」がモットーの、HHHに出向を希望したのもその思いなんですね。
浅倉:そうなんです。異動に際して、改めどんなプランナーになりたいかを考えた結果、たどり着いた答えは「リアルな場を起点にしたソーシャルクリエイター」でした。誰かの助けを求める人を近くで見てきたからこそ、不自由を感じている人をあたたかい笑顔に変えられる企画をすることが、私の夢です

──最後に。おふたりともプランナーで、企画をつくるのが仕事ですが、今後、持ちたい能力はありますか。
嶋元:コピーライティングはうまくなりたいですね。企画を活かすという意味でも、言葉の力は絶大なので。コピーライターは、職人という形容が似合う職種だと感じます。

最近、クラフトという言葉が僕の周りで頻繁に使われるようになったんです。これまでは、ハッとするアイデアを考えるのは大好きだけど、グッとくるクラフトは得意な方にお願いしたい、という意識がありました。しかし、今回のBOVAを経て、心を動かすためには、最終的に生活者の目に触れる部分であるクラフトをつくり込む能力は持つべきだと痛感しました。職人技というか、クラフトを突き詰めることを一度はやってみたいと思っています。

浅倉:確かに、コピーライターの書く企画書は、すごく端的で、わかりやすくて、すらすら入ってくるイメージがあります。私もそうなりたいです。自分の軸をちゃんと持ちつつ、進みたいと思います。

──嶋元さん、浅倉さん、精進して、また素敵な仕事をしてください。今日はありがとうございました。

ふたりがCMを企画から仕上げまで手がけたことは初めてだという。出来上がったCMは、企画の芯があって、見応えがあり、何よりも「子育てはキャリアブランクなんかじゃない」と言う視点がよく伝わってきた。生きづらいと言われる社会に新しい希望や勇気を与えていく仕事が、広告に増えていくことを願わずにはいられない。何と言っても、プランニングからクラフトまで、多様な表現ジャンルのエキスパートが揃っているのが、広告業界なのだから。
写真
黒澤晃
元博報堂 クリエイティブディレクター
横浜生まれ。1978年、広告会社・博報堂に入社。コピーライターを経てクリエイティブディレクターになり数々のブランディング広告を実施。受賞多数。2003年から博報堂クリエイターの人事、採用、教育を行う。多くの優れた若手クリエイターを育成した。2013年退社。黒澤事務所を設立。さまざまなライティング、プランニングの領域で活躍している。東京コピーライターズクラブ(TCC)会員。最近の著書「20歳からの文章塾」「これから、絶対、コピーライター」など。ツイッター#ツボ伝ツイート。note「3ステップ・ライター成長塾」。
SHARE!
  • facebookfacebook
  • X (twitter)X (twitter)
  • lineline