Vol.37 経営のコアでデザインの力を証明するフリーランスCDOの挑戦 キャリアアップナビ
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──勝手なイメージで美大卒だと思っていました。
こういう肩書なのでよく言われます(笑)。実は文学部の出身です。勉強は楽しくて、大学にはまじめに通いましたね。でも、就職活動はしませんでした。日本は就職ではなく「就社」だと言われますが、やりたいことが見つからないまま会社を探すのは、僕には難しかった。それなら無理に就職活動をするよりも、子どものころからの夢をかなえようと思ったのです。
その夢とは「イタリアに住む」ことです。僕はサッカー少年で、世界最強リーグと言われたセリエAや、イタリアの人々の熱狂ぶりが好きでした。あの空気を肌で感じながら生活してみたかったのです。
それで、渡航費を貯めるために出版社でアルバイトを始めました。あるとき編集長に「うちのWebサイトをつくってよ」と本を1冊渡され、HTMLの勉強からスタート。むちゃ言うなぁと思いましたが、やってみたらすごく楽しくて。これが、僕とデザインとの出会いです。
卒業してイタリアに住む夢は実現しましたが、1年足らずで帰国することに。実は、家主が経営するアートギャラリーのWebサイトやフライヤーをつくる手伝いをするうちに、他の人からも依頼が来るようになったのです。それで、「僕はデザインで生きていける」という自信が湧いて、早く日本で仕事がしたくなった。だから結局サッカースタジアムには行かずじまいです(笑)。
──入りたい会社ではなくやりたい仕事を見つけたのですね。
はい。だから帰国後に「就社」活動はせず、フリーランスのWebデザイナーとして活動を始めました。でも、すぐにつまずくことになります。ある商品のプロモーションサイトを当時、流行していたFlashを駆使してつくったとき、見栄えはよくできたものの、売り上げに全くつながらなかったのです。
消費者が商品ブランドに触れる機会はWebサイトだけではなく、広告やチラシ、パッケージなどさまざまです。ひとつだけカッコよくしてもダメ。すべてが統一したデザインやメッセージで発信されてこそ、イメージが浸透し、選ばれるブランドになっていく。駆け出しの僕にはその観点がありませんでした。
この経験で、「カッコよくデザインする人」ではなく、「ブランディングデザインをする人」に自分を変えようと決意しました。例えばWebサイトリニューアルプロジェクトに招集された場合でも、店舗やショッパーなどのデザインをトータルで提案するようになりました。
ブランディングデザインを追求していくうちに、企業ブランドや事業そのものをデザインしたいという思いが膨らんでいきました。それには経営のコアな部分に踏み込まなければなりません。機密資料を見る必要もあります。でも、僕らのような社外のデザイナーは「人的リソース」として扱われることが当時はまだ多かった。実務をやるので「コンサル以上」、でも「社員未満」。それを越えられないもどかしさが常にありました。
だったら事業会社に入ってインハウスデザイナーになろうと決めました。そうすれば自分が核となり、企業ブランドにかかわるコミュニケーション全体のデザインを推進できると思ったのです。
アライドアーキテクツは、企業のマーケティングDXを支援する会社です。僕はプロダクトデザインチームのマネージャーとして入社しましたが、プロダクトの開発だけではなく、広報と連携してコーポレートサイトやロゴをつくるなど、さまざまな領域の制作物に関与していきました。上場や決算の際は経営陣やIR担当と一緒に会社紹介やIR資料もつくりました。これまでデザイナーが参加していなかった経営のコアの部分で、デザインの力を証明することができた。「就社」したからこその経験だったと思います。
──現職のCDOに就任したきっかけを教えてください。
実は僕、3年前に退職しているんです。退職を申し出たときにCDOのオファーを受け、現在は業務委託のCDOとして、事業全体のデザイン向上を担っています。スキルと信頼関係があれば、外部の人間でも幹部ポストに就いて、社員の時と変わらずコミットできる。柔軟な働き方のモデルケースを示す意図もありました。業務のステップアップと前例のない働き方、どちらも認めるなんて型破りな会社ですよね(笑)。
フリーに戻ったのは、やりたいことがあったから。僕がアルバイトをしていた出版社は、教科書や辞書を出していて、社会に貢献している企業です。同じように、その社会的価値にもかかわらず、リソース不足のためにブランディングができず、世間に知られていない中小企業がたくさんあります。これからは、そういった企業の経営のコアで自分の能力を役立てたい。そして日本のデザイン力の向上につなげたいと思っています。僕のデザイナー人生の終活になるかもしれませんね(笑)。