肩書は持たない。それは覚悟でもあり縛りでもあるから スマイルズ 取締役 クリエイティブ本部 本部長 野崎亙さん
食べるスープの専門店の「Soup Stock Tokyo」や、ネクタイブランドの「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」など多種多彩な自社事業を展開するスマイルズ。同社の取締役の野崎亙(のざきわたる)さんは、クリエイティブチームを率いて自社のクリエイティブディレクションに携わるだけでなく、他社のクリエイティブワークや事業開発までしています。さまざまな領域を手がけるスマイルズに、チームビルディングやインハウスクリエイティブとクライアントワークの考えについてお聞きしました。
──現在、どのようなチーム体制で、どういった職種のメンバーが多いのでしょうか?
今は16人ぐらいいますね。広報もデザイナーもいますが、特定の職域に縛られず、メンバー一人ひとりがさまざまな領域に対応できるように心がけています。なぜかというと専門分野があると、他の情報を知らず知らずのうちに遮断してしまうことがあるから。もちろん特化することでいい面も多分にありますが、視野が狭まってしまうので、当社のクリエイティブ部門は全員がある分野の専門性を持ち合わせながら、どの分野でも打ち返せるよう、専門領域を拡げることを求めています。私自身も事業開発でもブランドコンサルティングでもなんでもやりたい性分なためクリエイティブディレクターなどの肩書は名刺に入れず、「取締役 クリエイティブ本部 本部長」と所属と役職のみ記載しています。肩書は覚悟でもあり、縛りでもあると捉えているので。
私自身に関しては、振り返ると受験のときからそうだったかもしれません(笑)。突出して得意な科目があるわけではなく、平均点で勝負するタイプでした。総面積で勝てばよいという考えはこのときに身についたのかもしれません。この総面積を拡げることは、つまり情報総量が多くなることを意味しています。このためどんなプロジェクトでも違う視点を持ち込んで、打ち返すことができるようになります。
──部下であるデザイナーや広報担当からの相談にも別の視点で打ち返すわけですね。
そうです。昔は、なにごとも私ひとりで進めていたのですが、今はメンバー一人ひとりに実力が付いてきたので、彼らとともにプロジェクトを練ることで、大きなしめ縄のようなものになっている感覚があります。私が紡ぐ文脈とメンバーが紡ぐ文脈を編むことで、強固で多義性のある縄になります。
インハウスクリエイティブだけでなくクライアントワークも
──しめ縄のようなイメージを持ってチームで取り組んでいるのですね。チームに期待することは何なのでしょうか?マネージャーとしては、自分の想定を超えたアイデアにチームで行き着くことが嬉しいですね。チーム員には予定調和ではなく、期待値を超えていくことを期待しているのかもしれないです。やはり、一人で想定できる範囲なんてたかが知れていて、チームだからこそ、相互作用があり、新たな発見につながると思っています。当社では、「やっておけばいい」という仕事は極力なくて、やるのだったら最大限面白くしようという考えで業務に取り組んでいます。だからこそ、チーム員もやらされ感がなくて、高いモチベーションを保てています。というのも、当社では、スマイルズの業務以外に外部の仕事をすることを推奨しています。外部の仕事をわざわざするならモチベーションの下がるような仕事なんてしたくないじゃないですか。だから自分が本当にやりたいことに取り組んでもらっています。メンバーも好きが講じてやると決めたことなので、引くに引けないんです(笑)。
──インハウスクリエイティブだけでなく、外部のクライアントワークもされているのですね!? どのぐらいの割合なのですか?
ここ2年ぐらいで増えて、今は自社6割、外部4割ぐらいでしょうか。
──そんなに多いんですか! どういったジャンルが多いのでしょうか?
あえて取り組んだことのないジャンルに挑戦するようにしています。やったことがないからこそ、本気で思考しますし、勉強します。そうすることで新たな血肉として蓄えることができると思っています。 ──やはり、外部案件で得た知見を内部へ還元するという考えに基づいているのですね。
そうですね。自社ではやっていない業界や業態の仕事をすることで、他業界についても勉強しますし、一人ひとりの知見も広がります。その経験を通して新たな視点が得られればよいと考えています。また、外部の仕事は思考の整理になることも大きいです。自社内だとプレゼンなしで企画がスタートすることもありますよね。なんとなく始まって、どういうプロセスを踏むことが正しいのかわからなくなったりします。対してクライアントワークは、最初にプレゼンをして、企画を掘り下げます。そのタイミングで深く思考するので、やはりクライアントワークをやってきた人のほうが「思考のレベル」が高いんです。もちろんインハウスも良いことがあって「意思のレベル」が高いことがあります。言い換えると“理念への共感”が高いことが強みになります。そのほかにも、外部だと瞬間風速的な企画が求められ、短期間でのコストパフォーマンスを期待されてやりきれないこともあります。一方で、内部だとロングタームで考えられるので、5年後10年後の顧客との関係性を結ぶ企画を実行することもできます。つまり、両面を兼ね揃えることで、外部のことを持ち帰って内部に活かせる、また内部の実績を引っさげて外部へ提案できる、社員にはそんなポリバレント(多様性)な人材になってほしいです。我々は多くのデザインファームとは違って、実業をしているので、クライアントワークのみの人が絶対知り得ないことを経験していることは価値があると思っています。そのため、我々らしい戦い方ができるのではないかと思います。
レガシーな業界のほうが面白い
──たしかに両方の視点を得られるのは強みですね。さきほど“理念への共感”とありましたが、外部のクライアント選びでもそういう意識があるのでしょうか?当社の大切にしていることの中に “世の中の体温をあげる”ことがあります。この実現のためには、体温のあげ方にはいろいろあると思っています。一つは自社事業、もう一つはコンサルティング・プロデュース事業。最後は出資・インキュベーション。自社で事業を展開してもスケールしない分野でもパートナーシップを組むことでダイナミックに社会にインパクトを与えることができると感じています。またイグジットでの売却益を目的とするのではなく、世の中の体温があがりそうか、共感できるかで支援先を検討しています。このように方法論は問わず、さまざまなやり方で世の中の体温をあげる取り組みをしています。
ただ、パートナー先や支援先の選び方は、さきほど申し上げたようにこれまで着手してこなかった業界であることにプラスして、当たりそうな業界ではなくレガシーな業界、旧態然な業界を嗜好しているかもしれません。みんなが注目を集めるような業界には興味がなくて、未来を見ている感覚というよりは、過去を振り返っている感覚に近いです。皆が見過ごしている、けどずっと昔からあったものに着目するほうが面白くって。例えば電柱なんて面白くないですか? 誰もが知っていて、認知度100%にも関わらず、無関心なわけです。みんなが知っているという状況はすごく価値のあることで、そこになんらかの価値を再発見することで、イノベーションが起こり、社会へ大きなインパクトを与えることができます。そこに当社は注力していきたいですね。
──たしかに昨今、魅力のアップデートという議論が多くされているように感じます。
アップデートという言葉はあまり使いたくなくて、どちらかというと純粋性に立ち返るという観点です。必ずしも新しいことではなく、本質的に過去から存在していたけど、その方向に先進したものがなかったものを掘り起こしていきたいと思っています。
例えば最近当社がプロデュースした「文喫」。これまでの本屋は、新刊本を平積みして大量にストックすることが定番でした。しかし、1冊しか仕入れず買われたら補填しない一期一会な本屋があってもいいのでは、と考えてプロデュースしました。この“本との一期一会”という感覚は昔からあったわけじゃないですか。つまり本質的にはあったけど、ソリューションとしてはなかったというものです。こうした取り組みを内部であろうが、外部であろうが取り組んでいきたいです。
──「文喫」については改めて後編で詳しくお聞きしたいと思います。インハウス/クライアントワークの両輪で、付加価値のある人材になる。今後のインハウスクリエイターの参考になるお話ありがとうございました!