永遠に悩み続けられる「映像表現の世界」を楽しみます 【2022年度TCC新人賞/第8回BOVAグランプリ】博報堂 河内大輝さん
インターンシップが広告業界とのはじまり
──TCC(東京コピーライターズクラブ)新人賞、おめでとうございます! BOVA(Brain Online Video Award)グランプリ作品での受賞となりましたね。いま、入社6年目。大学時代から広告業界志望でしたか。
ありがとうございます! 大学3年生のとき、ワールドカップが開かれた年にブラジルに留学していたんですけど、日本から広告会社の人がイベントや撮影でブラジルによく来ていて。そこで数日バイトに駆り出されて一緒に働くことになり、そのときに広告業界って面白そうだなぁとぼんやり思って、日本に帰ってきてから、博報堂のインターンに参加しました。具体的に広告業界を志望し始めたのはそこからです。
──インターンシップがきっかけで、広告業界を目指す人は多いですね。参加してなにを得ましたか。
基本はグループワークなのですが、1日だけクリエイティブプログラムといって個人で課題を持ち寄る日がありました。周りは在学中に起業している人がいたり、数々のインターンに参加していたりとか、すごい人たちばかりだったのでなんの自信もなかったのですが、偶然1位になれて。そのとき、コピーライターという職種が目の前にふわっと現れてきました。映画や小説は好きだし憧れはありましたが、例えばプロ野球選手みたいなレベルの、自分にはできる職業とは思っていなくて。でもそこでできるかもしれないと初めて思いました。なので、やりたい!と言うよりは、できるかも!が先に来た感じでした。
──とは言え、コピーライターは入社後、適性試験があって選抜される。制作志望でも、入社してその思いが叶えられる確率はそんなに高くない。
そうなんです。なりたいけど、なれないかもしれない…。内定が出たあとの大学生活はずっと配属が不安で、その不安をかき消すために毎日大学の図書館に閉館時間までこもって、コピー年鑑読んだりして、このコピーのどういうところがいいんだろうと考えたり、広告関連の本を読んだりして勉強していました。とにかくクリエイターになるための努力を必死にしました。いまは頑張るしかない、なれなかったときのことは、なれなかったときに考えようと、覚悟を決めていました(笑)。
──そして、入社後、晴れてクリエイティブ職に。まさに努力の結果ですね(笑)。初任配属はTBWA HAKUHODO。どうでしたか、コピーライターとして仕事をしてみて。想像の範囲でしたか。
いいえ、まず意外だったのは、一人で考えて書くという専門家的イメージがあったんですけど、だいぶ違っていました。「みんなで考える」に近かったんです。打ち合わせでは、CMプランナーが全体企画を出すし、アートディレクターがコピーを書いたりもします。
なによりびっくりしたことがあります。それは、初めて映像の編集に行ったときに、「この音楽どうですか?」と映像のスタッフから聞かれたんです。僕に音楽のこと聞くの?と正直、思いました。普通の4年制の大学を出ただけなのに、なんで僕に音楽のこと決める権利があるんだろうって。でも、それは違うんだと仕事をするうちにだんだんわかっていきました。コピーライターって、コピーに対してだけでなく、制作物全部に対して仕事しないといけないんだ!と気づいて、それからはひたすら勉強しました。言葉だけでなく、いろんなものを見て目を肥やしていきました。
いかに自分が面白くないかを痛感した新人時代
──新人時代というか、駆け出しのころというか、どうでしたか。毎日、楽しいぞ、みたいな感覚でした?いえいえ、もうボコボコでした。インターンで評価してもらえたし、社内の研修も楽しくできたので、意気揚々と現場に入ったんですけど、本当になにも企画が通らなくて(笑)。いかに自分が面白くない人間なのかというのを毎日痛感しました。叱られたりはしないんですけど、自分が自信のあるものを出しても出しても全部没にされると、心にきました。クリエイティブの仕事はものの見方とか感じ方とか価値の持ち方とか、根元が人間性そのものに関わってくる部分が多いじゃないですか。その部分が否定されている気持ちになって。
──案が面白くない理由をいちいち言ってくれないし、優しさだけで案を面白いと言ってくれることもない。「面白い」の基準は厳しいです。
アイデア出しのときは、毎回ほんとにきつくって、脇汗でTシャツがいっぱいダメになりました(笑)。クリエイティブ、向いてないかもと悩んでました。
──僕も向いてないって思ったことはありますよ。
ほんとですか? 何かを掴み出したのってどういう意識を持ち出してからですか? 教えてください、インタビュアーに質問してしまっていますが(笑)。
──仕事です。何かを明確にわかってやっていたんじゃなかったけど、なんとか手探りでやってみたら周りの評判が良かった。たまたまだったけど、やっていけるかもと初めて思った。
仕事でしかないですよね…。自分もいま、それを感じます。自信を持って仕事をする、ではなくて、仕事で自信をつくっていく。その順番ですよね。
僕は関西人なので、「面白い」っていうのがイコール「笑わせること」だと思っていました。そこが仕事がうまくいかなかった一番の原因だと思います。面白いって笑わせることじゃなくて、人の心をどうやって動かすか、その視点を見つけることなんだ!と気づくまでに時間がかかりました。泣かせたり怒らせたりしてもいいし、よくぞ言ってくれたというのもあれば、続きが気になるっていうのもある。面白いとは心が動くこと。心の動かし方は無数にあって、笑いはそのうちの一部分にすぎなかったんです。 ──確信を持てるようなきっかけになった仕事はありましたか。
入社2年目の終わりくらいに、ちょっと掴めた仕事がありました。自動車会社の仕事で、車の整備士さんのリクルートの動画をつくる機会があって。それが得意先からも社内からも褒められたんです。入社当初自分が目指していたギャグ系ではなく、ストイックに整備士を撮っていって、熱いナレーションで語っていくみたいな感動系の動画だったのですが。面白さってこういうやり口もあるのかと気づきました。
──そのときのスタッフは?
企画担当が僕だけだったので、追い込まれました。それが良かったんだと思います。自分しか考える人がいないときってめちゃくちゃ考えなきゃいけないし、毎日毎日ずっと考え続けていました。ヒヤヒヤでした(笑)。
──そして、4年目の異動で博報堂に。そのころから、CMプランナーにシフトしていったんですか。
そうですね。新人時代から興味はあったんですが、僕らの代はクリエイティブ全員、最初はコピーライター配属で。CMプランナー配属のチャンスがなかったんです。自分はアイデアを映像で考えるタイプだったので、動画の方に軸足を移していきました。一枚絵で考えるというより構成、時間軸で考えたいなって、ずっと思っていました。
──構成で考えることはかなり特殊なスキルだと思いますが、どんなふうに身につけていきましたか。
TBWA HAKUHODOの1年目のときに、AOI Pro. から1年目の監督(ディレクター)が出向してきていて、毎日気になるCMをメールで送りあって、議論していました。お互い2000年代のカンヌ国際広告祭(現カンヌ国際クリエイティビティ・フェスティバル、以下カンヌ・ライオンズ)受賞作品のCMが好きで、ここが面白いよねとか話したりして、そこで映像を考えるスキルが鍛えられたのかもしれないです。
僕は「はてな」をつくって、最後にタグラインで切れ味鋭く落とすみたいなCMが好きで、それは広告にしかできないエンタメだと思っています。商品があるからこそできる帰結感です。そういうものをつくりたいです。
──キャッチコピーから発想はしない? タイムラインで考えます?
どっちかというと、そうかもしれない。まず時間軸を意識しているかもしれないです。でもそう言いつつ、企画をつくるときに、先輩方のコピーがバシっと決まっていたらめちゃくちゃ考えやすいんですよね。なのでどっちも鍛えないといけないですね。
メソッドは自分ごと化して初めて発想のヒントになる
──では、いよいよ、河内さんの発想法に迫りたいと思います。発想法なんてものが確立されていたら、毎日睡眠時間を確保できているはずなのですが…(笑)。
みんなやっているかもしれませんが、デコン(デコンストラクション)はずっとやっています。好きなCMが、なぜ面白いのかを抽象化して考える。何が面白いのかの理由を、自分なりに系統を分類していて、まとめて、それをどんどん溜めていっています。自分なりの再構築です。企画に行き詰まったらこれを見て、この商品とこの切り口を組み合わせてみようかなと考えたりします。いつもこれを見て考えたりはしないんですけど、行き詰まったときに発想の脱出口にします。
──そのデコンは、他人には見せられないものですか。
いや、そんなことはないです。そんなことはないけど、自分でつくらないと意味ないですよね。他人のメソッドを見ても自分の頭で抽象化したものじゃないから完全には腑に落ちず応用できない気がします。自分でどこが面白いかを考えて分類して書き出すから自分ごと化できて、初めて自分のヒントになる。ただ、これがあるからアイデアが豊富に湧いてくるってこともなくて、基本的には、うんうん唸って頭を抱えて絞り出してます。
本当にそうだと思います。デコンとは別に日頃から思ったことをメモする習慣をつけているのですが、BOVAの動画も、就活時に博報堂の面接でもし「ペンを売れ」って言われたらこう返そう、と考えていたのが元になっています。そういう普段から考えていたことが企画に結びついたときに、オリエンをもらってから企画したときよりもアイデアが強くなるなと感じています。なので、いろいろな自分なりのメソッドや意見の類を、日常的に溜めていこうと心がけています。パッと結びつけられる案件はなかなかないけど、普段から準備するようにはしています。
──データもオリエンテーションも大事ですが、リアルな自分ごとにしていかないと人の心を動かしたり、ビジネスを動かすような発想は思いつかない。
そうですよね。なるべく世の中の事象に対する意見を持っておいて、それを商品に当てはめられるようにメモしたりしています。
メモしていると、考える癖がつくのがいいですね。学ぶ姿勢を意識していたら、この部屋の空間でさえいろいろ発見があるし、ひとつ気づいたら、前に考えていたことと結びついて、いろいろ気づくことがあったりします。
──BOVAグランプリ作品『面接』の、「ペンを売る」自体は就活のときから考えていたんですね。
映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で、「ペンを売れ」の話があったんですけど。その質問は面接のあるあるなので、出されたら変なこと答えてやろうと狙っていました。僕が博報堂の面接でそう思ったってことは、広告業界はそういうことも許される場じゃないかなというのが発想の発端です。
──場面転換に独特の強引さがあって面白かった。もちろん、いい意味での強引さ。
ありがとうございます。自分のなかでは、映像は大きく2種類あると思っています。脚本家の坂元裕二さんの作品のような、出てくる人間が面白い映像と、映画『カメラを止めるな!』のような構成が面白い映像。コピーライターの方がつくる映像は人間が面白いイメージがあります。でもCMプランナーの僕は構造の方を考えるのが好きです。あの動画もどう構造的に面白くするかという時間軸をまず考えました。それで、ああいう構成になりました。
──進行が構造的。海外の動画広告にも、そのジャンルでいいのがありますね。
2021年のカンヌ・ライオンズで開催された短尺動画のコンテスト「LIONS SHORT CONTEST」のために制作し、受賞した動画があります(※1)。YouTube広告の中に住んでいる3人家族がスキップされないようにお茶の広告を工夫し続けるという動画。これも構造的なところから考えました。
動画づくりの場で感謝しながら、悩み続けたい
──ところで、映像広告で現れやすいことが多いと思いますが、課題解決と企画の面白さがバッティングすることはありますか?
いまはやっぱり、なかなか面白さでつくれる場が少ないですね。オリエンもかっちりと決まっているし、効果の調査もかけないといけないし…。ただうちの会社で本当に良かったと思うのが、すごい先輩たちが近くにいることです。先輩と、とあるクラウドソフトの広告を作ったのですが、情緒に寄った表現なのに成果もちゃんと出していて。そういう技をそばで見ているとヒャー!と思います。
時代のせいにするな!表現を磨ききったらそんなの関係ないぞ!というのを見せつけられて…。クライアントも真面目に全部言ってる広告をつくってほしいのではなく、商品が売れる広告をつくってほしいと思ってるはずなので、表現を逃げずに売れる広告をつくるのが一番の目標です。
──データ的にも、広告嫌いが増えている傾向があります。
短絡的に目先のスコアを求めて制作してきた結果なんでしょうか? 認知度が上がった、サービス理解のスコアが上がったとか、広告評価が事細かく数字になって出てきますよね。出てくるというか、無理やり数値で出そうとしているという感覚があるんですけど。でも、人の心ってぜんぶ数値化できるのか?数値だけを追い求めてつくることが映像の作り方として正しいのか?と疑問に思っています。「何秒以内にブランド名言って」とか、「商品名は何回も繰り返して言って」みたいな、それでスコアを上げても人の心はついてこないですよね。
──広告を繰り返せば認知は上がっていくが、好意度が上がっていくかどうかは難しい。好意度こそ、ブランドを成り立たせているものなのに。
ブランドや商品を好きになってもらう力って、なかなか測定できないですよね。でも、例えばいまでも炭酸飲料「ファンタ」を手に取ったら、昔のCM「ファンタ先生」シリーズを思い出して楽しい気持ちになれますし、CMにはモノを売る力以外にも、そういう測定できないけど心にイメージを残す力ってあるんだろうなと思います。
ずっと目標だったTCCの新人賞を取ることができたいま、新人賞を取れるくらい成長して目が肥えると、「自分はまだまだだ…」と逆に、優れた先輩たちのつくり物との差を前よりも感じるようになりました。なので、これからもまだまだ悩めるな、とワクワクします。映像表現の世界って絶対に学び切ることがないほど奥が深いから、その場所で働けて、一生悩み続けられることはすごく幸運だなと思います。いいものつくれるよう、引き続きうんうん悩みます。
──動画広告は新しい技術も出てくるだろうし、いまより有用性が増すだろうから、たくさん悩み続けられますよ、きっと(笑)。
嬉しいです(笑)。広告は他の映像業界と違って、つくり手と受け手の間にもう一層、クライアントがいる。商品のことを自分の子どもみたいに大事にしている人たちが、僕たちにその商品を預けてくれて、いいものをつくったら目の前で喜んでくれて、直接感謝してもらえるというのは、本当にやりがいあるなと感じています。自分のためにも、そういう人たちのためにも、これからも悩みながらCMづくりに邁進していきます!
最近の調査で、広告・CMを見たいという人13%、インターネット広告が「鬱陶しい、邪魔、目障り」と思う人75.5%という数字(※2)に衝撃を覚えた。商品ブランドや企業ブランドにとって広告が逆効果になる可能性さえ出てきている。広告業界はこの結果をきちんと受け止めないといけないと思う。河内さんの「面白い広告とは、人の心を動かす広告」という言葉が印象に残った。広告が、人間がつくり人間が見るものである限りは、人間らしい共感が必要であるはずだ。動画づくりで悩み続けたいという河内さん。これからも人を動かす広告を!
※1:https://www.canneslionsjapan.com/column/lions-live/post-5168/
※2:リチカ「CM・広告に対する調査」