デザインとは美しい未来を設計すること 人間と社会の未来を形にしたい
今回は『広告界就職ガイド2024』から、東京2020オリンピック・パラリンピックや2025年の大阪・関西万博にクリエイティブディレクター・アートディレクターとして参画している引地耕太さんへのインタビューをご紹介。「デザイナー・クリエイティブディレクターの仕事」についてお話いただきました。
『広告界就職ガイド』のご紹介
創刊から30年以上の歴史を持つ、広告業界を目指す学生のための書籍『広告界就職ガイド』。マスナビ編集部が協力し、宣伝会議が発行するこの書籍では、広告界の面白さや幅広さ、職種ごとの仕事内容などを紹介しています。2023年1月6日に全国流通が開始した『広告界就職ガイド2024』では、広告業界の最新潮流として、「広告領域外で活躍する広告クリエイター」や「メタバース事例のプロジェクトマネージャー」「増加中の理系出身クリエイター」へのインタビュー記事を多数収録。
今回は、そのうちの1記事をご紹介いたします。
【職種研究インタビュー】クリエイティブディレクター・アートディレクター 引地耕太さん
デザインとは設計すること 人間や社会の未来をデザインする
デザイナーと聞くと、意匠を考える人、つまりかっこいいものやお洒落なものを考える人をイメージするかもしれません。でもそれは「デザイン」という言葉が日本に入ってきた時にそういう風に翻訳されてしまったからです。海外ではデザインは「設計」という本来の意味で使われています。デザイナーは、その企業らしいビジュアルやアイデンティティを可視化して、それをビジネスに落とし込み、社会に浸透させるための設計をします。しかし、僕はデザインをもっと広義に捉えて、人間と社会の未来を見据えて企業の未来を描くこと、つまりビジョンデザインも対応範囲に入っていくと考えています。企業の「らしさ」を表す言葉にCI(コーポレートアイデンティティ)があります。僕が考えるCIとは、ビジュアルも含めた、その企業のパーパス(存在意義)、ビジョン、ミッション、バリューなど、企業全体を捉えた「らしさ」を言語化していくこと。
一方、VI(ビジュアルアイデンティティ)は、ロゴやデザインシステムなどの視覚言語を設計することです。最近はここにその企業らしい体験「ユーザーエクスペリエンス(UI)」が含まれるようになり、VIをつくるところから少し拡張して、ユーザー体験全体を設計していくことが大事になっています。
UIデザインシステムとVIデザインシステムがあります。UIデザインシステムは、UIデザイナーと言われるデジタル系のプロダクトデザイナーが、デザインのガイドラインも含めて細かいところまで設計します。近年デザイナーだけでなく非デザイナーも一緒につくっていこうというオープンなデザインカルチャーが、特にIT系企業から出てきて世界中に広がりを見せています。一方、VIデザインシステムは、伝統的なグラフィックデザインのアプローチからその企業らしさを形づくるものです。
未来の券売機と改札機のデザインから、ロボットの開発や実証実験に発展
このVIとUIの接点が、僕のキャリアにつながります。僕は学生時代にグラフィックデザインを学び、卒業後はクリエイティブディレクターのタナカノリユキさんのもとでグラフィックデザイナーをしていました。タナカさんは領域を横断した活動をされていて、僕もグラフィックをつくるだけでなく、ユニクロの商品タグやポスターづくりからCM制作、店舗空間設計まで、色々な経験をさせてもらいました。その後スタートアップでUIデザイナーを経験。2016年からはデジタルクリエイティブを得意とするワントゥーテンでクリエイティブディレクターを務め、2022年に独立しました。
アナログとデジタルの両方を経験してきた僕のキャリアの集大成ともいえるのが、大阪・関西万博のデザインシステムの仕事です。今回の万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。コンセプトは「未来社会の実験場-People's Living Lab-」で、その中に「未来社会を共創する」という言葉がありました。この「共創」をデザインシステムの中に入れたいと思い、ID/GROUP/WORLDというデザインエレメントを用意し、参加と共創を促すオープンなデザインシステムを設計しました。
印象に残っている仕事は、オムロンソーシアルソリューションズ(OSS)の「OMRON 未来の駅 LINK→SYNC」という仕事です。最初は、未来の駅にある券売機と改札機をデザインして1枚の画像にしてほしいという依頼でした。OSSは国内の券売機と改札機のシェアの大きな割合を占め、駅事業者に販売する事業を展開しています。この依頼を受けた当初、自分にはできないと思いました。技術的にできないというのではなく、社会が変化していく中で、駅の立ち位置がどうなっているのか、電車が使われ続けているのかさえわからないからです。キャッシュレスが進む中で、乗車券自体がなくなっているかもしれません。券売機や改札機をデザインしても、それが社会に浸透していなければ意味がないと考えました。
そこで、未来がどんな風に変化していくか、それをどんな風にデザインに落とすべきか、一緒に考えませんかとOSSのみなさんへ逆提案しました。そして我々のチームとOSSのみなさんと共に、未来の駅のあり方を、共に生みだすという「未来の駅」プロジェクトに変化しワークショップなどを通じてさまざまなアイデアの可能性を形にしていきました。これまでの技術に加え、AIやデータを活用した「未来の駅のあり方」をビジネスモデル策定からコンセプト立案、デザイン、コンテンツ制作に至るまで、トータルにクリエイティブを作成し、未来の駅のブランディングを行いました。その中で生まれたアイデアから「駅案内コミュニケーションロボット」を開発し、プロトタイピングを経て実際の駅にて実証実験まで行いました。
デザイナーの強みは、人と対話して、みんなが腹落ちする解を出せること
最近、複数の専門性を組み合わせる越境によってイノベーションが生まれやすいということを耳にするようになりました。そういった意味で僕は以前から自然に越境していたといえるかもしれません。デザイン、テクノロジー、アート、映像、写真、CG、広告、空間など多様な領域をまたぎ活動してきました。若い頃は、自分は将来どこに向かって行くのかと、迷路に迷いこんでしまったような気持ちになることもありました。しかし今は、その点と点がつながって線となり、面となり、自分のオリジナリティーになったと感じています。ただ、やみくもに越境すればいいというものでもありません。1つ誰にも負けないと思える軸を持つこと。その上で、その軸を起点に越境することが大切です。自分にとってそれはデザインでした。人に負けない軸があると視座が一段高くなり見えないものが見え始めます。そうしたら新しい領域に拡張していけばいいのです。
綺麗なキャリアパスもいいけれど、これからの時代は固定概念に縛られることはないと思います。AI が発達すれば、たとえばAI を使って明日までにロゴのパターンを5000種類出すことも可能になるでしょう。パターン化されたものをたくさんつくることはAI の得意な分野です。しかし、未来を描き、戦略を考えてAI に指示を出すのは人間です。特にデザイナーは、色々な人たちのハブになり、対話をしながら本質を探り、可視化して、みんなが腹落ちする解を出すことができます。それがデザイナーの強みであり、新しいデザイナー像ではないでしょうか。