脈々と語り継がれる箭内道彦氏の言葉

──2018年にビーコンコミュニケーションズへご入社されたとのことですが、現在どのような案件を担当されているのですか?
いまはマクドナルドがメインです。ほかにも、モバイルアプリのTinder、ヘアケアブランドのWella Professionalsなどを担当しました。マクドナルドでは、常に新しいメニューが登場するので、手掛けるテレビCMもかなりの本数になります。最初は戸惑うこともありましたが、その分経験を積めていると感じています。

──努力が実を結び、2019年度 TCC 新人賞を受賞されましたね。
周りの方から「受賞して変化はあった?」とよく聞かれるんですが、実際は変化を実感することはあまりありません(笑)。ただ、宣伝会議賞 中高生部門の審査員にお声がけいただくなど、受賞をきっかけに初めて経験できることもありました。先日、TCC会員のコピーライターの方と食事した時「コピー年鑑に載った人の8割は、それ以降一度も見たことがない」とおっしゃっていました。「受賞するまで」ではなく「受賞してから」が大事なんだと改めて肝に銘じました。
──そんな堀井さんのご経歴についてお伺いしたいです。学生時代は武蔵野美術大学のデザイン学科にいらっしゃったんですよね?
空間演出デザイン学科に在籍していました。ファッションデザインを専攻していたのですが、洋服ではなく、アート作品を多くつくっていましたね。

──いまの職業であるコピーライターから比べるとギャップを感じますね……。就活の際はどのような方向性を考えていたのですか?
大学の教授が「アーティストになるために大学に来たのに、なんで就職するの?」と言うようなタイプの先生だったんです。私も同じ志向だったので、社会人のスタートはフリーターからでした。卒業後にWebマーケティング会社で、アルバイトから社員化の話もあったんですが「このまま数字を見る人生でいいのか」と思い、断りました。

学生時代を思い返すと、コンセプトを考えているときが楽しかったと気付き、コピーライターという仕事に興味を持ちはじめました。それで宣伝会議のコピーライター養成講座に通い始めたんです。

──なぜコピーライターだったのでしょうか?
自分でも不思議ですね。なぜかコピーライターでした。いま思えば、学生時代に作品をつくるときは場所や道具を準備するのが大変でした。それに比べてコピーライターは、ペンと紙があれば成立する仕事です。その身軽さに惹かれたのかも知れません。

コピーライター養成講座でも、考えること自体がとても楽しくて、日々充実していました。けれども成績にはなかなか結びつかなくて、自分には向いていないのかと思う時期もありました。そのような状況で、ゲスト講師として登壇された稗田倫広さんが「自分もこのままコピーライターを続けていて良いのかと悩んだ時期があった。けれども、箭内道彦さんに『お前はコピーライターをやりたいのか、世界を変えたいのか、どっちなんだ』と言われ、初心にかえることができた」とおっしゃっていました。大きい目標を掲げると意識も変わるなと思い、私も挫けずに決意を固めました
──それからビーコンコミュニケーションズ入社までには、どのような道のりがありましたか?
講座を受講している途中で、小さな制作会社に就職しました。ここではWeb系の仕事を多く担当していたこともあり、博報堂アイ・スタジオへの転職の足がかりになりました。

──博報堂アイ・スタジオでは、どのような業務を担当されていたのですか?
私が在籍していた当時、約400人の社員がいるなか、コピーライターは3人しかいませんでした。クライアントから直接依頼が来る案件が多め。コーポレートサイトのリニューアルでブランディングのメッセージを考える、といった案件がありました。ほかにも、アプリのネーミングからローンチ時のPR施策、Webコンテンツの企画なども担当しました。

また博報堂アイ・スタジオには「カンヌ派遣制度」があって、私も2018年に参加しました。そこでさまざまなクリエイティブを目の当たりにしたとき、自分のなかに「もっとマスの仕事がしたい」という気持ちが強くなり、ビーコンコミュニケーションズへの入社を決めたんです。

──現職へ入社してから目覚ましいご活躍ですが、苦労された点などはありますか?
前職までは、制作がメインだったので、細かい設計を考えて、ワイヤーフレームを書いて……という流れでしたが、現職ではビッグアイデアを考える機会が多くなりましたね。過去の経験がまったく活かせないわけではありませんが、よりコンセプトを考えることに重心が移っていきました。入社当初は苦労しましたが、やりがいがありました。

Webサイト制作の場合「どのくらいの人に見られているか」といった数字的な情報はわかるのですが、身近な人に話しても知らないことが多くて。けれども、テレビCMの場合は見ている人が多いので知人からの反響も多く、改めてインパクトが大きいと実感しています。

──インパクトという意味では、Tinderの「その人と一緒にいて、楽しいですか?」というコピーも印象的ですね。こちらも堀井さんが書かれたのですか?
はい、そうです。スクランブル交差点のロングボード、ポスタージャック、映像広告など、クリエイティブディレクターのもとでたくさん企画を出しました。渋谷への出稿が決定してからは、その場所に、どんな広告があれば、ターゲットが振り向いてくれるかを意識しながら、コピー案を出していました。挑戦的なコピーでしたが、クライアントからは「これがいい」と言っていただき決定しました。SNSなどを見ると賛否両論ではありましたが、世の中に一つ影響を与えられたなと。

得意と好きを仕事に

──今後はどのようなキャリアを歩んでいきたいですか?
いままでは企業単位で発注していた仕事が、個人単位で依頼する時代になってきていますよね。私自身も「あの人にお願いしたい」と言われる存在になっていきたいです。

セルフブランディングをしたいわけではありません。しかし、自分の得意ではないことを頼まれても、幸せじゃないと思うんです。相手からしても物足りない。こちらも上手く返せなくてモヤモヤ。でも「あの人はこういう仕事が得意だよね」みたいなものが周りに伝わっていくと、自ずと得意な仕事が回ってくるから、みんなハッピーになっていくのかなとぼんやり考えています。

──堀井さんにとっての得意分野はどこですか?
どんなお仕事も、お声がけしていただけること自体とてもありがたく、楽しんでいるのですが、女性向け商材のコピーライティングは、自分に向いているのかなと思っています。コピーライターとして駆け出しのころ、自分でコピーを書ける機会はそんなになかったので、少しでも発信したいと思い、女性の切ない想いを表現したコピーとイラストを書いて、Web上に公開していました。すると、見ていた友人経由でWebメディアへの連載の話をもらい、クライアントワークにつながったこともありました。

得意な領域だと差し戻しも少ないし、クライアントも満足していただけます。だから積極的に「自分はこういうものが得意です」と発信していきたいです。あと今、麻雀にハマっているので、なにか麻雀関連のお仕事をする機会があれば嬉しいなと密かに思っています。

──得意なことにやりたいことをプラスして、仕事を広げる流れも増えていますよね。
好きだからこそ得意になっていく、というのはありますね。自分の好きなことはどんどん発信するほうが、結果的に皆が幸せになれると思います。

前職でも、自分の苦手分野が社内で知れ渡っていたので、そういった案件を振られることはほとんどなかったです。苦手なことを苦手だと言うことも大事なのかなと思っています。
──最後に、コピーライターという職業は今後どうなっていくと思いますか?
自分の職業を広告にあまり詳しくない人に伝えると「コピーライターって食べていけるの?」と聞かれます。でも実際に仕事をしていると、需要はあると感じています。常に情報が溢れかえっていて、一つの情報を一瞬しか見ない時代だからこそ、短いコピーが刺さったときは反響が広がりやすい。Tinderのときも感じたのですが、ターゲットがいるところに刺さるクリエイティブを出せば、見てくれる人は結構いる。それにYouTubeやSNSなど、観られるメディアがどんなに変わっても、みんなが反応してくれる企画やコトバを考えられる人の需要はなくならないと思います。

──企画力を持ちながら自分の「好き」を発信していくことが、これからのクリエイターに求められることかも知れませんね。激しく変化する時代の中で、堀井さんの手がけるコピーや企画が社会にどのようなインパクトを与えていくのか、今後も注目していきたいと思います。本日はありがとうございました!
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