──ずばり、インハウスクリエイティブ組織が求められる理由はなんだと思いますか?
スマイルズは、食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」やネクタイ専門店「giraffe」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」などさまざまな事業を開発し、運営している会社です。僕らは、飲食やファッションなど業態にこだわっていません。お客さまの「体温」があがる価値を提供できる事業であればどのような業態でも構わないと考えています。

そして、社長の遠山もデザインやクリエイティブ好きということもあり、創業時からロゴや店舗デザインも含め多くを自前でつくっています。そもそもの話ですが、自分たちで企画して立ち上げたブランドのロゴをつくったり、空間や設えを考えることは、商品開発同様にとてもクリエイティブで一番面白いところなのに、それを外部に依頼するのはもったいないという考えです。事業開発も含めてクリエイティブが中核にある。僕らはマーケティングから事業をつくることはしません。なぜならマーケティングは過去の数値から解を導く前例主義的だから。僕らがつくりたいのは、既にあるものではなく、まだ誰もやっていないことです。

また質問でいただいたインハウスクリエイティブが大切な理由は、コミットメントの深さがあるからです。事業はすぐにうまくいくこともあれば、5年、10年かけて花開くこともあります。Soup Stock Tokyoも収益が安定するまでに8年かかりました。そこまで粘りきれるか。それは、自分たちの子どもだから守り続け、育て続けないといけない、その強い思いがあるからです。事業を長期的に見据えることができるからこそ、目先の失敗を恐れずにチャレンジできることも大きな価値だと思います。そのチャレンジから得たものがすべて資産になっていきます。
スマイルズ 野崎亙さん
スマイルズ 野崎亙さん
──野崎さんが率いるクリエイティブ本部は、自社だけではなく外部の仕事も請け負っていると聞きました。どのような意図から始められたのでしょうか?
自社のクリエイティブをつくっている人と外部の顧客から依頼を受けてクリエイティブをつくっている人、どちらにも一長一短があります。社内の人間はコミットメントとブランドに対する理解が圧倒的に深い。そして、長期的にブランドを育てようという意識があります。ただ意外と社外のことを知らない世間知らずなところもあります。一方で、広告会社のようなコンサルティング業の方は、経験値が高く人脈は広いけれども、コミットメントが浅くなってしまう可能性もあります。また、いま成果を出さないとその後の受注に続かないから短期的な視点になりがちです。

そのインハウスとコンサルティング業の両方の良さを1人の人格で獲得できたら、もっともっと会社が成長できるのではないかと。自社のクリエイティブワークで得た経験をクライアントワークに活かし、そのクライアントワークで得た経験を今度は自社のクリエイティブワークに活かす。そのようなポジティブなサイクルをどんどん起こしたくて、クライアントワークも始めました。

──クリエイティブ本部はどのような方が所属していますか?
クリエイティブ本部には、約20人の社員が所属しています。部署の特徴として、分業という概念がありません。チームメンバーは、デザインや空間、Web、広報などさまざまなスペシャリティを持っていますが、基本的に職域にこだわらずすべて対応します。デザイナーだからデザインだけすればいいわけではありません。企画もするし、コンサルもする。場合によっては接客をすることもあります(笑)。

クリエイティブのたしなみ

──「宣伝会議 AdverTimes Days 2019(秋)」のパネルディスカッションでは、インハウスクリエイティブ組織を運営する上で大事にしている点を5つ挙げていただきました。改めて解説していただきたいです。まずは、「CONCEPT<IMAGE」について教えてください。
コンセプトを掲げてもその先がイメージできていないと、結局なにをするのかわからないということがあります。

「100本のスプーン」での話ですが、Soup Stock Tokyoのお客さまのなかにも、家庭を持ったりお子さんが生まれたりライフステージが変化した方が多くなり、家族と一緒に行けるSoup Stock Tokyoのファミリーレストラン版をつくろうということなりました。

これは一見正解のように思えますが、そこにはコンセプトしかなく、子ども連れのお客さまが「100本のスプーン」で食事をしている具体的なイメージが描けていなかったんですね。それで、二子玉川店をつくるときに、Soup Stock Tokyoから一旦離れて、ゼロベースでつくり直すことにしました。

そのとき、僕は1枚の写真を出しました。「子は親を映す鏡である。初めてのレストランへようこそ」というキャッチコピーを付けて、お父さんがひげそりをしている隣で、お子さんがひげそりのマネをしている写真です。子どもは大人の真似をしたいものなので、その気持ちに応えるレストランになろうというイメージを1枚の写真で表したのです。

子どもを子ども扱いせず、大人ぶりたい気持ちを尊重する。子どもはお子様ランチではなく、大人と同じステーキを食べたいんです。だから、大人の食事をハーフサイズで提供し、ナイフとフォークでステーキを切り、本物のグラスでカチャンと音をたてて乾杯できる。

その1枚の写真には「100本のスプーン」で家族が食事しているシーンがはっきりと見えます。そのイメージから逆に「コドモがオトナに憧れて、オトナがコドモゴゴロを思い出す。」というコンセプトができあがりました。
また、コンセプトは言葉なので、人によって捉え方が違います。例えば、「イケてる」の定義は人それぞれですよね。コンセプトよりも具象的で心の機微を捉えるようなイメージを最初に提示するほうが、お互いに共通認識を持てます。たから僕は、クリエイティブスタッフにまずは絵を提示しなさいと話をしています。

──次に、「実行こそが機会を生む」について教えてください。
うちのチームだけではなく、「とりあえず、やってみる」というスタンスが当社にあります。どんなにリサーチしても本当の本質はつかめないことがあります。実際にモノをつくって得られる経験のほうが圧倒的に意味がある。

僕の事例ではありませんが、giraffeの事業部長がのり弁屋を始めたんです。いきなり、のり弁屋をつくるのはリスクだから、まずJALの機内食としてのり弁を出した。そのときにはすでに、「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」というブランドができあがっていて。その機内食がとても好評で、経営会議の決裁を取らずGINZA SIXに出店を決めてきたんです(笑)。

通常であれば、新規で事業を始める場合、準備室という箱がつくられ、メンバーがアサインされて、そこから企画したり提案したりの繰り返しが始まります。それをすべて飛ばして、出店が決まってから組織をつくったんです。そこには初めから意思と熱量があるので、箱をつくって、ああだこうだと手順を踏むより、確実に実行されるし、圧倒的な結果もついてきます。

僕らはとにかくやる。やったらなにか機会が生まれる。やらなければ一生、なにも生まれない」という意識が強いです。特にクリエイティブチームはやたらになんでもやろうします(笑)。僕らはアウトプット集団なので、企画もデザインも時として実行もできる、そう思ってやっています。

──では、3つ目の「ブランドの先行指標」について伺っていきたいです。
クリエイティブチームは、事業部や事業開発に対して先行指標的でありたいと思っています。頼まれた仕事は当然実行しますが、頼まれていないことは制約がないからこそ率先してやっています。

例えば、「100本のスプーン あざみ野ガーデンズ」には、雑木林のような土地が併設していました。そこに公園をつくりたいと広報スタッフから提案がありました。それも子どもたちが「子ども建築家」としてつくる公園です。半年くらいのワークショップを建築家さんと一緒に行い、子どもたちがプランニングして公園ができました。

このプロジェクトを通して、「100本のスプーン」を単なるファミリーレストランとして捉えないイメージが生まれていくきっかけになりました。だから頼まれていない仕事こそ大切にしてほしいという思いがあります。可能性はむしろそこから生まれるから。今回は、クリエイティブ本部の広報担当が主導で公園をプロデュースしましたが、どのプロジェクトでも熱意を持った社員が主導権を握れます
──「食べ放題が生み出すチカラ」とはどういうことでしょうか? 
外注は依頼するごとに費用が発生しますが、社員には給与を支払っているわけですから、依頼ごとに費用は発生しません。だから思いついたことをすべて実行すればいい。そのなかから新しい可能性が生まれるし、リスクが低いのでたくさんチャレンジできます。外部に依頼する際は、時として費用対効果があるだろうかと躊躇してしまうチャレンジングなことも実行に移すことができるわけです。

実際に、社内と外部のデザイナーに依頼する場合では、明確に理由が違います。外部に対しては、その人ができることを依頼します。僕らの払った対価に値する成果を確実に求めます。Webデザイナーに空間のデザインは依頼しません。でも社員だったらありえます。なぜなら会社はその社員の可能性に賭けているから。外部が西洋医学的な一発で治す処方箋だとすると、社内は漢方薬に近いです。長く続けていくなかで社風という体質を醸成して、マインドが培われて可能性が生まれていく。それは社内の人間にしかできません。

──5つ目の「0ベース思考100%実行」について教えてください。
僕の思考なのかもしれませんが、外部の仕事などで、依頼されたことを鵜呑みにしてそのままつくるのが嫌いなんですよね(笑)。もし作業的なクリエイティブであれば、ほかに得意な会社があるはずだからそちらに頼んでくださいと言っちゃいます。僕たちは依頼主の良き理解者でもありたいと思っているので、自分が依頼主だったらどう考えるのかを想像しゼロベースで考えるようにしています。そして、言って終わりではなく、100%フルコミットして収益化するまで事業を育てるあげることを前提で実行します。それは社内の仕事でも外部の仕事でも同じ考えです。

──最後に、今後の展望を教えてください。
クリエイティブ本部は20人くらいの組織ですが、僕は最低でも80人、できれば400人くらいの組織にしていきたいです。その理由は、いろいろな社員がいるといろいろなチームをつくれるから。僕はチームの力を信じています。馴れ合いではなく、鮮度の高いチームが、多数の凡人が、1人の天才を凌駕すると。インハウスだからこそ、お金の関係ではなく、みんなが向かいたい方向に熱量をもって進んでいけるような組織をつくりたいです。

もし組織の規模が80人になったら4つのチームに分けたいです。その4つのチームは、プロジェクトを回すためのチームではなく、チームリーダーがこれまでの経験から得られたビジネスやクリエイティブにおける哲学的な価値観をチームメンバーに教えていく組織です。

組織を編成する代表的な方法として、「デザイナー」「プランナー」「広報」など「職能」ごとに編成された「職能別組織」や職能に関係なく「事業部」ごとに編成された「事業部別組織」などが挙げられます。僕はその「職能」や「事業部」ではなく、チームリーダーの「価値観」でひとつのチームをつくりたい。いまは僕が20人のチームメンバーに僕の「価値観」を伝えていますが、組織が大きくなったら、毎年チーム編成を変えていきたいです。そうすると、1人のマネージャーの価値観に縛られなくなり、いろいろな価値観を知ることができます。チームリーダーを選挙で決めても面白いですよね。この構想が実現すると、会社を移らなくても、組織内でスキルもスコープも高めていくことができるようになります。

──野崎さんが率いるクリエイティブチームは、最強のインハウスクリエイティブ組織になりそうですね。今後野崎さんのチームがどのように成長していくのか、とても楽しみです。本日はありがとうございました
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