フェイスブック社のクリエイティブ戦略家から、スタートアップのクリエイティブ責任者へ。デザインとブランドの適切な関係とは? MOON-X ヘッド・オブ・クリエイティブ 栗山修伍さん
「日本のモノづくりとテクノロジーの融合」を掲げ、クラフトビールやスキンケア製品を展開するMOON-X。同社のブランドは、伝統と革新が融合した、唯一無二の存在感を放っています。それらを統括するのが、ヘッド・オブ・クリエイティブの栗山修伍(くりやましゅうご)さんです。
栗山さんは、イタリア・ミラノで工業デザインの修士号を取得。帰国してからは、楽天やフェイスブックでブランディングやクリエイティブ戦略を担ってきました。さまざまなキャリアを経て、現在はMOON-Xのブランドを監修する栗山さんに、クリエイターとしての軸や、未来に向けた思いをお話しいただきました。
栗山さんは、イタリア・ミラノで工業デザインの修士号を取得。帰国してからは、楽天やフェイスブックでブランディングやクリエイティブ戦略を担ってきました。さまざまなキャリアを経て、現在はMOON-Xのブランドを監修する栗山さんに、クリエイターとしての軸や、未来に向けた思いをお話しいただきました。
フェイスブックから転職し、スタートアップへ
──はじめに栗山さんのキャリアについて伺いたいと思います。MOON-Xに入社する前はフェイスブックに所属していたとお聞きしました。どのような仕事をされていたのですか?FacebookやInstagram広告のクリエイティブ戦略を担当していました。例えばInstagramでは、15秒という短い動画の世界で、どのようなビジュアルやメッセージにすれば、CTR(クリック率)が伸びるのかを徹底的に追求してきました。特に注力したのが、広告動画制作のワークショップの開発です。ここでは広告主と広告会社を集めて、2~3時間という短い時間のなかで動画広告を何本も制作するという怒涛の取り組みをしていました。広告主からのお題にもとづいて1時間程度で方向性を議論したあと、その場で動画クリエイターと実際に広告を仕上げます。ラフが完成したら、その場で広告主側の決裁者やマーケティングチームと擦り合わせてさらにブラッシュアップをかける。この臨場感とスピード感は圧倒的にエキサイティングです。また、この取り組みは週に1~2回の頻度で行っており、スピード感をもっていかに消費者を惹きつけるものを生み出せるか、という洞察力や感性を身につけられたと感じています。なにより、最高に楽しかった仕事です。
また、同社で大切にしていたのは、「どのようなクリエイティブにするか」よりも、「クリエイティブを通じて消費者にどのような体験を与えられるか」という視点です。ひたすらに広告を配信して商品の購入を促すのではなく、どのようなコンテンツがあれば消費者に楽しんでもらえるのかを常に考えていました。そうすることで、商品を購入するだけでなく、消費者自らSNSアカウントをフォローしたり、キャンペーンに参加したりと、長期的にブランドを応援してくれるようになるのだと実感しました。
フェイスブックではこのように、クリエイティブの力を使ったブランド支援に携わっていました。しかし、私自身もブランドの外から支援していくことではなく、自社のブランディングをする仕事をしてみたいと思うようになりました。その思いをかなえるために、フェイスブックを離れる決意をしました。 ──MOON-Xに入社を決めた理由はなんだったのですか?
「日本のモノづくりとテクノロジーの融合」というビジョンに強く惹かれたからです。伝統工芸や特産品など、日本には素晴らしいものがたくさんあるのに、発信力が低いためにその魅力が十分に伝わっていないと感じています。MOON-Xは、伝統に付加価値を与えることで、新しいものを生み出すことを目指しています。自分の手で新しい価値を生み出せることに面白さを感じましたし、世界に向けて発信していけるという部分も魅力的でしたね。
当社では、商品を世に出して、消費者から得たフィードバックをもとに改善を繰り返すというプロセスを大切にしています。そうすることで、着実にブランドのファンが増えていくと考えているからです。購入した商品に対して「おいしい」や「使い心地が良い」と思ってもらえることはもちろんですが、そこで終わりではなく、「このブランドこそ、私が探し求めていたもの」と消費者が感動できるようなブランドを目指しています。
クラフトビールと化粧品の開発を手がけて
──栗山さんのMOON-Xでの仕事内容を教えてください。これまで、クラフトビールやスキンケアのブランドを手がけてきたのですが、いずれもブランドコンセプトの立案から、それにもとづいたプロダクトデザイン、消費者への発信の仕方まで、一気通貫して監修しています。また、オンラインとオフラインの両軸で、消費者体験のクオリティを高めていくことが私のミッションです。
──クラフトビールブランド「CRAFT X」はどのようにして生まれたのですか?
きっかけは、代表の長谷川がアメリカに行ったときにクラフトビールのおいしさに強く感動したことです。日本にも優れた酒造メーカーがたくさんあるので、その素晴らしさを伝えようと、茨城県那珂市にある「木内酒造」とのプロジェクトがスタートしました。木内酒造は約200年の歴史と優れた醸造技術を持っており、酒造りに関しては言うまでもなくプロフェッショナルです。MOON-Xが提供できるのは、その素晴らしさを伝えるためのビジュアル表現や発信方法など、テクノロジーを活用した知見だと考えました。この掛け合わせのことを「トラディション・ミーツ・テクノロジー」と呼んでいるのですが、伝統的なものをテクノロジーの力でより広く発信していきたいという思いから「CRAFT X」は生まれました。
「CRAFT X クリスタルIPA」のパッケージは全3種類で、いずれも葛飾北斎の『富嶽三十六景』のなかのひとつ『神奈川沖浪裏』がデザインのベースとなっています。日本の伝統を大切にしたいという思いからスタートし、さまざまな「日本の美」を調べるなかで行き着きました。しかし、そのまま北斎の絵画をモチーフにするのではなく、波の色は煌びやかなエメラルドグリーンを採用し、ロゴは現代的でシャープなタイプフェイスを採用することで、伝統を進化させ、モダンな要素と掛け合わせたデザインに仕上げました。この波のデザインをベースとして、北斎の赤富士、歌川国芳のガシャドクロ、夏の夜空を思わせるアートがそれぞれコラボレーションしており、多くのユーザーから好評いただいています。また、ビールのラベルにはロット番号が記されており、ユーザーのフィードバックによって、ロットごとに味を進化させていくシステムを構築しています。
11月4日には、前回あっという間に売り切れてしまった「ヘイジームーンIPA」も復活しました。こちらも前回とデザインを変更しており、独特のトロピカルでフルーティーな香りと味わいを鮮やかなピンクとゴールドで表現しています。
──スキンケアブランドについても開発の経緯を教えてください。
こちらは、日本にある優れた原材料や成分に、モノづくりの技術を掛け合わせることで、多くの人の生活を豊かにしたいという思いからスタートしました。女性用スキンケアブランド「BITOKA」では、主に大雪山に咲く雨に濡れると花びらが透明になる「サンカヨウ」という花の酵母から美容液を製造したり、約21年もの歳月をかけて育てられた真っ白な芍薬「白雪姫」のエキスから透明なクリームをつくったりしています。また、男性用スキンケアブランド「SKIN X」では、原材料に出雲の温泉水やソニーがつくったトリポーラスというバイオ多孔質素材などを使用し、特殊な乳化技術(ナノエマルションテクノロジー)なども活用しています。
「SKIN X」については、マットブラックで統一したパッケージにもこだわっています。私たちはプロダクトを小売に卸さないので、ドラッグストアの商品棚のなかで目立つ必要はありません。純粋に消費者目線で提供できるものを考えたとき「家の洗面台にフィットすること」。また、「見るたびに気持ちを高めてくれるようなデザイン」に行き着きました。「SKIN X」は、「毎日使うことで、生活を一段上のステージに持ち上げてくれるようなメンズスキンケア」というコンセプトを掲げています。デザインアイコンとして採用した斜めのラインは、仕事やプライベートに悩みながら日々の生活を送るなかに差し込んでくる「一筋の光」をイメージしています。
──いずれも栗山さんが入社されてから1年以内にリリースされていますが、すごいスピード感ですね。
もちろん、酒造メーカーや製薬会社との開発にはじっくり時間をかけています。ただ、デザインに関しては「ラピッドプロトタイピング」を強く意識しており、ブランドのコンセプトができたら、まずは大量のビジュアルイメージを幅をもたせてつくってみることを大切にしています。ラフの段階でチーム全員に共有し、そこで出た意見をもとに、簡単なプロトタイプを仕上げます。それをまたチームで検討して絞りこみ、さらにブラッシュアップする、という工程を2週間くらいで実施しました。ゼロイチでつくるプロダクトデザインを2週間ですよ(笑)。すごいスピード感です。でもスタートアップらしくて大好きな動き方ですね。大企業にありがちな関係各所への承認プロセスなんてないですから。コロナ禍でほとんどがリモートでの進行だったため、意見を交わすのにも苦労しましたが、なんとかリリースすることができて一安心でした。
先ほども話したように、製品が世に出てから得られるフィードバックが重要だと考えているので、リリースしてようやくスタートラインに立ったところですね。ここからさらにクオリティを上げ、進化させていきたいと思っています。
──「クラフトビール」と「化粧品」。異なるカテゴリーのプロダクトのデザインを手がけたとのことですが、その工程に違いはあるのでしょうか?
それぞれのプロダクトの特性で、細かな部分は異なりますが、最適なデザインを開発するためのプロセスは共通しています。それは、イタリアにいたときに手がけていた自動車のデザインでも動画広告のデザインでも同様です。
どのプロダクトも、まずは「どのようなブランドを創りたいか?」からスタートします。例えば自動車を開発するとしたら、ターゲットユーザーの年齢やライフスタイル、求めている理想の生活像の仮説を明確にします。そうすることで、4人乗りであるべきなのか、 スポーティーな要素はどれくらい必要なのか、ユーザーにとって荷室のスペースはどれくらいが妥当なのか、といった細かい部分が見えてきて、それらをもとにデザインコンセプトのコアを築き上げます。この部分がズレていると自動車だろうが広告だろうがヒットしない。ブランドのビジョンやコンセプトを磨き上げ、そのうえで最適なビジュアル表現をつくり上げていくことがどんなクリエイティブにも必要です。自動車は開発に3~5年ほどかかると言われているので、消費財デザインと動画広告のデザインではリードタイムの違いはありますが、根幹の部分は同じです。
私は幼少期からデザイナーという職種に憧れてクリエイティブの世界に飛び込みました。そして、いろいろな仕事に揉まれるなかで、「僕が求める仕事は、ブランドのビジョンを言語化してコンセプトに落とし込み、それを最適なデザインで体現するというブランディングの監修だ」と気づきました。
アイデンティティを磨け
──これまで幅広い経験を積んできた栗山さんの視点で、今後キャリアを形成していく若手クリエイターに向けてアドバイスをお願いします。いまは「個の時代」であることをもっと認識すべきだと思います。たまに大学での講演で学生の方と話す機会がある際に、「どうしたら大手の良いデザイン会社に入れますか?」という質問をされることがあります。確かに、それもひとつの指標ではあります。しかし、個人で戦える時代になったいま、「大きい会社に入りたい」や「有名な会社で活躍したい」と思うことが、逆に選択肢を狭めているかもしれません。会社ベースではなく、「自分がどんなクリエイターになって、なにをしたいか」という視点が大事なのです。いまは個人でもオンラインでの発信を強化すれば、あらゆる人とつながることができ、チャンスも広がります。アンテナを張って行動すれば、個人で仕事を受注することも可能です。若いときから自分自身を個のクリエイターとして捉えたほうが、活躍の幅も広がるのではないかと思います。あとは英語ですね。これが少しでも使えるだけで世界中のクリエイターとインターネット上でやり取りできるので、視野が一気に拡がります。
また、日本では企業におけるクリエイティブ部門が、全体のフローの下流になっている会社がまだまだ多いと感じます。しかし、これまで話したように、クリエイティブとはパッケージや広告をつくることが目的ではなく、消費者体験全体を司る重要な役割を担っています。だから、クリエイターもブランドコンセプトの段階から参加して、一緒に議論を重ねながらシャープに磨いていく必要がある。そういう環境でクリエイティブに関わることで、長期的に活躍できるキャリアを築けるのではないでしょうか。
──最後に、これからのクリエイターに必要な素養はなんだと思いますか?
日本全体として、「伝統的な価値を大切にしながら飛躍的な進化を遂げていく」という視点をもっと強化していくべきだと思っています。ありとあらゆるサービスや商品が次々と登場する世の中ですが、真新しいものだけにフォーカスするのではなく、伝統的な技術や価値をアップデートして、それを世界にアピールし、ビジネスとしてもスケールしていく。こうした取り組みに関わるクリエイターが重宝される時代が来るのではないでしょうか。
大量生産・大量消費の時代になり、さまざまなブランドがあるなかで、個性を際立たせることが難しくなっています。1年前に出した商品のままで良いのかというと、残すべき部分もあれば、進化させるべき部分もあります。より短いスパンで、ブランドや商品のアップデートをする必要があるのです。ブランドとして伝えたいことを徹底的に考え抜いて、常にアップデートをしていくことが、いま、そしてこの先求められていくのではないかと思います。 ──多くの人を惹きつける製品は、栗山さんの徹底した消費者目線から生まれていることがよくわかりました。今後のアップデートも楽しみにしています。ありがとうございました!