デザイナーの「守備範囲」

──柿﨑さんは2016年にデザイナーとしてBAKEへ入社されていますが、これまでにどのような業務を担当されてきたのでしょうか?
直近では、ガトーショコラ専門店「Chocolaphil」のブランド立ち上げのクリエイティブ領域を担当しました。この仕事では、使用する素材選びから参加しており、従来のクリエイティブ職の領域を超え、商品企画にまで関わっています。
ガトーショコラ専門店「Chocolaphil」のキービジュアル
ガトーショコラ専門店「Chocolaphil」のキービジュアル
一般的に、チョコレートは農家のもとでカカオの栽培から収穫、乾燥までが行われ、その後先進国にある工場などでチョコレートに加工されることが多いですが、今回使用したチョコレートは、採れたカカオを現地でそのままチョコレートに加工しています。そうすることで、フレッシュなカカオのおいしさを活かすことができますし、現地で雇用を生み出すことにもつながります。チョコレートに込められた思いに共感し、「Chocolaphil」ではこちらのカカオを使うことを決めました。

そのような素材に込められた想いやストーリーを商品企画の段階で聞くことができれば、アウトプットのデザインも大きく影響を受けていくのですよね。「だからこそ、デザインはこうすべき」「こういうお菓子にしたい!」という思いも強まります。そういう部分でインハウスデザイナーの面白さを感じますね。
──素材選びから関わっているとは驚きました。BAKEで経験を積むなかで、デザイナーとして変化したことはなんでしょうか?
最も大きな変化だと感じているのは、デザイナーとしての「守備範囲」が広がったことです。振り返ってみると前職にいたころの私は、業務のなかで「デザイナーの仕事はこの範囲まで」と領域を決めつけ、結果的に自分の可能性を狭めていたと思います。対して、BAKEでは創業期から「おいしさの次に、デザインが大事」という社風が根付いており、あらゆる場面で「これはデザイナーとしてどう思う?」と意見を求められます。なかには「これもデザイナーがやるの!?」と驚くようなところまで関ってきたので、職種に対する固定概念はなくなっていますね。

クリエイティブの「広さ」から「深さ」へ

──続いて、これまでのキャリアについて教えて下さい。
私は武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科を卒業し、前職のデザイン事務所では、パッケージやロゴなど、グラフィックから全体のブランディングまで担当してきました。食品や飲料などの一般消費財に携わる機会が特に多かったのですが、ときにはロサンゼルスの拠点に出向し、バイクのカラーリングを担当していたこともありましたね。それぐらい幅広い仕事を経験してきました。そうして12年ほどの期間のなかで、デザイナーからアートディレクターまで務めていました。

──順調なキャリアを歩んでいるように思えますが、なぜBAKEへ移られたのでしょうか?
デザイナーとして働き続けるなかで、一つの専門的な領域を深堀りしていきたいと考えたからです。多様な案件に携わってきたことで、デザインや仕事の幅を広げることはできたと思っています。しかし同時に、デザインという領域の奥深さも実感していきました。「深く掘り進めなければ、見られない景色もあるのではないか」。この気持ちが徐々に強くなり、新しいフィールドへ挑戦してみたくなったのです。

そんな気持ちでいたとき、偶然見つけたのがBAKEでした。当時のBAKEは創業からわずか3年で、企業として60年以上の歴史を持っていた前職とはさまざまな面で対照的だと思いました。食品からバイクまで多くの商材に携わっていた前職と違い、BAKEではブランドごとに店舗を構え、それぞれ一つのカテゴリーの商品だけを取り扱います。一つのブランドのなかで多種多様な商品を展開することが当たり前だと思っていた私にとって、専門店だからこそできる表現の衝撃はかなり大きかったのをいまでも覚えています。

当時、これほど真逆の環境で働くことは想像できなかった反面、新たな視点でデザインを追求できるのではないかという期待感も同時に感じました。また、特定の商品が長く愛され続けるためには、人々を惹きつけるデザイン表現が不可欠です。デザイナーとしての責任が増す場所で、自分を追い込んでみるのも面白いのではと考え、BAKEに入社することを決めました。

──広さから深さへ。ギャップのある環境だったからこそ挑戦してみたくなったのですね。
入社して初めて担当したのが、チーズタルト専門店「BAKE CHEESE TART」のシンボルマーク制作です。ブランドの海外展開を見据え、わかりやすい形で商品を認知してもらうことを目的に、さまざまなデザイン案を考えました。最終的にはタイポグラフィーの要素を用いて、「BAKE」の文字を重ねたシンボルマークを採用することになりました。かなりの数のデザイン案を出し、時間をかけたプロジェクトだったので、完成したときは本当に嬉しかったですね。それから徐々にプロモーションなどにも携わるようになり、「Chocolaphil」以外にも、バターサンド専門店「PRESS BUTTER SAND」のブランド立ち上げも担当しました。
焼きたてチーズタルト専門店「BAKE CHEESE TART」のシンボルマーク
焼きたてチーズタルト専門店「BAKE CHEESE TART」のシンボルマーク
バターサンド専門店「PRESS BUTTER SAND」のキービジュアル
バターサンド専門店「PRESS BUTTER SAND」のキービジュアル
当社で展開しているブランドにはそれぞれ個性がありますが、共通しているのが「8割主義」というマインドです。新たに商品を考案するとき、私たちは「世の中の8割の人に受け入れてもらえるか」ということを最初に考えます。多くの人に食べてもらいたいからこそ「チーズタルト」「バターサンド」「ガトーショコラ」といった王道カテゴリーで勝負しているし、特殊な材料などを使わないシンプルなお菓子にすることを心がけています。そのなかで競合と差別化をはかるためには、デザインによって遊び心を加えた、新たな切り口が必要です。だからこそ私たちは「おいしさの次に、デザインが大事」だと考えており、どのブランドにおいても根幹に置いている重要な考えです。

クリエイターの「具現化する力」を信じて

──「おいしさの次に、デザインが大事」という考えをBAKEでは大切にしているとのことですが、柿﨑さんが具体的にデザインをする上で意識していることはありますか?
一つは、「手触り感」を意識することですね。当社が提供しているのはお菓子なので、お客さまは商品を目にし、手に取り、香りを楽しみ、味わっていただくなど、五感の多くを通じて価値を提供しています。リアルな商品をつくっているからこそ、質感を意識してアウトプットができるか。それがBAKEのデザイナーにとってはとても重要なポイントになります。

現代ではデジタル技術が普及し、非リアルで完結するデザインも増えてきています。しかし、そこに固執することなく、自分自身の手でモノをつくるという感覚も大切にしなくてはいけないと、BAKEの仕事をしていて感じますね。

また、もう一つ忘れてはならないのが「妄想力」です。デザインに携わる人であれば、誰しも憧れを抱いているブランドが少なからずあると思います。しかし、既存のブランドありきで働くことを目的にしていては、受動的な発想しかできず、デザイナーとして成長することはできないのではないでしょうか。デザインの魅力とは、「いまこの世にないものを好奇心のままに思い描き、自らの手で具現化できること」だと思います。確かに、目に見えないゴールへ向かって走ることは、恐怖に感じることもあるかもしれません。しかし、その恐怖すら楽しんだ先に本当の喜びがあり、デザイナーとしてさらなる成長につながっていくのだと思います。

──BAKEでも新たなブランドを0から妄想し、その結果で数々のブランドを生み出してきたわけですね。最後になりますが、柿﨑さんの今後の目標を教えてください。
これまでは私もクリエイターの一人として、事業の川上からモノづくりに関わっていきました。しかし、2020年7月に組織の変更が起こり、今度は事業の源泉そのものを生みだすことが私のミッションとなりました。激しく変化する社会のなか、お菓子を通じてどのような価値を提供できるのか。それを掘り下げ、事業の根本をデザインしていくつもりです。

会社の事業を考えていく上でも、この世にないものを形にする妄想力が必要な場面は多いですし、そのスキルを高く備えているのは、やはりデザイナーなのではと感じています。デザイナーが事業に携わるという選択肢はまだまだ少数派だと思います。そのなかで、私自身の手でこの職種にはさらなる可能性があるということを、これからの活動を通じて体現していきたいと思います。

──モノづくりの概念が社会のあらゆる場所にあるからこそ、クリエイターには無限の可能性が秘められているのですね。柿﨑さんが生み出す新しい源泉から、BAKEは次にどんなお菓子を届けていくのか、これから楽しみです。本日はありがとうございました!
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