──コピーライターを目指したきっかけを教えてください。
学生時代からラジオが好きだったことが影響しています。自分でもよくハガキを投稿していました。放送作家への憧れもあり、マスコミ業界を志望して就職活動をしていくなか、 友人の誘いで、ある出版社のセミナー内で行われていたコピーライティングの授業に参加しました。お題に対してアイデアを考え、言葉で人の心を打つ、というプロセスは私の大好きなラジオ番組へのハガキ投稿に似ていると感じました。これが、コピーライターという職業に惹かれたきっかけです。

──新卒でコピーライターになれたのでしょうか。
入社当時の2001年は就職氷河期だったこともあり、マスコミや広告会社に何社も応募したなか、唯一受かった会社が毎日広告社でした。営業職配属となり、担当した業務は、クライアント企業側で制作された広告を媒体社に入稿する仕事。制作そのものに関わるチャンスはまったくありませんでした。

どうしてもコピーライターになりたかった私は、宣伝会議主催の「コピーライター養成講座」に通い、自らコピーをつくりはじめました。作品集をつくろうと思って書き続け、300本くらいになった頃、再び制作職を目指して転職を決意。パラドッ クスに入社しました。

当時のパラドックスは、制作職がクライアントとの折衝や予算管理などの営業業務まで担当する体制でした。仕事の8割は営業業務。それ以外の時間を使ってコピーを書きました。同社には5年半在籍し、主に採用広告を制作しました。就職や転職という、人生を左右するテーマだけに広告のメッセージ性も強い。だからこそコピーライティング力を鍛えることができましたが、一方で就職希望者という限られたターゲットだけでなく、より多くの人に語りかけるマス広告に挑戦してみたいと思うようになりました。その頃、偶然イベントでお会いしたマスメディアンの方に紹介いただいたご縁で、博報堂への転職を決意することに。

3年間、契約社員としてコピーライティングの経験を積み、その後に正社員として採用されました。最近、担当した広告のなかでは、東京ガスの「電気代にうる星やつら」や、日野自動車「ヒノノニトン」が印象深いです。コピーを書くことはもちろん、CMの企画も考えています。

──コピーライターとしての転機はありましたか ?
パラドックスに在籍していた頃のことです。入社した当初、私はダメなコピーライターだったと思います。コピーは、言葉遊びみたいなものだと思っていたのです。自分の頭で考えていることは面白いはずなのに、クライアントには褒めてもらえないし、仕事ももらえない。

暗黒の2年間を過ごしていたとき、育児ブランドの案件で、ある商品開発者の方と出会いました。その方は、30年間妊婦と赤ちゃんのことを研究し、商品のことを必死で考え続けてきた人。話す言葉すべてがキャッチフレーズのようで、衝撃を受けました。お話を聞くうちに、この方の思いを伝えたいと心の底から思いました。その気持ちを込めてコピーにしたところ、周囲からも高く評価されたのです。

自分の頭のなかで考えていることが一番ではなく、その商品のことを徹底的に考えている人の頭のなかが一番なのだと気づきました。それを十分に知らずしてコピーを書いてはいけないのです。コピーは手先で書くものではなく、話を聞きに行って足を使い、頭で考えて、心で寄り添い、書きたい衝動をほかの人のために表現する、全身で書く行為なのだと強く感じました。

振り返ると、そこが私のコピーライター人生のスタートでした。これを機にコピーライターのあるべき姿に気付き、その翌年には東京コピーライターズクラブ(TCC)新人賞を受賞することができました。直接クライアントに会ってコミュニケーションを取る環境があったからこそ、このような成長機会を得ることができたのだと思います。

──キャリアにおいて大切にしている指針はなんですか?
パラレルキャリアを語る人が増えていますが、私は「コピーライターという職種の垣根は超えない」と決めています。博報堂に入社したとき、コピーだけではなくCMの企画も考えたほうがよいのか悩んでいた時期がありました。それを当時の直属の上司に相談したところ、「コピーを書いていればいい。よいコピーはCMの企画にもコミュニケーション戦略にもつながるから」と言われ、吹っ切れました。

コミュニケーションの核となる言葉をつくることが私の仕事。その言葉を軸として、広告ができあがっていく。最近は書籍の執筆もしていますが、作家になるつもりはありません。あくまでコピーライターの視点でなにができるか。そして書籍執筆から得た新しい視点をどうコピーに還元できるか、と考えています。

──若手コピーライターへのアドバイスをお願いします。
コピーばかり書かないほうがよいと思います。私の場合、大きな成長のきっかけは、人に出会ったことでした。手を動かし続けるだけでコピーがうまくなった経験はほとんどありません。日頃の生活や経験が如実に表れるので、多くの人に会い、いろいろな考えに触れて、新しい視点を養うことが成長につながると思います。私は、コピーライターという仕事は最強の職業だと信じています。コピーライティングは、思想を捉えて言葉を発信するという原始的な行為で、テクノロジーも必要ない。だからこそ、時代が動いてもやるべきことは変わらないと思います。いつの時代も、コミュニケーション戦略をつくるときには必ず最初にコピーライターが求められるはずです。そのためには、物事の真ん中を掴めるかが勝負です。
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野澤幸司
株式会社博報堂
コピーライター/クリエイティブディレクター
青山学院大学法学部卒業。毎日広告社、パラドックスを経て博報堂に入社。最近の主な仕事は、東京ガス「電気代にうる星やつら」、niko and ...「であうにあう」、日野自動車「ヒノノニトン」、中外製薬「創造で、想像を超える」、SEIYU「安いクセして」、バカラの新聞広告シリーズなど。著書に「妄想国語辞典(扶桑社)」、「同僚は宇宙人(小学館)」などがある。
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【聞き手】
荒川直哉
株式会社マスメディアン
取締役 国家資格キャリアコンサルタント
荒川直哉
マーケティング・クリエイティブ職専門のキャリアコンサルタント。累計4000名を超える方の転職を支援する一方で、大手事業会社や広告会社、広告制作会社、IT 企業、コンサル企業への採用コンサルティングを行う。転職希望者と採用企業の両方の動向を把握しているエキスパートとして、キャリアコンサルティング部門の責任者を務める。「転職者の親身になる」がモットー。
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キャリアアップナビ
キャリアアップナビでは、マーケティングやクリエイティブ職のキャリアアップについて毎月テーマをピックアップして、マスメディアンのキャリアコンサルタントが解説していきます。良い転職は、良質な情報を入手することから始まります。「こんなはずでは、なかったのに…」とならないための、転職情報をお届けします!
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