──7月に新アルバム『MUSIC FOR SAUNA QUIET NIGHT』を発表されますが、このアルバムについて教えてください。
『MUSIC FOR SAUNA QUIET NIGHT』のテーマは、「寝てしまって最後まで聴けないアルバム」。サウナに入ってあとは寝るだけ。そんなイメージのアルバムです。私もアルバム制作中の通しでチェックをしていたのですが、眠くなってしまって最後まで聴けないんですよ(笑)。1時間ぐらいのアルバムなのですが、だいたい途中で寝ちゃって。だから完成までに2年かかりました。
『MUSIC FOR SAUNA QUIET NIGHT』(Vihta Records、MIK Ltd.)
『MUSIC FOR SAUNA QUIET NIGHT』(Vihta Records、MIK Ltd.)
──そのぐらい心地良い音なんですね。
テレビCMやヒットチャートの音楽はとにかく刺さるようにできています。その刺さる仕組みの真逆をやりたかったんです。それは前作の『MUSIC FOR SAUNA』から変わりません。以前、無印良品の広告音楽や睡眠サポートアプリ『MUJI to Sleep』アプリも手がけていたのですが、無印良品の広告は、広告でありながら「どぎつさ」みたいなものを中和して、見た人に気持ちよくなって欲しいっていう思いでつくられています。いわゆる広告の作法からまったく逆をいくわけです。

──「広告音楽の作法」とはどういうことでしょうか? 
広告などのクライアントワークで要求されるものってすごくはっきりしていて、“刺さる音楽”つまり人が一瞬聴いただけで振り向くような“パキッとした音”にしたいという要望が多い。音に強さや明るさが求められるのですが、サウナで発想する音楽はその真逆をいくことになります
──サウナで発想した音楽についてお聞きしていいですか? 
「サウナでわたしも閃いた」エピソードですね。私はある時、サウナ、水風呂、外気浴をループした後は、聴覚が敏感になったような気分になることに気が付いたんですよ。その上で、サウナのあとのトランス状態である“ととのっている”ときになにを聴きたいか考えました。いわゆるヒットチャートの曲というよりは、もう少し周波帯が穏やかでキンキンしていない曲が欲しいと思ったんです。それがきっかけとなって、2016年に1作目のアルバム『MUSIC FOR SAUNA』を制作しました。
『MUSIC FOR SAUNA』(Vihta Records、MIK Ltd.)
『MUSIC FOR SAUNA』(Vihta Records、MIK Ltd.)

サウナ通いの理由は?

──やはりサウナに入ると閃くのでしょうか?
サウナ室で閃くというより、サウナ施設へ向かう道すがらからすでに“無敵感”が溢れませんか? リラックスに向かっているという意識だけでもうリラックスし始めている、みたいな(笑)。僕はそのときに考えがまとまりやすいですね。あとは、シャンプーをして目を閉じているときもアイデアが浮かびやすいです。サウナ室も、シャンプーも、暗くて視界が制限されている状況が閃きに関係しているのではと思っています。

──確かに摂取する情報を絞ることは効果がありそうですね。そもそもとくさしさんがサウナにハマったきっかけは何だったのでしょうか?
マンガ『サ道』著者のタナカカツキ先生に勧められたのがきっかけです。カツキ先生はマンガ家だけでなく映像作家としても活躍されています。その音楽を担当させてもらったことがきっかけで出会いました。今では大先輩ながら友人のような関係です。カツキ先生は『サ道』がまだ世に出る前からサウナを周囲に勧めていて、そのときに私も誘われ、開眼しました。

──普段サウナはどのように活用していますか。
自宅が職場なので、サウナは外出するための動機なのです。いつまでも働き続けてしまうので、あえて休むためにサウナに通っているわけです(笑)。カツキ先生も含めた自宅ワーカー兼サウナー仲間のグループチャットで、通勤ならぬ「通休します」と報告しあっています。
また、サウナのあとは感度が高まっているため、映画をより楽しむための手段としても利用しています。ときにはギャラリーやライブを外気浴代わりすることもあるんです。ととのうために外気浴で求められるのは、気温と風景です。その点、ギャラリーは気温や湿度が管理されていてちょうどいい。展示物はもっぱら贅沢な風景です。タルコフスキー(編集部注、ソ連の映画監督。「映像の詩人」と呼ばれ、叙情的とも言える自然描写、とくに「水」の象徴性を巧みに利用した映像を得意とする)の作品は、以前は難解でわからなかったけれども、サウナ後に観ると、あの時間感覚と映像美がご馳走であることに気がつきました。あともう一つサウナ後のギャラリーがオススメポイントは、室内がシーンと静まり返るなかで遠くから聞こるコツコツという足音も心地良いんです。

──確かにわかる気がします。私も今度試してみます(笑)。とくさしさんは忙しい日々の中で、いつ入浴しているのでしょうか。
日々の生活のローテーションに組み込まれています。もはや生活の一部です。僕は5時半に起床して12時半まで自宅地下のスタジオで音楽ワークを集中してやります。その後、今日みたいにどなたかとお会いさせていただく機会とか、打ち合わせとかを入れるようにしています。そうすると夕方にはかなりヘトヘトになります。いろんなアイデアを地下のスタジオで構想して、その後サウナへ向かうときにまとまるんです。散らかったアイデアの種が山手線などに揺られながら「これからはサウナだ!」ってときにまとまり、さらにシャンプーをしているときにまとまります。

閃きには2種類ある

──閃くタイミングが2回あるのですね。
さらに閃きは2種類あると思っていて、0から1を生み出す閃きと10から1に絞り込んでいく閃きがあります。僕は後者がサウナと相性が良いと思っています。例えば、音楽のアレンジはサウナ後の閃きにもとづいています。0から1によって生み出された音楽のコンセプトが決まっていて、じゃあそれを、オーケストラでやるのか、それともギターやピアノでやるのか、そういった音楽の装いを考えるのはサウナが適しています。
──音楽となると閃いたアイデアの記録が難しそうですが、どのようにメモをしているのでしょうか? 
自分宛にメールを送っていますね。僕のメールボックスは、自分からのメールが一番多いです(笑)。サウナ後に着替えのタイミングでメールをしています。

──よく閃くお気に入りのサウナはあるのでしょうか?
仕事場から近い世田谷の月見湯温泉ですね。自転車で8分ほどの距離なので、直前まで仕事場で考えて、ちょっと煮詰まったらサウナに向かう。そこでととのうことで、課題も整っていく。自転車で風を浴びながら気持ちよく帰ってきて、アレンジにすぐに取り掛かるというシームレスな流れがあります。

あとは、今日来た駒込のカプセル&サウナロスコも。ここは仕事場から来ると山手線を半周します。けれども、その間の“無敵感”が堪りません。山手線に揺られながら、アイデアを閃いています。

──とくさしさんにとって、サウナはなくてはならないものとなっているのですね。新アルバム『MUSIC FOR SAUNA QUIET NIGHT 』や、7月19日から始まるテレビ東京新ドラマ『サ道』の劇伴も必聴ですね。今回はお話ありがとうございました。

<撮影>池ノ谷侑花(ゆかい)
<取材協力>カプセル&サウナロスコ
写真
サウナでわたしも閃いた
「サウナによる脳内の刺激が創造性を活発にするのでは?」という仮説をもとにした、サウナと閃きの関係に迫る本連載「#サウナで私も閃いた」。これまでマンガ家、映像作家、音楽家と、多くのクリエイターにアイデア発想法をインタビューしてきました。
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