誰よりも早く、誰よりも遠くへ

──シブタニさんはミラティブに入社する以前は、フリーランスとして活動されていたんですよね。そもそもシブタニさんはどのようにキャリアをスタートしたのでしょうか
デザインの専門学校に進学して、卒業後は大阪のデザイン制作会社に勤めていました。しばらくはそこで働いていたのですが、20代後半のときにリーマンショックが起きて、一気に人生観が変わりました。クライアントの受託業務のみで通用するスキルは、時代の流れに沿わないと感じ始めたんです。

──どのような時代になると考えたのですか?
リーマンショックで景気が悪くなり、クライアントが広告費を一斉に削り始めて、仕事と予算の関係が劇的に変わったんです。具体的に言うと、「仕事に対して私たちが見積もりを出す」流れから、「決められた予算の中で仕事をする」流れになりました。そうなると、受託業務だけを続けるのは、摩耗する一方だと感じ始めたときに、iPhoneが現れ、同時にApp StoreやGoogle Playなどの個人の力で活躍できそうな場所が新たに生まれました。そこで制作会社での受託業務を辞めて、フリーランスとしてアプリ開発の個人事業での活動を始めたのです。
──制作会社からアプリ開発へということですが、アプリについてのノウハウなどは当時お持ちだったのですか?
業務で、HTML、CSS、javaScriptは少し書いたことはありましたが、本格的なプログラミングをしたことはありませんでした。僕の考え方として、人間は学びさえすればなんでもできると思っていて。だから30歳で新しいことに挑戦することにも抵抗は全然なかったです。そして、そこからiOSやAndroidなどについて一通り学んで、アプリゲームをつくることで生計を立てていました。

当時、iPhoneやアプリについて情報を掲載する総合サイト「AppBank.net」の開催するオフ会で、「スプリングまお」という名義でAppBankに所属し、YouTubeやニコ生等で活躍していた、現ミラティブ CCOのまおさんと知り合ったんです。その後、まおさんがDeNAのミラティブチームへ移り、ミラティブからお仕事をいただくようになって、その縁で2018年に僕もミラティブへ入社しました。現在はチーフデザイナーとして、プロダクトや会社にまつわるデザイン全般、アートディレクションなどアウトプットの責任者をしています。

──人の縁がきっかけとのことですが、ミラティブに入社する決め手はなんだったのでしょうか?
デザイナーの本分は、誰かのためのものづくりだと、僕は考えています。だから、クライアントやユーザーに喜んでもらうことが一番のミッションなんです。ミラティブではその反応を得られるのがとても速い。これはライブ配信サービスの特徴でもありますが、ユーザーからのフィードバックがものすごく速いんです。これっていままで経験したことがない感覚で、仕事自体がすごく楽しくできていることが惹かれた理由の一つですね。
それと、ミラティブに入社してからよく思い出す言葉があって。それは、「早く行きたければ一人でいけ。遠くに行きたければみんなでいけ」という言葉。フリーランスの頃は、とにかく自分が欲しいと思うゲームを次々とつくっていました。だから会社に勤めていた頃よりもやりたいことができたし、行きたい場所にも早く行けた。一方で、世界中から愛されるようなカジュアルゲームをつくろうと意気込んではいましたが、フリーランスという環境では、結局それはかなえられなくて。小回りが聞く分、パワーが落ちて、遠くまで行くことはできなかったんです。しかしミラティブに入って思うのが、チームで動くため遠くに行けるのはもちろんですが、それに加えてスピードも速いんですそれだけ優秀な人材が多くて、意思決定のスピードが異常に速く、チームとしての質も高い。そんな環境に身を置けるのは、そう滅多にできないことだと思っています。

多様化するデザイナー、その未来は

──ここまで受託業のデザインから個人事業でのアプリ開発まで、多様に形を変えてデザインと向き合ってきたシブタニさんですが、その中で変わらない軸のような部分はどこかありましたか?
デザイナーにとって、論理的な思考力を持つことがセンス以上に必要な素養だと思っています。まず僕の中ではアーティストとデザイナーの違いが明確にあります。それは、「アーティストは自己表現を伝える職業」であり、「デザイナーは他己表現を伝える職業」だと思っています。要は他者が伝えたいことを、デザインを通して明確に伝えていくことがデザイナーの仕事なんです。そのため、1つのデザインに存在する絵や色使い、文字のフォントやスペースの使い方などすべてを用いて、最適な形で情報が伝わるように努力しなくてはいけない。それには論理的な思考に基づいて、考えることが必要不可欠です。僕らが手がけるアプリだけでなく、どんな商品やサービスのデザインでも利用する人たちがいる限り、これは揺るがないと思います。

──受け取り手にとって最適なデザインを設計するためには、論理的な思考に基づかなければならないということですね。
そうです。そしていまのIT系のインハウスデザイナーにはこの論理的思考力と情報整理力を培った経験を持つ人が少ないように感じています。
──それはどうしてなのでしょうか?
雑誌などの紙媒体が昔に比べて減り、スマホなどのデバイスが普及した現代においては、雑誌よりもスマホのUIデザインなどの決められたルール(ヒューマンインターフェースガイドライン)に沿ったデザインしか経験したことがない方が多いのではないかと思います。優れたデザインの雑誌って、文字がどれだけあってもどこから読んでいいかわかるし、どのイラストにも紐付いているのかよくわかるじゃないですか。でも誌面上には決められたルールはない。だから誌面をデザインするためには情報整理能力は不可欠なんです。

だから紙媒体のデザインを経験していた人たちには、論理的思考力を身につけられる機会が多かった。いまはデジタルファーストの時代で紙媒体の力が弱くなっていることもあり、IT業界やスタートアップ界隈のインハウスデザイナーたちはそういった経験を持つ人が少ない。さらにデザイナーという職種も細分化されていますから、グラフィックデザインを通らない人も多いんです。

──デザインを学ぶ場や培う知識が昔とは変わってきているってことですね。
もちろん、デバイスの変遷は個人でどうこうできる問題ではないため、紙を勉強しないデザイナーが悪いという話ではありません。ただ、昔よりも論理的思考力が低いデザイナーが増えてきているという肌感覚があるのも事実です。

例えば「UIデザイナー」と呼ばれる職種がありますよね。彼らはその名の通り、UI(ユーザーインターフェース)のデザインが仕事です。この仕事の場合、iOSやAndroidなどの定められたガイドラインに沿えば、それらしいデザインができてしまうことが多いんです。だからその仕事だけに慣れてしまっていると、それ以外に対応する能力が衰えてしまい、イレギュラーなデザインを求められると極端に表現の幅が狭くなってしまうんです。

けれども、スタートアップ企業のデザイナーとなると、UIの他にも自社のPRのためのバナーやチラシをつくる機会もある。UIデザインではユーザーにとって最適なデザイン設計ができても、情報整理力が必要な業務では、最適なデザイン設計ができないんです。つまり現代は、意識をしていないと自分自身の力で物事を考える場所や状況が少なくなっている時代になっていると僕は感じています
──思考停止で作業をしてしまう危険性ですね。その状態が進むと、どのような未来が来ると思いますか? 
とはいえ、デザイナー自体の数も少ないので、重宝はされると思います。ですが、デザインも時代の進化とともに多様になってくるので、経験が少なく思考停止になってしまっているデザイナーはいつか時代の変化に対応できないタイミングが来ると思います。彼らは新しくユニークなものを求められたときに応えられないため、他人の力を頼っていくことが当たり前になる。ですので、自分一人の力で問題解決ができないフリーランスのUIデザイナーが増えていくかもしれないですね。

──“個のレベル”が落ちてくるのですね。そこを脱したいと思う人がいるのなら、シブタニさんはどのようなアドバイスをしますか?
緊張感を持つことですね。どの会社も人材不足と言われてる中で、任される仕事は多い。そのような環境だと、一つひとつの仕事への執着心ってどうしても落ちてしまいます。特にインハウスデザイナーの場合、「自社の成果物だから…」と結果を妥協したり「信頼関係も築けているから…」と判断が甘くなったりしてしまうなど、最善を尽くすために考えることをやめてしまうんです。そういう気持ちを捨てるためにも一つひとつの仕事に緊張感を持ち、自分の命を賭けて臨む。極端ですが「ミスすると死ぬ」ぐらいの緊張感を持つことで段々と「プロ意識」や「責任感」が育っていくと思います。

僕が最初に働いた制作会社ではインハウスデザイナーではなく、クライアントワークをしており、もしミスをすれば次の仕事につながらないという環境でした。そのため、上司たちにたくさん怒られていて、いつも緊張感を持ちながら仕事をしていました。僕の中ではそれがいまでも活きています。周りよりも優秀でありたいのならば、周りと違うことをしていかないと、そうはなれないと思いますね。
──「怒られる」機会は確かに昔に比べて減っていますよね。ハラスメントなどの問題もあり、自重する傾向がありますからから。
そうなんですよね。けれども現状のまま、また景気が悪くなれば、その変化に対応できなくなる。特にフリーランスのデザイナーはこの可能性が高いと思います。時代は今この瞬間も変化しています。だから、「時代に対応する力」は間違いなく必要なんです。例えば、新たにコードを書けるようになってみたり、アートや音楽、ファッションのような専門外の世界について学んでみたり。そうやって、自分の幅を広げていくことで、自分がなにをできるのか、逆になにができないかを知り、どんな時代も生き残るための一歩につなげていく必要があるのではないでしょうか。

少し未来の話をすると、人工知能(Artificial Intelligence)や機械学習(Machine Learning)などテクノロジーの進化も目まぐるしい。デザイナーのスキルがテクノロジーに取って代わられる時代が近づいていると思います。デザイナーがその時代を生き抜くには、テクノロジーに支配されるのではなく、テクノロジーをうまく活用できる能力が必要になってきます。デザインの向こう側には必ず"人"がいるので、人の気持ちに寄り添った論理的思考力が必要になる。これを得るにはさまざまな経験が必要ですが、これを持たないとユーザーにとって真に最適なものは届けられない。僕はそう思います。

──自分が現在どこにいるのかを把握するためにも、思考を止めず考え続けないといけないですね。本日はありがとうございました!
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