それは本当にコミュニケーションが問題なのか?

──相原さんが所属する「ブランドエクスペリエンスクリエイティブ部門」はどのような仕事をしているのでしょうか?
WebサイトやSNS、動画などを中心とした統合デジタルコミュニケーションの企画とクリエイティブを担当しています。といっても、単にTwitterやInstagramを使ったキャンペーンをするとか、アウトプットの部分だけをやっているのではありません。電通デジタルらしく、デジタルマーケティングによって可視化された数値を根拠に、新たな「エクスペリエンス」を「クリエイト」する、つまり顧客体験を生み出すのが僕らの仕事です。

──その中に、「事業リデザイン」のチームができたわけですね。
そうです。僕がクリエイティブディレクターで、コアメンバーとしては、ほかにアートディレクター、プランナー、コピーライターがいます。

──広告会社が事業のリデザインを請け負うというのはあまりないことだと思いますが…。実際のお仕事はどのようにして始まるのでしょうか。
広告会社ですから、当然、クライアントはコミュニケーションの課題を抱えています。マス広告にかける予算がないとか、広告を出してもいまひとつ売り上げが伸びないとか。「コミュニケーションをSNSに変えればなんとかなるんじゃないか」と、自分たちのなかにすでに答えを持って相談してくることも多いです。

でも、よくよく話を聞いていくと、コミュニケーションに課題があるのではなく、そもそも「事業の戦い方」が間違っているということがあります。そういう場合、いくらコミュニケーションをデジタルに変えても、瞬発的な効果が出るだけで、持続的に売り上げを伸ばすことはできません。再び落ち込んだときには、もう追加できる予算がない。それでは問題を解決したことになりません。

事業の戦い方に問題があるときは、広告とかSNSとか、アウトプットの施策は隅っこの方の課題に過ぎないのです。もちろんいい加減にはできません。でも、もっと本質の、根っこの部分に目を向けて、事業の戦い方を設計し直してみませんかと。僕の仕事はそんな提案から始まります。

事業リデザインの成果は売り上げに表れる

──例えばどのような事例がありますか?
コニカミノルタの新規事業開発部門から、やはり「デジタル広告を見直したい」と相談されました。

「Kunkun body(クンクン ボディ)」(※)は、あたま・耳のうしろ・わき・あし・くちのニオイを測定でき、3大体臭である加齢臭・ミドル脂臭・汗臭の見える化を実現した製品です。体臭で周囲に迷惑をかける「スメルハラスメント(スメハラ)」を解決するツールとしてクラウドファンディングで先行販売したところ、ものすごくたくさん売れました。そのクラウドファンディングの年間売り上げトップ10に入るレベルだったそうです。

発売から1年後、さらなる売り上げ拡大を見据えマーケティングマネージャーから電通デジタルに相談をいただきました。「ECサイトでしか販売していないので、デジタル広告のパフォーマンスの精度を高めれば売り上げが伸びるはずだ」と。

でも僕は、話を聞けば聞くほど、デジタル広告のテコ入れだけで大幅に売り上げを伸ばすことは難しいと思いました。クンクン ボディは約3万円の価格帯です。スメハラ問題などエチケットカテゴリーで戦ったところ、制汗スプレーや制汗シートといった数百円のボディケア製品と競合する結果となりました。

そこでマーケティングマネージャーと何度もディスカッションを重ねたあと、「デジタル広告のパフォーマンス向上視点ではなく、次の事業成長を見据え、製品の選好性拡張による事業推進が重要ではないか」と話し合ったのを覚えています。  

──事業の戦い方を設計し直した方がいいのではないかと。それでどのような提案を?
同じ社会課題でも、エチケットではなく、健康とひも付けて売ることを提案しました。

実は、体のニオイは健康のバロメーターなんです。例えば、睡眠不足や野菜不足の人はニオイが強くなります。これを「生活習慣臭」と名付けて、社会の関心が高い「健康寿命」問題とひも付ける。そしてヘルスケアカテゴリーで販売すると、それまでの安価な制汗剤ではなく、高級体重計なんかと横並びになるんです。クンクン ボディの価格設定を下げなくてもしっかり売れる。
──製品の機能はそのままで、まさに事業の戦い方をリデザインしたわけですね。
発表直後は前月比190%増の売り上げを記録しました。マス広告を打つ予算はありませんでしたが、「健康寿命」は社会的関心の高いテーマですから、テレビや新聞にたくさん取り上げてもらい、広告換算費は2億円を超える効果になりました。さらに現在は、「ニオイ=ヘルスケアの価値を内包」したモノとして、ニオイ嗅ぎ分け事業を中長期視点で推進されています。

──「事業の戦い方をリデザインする」。相原さんがこの方向性にたどり着き、専門チームを立ち上げるまでになったのはなぜでしょうか。
以前は、クライアントの相談に対して、総合広告会社が得意とするようなコミュニケーションの提案をしていたんです。デジタルを使った広告キャンペーンや販促企画で売り上げを伸ばしていました。でも、期間が終わると売り上げは落ちて、また元に戻ってしまう。結果的に、その場しのぎの施策を提案してしまっていることに、自分のなかでモヤモヤする感じがずっと続いていました。クライアントの相談への向き合い方を変えないといけないのではないかと。

──どのように変えた?
対話をとても重要視するようになりました。それで気付いたんです。クライアントは広告会社に対して、広告やコミュニケーションの相談しか持ち込まないことがほとんどです。でも、コニカミノルタのクンクン ボディのように、持ち込まれる相談事の周辺や根底には別の課題がある。なかには、「これは広告会社に話しても仕方がない」と、クライアントが口にしないこともたくさんあります。そこにこそ本当の課題が隠れているのだと。

──そういった相原さんの変化が、事業リデザインのチーム立ち上げにつながったのですね。
ええ。電通の営業経由ではなく、電通デジタルに直接、相談事が持ち込まれることがあります。そういうときは、事業リデザインチームとして僕が出ていくことが多いです。なぜかって、日ごろ付き合いがある総合広告会社ではなく、「デジタル」の看板を掲げている僕らに相談に来るわけですから。そこには、「変えたい」というクライアントの切実な気持ちがくみ取れる。マス広告とか、これまでと同じことをやっていては、自分たちの大事な事業がなくなってしまうという危機感がにじみ出ています。僕らを頼ってくれたクライアントに、ちゃんと寄り添いたいと思っているんです。

「事業リデザイン」という新しい土俵で勝負する

──旧来のクリエイターとは真逆のイメージですね。
まるでストラテジックプランナーみたいですよね(笑)。でも、企画を考えるアプローチが違います。彼らはデータの調査と分析を積み上げて、理論的にアウトプットを決める。僕はクリエイターですから、世の中の空気を読みながら、クリエイティブ思考で発想するんです。

──そういうことができるクリエイターはまだ多くありません。
そうだと思います。僕も、意識的に空いているポジションを探したんです。

──と言うと?
僕は学生のころから広告クリエイターを目指していました。岡康道さんや佐藤可士和さんに憧れて。でも、就職氷河期で現実は厳しく、69社目に受けた小さな制作会社にやっと拾ってもらってこの業界に入ったんです。最初の仕事は営業でした。その後もWebプロデューサーやプロモーションプランニングの仕事をやりながら、どうすればCMプランナーやコピーライターになれるのか、そればっかり考えていましたね。

でも、これはちょっと難しいぞと(笑)。CMプランナーもコピーライターも、カリスマ的な人たちや優秀な新参者ですっかり席が埋まってしまっている。自分がクリエイターとして勝負できる、まったく新しい土俵をつくるしかないと思いました。

──そして現在の電通デジタル(当時の社名はアイソバー・ジャパン)へ。
はい。30代前半に入社して、プロモーションプランニングディレクターとしてクライアントと向き合い、対話を続けるうちに、「事業リデザインのクリエイティブディレクター」という自分なりの土俵を見つけることができたんです。

──学生時代から憧れていたCMプランナーやコピーライターとは全然違うクリエイターになりましたね。
そうですね(笑)。でも、仕事にすごくやりがいを感じるようになりました。
マーケティング戦略を立てるとき、4つのPを軸に考えますよね。Product(どのような価値を)、Price(いくらで)、Place(どんな方法で提供するか)、Promotion(どんな販促を行うか)。かつての僕は「Promotion」のことにしか目が向いていませんでした。いまはこれら4つを組み合わせて、総合的な視点でクライアントと顧客との関係づくりを考えることができています。

そうすると、クライアントとの会話が弾むんですよ。ワンチームになって、売り上げが上がったら手放しに喜び、思うようにいかないときは悔しがって改善策を必死に考える。以前とは仕事の濃度が違うんです。アウトプットの表現がどうとか、そういうレベルではなく、事業課題にかかわっているという実感を持てています。

──これからのキャリアをどんなふうに描いていますか。
「事業リデザイン」の道を極めたいですね。それには、能動的に新しいスキルを身に付けていかなくてはいけないと思っています。時代の変化のスピードが速くなり、クライアントが抱える課題もどんどん変わっていっています。そこにしっかりと伴走できないといけませんから。

でも、もっと大事なのは仲間探しです。自分がどれだけスキルアップしても、広範化、複雑化するクライアントの課題を本質的に解決するには、さまざまな人の力が必要です。

従来はプロジェクトチームを組むとき、クリエイティブディレクター、アートディレクター、コピーライター、プランナーを集めればよかった。でも、予算やさまざまな事情でマス広告に頼れない事業は、これからもっと増えてくるはず。TikTokに強い人とか、Z世代に詳しい人とか、インフルエンサーとたくさんつながっている人とか。プロジェクトの内容に合わせて適したメンバーを集め、一人ひとりが実力を発揮できるように環境を整えるのが僕の仕事になっていく。自分自身の表現とスキルの限界値を、仲間との掛け算で超えていく。いまの僕にはそういう能力が問われていると思っています。

──近年、広告の世界にさまざまな強みを持った人が入ってくるようになりました。従来の職種名では表現できないような人たちが増えたと感じています。あえて総称してみるとすれば、「価値創造型の人材」です。お話を伺って、相原さんがまさにそうだなと感じました。いま、事業承継に課題を抱える老舗の会社や、事業が軌道に乗らず悩んでいるベンチャー企業、スタートアップが少なくありません。事業リデザインというソリューションは、思いを持って事業に向き合う多くの人の励みになると思います。第一人者としてのご活躍を期待しています。本日はありがとうございました。

※「Kunkun body(クンクン ボディ)」は2022年9月に販売終了。コニカミノルタの「ニオイ嗅ぎ分け事業」は第2フェーズに進んでいる。
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