──サウナにハマったきっかけを教えてください。
今から3~4年前に、承認欲求にさいなまれて苦しかった時期がありました。サウナにハマったのはその頃です。

僕は愛知県出身で、これまで2回上京をしています。2回目の上京のときに、地元に戻って東京から3~4年離れていたこともあり、すでに自分は忘れられているような気がしました。もう一度ゼロからのスタートだと思い、いろいろなコンペに参加していたのですが、プレッシャーと闘うことが日常化していき、周りの人がやたらとキラキラ見えて、不安を感じるようになりました。若い頃はネガティブな感情をクリエイティブに昇華させることができていたのですが、この頃はどんどんネガティブに走っていってしまって、自分が何をしたいのかよくわからなくなってしまったんです。
そこで救いを求めたのが「禅」でした。厳しい修行で有名な福井県の永平寺へ、4日間禅体験に行ったのですが、心が真空状態になり、メタ視点で自分の心の動きがわかるような感覚になりました。今思えば、禅は「ととのう」に近い感じだったのだと思います。これまで自分を苦しめていた承認欲求がすっと消えたのが心地よくて、禅体験が終わったあとも自宅で禅を続けました。でも僕は朝が弱くて、結局2~3カ月しか続きませんでした。そんなときに1980YENのメンバーの食品まつりa.k.a foodmanがサウナを勧めてくれて。一緒に行ってみたら、心が空っぽになる感じが禅に近くて、禅よりはもう少し快楽的ですが、これなら続けられるなということで、サウナに通うようになりました。

──もともとは禅だったのですね。普段どういうふうにサウナを活用されていますか?
僕にとってサウナは、「煩悩キャッシュをリセットする場所」ですね。普段アイデア出しの際には、いろんなことを同時に考えてしまうタイプなので、雑念がものすごくたくさん頭に入ってきてしまいます。脳内に雑念が蓄積されると、アイデア出しも鈍くなっていってしまうので、よく仕事帰りにサウナに行きます。サウナで煩悩キャッシュをクリアにして、翌日のブレストにつなげるという感じです。

──サウナに入った翌日の閃きの質が高まるのですね。キャッシュをリセットする以外で、サウナの良いところはありますか?
そうですね、サウナは「自然の一部でいられる場所」だとも思います。サウナでは、自分の呼吸や心拍音を感じることができます。それに、汗が勝手に出てきて自分では止められないし、時にはめまいがします。自分の身体なのに制御できない。ある種、自分も自然の一部であることを痛感します。都会にいると、すべてをコントロールしている気分になって、エゴが肥大化してどこか全能感を持ってしまうことがあるのですが、サウナでは、自分自身すらコントロールできないという、自分の弱さを思い知らされます(笑)。自分の無力さを痛感することで、五感が研ぎ澄まされて、野生感を取り戻せるような気がするんです。

“サウナでわたしも閃いた”を試してみた

──くろやなぎさんは、サウナを「キャッシュのリセットの場」、「自分を取り戻す場」として使っているのですね。
実は今まで、サウナでアイデア出しをしたことがなかったので、今回この企画のお話をいただいて、実際にサウナでブレストをやってみました!

──おぉ…ありがとうございます! そのときのブレストの流れやアイデアを詳しく知りたいです。
お題は、「サウナの新しい使い方」です。

まず、サウナ室で“サウナ”を「分解」しました。サウナといえば、サウナ室・水風呂・外気浴・ととのいイス・鍵・汗・高温・熱い石・密室……など、サウナをどんどん分解していって言葉に落とし込んでいく作業をしました。普段のクリエイティブワークでもこの作業は机の上でやるのですが、サウナ室では言葉が徐々にふやけていくというか、汗とともに言葉が流れ出ていってしまって(笑)。いつもは雑念がたくさんあるのに、今回サウナ室から出るときには最終的に3つの言葉しか覚えられませんでした。それが、「サウナキー」「12分」「テレビ」です。

次に、この3つの言葉を頭に入れながら、水風呂へ行きました。これらの言葉にもうひとつ何か要素を足せばアイデアになるのではないかと思い、水風呂ではアイデアを冷やして固めていく作業をしました。そのときのフラッシュアイデアを持ってきたので是非見てください。

──アイデアがつくられていく過程、面白いですね。水風呂に入ってアイデアはどのように凝縮されたのでしょうか?
1つ目は、「AIサウナキー」です。サウナではメモができないので、AIスピーカーみたいに、「Hey!サウナキー、メモして!」って話しかけたら記録してくれるロッカーキーがあったらいいですよね。きっとたくさんの人が助かるのではないかなと思います。汗に反応して色が変わるタオルがあっても便利かもしれません。ダイイングメッセージみたいに、指先に自分の汗をためて字が書けるタオル(笑)。
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2つ目は、“12分”から発想した「サウナ婚活」です。12分もしくは6分でもいいのですが、時間内にマッチングできたら、一緒に水風呂へGO!みたいな。サウナでは、思考もだんだん鈍くなってくるし、一緒に汗を流すことで心のバリアも溶かすことができるので、吊り橋効果ならぬサウナ効果が生まれるかもしれませんよね(笑)。ここでも、汗に熱に反応するトランプなどサウナならではのカードゲームやボードゲームがあれば楽しいと思います。汗を吸うと紙がめくれて相手に手札がわかってしまうとか、汗でカードが曇っていってだんだんわからなくなっていくとか。そんな会話をしながら婚活パーティーを進めていきます。
3つ目は、「暑がりTV」。サウナによくテレビがありますが、僕はあまり好きではありません。僕らは熱いのを耐えているのに、キャスターは涼しい顔してニュースを読んでいて、なんだか別の世界すぎる気がしませんか? だから、アナウンサーも汗をかいていて、原稿もふにゃふにゃになりながら読んでいたら、親近感が湧くし、一体感も出ていいなと(笑)。「暑がりTV」という番組をつくって、サウナや暑さにまつわるいろんなコンテンツをサウナで配信できたら面白いと思います。売店のビールのCMも入れ込めますね。これは自分の所属している映像チーム(P.I.C.S.)のアイデアで、仲間たちと実際につくっていこうと企てています! 興味のあるサウナや銭湯さん大募集中です(笑)。
──どのアイデアも面白そうですが、ぜひAIサウナキー開発してほしいですね。サウナ室内での「メモ取れない問題」は由々しき事態なので。
サウナ施設に期待ですね(笑)。
ちなみにここまでのアイデアを水風呂で固めたのですが、外気浴に行った瞬間に、これまでのアイデアが全部吹き飛びました(笑)。いつもはビジュアルでブレストをするのですが、今回は言葉をぐるぐる回していたせいか、言葉がどんどんサイケデリックになっていきました。せっかく固めたアイデアがどんどん抽象化していってしまいました。そこで突然、「ぽっぽ~ぽっぽ~シュッシュ」っていう自分でも思いがけない言葉が降りてきたんです(笑)。
水風呂でのアイデアはどこか彼方へ飛んでいってしまったので、今度はこの2つの言葉を休憩室に持ち帰りました。ぽっぽ~シュッシュは「SLサウナ」という形にまとまりました。SL列車の蒸気を利用した走るサウナ。先頭車両がサウナ、次の車両が水風呂、次がオープンウィンドウの外気浴、そしてサウナ飯が食べられる食堂もある、そんな列車があったらまさに夢の列車ですね。
──そんな列車あったら最高ですね(笑)。今回の試みはマルシンスパで行ったとお聞きしました。京王線の電車の走行音が影響を与えてそうですね。サウナでブレストをしてみていかがでしたか?
環境によってアイデアが変化していくのが面白いなと思いました。サウナで分解して、水風呂で固めて、外気浴で飛躍するというプロセスもよかったです。サウナ・水風呂・外気浴の流れは、まさしくホップ・ステップ・ジャンプでした。
その中でも特に、最後の外気浴、ジャンプの部分が僕にとっては青天の霹靂でした。今回出てきた脈絡のない言葉やアイデアは、普段のロジカルな考えだけではなかなか降りてはきません。僕は、物事の正面はわかっているけど、それを別角度から見ているような作品が好きなのですが、なかなかロジカルな枠から出られず、いつもこの「ジャンプ」に苦戦しています。ロジカルだけでももちろん面白いものはできると思うのですが、それは僕以外の誰でも思いつくアイデアかもしれないと思ってしまうのです。今回サウナでブレストをしてみて、一度アイデアをまとめて、でもそれをスパッと捨てられる、自分の枠から出られる経験ができて嬉しかったです。サウナの新たな使い道ができました。

──くろやなぎさんにとってサウナは、自分を取り戻す場所であり、新しい自分を知れる場所だったのですね。禅との関わりや、実際にブレストをやってみた感想など、興味深いお話ばかりでした。今回サウナで生まれたアイデアが実際に世の中に出る日も近いかもしれません。本日はありがとうございました!

<撮影>池ノ谷侑花(ゆかい)
<取材協力>天空のアジト マルシンスパ
写真
サウナでわたしも閃いた
「サウナによる脳内の刺激が創造性を活発にするのでは?」という仮説をもとにした、サウナと閃きの関係に迫る本連載「#サウナで私も閃いた」。これまでマンガ家、映像作家、音楽家と、多くのクリエイターにアイデア発想法をインタビューしてきました。
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