宇宙は、すぐ明日のビジネスになろうとしている。宇宙好きが集まったプロジェクトから、広告はきっと変わっていく 博報堂 ひらけ宇宙プロジェクト
博報堂では、2012年から、宇宙に興味を持つメンバーを主体に、JAXAと組んで正式に「ひらけ宇宙プロジェクト」を開始。以降、ユニークなアイデア力をエンジンにさまざまな取り組みを進めてきました。最近では、JAXAの宇宙飛行士募集「Hello! EXPLORERS PROJECT」を手がけるなど、本格的な宇宙時代に向けて活動をしています。
プロジェクトリーダーの石下佳奈子(いしおろしかなこ)さん(クリエイティブディレクター)始め、主要メンバーである、梅村太郎(うめむらたろう)さん(クリエイティブディレクター)、柳貴男(やなぎたかお)さん(コンテンツプロデューサー)にお話を伺いました。
──「ひらけ宇宙プロジェクト」はもう10年。その成り立ちや活動をまずお聞きしたいと思います。
石下:2012年にJAXAと博報堂の正式なプロジェクトとして立ち上がりました。目的は、日本を宇宙から元気にするためのプロジェクト。「ひらけ」とあるくらいなので興味がある人はジャンジャン参加してください!なノリでやってきました。発端は、宇宙飛行士の星出彰彦さんと梅村さんが高校の同級生だったことです。星出さんが宇宙に行くので応援したい!と個人的に思い、そのうちJAXAとつながり、博報堂がいろんな企業を巻き込んで、イベントや広告をやって現在に至っています。
梅村:もう10年、かなり長くやっているなぁと感じます。組織ありきの発想ではなく、宇宙好きが自主的に集まってなにかやろう!という発想で、得意先の課題解決や世の中の課題解決を宇宙に結びつけて、新しい動きをつくろうとしています。
石下:「宇宙×〇〇」が基本のフレームで、〇〇をなににするかで考えてきました。いままでの活動例をいくつかお話していきます。
実は、2011年、「宇宙たんざく」という活動を企画しました。「宇宙×被災地支援」です。この年の3月11日に東日本大震災が起こり、甚大な被害が出ました。私たちもなにか支援ができないか、宇宙好きとして、博報堂の人間としてできることはないか、そう考えて、日野貴行さんを中心に企画・実行していったものです。被災地の子どもたちにWeb上で七夕の願いごとを募集し、それが書かれた短冊をスキャンし、データ化して、宇宙ステーションに届けることをしました。地球からより宇宙からのほうが星に近いので、願いごとが叶えられやすいのではないか、という発想です。宇宙ステーションにいたJAXAの古川宇宙飛行士が、そのデータを受け取り、子どもたちの短冊を読み上げていきました。その模様は映像で地球の子どもたちに届けられ話題になりました。日産自動車にスポンサーになっていただき、この活動はテレビCMとしてオンエアもされました。そして、2012年には、星出宇宙飛行士が福島の小学生たちとリアルに宇宙から交信しました。
──願いを込めて、被災地支援と宇宙を結びつけ、発想し、実行したのがスタートだったんですね。
石下:そうです。実現まで本当に大変なことが多いのですが、それ以降も、さまざまにプロジェクトは進んでいきます。「宇宙×世界初ラジオCM」。柳さんが中心になって行われたUHA味覚糖のETキャンペーンです。宇宙って過酷な条件の空間だから、宇宙人はものすごくストレスを溜めているのではないか、味覚糖のお菓子を食べるとストレス発散になるのではないか、と考え、宇宙人向けのラジオCMをやりました。JAXAが使っているパラボラアンテナから社長自らが宇宙人に応募メッセージを送りました。連絡をくれた宇宙人にはインセンティブを用意するという真面目な企画です。味覚糖さんとは、「宇宙×お菓子」で、お菓子の砂糖、つまり炭素を使ってロケットを飛ばすという実験もやりました。これも専門家が集まって、真面目に取り組み、実験は成功、NHKにも取り上げられました。
──面白いですね。宇宙人からはまだ応募がないですか。
石下:まだありませんが、ずっと待っています。
その後も、ヴィレッジヴァンガードさんと「宇宙×商品開発」をやったり、環境省と「宇宙×低酸素社会」をやったり、ヤクルトさんと「宇宙×免疫研究」をやったり、です。2020年からは「宇宙×栄養ドリンク」で、天野亮輔さんを中心に「リポD SPACE PROJECT」を大正製薬さんと開始しました。宇宙開発や研究の現場には、リポDの空き瓶がたくさんあるというお話がきっかけで、大正製薬さんが、JAXAの活動を応援していくプロジェクトです。そして、いま、現在進行形のタイムリーなものとして、JAXAの宇宙飛行士募集「Hello! EXPLORERS PROJECT」があります。
──最近、よくメディアに取り上げられていますね。僕からの質問になりますが、組織的にJAXA営業は現在いるのでしょうか。
石下:現在のところいません。宇宙に関するプランニングを実施するには、どうしてもコストがかかります。その意味で、クライアントがないと成立しづらいのですが、企画先行型でその都度都度、クライアントを探したり、お願いしたりしています。
梅村:クライアントのニーズありきではなく、宇宙の可能性や夢を企画にして、その可能性や夢に賛意を示していただいたクライアントとともに動いていくスタイルです。元々、中高の同級生の星出飛行士が、もっと宇宙の魅力を高めたいと思うんだけど、博報堂の力を貸してくれないか、と個人的に相談されたのが始まりです。その志の輪に、柳さんや石下さんが加わってくれて、ここまで広がってきました。石下さんはもう完全な「宇宙女子」になり、星出さんも覚えてくれているし、野口さん、山崎さんも覚えてくれています。10年越しの絆が強くできています。
柳:社内報だったと思いますが、同期の梅村が宇宙を始めたというのを見て、その時、僕は同期でもほとんど話したことなかったのですが、すごく面白そうだなとピン!と来ました。それから、輪に加わらせていただいて、僕は関西支社のMP(メディアパートナーズ)にいたのですが、提案する企画を全部、宇宙ものにして提案したりしていました。すると意外と通っていくんです。アイテムをプレゼントしましょう、イベントをやりましょう、の普通のプレミアムキャンペーンを想像していたクライアントが、宇宙が出てくると大概、びっくりします(笑)。担当者の方が、上司に上げて、さらに役員のところまで上がっていく。宇宙は面白い!と感じましたし、いまも感じています。
──JAXA宇宙飛行士募集「Hello! EXPLORERS PROJECT」についてです。キャッチコピーの「宇宙飛行士に、転職だ。」は石下さんのコピーですね。
梅村:初めて石下さんからコピーを見せられた瞬間、これってすごくいいな!と感じました。いま、働いていても満足していない人、夢を感じていない人も多いと思いますが、宇宙飛行士になれるなんて考えてもいないし、なりたいとも考えていない。でも、このコピーで、いままでなかった新しい選択肢が生まれる。転職と宇宙飛行士がパッと結びつく。いまの生活を放り出して宇宙飛行士になる。すごく怖気付くような選択です。でも、このコピーを志願者が心のなかで繰り返して、きっと勇気が出てくるんだと思いました。
柳:今回のJAXA宇宙飛行士募集は、コンテンツとして仕掛けていく、という発想です。スポーツイベントなどの発想と同じで、そのコンテンツの面白さ、話題性、意味性がまずあって、そこにクライアントを集めていく。みんなでこのアルテミス世代の宇宙飛行士を応援しようよ、という大きな想いのもとに、集まる。ホームページをご覧になっていただくとわかると思いますが、多くの企業やメディアにこの想いに賛同して応援サポーターになっていただいています。JAXAは国立研究開発法人ですから、クライアントビジネスとは違う。JAXAをコンテンツホルダーとして捉えて横に広がるビジネスをつくっていっています。
──僕は、宇宙がもう人の人生のなかに入り込んできている気がしました。どこか遠くの話ではなく、すぐ近くの話になってきているーー。
梅村:僕たちクリエイティブの人間は、次の価値を創造していく役割があると思っています。そういう意味で宇宙はすごく面白い。そして、その面白さが近づいてきている実感はあります。これから確実に大きな市場になっていく。ジェフ・ベゾスが設立したブルーオリジンも、民間人による有人飛行が大きなニュースになっています。宇宙旅行が本当に身近になる新時代がやってきて、社会の様相が変わってきている感じがすごくします。
柳:月面開発でもさまざまなビジネスがもう起きています。例えば、JAXAとトヨタ自動車などが月面を走る「有人与圧ローバー」を共同研究していますし、食品メーカーがさまざまな宇宙日本食の開発も進めています。宇宙の衣食住はどうあるべきか、がもう話されていて、それぞれ取り組みが本格化しています。新たなビジネスがもう始まっていると言ってもいいと思います。
石下:バスキュールさんの「KIBO宇宙放送局」も開始されています。宇宙でイベントをやるとなるとものすごくコストがかかりますが、それも技術が上がってくれば、もっと実現が容易になります。私たちのプロジェクトの領域も広がっていくと思いますし、いまはクリエイティブ系のメンバーが多いですが、柳さんのようなプロデュース系の方がもっと入ってくると嬉しいです。
──商品やサービスではなくテーマに取り組んでいく「テーマ型ビジネス」を10年も続けてきています。ルーティンワークをみなさん持っているなかで、続いている秘訣はありますか。
梅村:「好き」が、大事なんだと思います。結局、それが進んでいく力になる。みんな忙しいなかでも、宇宙が好き、ということで集まってアイデアを出し、創造的なパワーを出せる。「好きドリブン」がいちばん。そういう好きドリブンなプロジェクトは会社にとっても社会にとっても、すごく価値あるものなのではないかと思います。
石下:この10年くらいでシフトした価値ですね。YouTubeのキャンペーンで「好きなことで、生きていく」というのがありましたが、まさにその気分です。好きを起点にして仕事をする人も増えているようにも思います。大切なことではないでしょうか。
柳:いま、JAXAのキャンペーンを7人でやっていますが、そのうちの2人が学生時代のあだ名が「JAXA」だった。
石下:2人もいたのがうけました。全く違う大学、全く違う学部で生きてきたのに、2人とも「JAXA」って呼ばれていたのがすごい(笑)。
梅村:テーマで深掘っていくと、業界内だけでなく、業界外の面白い人にも会えるし、全然、違うアイデアも出てくる。新しい領域を見つけられることが価値だし、やっている僕らも楽しい。
──これから、このプロジェクトでどういうことをしていきたいか、それぞれ簡単にお話していただけますか。
梅村:人類は本能的に宇宙を目指しています。今後、いろんな宇宙に関するチャンスはやってくるはずですから、プロジェクトも自然体でやっていければいい。そのなかで、宇宙を目指す人や企業に貢献していきたいという思いは強くあります。ともかく続けていきたい。
柳:僕は早く宇宙に行きたいです。結局、リアル以上にすごいことはないから早く宇宙を体験したい。そして、もっともっと宇宙の面白さをメジャーにしたいです。いま以上に、宇宙というコンテンツの宝庫を掘り起こして社会に広めていきたいです。
石下:本当に、メンバーのみんなの熱い思いが消えないように、これからも一緒にやっていきたいです。私たちは宇宙開発といっても技術があるわけではなく、コミュニケーションという役目しかできない。これから宇宙へ出ていく民間企業が社会にコミュニケーションをするときに、お手伝いができたらいいなぁと思います。今回の宇宙飛行士募集のコピーはTwitterでいっぱい共感してくれています。私はコピーライターだから、みんなが使いやすい言葉を開発することで、宇宙がみんなの元気や勇気になるといいなと思っています。
──いままでにない領域を発見し、開発していくには、やはり「クリエイティブの力」が必要だと今回、改めて認識した。そして、プラスして、「好きの力」。データドリブンも大いに結構だが、「好きドリブン」には、働く人の喜びが詰まっている。外側からの視点だけでなく、「志」や「熱」という内側からのエネルギーも忘れていてはいけないはずだ。博報堂時代から知っていたプロジェクトですが、さらなる発展を予感しました。取材、ありがとうございました!