コミュニケーションの積み重ねが、質の高いクリエイティブをつくる

──まずは『ヘルス・グラフィックマガジン』について教えてください。
インパクトのある誌面デザインが特徴的な、健康情報のフリーペーパーです。医師や専門家の監修のもと、「肌荒れ」「冷え症」など毎号ひとつの症状をテーマに解説しています。制作の目的は、正確な健康情報をわかりやすく伝えることと、冊子を通じた企業の認知拡大。2015年には調剤薬局初の「グッドデザイン・ベスト100」を受賞しました。

配布場所は自社の薬局店舗をメインに、医療機関、スポーツジム、図書館などにも設置いただき、全国600拠点以上になります。Webサイトでも閲覧でき、有料ですが定期購読サービスも行っています。SNSで投稿された表紙のデザインが目に留まり、興味を持っていただくことも多いようです。

私が2017年に編集長になって以降は、インパクトとともに「ゆるさ」を意識しています。例えば表紙の写真。あえて新規で撮影はせず、たまたま見つけた海外の風景写真や、海外アーティストの作品を使うこともあります。なぜなら、薬局でこの冊子を手に取るのは体調が優れない方やその付き添いの方がほとんどです。そんなときにも気軽に読めるビジュアルづくりを心がけています

──特に反響の大きかった号はありますか?
2021年発行「食中毒」号の「食中毒菌・ドクメン8」という企画です。「カンピロバクター」「サルモネラ」など8つの身近な食中毒菌(※1)を擬人化したイケメンキャラクターをつくったところ、ある読者の方の投稿がTwitter(現X)でバズり、10万近くの「いいね」が集まりました

その影響でコーポレートサイトのPV数が倍に、店舗検索ページは6倍、Web版『ヘルス・グラフィックマガジン』はなんと20倍にまで伸びました。さまざまなメディアで取り上げていただいたり、さらには、KADOKAWAでのコミカライズにまでつながる(※2)など、ちょっとしたお祭り騒ぎに。予期せぬほどの盛り上がりでした。これまで表紙が話題になることはありましたが、コンテンツがバズったのは初めて。中面が話題になったおかげで多くの方に読んでいただけて、かつ店舗への集客やブランド認知にもつながった、印象深い企画です。
「食中毒菌・ドクメン8」実際のページ
「食中毒菌・ドクメン8」実際のページ
──時間をかけてつくり込んできた表紙や企画が、より多くの方に届くきっかけになったのですね。現在、読者の方々とはどのようにコミュニケーションを取っているのでしょうか? 
SNSでの反応はチェックしています。また毎号、プレゼント応募のはがきやWebアンケートとして数百の感想やご意見が届きます。7歳のお子さんから90歳のおばあちゃんまで送ってくれるんですよ。それらは誌面制作やキャンペーンに活かしています。創刊50号記念の「コンプリートBOX」の発売も、読者の声に応えたものです。他にも、表紙の人気投票やアイデア公募といった読者参加型の企画など、一層深くファンになってもらうための取り組みも続けています。

──現在進めている面白い企画はありますか?
実は2024年、アイセイ薬局は創業40年を迎えました。周年を機に社内外に発信するいろいろなブランディング施策が進んでいます。そのひとつが、調剤薬局の機能や薬剤師の仕事を大解剖する「薬局」号の制作です。

どうして待ち時間が長いのか、調剤室の中で何をやっているのか、薬剤師の他にどのような人が活躍しているのか、意外と皆さん知りませんよね。薬局にフォーカスするのは、『ヘルス・グラフィックマガジン』としては初めて。この号をきっかけに薬局をもっと身近に感じてもらえたらと思っています。

──新しい取り組みも進んでいるのですね。実際にどのようにして制作を行われているのか教えてください。
社内の担当者は編集長1名、デザイナー2名です。協力会社としてデザイン制作会社のアートディレクター1名とデザイナー1名、メディカルライター数名に制作チームに参加してもらっています。制作の流れとしては、発行5カ月前に編集会議をスタート。全体の構成を決めた後、約1カ月半かけて監修者となる医師や専門家に取材をし、発行2~3カ月前からは週1回ペースで編集会議を行います。ある程度内容が固まってきたら、グラフィックでどう見せるかを考え、表紙や誌面のデザインを詰めていきます。冊子の顔である表紙は読者の期待が大きいので、多いときで100個ぐらいデザイン案を考えることもあります。どれも時間をかけてつくり込んでいる、自信の出来です。

各号のテーマは2年分を事前に設定しています。悩んでいる方が多いテーマ(疾患)を取り上げたり、季節や医療ガイドラインの改定に合わせることが多いですが、薬局を利用いただく方は年齢層も幅広いので、ターゲットが偏らないようにしています。例えば、高齢者向けの「ロコモ」を取り上げた次の回は、子育て中のご家族向けに「きず・やけど」をテーマにしよう、などと考えています。

──編集会議を週1回! かなり綿密にコミュニケーションを取っていくんですね。
制作チームのコミュニケーションは重要視しています。時には編集会議の中で衝突することもありますが、質の高い制作物は、きちんとディスカッションをしてこそできるもの。そのためにはチームの皆が意見を出し合い、協力し合えるパートナーシップは非常に大切です。実際、チームはすごく仲が良く、編集体制は円熟の域に入っています。

併せて、社内に対してもテーマ選定やデザインの意図について、丁寧に説明するよう心がけています。というのも、入社当時にちょっと苦労したんですよね。私が入社した頃は、社内にブランディングやビジュアルコミュニケーションといった考え方はまだまだ根付いていませんでした。薬局は健康を支える事業ですから、「わかりやすさ」よりも「正確さ」が大事だ、との考えから、デザインという言葉を毛嫌いする人もいたくらいです。

ただ、デザインにはどれも意図やロジックがあります。例えば、要素を詰め込んだだけのチラシとデザインを施したチラシを見比べれば、情報の伝わりやすさが変わると実感してもらえます。そうやって、デザインは正確性を損ねるものではなく、より効果的に情報を伝えることができるというメリットを丁寧に説明することで、インハウスクリエイティブはこういう形で会社に貢献できるのかと、理解が広がっていきました

花を咲かせるにも畑から耕すというか。地道な仕事ではありましたが、きちんと理解され共感されて、使ってもらえることが一番嬉しいですからね。
──そのコミュニケーションの重要性を意識したのはいつですか? 
前職のデザイン制作会社でアートディレクターを務めていた時です。コピーライターやデザイナーと協力して、時には喧々諤々と議論しながら、1つのクリエイティブをつくっていくのが、すごく楽しかったんです。きちんとディスカッションした場合、アウトプットは圧倒的に良くなると学びました。この体験は今の編集部の組織づくり、社内との協力体制づくりに活きています。

アートディレクターになって一気に仕事が楽しくなった

──以前は制作会社でアートディレクターを務められていたのですね。デザインの仕事を志したきっかけは何だったのでしょうか?
子どもみたいですが、絵を描くのが好きだったからです。それで、高校からデザイン科に進み、卒業後はデザイン専門学校へ。新卒でグラフィックデザイナーとして広告制作会社に入社して、以降、複数の制作会社や広告会社で、車、化粧品、お菓子などさまざまな業界の大手クライアントの、マス広告の制作に携わってきました。

30歳の頃にアートディレクターになってから、一気に仕事が楽しくなりました。デザイナー時代はタスクに追われて、自分の制作物に納得感を持てないこともあって。アートディレクターとしてビジュアル全体に責任を持てるのが向いていたみたいです

そうして仕事を続けていた41歳の頃、ひとつの企業を支えるインハウスクリエイティブの仕事に興味を持ちました。そこでマスメディアンの転職支援サービスを利用して、2016年にアイセイ薬局に入社しました。

──アイセイ薬局を選んだ決め手は何でしたか? 
正直に言うと、求人を紹介された時点では、アイセイ薬局についてはよく知りませんでした。ただ、『ヘルス・グラフィックマガジン』だけは知っていたんですよね。それに加えて、調べてみるとクリエイティブにこだわっている企業だとわかったことが入社の理由です。

入社当時は、アートディレクター兼UXデザイナーとして、『ヘルス・グラフィックマガジン』の編集、店舗用チラシや掲示物、販促ツール、採用ツールなどを、部長兼編集長と私の2名ですべて制作していました。

入社後1年で当時の編集長が退職することになり、2代目編集長として抜擢されました。クリエイティブディレクションのスキルを評価されたのだと思います。その後、2019年にコーポレート・コミュニケーション部部長に。現在は部内の3つのチーム、ブランドデザイン・広報・Webディレクションに所属する8名のマネジメントと、制作物のディレクションをしています。部長という立場になったことで、インハウスでやりたかったこと、つまり1つの企業のさまざまなコミュニケーションをトータルで中から支える仕事ができるようになったと感じています

世の中に広く目を向けて、成長できる環境に近づいていく

──若手デザイナーへのアドバイスをお願いします。
自分自身がやりたいことをきちんと見定めて、そこに向けて動くことが大事です。デザイナーは、薬剤師と違って、資格がない仕事。だからこそ、やりたいことを実現するためには、自分からスキルや経験を高める努力をしなければいけません

本当にやりたいことを見つけるためには、自分の仕事を一生懸命やって、どんな時に達成感が得られたり、得意ジャンルを広げたりできるのかを知ること。同時に、世の中のさまざまな広告や、他のデザイン会社の仕事にも目を向けて視野を広げること。そして、今いる所がやりたいことに近づけない環境なら、環境を変える決断も必要です。自身を振り返ると、そうやってスキルアップしてきたように思います。

インハウスだと、視野を広く持つのは難しくなるので、さらに工夫が必要になります。『ヘルス・グラフィックマガジン』の制作に協力会社に参加してもらっているのも、常に外部からの視点を取り入れるためです。

あとはやっぱり人との縁が大事ですね。誠実な仕事をしていれば、それがまた新しい仕事を生むこともありますから。

──社外に向けて魅力的なブランディングを構築するには、まずは社内の理解や協力を得ることから。門田さんが時間をかけて取り組んできたコミュニケーションの成果が、今日のアイセイ薬局のユニークなブランドイメージをつくっていました。今後も業界を引っ張っていくであろう『ヘルス・グラフィックマガジン』の展開が気になります。本日はありがとうございました。

※1:食中毒を起こす細菌やウイルス、寄生虫などの病原体をまとめて「食中毒菌」と総称
※2:藤野リョウ『マンガで学ぶ食中毒対策 STOP! 食中毒菌 ドクメン8』KADOKAWA,2023
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【取材・執筆】
advanced by massmedian編集部
株式会社マスメディアンの一員として、「未来を面白くするヒントは“いま”にある」をコンセプトに、時代の一歩先で挑戦をする人々にフォーカスし、未来を見つめた(advancedな)情報をお届けします。
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