コミュニケーション変革が、強いクリエイティブ組織をつくる

──2017年に現職に就く前は、どんな仕事をしていたのですか?
元々はフューチャーフォンのUIデザインをしていました。iPhone販売後はスマホアプリの業務に携わったあと、Webサービスを本格的にスマホ向け、スマホアプリに移行し始めていたライブドアに入社し、UIデザインをしていました。経営統合や商号変更を経て、現在の社名LINEになりました。

それから一度LINEを離れ、総合スーパー運営企業でECサイトの制作をしていました。その時、LINE在籍時の上司だった人に「LINE Fukuokaのクリエイティブ室の立ち上げをやらないか」と誘われ、今の職務にチャレンジすることになったんです。

──LINEグループに復帰したというわけですね。新設したクリエイティブ室の室長として、会社からどんなオーダーがあったのでしょうか。
LINE Fukuokaは、もともとサービス運営や品質保証のための拠点としてスタートした会社です。そこにクリエイティブ機能を持たせて、東京に次ぐ国内第2拠点に成長させようとしていました。ただ、会社から室長としてのミッションについて細かい指示はなかったんです。シンプルに、「すごくいいクリエイティブを生み出せる組織にしてもらいたい」と頼まれました。

前職でプレイングマネージャーの経験はありましたが、自分は担当プロジェクトを持たず、クリエイティブ部門のマネジメントに専念するのは初めての経験でした。

──デザイナーから完全な管理職にジョブチェンジされたわけですね。苦労があったのではないでしょうか?
当社にはデザイン未経験で入社する人もいます。そのため、1人で仕事を抱え込まないように、制作物についてチーム内で意見交換やフィードバックがなされるよう、コミュニケーションの活性化を何より大事にしました。

──具体的には、どんなことを行ったのでしょうか?
ビジネスチャットツールのSlackを使って、フィードバック専用のチャンネル(テーマやメンバーを絞って会話する場)をつくっています。例えば「このデザインについて意見をください」と投稿すると、ランダムで指名された2名がアドバイスするという仕組みです。

そのほか、社員間で感謝を伝え合う「サンクスプロジェクト」もやっています。このプロジェクトで重要なのは、「小さな貢献をしてくれた人への感謝を形にすること」です。例えば、良いプロダクトを生み出した人の活躍は目につきやすいけれど、それを陰ながら手伝ってくれた人の貢献は目立ちませんよね。当社でも、コロナ禍を機にリモートでのやりとりが多くなり、その問題がますます顕著になっていました。

そこでメンバーから「ちょっとした貢献をしてくれた人に、気軽に感謝の気持ちを伝えたい」と声が上がり、Slackの機能を使って「ありがとう」を伝える仕組みを提案してくれたんです。このプロジェクトでは、月に1度表彰をしているのですが、たくさん「ありがとう」を集めた人ではなく、たくさん「ありがとう」を伝えた人をたたえるようにしたのが特長です。

──確かに、「ありがとう」と伝える件数を増やす方が、目的であるコミュニケーションの活性化につながりますね。未経験者もいるとのことですので、そういった人たちの自信にもなる。
そうですね、誰もが自信を持って良いものを制作できるチームにしたかったので。それは僕のミッションにも通じますから。

また、「デザイン指標」をつくりました。僕は他社で働いた経験があるので、LINEのデザイン理論が独特だと実感していました。未経験者はもちろん、経験者採用で入ってきた人でも戸惑いがちです。そこで、その独特な「LINEっぽさ」をメンバーと一緒に言語化して、LINE Fukuokaでクリエイティブを制作するときの基準を定めたんです。例えば、「情報が長すぎると読みづらいため、端的に表現する」といったものです。「2023年5月1日(月)~2023年5月15日(月)」ではなく「5/1~5/15」とスパッと省略するのが当社の正解。こういった具合に、具体例を用いてわかりやすくしています。

──メンバーの意見も積極的に取り入れつつ、コミュニケーション変革を推進してきた様子がうかがえます。組織にポジティブな変化はありましたか?
LINE Fukuokaはもともとサービス運営や品質保証の拠点として発足したため、東京の事業部から依頼されたことに対応するのが仕事でした。その経緯があったためか、当初社内ではわずかに受け身の気質を感じることがありました。

しかし、さまざまな取り組みを経て、ビジネス的な思考をもって自立して行動し、組織として成果を出すことを目指せる人が増えてきたと思います。そのおかげで、仮に僕が急に仕事から抜けざるを得ないようなことがあったとしても、成果物のクオリティは変わらないという自信があります。組織として、一定の再現性をつくることができた。これはすごく大きな強みだと思っています。

マネージャーの仕事は組織開発に尽きる

──LINE Fukuokaのクリエイティブを統括する立場になって5年。初めて管理職に専念してみて、マネージャーに必要な素養やスキルは見えてきましたか。
僕は前職まで、チームリーダーも担うプレイングマネージャーでしたから、LINE Fukuokaに入って室長になった当初は、自分自身で動いてしまうことが多かったんです。デザイナーがつくったものすべてに目を通し、細かく修正指示を出して品質を上げていくやり方をしていました。それがマネージャーのやるべきことだと思っていました。

でも、2年ほどたった頃、僕の上司がクリエイティブとは全然関係ない分野から来た人に変わったんです。その上司から、「リーダーとマネージャーでは求められる成果が違う。マネージャーの仕事は組織開発だ」と教わりました。メンバーに任せることで個々の力を最大化し、さらにお互いが協力し合って成果を拡大させていく、その環境づくりこそがマネージャーの仕事なのだと。

──それで、自分ではプロダクトを持たず、先ほどお話しされたようなコミュニケーションの活性化を軸にさまざまな変革を始めたわけですね。
上司の教えは、僕にとって目からうろこの気付きになりました。そもそもデザイン領域の組織開発は、業界内でも未着手の会社が多いように思います。組織開発の取り組みは、営業部門などの他分野の方が進んでいる。クリエイティブ以外に目を向けることで、自分がすべきことを気付かされました。

それ以来、「こんな時、あの人ならどうするだろうか」と考えるのが習慣になったんです。自分の立ち位置からの目線ではなく、1歩上がって高い視点で見ると本質がつかめることがわかりました。「視座を高める」は、今でも僕のマネジメントの指針です。

──その指針に基づいて実践していることはありますか?
メンバーに方針を伝える際は、自分のやり方や考えに固執せず、自分より上の役職の人だったらどう伝えるかを考えるようにしています。僕が出そうとしている方針は、経営者として、あるいはLINE Fukuokaという会社として俯瞰で見たとき、何か懸念点はないだろうかと考える。そういう思考に変わるように、ずっと意識してきましたね。

マネージャーからプレイヤーになるキャリアパスがあっていい

──マネージャーの立場から客観的にデザイナーという職種を見て、どういうスキルが必要だと思いますか。
デザイナーは、単にカッコいいもの、面白いものをつくればいいわけではありません。LINEには働き方の基準の1つに「Users Rule」という言葉があります。サービスづくりの最初から最後まで、常にユーザーを中心に考えなければならないという意味です。デザイナーも例外ではなく、ユーザーがサービスを利用する様子をシミュレートし、操作に迷いそうな箇所に解説サイトへのリンクを貼っておくなど、細部まで考えることが求められます。LINEにおける「スキルが高いデザイナー」とは、ユーザーの使いやすさを徹底的に考え抜くことができる人のことだと思っています。

──デザイナーにも、お客さまの目線で考える力が必要ということですね。とはいえ、身に付けるのがなかなか難しそうです。
いろんなサービスや職種を経験して、視座を高めたり、違う角度から物事を見る習慣をつけたりするといいと思います。僕は27歳の時にインターネット業界に飛び込んだのですが、それまではずっとバーテンダーをしていました。お店では、お客さまのことをよく観察していました。左利きの方なら左側に灰皿を置くなど、心地よいサービスを提供するためには、細部にわたる気遣いが求められていましたから。その経験が、今ではユーザー視点でものを考えるのに役立っている。そういった、デザインとは一見関係のない経験も役に立つと思います。

日常生活で実践できることもたくさんあります。例えば電車の中で、週刊誌の中づり広告に書かれたゴシップ記事のタイトルに視線が向いたときです。刺激的な言葉だけを要因と捉えず、なぜそのタイトルに最初に注目したのか、デザイン的な仕掛けを観察する。あるいは、ハイブランドのショーウインドーや書店で「これいいな」と思うものがあったら、その理由を深掘りする。ちょっと意識して視点を変えるだけで見えてくるものがあると思います。

それに、視座を高めたり、視点を変えたりすることは、デザイナーのキャリアの選択肢を広げることにもなるんです。

──どういうことでしょうか?
デザイナーはキャリアパスを描きづらい職種です。僕自身、実はデザイナーとして全然自信がありませんでした。僕よりデザインがうまい人はたくさんいる。将来どんな働き方をすればいいのか見通せずに、思い悩んでいました。

でも、マネジメントの仕事をしてみてわかったんです。働きやすい環境をつくり、個々のデザイナーが活躍して、チームとして優れた成果を上げることが、僕がデザイン領域で活躍できる場所だったんだなと。

デザインをうまくつくれる人はたくさんいるけれど、組織をうまくつくれる人は、まだそう多くありません。先ほどお伝えしたように、未着手な部分が多いという意味でも、デザイン領域での組織開発はやりがいがあります。もし僕のように劣等感を抱えているデザイナーがいたら、自分のキャリアについて少し視点を変えてみると、活躍できる場所が見つかるかもしれません。マネジメント=雑務というイメージが根強くありますが、組織開発は言い換えれば「組織をデザインする」ことです。サービスをデザインすることと本質は同じ。デザイン領域で働く1つの選択肢だと思っています。

──組織をデザインする仕事に向いているのはどんな人だと思いますか?

デザイナーであれば、誰しもそのポテンシャルを持っています。ただ、その中でも特に「決断力がある人」は向いていると思います。複数の選択肢を前にして、マネージャーが「こっちへ行く」と決められなければ、メンバーはどこへも進むことができませんから。

──峰尾さんご自身は、さらに先の未来ではどんなふうになりたいのでしょう。
実は、いつかプレイヤーに戻って、サービスのデザインをまたやってみたい。デザインには自信がないと言いましたけど、それでもやっぱり楽しいからです。AIやNFTといった最先端技術や、クリエイターエコノミー(個人クリエイターの表現・発信で形成された経済圏)にも興味を持っています。

──その夢は実現しそうですか。
冗談交じりに、社内で言ったことがあるんです。ゆくゆくは各事業部の中にデザイン組織をつくり、今のクリエイティブ室のメンバーはそこに散らばっていくのが理想じゃないかって。そうすると、より事業と密着したデザインができるようになる。クリエイティブ室が解散して室長の役割はなくなり、僕はプレイヤーに戻ることができます。

でも、やってみてやっぱり自信が持てなければ、またマネジメントをやるかもしれません。プレイヤーもマネージャーも役割の違いに過ぎないのですから、自分が楽しいと思う方を選べばいい。

先ほど、室長に就いてからの5年間で、メンバーが自立して活躍し、マネージャーである僕の役割の再現性をつくれたという話をしました。そういった環境づくりに取り組んできたのは、僕自身も含めLINE Fukuokaのクリエイティブに関わる人たちが、もっと柔軟にキャリアを選択できる組織を実現するための準備だったと言えるかもしれませんね。

──デザイナーはお客さまを見る、そしてマネージャーはしっかりと組織を見る。クリエイティブチームでは、この役割分担が機能してこそいいデザイン、いいサービスが生み出されるのだと、あらためて理解できました。本日はありがとうございました。
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