20年かけてたどり着いた答え

──前田さんは現在、デザインスタジオのNASUでデザインの仕事を手掛ける一方で、「仕事ではできないものづくりを楽しむ場所」として「前田デザイン室」というオンラインサロンやビジネス向けのコミュニティ「NASUギルド」など、複数のクリエイティブコミュニティを運営されていますよね。幅広くデザインに接点を持っていますが、前田さんがこの先目指しているビジョンはどのようなものなのでしょうか?
明確なゴールや社会に対して貢献したいと思う目標などは、正直持っていないです。いまは、ただやりたいことを好きにやっているだけ。デザインを仕事にしている「NASUギルド」と、仕事にしていない「前田デザイン室」の両方を運営しているのは、単純に私が楽しいからやっているだけなんですよね。

というのも、私はデザイナーとしてもう20年近く、キャリアを築いてきたのですが、最近になってようやく自分がデザイナーとして本当にやりたかったことがなにかわかったんです。それは、「昼休みを追求する」ということ。私がいま目指しているのは、これですね。

──「昼休みの追求」ですか? 一体どういうことなのでしょうか?
私がイメージしているのは、学校の昼休みです。昼休みに、オリジナルの謎のゲームをつくって遊んでいた経験ってありませんか? 私はあの時間を追求した。文房具を改造して遊んだり、自作の漫画を描いたりしていた、あの時間。それを再現したいんです。

実は、去年「漫画家になる」という宣言をしたのですが、結局、一人で漫画家をやるのは難しくて。でもいまは、「だったら、みんなやればいいじゃん」と思っているんです。藤子不二雄先生みたいに、複数人で、「前田・A・不二雄」「前田・B・不二雄」みたいに一つの名前を使って、複数人で漫画家をやっていくのも面白いのではないかと考えています。このような、みんなでモノづくりをしていくことを追求していきたいんです。
──「みんなでモノづくりをする」。これがいま、前田さんが取り組んでいることなのですね。先ほど、最近になって「昼休みを追求」したいと気がついたとのことですが、それまではなにを求めていたのでしょうか?
それまでは、学生のころからひたすら「デザインを極めたい」と考えていました。私は新卒で任天堂に就職をしましたが、その決め手になったのも、任天堂のモノづくりに対する強いこだわりに感動を覚えたから。任天堂に入社してからも、お金を注ぎ込んで外部のセミナーに通ったり、デザイン関連の書籍を読み漁ったり、20代のころは、とにかくデザインを極めるためにストイックに生きていました。

一方で、30代近くになったとき、「デザインを極めたい」と思っていた自分が、デザイン業界ではなくゲーム業界で働いていることに、コンプレックスを感じるようになってしまいました。それを解消するために、転職活動をしていた時期もありましたが、結局、転職するには至らず。気がつけば任天堂に勤めて長い時間が過ぎていました。任天堂の仕事にも特別不満があったわけでもないし、むしろ「Wii」や「3DS」などのヒット商品にデザイナーとして携わることができて、とても貴重な機会を経験できたと、自分のなかでも納得していました。

そんな折に、私の父が認知症を発症して、それが大きな転機となりました。というのも、父の家系は全員が認知症を発症している。父もそれに漏れることなく発症した。そのときに、自分の「人生の終わり」を意識したのです。おそらく自分もその例外ではないだろうなと。

父は60代で認知症を発症したのですが、当時、私は39歳。あと20年もすれば自分も60歳になると思ったとき、「あ…20年しかないのか」と、自分の人生の終わりを意識しました。このときに、「残りの人生で自分が本当にやりたいことをやろう」と、そう思うようになり、約15年間勤めた任天堂を辞めることにしました。
──父親の認知症をきっかけに、自分の人生の終わりを意識したわけですね。その後、任天堂を辞めて独立されたと。
そうです。NASUを立ち上げたのも、初めはデザイン会社を立ち上げるつもりはなく、個人事業として一人でデザイナーをやっていくための屋号をつくる程度の考えでした。任天堂退職後は、個人で仕事をするようになりましたが、自分の仕事の幅をより広げるためにオンラインサロンなどのコミュニティに積極的に参加するようになりました。キングコングの西野さんや編集者の箕輪さんのオンラインサロンなど、多くのサロンに参加していくなかで、みんなと楽しくモノづくりする楽しさ「人とのつながり」をとても意識するようになったんです。

任天堂で働いたころは、多くの仕事を自分一人で担当していました。多くても2~3人程度の小規模なチームで仕事をしていたので、自分の考えはたくさん反映できましたし、「デザインを極めたい」と思っていた当時の私は、そのことに強いやりがいを感じていました。一方で、仕事中に浮かんだアイデアを形にするため、「次の土日にがんばろう!」と決心しても、結局夜までゲームをやってしまって…。モノづくりに対して熱量を保ち続けられない、そんな自分に自己嫌悪する日々でした。

前田デザイン室を立ち上げてからはそのような環境と打って変わって、とても多くの人とモノづくりをするようになりました。それがすごく楽しかったんですよね。まるで、学生のころの昼休みのように、みんなでモノづくりをして、遊んで、楽しむ。「孤独にデザインを極める」という考えよりも、「人とモノづくりをして、一緒に楽しむ」という考えがいまの自分にはすごくしっくりきました自分がデザイナーとして本当にやりたかったことに20年かけて、ようやく気がつくことができたんです。
──だから、「いまはやりたいことを好きにやっているだけ」なんですね。
そういうことです。とてもとても、遠回りをしたんですけど、自分にとっての一つの「真理」にたどり着いた感覚があって。むしろ、遠回りをしたからこそ、たどり着いたのかもしれませんね。私がさまざまなコミュニティをいま運営しているのも、誰かと一緒にモノづくりを楽しむため。そうやって、「昼休みを追求」することで、また新たに気がつくこともあるかもしれませんから。だから私はいまとにかく、「人とモノづくりをする」という行為自体を楽しんでいるんです。

「極める」という姿勢

──「前田デザイン室」では『モザイクパンツ』をはじめ、ナスの形をした『NASU本』など、ユニークなクリエイティブが数多く生まれていますよね。前田さんは、どのようにモノづくりのアイデアをひらめいているのですか?
これといって、意識した方法はなく、自分自身の過去の体験からアイデアを引っ張ってきていることが多いです。例えば、いま前田デザイン室では、「印籠」をつくろうとしています。「コンセプト」って言い換えると言葉の印籠だと思うんです。モノづくりをする上でコンセプトってものすごく重要なのに、何人かで共同作業しているとそれを見失うことがあります。そんな時に印籠を見て目的に立ち帰れたらいいなと思って。これは、私自身が昔から物事の筋を通したいタイプで理屈っぽい一面があることに起因しています。
モザイクがついたパンツこと、『モザイクパンツ』
モザイクがついたパンツこと、『モザイクパンツ』
ナス形のアートブック『NASU本』
ナス形のアートブック『NASU本』

──「デザインを極める」ことを目指していた20代のころとは、インプットの方法も変化しているのでしょうか?
20代のころはデザインを極めるためにひたすらインプットをしていましたが、30代で意識的にインプットすることに飽きてしまったんですよ。たくさんの本を読んで、展覧会が開催されるごとに足を運んで…を繰り返しているうちに、結局世の中に存在する良いモノって、似通っていることに気がついたんです。そう思うと感動もあまりしなくなってきて。これは「デザインを極める」と旗を立てた上で20代を走り抜けたからこそ、感じられるようになったことだと思っています。なにか一つ走り抜けることで、その先に見える世界は変わっていく。だから、若い人たちほど、なにか目標を掲げてそこを走り抜けてみることをおすすめしたいです。


逆に、一つを極めず転々とするジョブホッパーのような働き方も増えていますよね。でもドラクエで、転職ばかりをしていると、パッシブスキル(編集部注:RPGなどで用いられる、取得することで常時効果が発揮されるスキルのこと)が得られないんですよね。勇者や戦士、魔法使いなど、それぞれの職業・職能をレベル10でいるよりも、どれか一つのレベルを99にした先でさらに身につく「攻撃力+20」みたいな、パッシブスキルをボーナスとして得てからのほうがより有利に冒険を進められますし、キャラクターも強く育ちますから。そういう生き方も世界を広げるための一つの手段ですよ。
──それが「極める」ということですね。
また若い人たちからはよく、「おすすめの本はありますか?」とも聞かれます。ですが、私からすると興味があるなら、すべて目を通すでしょと思う。「おすすめ」だけを選ぶという考えがそもそも共感できない。なにかを極めたいときに、良いものだけを吸収したいという人からは、情熱を感じませんから。「極める」ということは、選り好みせずに、端から端からまで、それに向き合うということだと、私は思います。

加えて私の場合は、ゲームメーカーのインハウスデザイナーであったという、コンプレックスも、よりデザインを極めたいという気持ちの推進力になっていました。だからいま、コンプレックスを抱えている人たちがいても、「それは決して悪い状態ではない。コンプレックスに悩みながらも、もがき、あがいていくことは、未来で必ず力に変わります」と伝えたいです。

──そのような姿勢で、前田さんはデザイナーとしてここまで歩んできたのですね。一方で、自分の外の世界は、これまでとは比べられない速さで変化を続けていると思います。前田さんはこれからどのような時代がくるとお考えですか?
昔と比べて、あらゆるクリエイティブの品質が上がり、デザインのコモディティ化が進んでいますよね。つまり、「良いデザイン」がありふれたものになっている。この流れは今後も加速し、市場に求められるデザインの水準はどんどん上がっていくでしょう。その先に一体なにが起こるのか。私は、「フェチ合戦」が起こっていくのではないかと思っています。現代でもその兆候が見られていて、個人の異常な執着がコンテンツ化されたものが市場ではバズり、ウケていますよね。この先、よりそれが細分化されていく。だから、この流れを理解して、クリエイティブに昇華することができるクリエイターが優位に立ち回れるのではないかと思います。

私個人は「プラスチックフェチ」で、プラモデルやレゴブロックが好きなんです。「中身がなくて、軽いのに固い」というところが好きで、見ていてなんだか気持ちがいいんですよね。このような、プラスチックの魅力を分析し、それを映画やゲームなどのクリエイティブに転用していく。そんな時代になっていくのではないかと思います。

一方で「自分の好きなことが見つからない」と悩む人も多いと思います。そんな人たちも、気づいていないだけで、必ず誰もが好きなことを持っているはずなんです。例えば、自分のこれまでの人生を振り返ってみたり、どんな人に憧れていたのかを思い出したりと、いまの自分を構成しているものを思い返してみると、きっとそこにヒントがあると思いますよ。
──20年かけてデザイナーとして一番楽しい場所を見つけたという前田さん。「昼休みの追求」の先には一体どのような未来が待つのか、とても楽しみです。お話いただきありがとうございました!
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