広告業界から始まったキャリア

──玉木さんは広告会社でのデザイナー経験を経て、現在のカオナビCDOの役職に至ったと聞いています。広告会社から事業会社へ移った経緯を教えてください。
私はBBH TokyoやW+K Tokyo、AKQA Tokyo、Saatchi&Saatchi Fallon Tokyoなどのクリエイティブエージェンシーでデザイナーやアートディレクターを務めていました。広告デザインを通じて、クライアントの課題を解決できる環境は、自分のやりたかったことでもあり、充実した日々を過ごせていたと思います。しかし、あるときにふと立ち止まってこれからのキャリアを考える機会があったのです。いままで自分が携わってきたデザインの世界で、さらにその先に進むために必要なことはなにか。私が思い至ったのは、「経営者目線」を身につけるということでした。

当時の私は「広告は、会社の目指すべきゴールに近づく上での一つの経営手段でしかない」、そう考えていました。そのため、広告制作の経験しかない自分は、「その会社が成し遂げたい未来をつくる為に用意したありとあらゆる戦略や情報に全然触れていない。したがって、限られた範囲にしかビジネスに関与してこなかった人材である」と自分を評価しました。それを脱却して広義な意味のデザインで貢献したいと思ったことが自分のキャリアを変えていくはじめのきっかけでした。

──その後、具体的にどのような行動に出たのでしょうか?
ベンチャー企業に就職しました。そのような形態の会社で働いたことがこれまでなかったですし、人数が少ないベンチャー企業ならば経営者との距離も近く、経営目線を勉強するにはうってつけの環境だと考えたのです。そしてAIベンチャー企業であるCogent Labsに転職をします。AI領域に飛び込んだ理由は、当時はまだAIが社会にどのように実装されていくのかが不透明だったから。明確に利益を出している企業も多くなく、まさに黎明期。だからこそそこに携わっていくのは面白いのではないかと思いました。そういう未開拓な領域で、いまの自分がなにをできて、なにができないのか。さらに自分自身のことを知りたくて、このような選択をしました。

私が転職した当時のCogent Labsは従業員のほとんどがエンジニアであり、半分以上が外国人。さらに物理学の分野など博士号を取得されている方が多く在籍するアカデミックな環境でした。当然いままで所属していた広告業界の会社の人たちとは、まるっきり毛色が違う人たちだったため、話が全然合わなかったんです。けれども、その経験が逆にキャリアの糧になりました。デザインが会社のなかの1/360度の領域であることをあらためて自覚しましたし、多種多様な専門領域の人が共創する場所こそが会社である。そして経営者は会社にいるすべての人の意見をくんで、意思決定をしなくてはならない。それが肌感覚でわかったため、経営のなかでデザイナーの価値がどこで発揮されるのかを自分で考えるようになりました。そこで明確にわかったのが、経営者のアイデアを代わりに説明する「意訳家」としての価値でした。

例えばベンチャー企業の場合、成長を加速させる手法の一つに資金調達があります。そのためベンチャーキャピタル(VC)との関係はとても重要な要素です。VCから資金調達をしなければ事業を大きくさせることは難しい。一方VCとしては無駄な投資はしたくない。だからこそ、ベンチャー企業はVCに対して自分たちの事業やビジョンを的確に説明しなくてはいけません。しかし経営者自身が思い描くアイデアを文字や図にしたプレゼンの資料が「わかりにくい」ものを時々見かけます。いくら壮大なアイデアを自身の頭のなかに持っている経営者でも、そのアイデアを誰にも伝えなければ0と同じです。でも、それを形にするためのデザイン技術を彼らが必ずしも持ち合わせているとは限らない。その技術を持たない経営者がつくる資料では、適切にアイデアを伝えられない場合が多いのです。

──そうなれば、資金援助を受けるのも難しくなってしまう、というわけですね。
そうなんです。そこにこそデザイナーの存在価値があると感じました。経営者が持つアイデアを私たちデザイナーが形にする。デザイナーなら経営者の意訳家になることができる。2017年、独立を果たすとすぐに、資金調達の機会損失を抑止すべくVC向けのプレゼン資料を作成して欲しいという依頼が多く舞い込みました。

──そこから玉木さんがカオナビのCDO(Chief Design Officer)を務めるようになったのにはどのような経緯があったのでしょうか?
独立後、私は受託でコミュニケーションデザインの仕事をする一方で、「人柄を可視化する」というサービスをつくりたいとも考えて、XCOGを創業しました。その事業をより大きくしていくために投資を受けようとし、その際にカオナビのスタートアップ企業への支援プロジェクト「カオナビNEXT FUND」の存在を知りました。そこでのプレゼンを経てカオナビの代表である柳橋と知り合ったんです。柳橋の持つ熱意やビジョンに共感したことがCDOを引き受ける決定打の一つですが、もう一つ大きな要因として、CDOが世の中で求められているという事実をデザイン業界全体に周知させたかったのです。デザインの市場はシュリンクしておらず、新たな形態でニーズがあると、デザイナーを目指す人たちに自信を持ってもらいたかった。そのような貢献の意識があったからです。

デザイナーこそ、ビジネス領域に積極的に参入すべし

──玉木さんが率いるカオナビのブランドデザイン本部はどのような役割を与えられているのでしょうか?
カオナビのブランドデザイン本部では、経営メンバーと近い距離でクリエイティブ戦略をつくっています。ほかの事業会社でもブランドデザインチームを抱えているところはありますが、経営という上流ポジションからクリエイティブをつくり上げていくケースはあまり多くないのではないでしょうか。経営戦略をいま一度おさらいすると、会社の現状を捉えつつ、目標に対してあるべき姿を描くことです。そして、その会社としての理想の姿を描き、シナリオをつくることこそが経営者の仕事です。ただ、いくら熱量の高いメッセージを並べても、テキストや声などのコミュニケーションを介してだけでは、届く距離、変化には限度があります。その限度を外し、経営者のメッセージを誰にでも伝わるようにビジュアライズしていくことは、デザイナーにしかできない仕事なのです。だからこそ、カオナビのブランドデザイン本部である私たちは、経営者と共に戦略をつくり上げていく仕事をしていると考えています。

ブランドデザイン本部の具体的なミッションには、各ステークホルダーにファンをつくっていく、ということがあります。私たちが言うステークホルダーとは、一番近いところで言うとカオナビの社員やカオナビの導入企業、連携先の企業、ほかにも出資をしている会社、機関投資家、個人投資家など。さらに細かく言うと過去に契約していた企業や過去に在籍していた人、そして今後関わるかもしれないポテンシャルカスタマーや採用候補者など。これらすべてをステークホルダーと呼んでいます。ブランドデザイン本部ではこの人たちにブランドの思想を共感してもらい、ファンをつくっていくことをミッションにしています。

これまでブランドデザイン本部で具体的に取り組んできた事例としては、カオナビの目指すべき未来を示したブランドブック「Future Deck」の作成があります。この資料作成の企画から、コンテキストやビジュアルなど、そのすべての作成を担当しました。一般的に中核を担う設計図は、経営者や経営企画に関わる人たちが作成することが多いかもしれませんが、前述のように経営者のファシリテーターになってあげられるデザイナーこそ、彼らの思いを資料としてビジュアライズしていくことに適性があるのです。

私がこの資料をつくっていく過程で目指したのが、会社の未来の設計図として機能することでした。「いま自分たちが携わっている仕事が、会社の掲げるビジョンのどの部分にあたるのか」。一番身近なステークホルダーである社員に対して、それをしっかりと示せることで、会社全体の推進力の向上につながると考えたのです。ブランドの周知に必要なのは、社外へのメッセージであると考えられがちです。しかし、それよりも先に社内に経営者のメッセージを広げていくことこそがファーストステップ。社内の人間をこれまで以上にどれだけファンにできるか。確実な味方をつくり、地盤をつくっていくことがブランドデザインに最初に必要な工程だと思います。
 
カオナビのブランドブック「Future Deck」
──社外のファンユーザーをつくるためにカオナビで大切にしていることなどはありますか?
いかにユーザーの態度や行動を変えさせていくのかが大切だと思っています。例えば、一般的にお洒落とされている、SNSで映えるようなカフェで作業している人を見かけると、多くは特定のブランドのパソコンを使っていることが多いと思います。なぜ彼らはそのパソコンばかり使うのでしょうか? 私はこの疑問に対し、一つの仮説を唱えています。それは、ほかのパソコンメーカーのことが嫌いなのではなく、なんとも思っていない、無関心の状態である、ということ。もっと言うと、特定ブランド以外のパソコンを使っている自分自身のことが許せないのです。このような心理はほかの場面でも多く働いており、多くのユーザーたちは、周りから自分がどのように見られているのかを強く気にする傾向がある。それを自社に落とし込んで考えると、カオナビを使っている自分自身が好き、そのように思わせるサービス設計にすること。それが重要であると考え、この部分を掘り下げサービス設計にあたっています。

──「カオナビというプロダクトが好き」ではなく「それを使う自分が好き」というような設計をデザインすることが大切というわけですね。
おっしゃるとおり、「ブランド」だけではなく「ブランド+自分」で好きになってもらえるようなデザインが必要であり、そのような設計を先導していくのがこの先のデザイナーの役割になると、私は考えています。

医療業界の行動デザインで例えますがもしメタボリックシンドロームに悩む患者が目の前にいたとき、医者ならば「1日10分歩いてください」というような医療教育で培ったアドバイスをするかと思います。これに対し、デザイナーならばアドバイスに演出をつけなくてはいけません。例えば、「このカメラを使って、季節を切り取ってきてください」とアドバイスをする。そうすると、写真を撮りにいく過程で、10分間外を歩く結果にたどり着くことができますよね。しかも美意識や好奇心、モチベーションも付加します。このような一つの経験や結果に対し、いかに多くの副産物を提供できるか。そのような「演出力」を持つことがこの先のデザイナーには必要で、他の専門職ができることを行っても価値が出ないと思います。

現代ではデザインについて、さまざまな分野を学ぶことができますし、多様な学び方を選択することができます。ただ、それだけではきっと物足りない。そこを補うのが先程申し上げたような「演出力」です。それを身につけるために、人間や社会、そしてビジネスの領域をデザイナーであっても積極的に学ぶべきだと思います。どのようなコミュニケーション設計がユーザーを心地よくするのか、ユーザーの行動や態度を変えるのか、そのような思考の癖は、たとえどのような業界に進んでもきっと大きな武器になります。自分が進みたい世界の仕組みやそこにいる人たちの思考など、構造を分解し把握する。職人的な素養だけでなく、社会の仕組みを理解することもこの先デザイナーには求められていくと思います。

──広告会社から事業会社への転職やカオナビCDOとしての役割、そしてデザイナーの未来など幅広くお話をいただきました。玉木さんが言うように、今後デザイナーの需要はますます広がっていくと思います。活動領域が広がっていくからこそ、いかに適応能力が高いデザイナーでいられるか。それがとても大事になっていきそうです。お話いただきありがとうございました!
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