僕らはトヨタの「常駐者席」で出会った

──渡邉さんの現在のポジションは、電通からトヨタ・コニック・アルファに出向という形になるわけですよね。
渡邉:ええ、そうです。2008年に新卒で電通に入社して、今でも電通の社員です。

──広告会社に入ったのは、もともと何かやりたいことが?
渡邉:全然(笑)。東京工業大学大学院の社会理工学研究科(現:環境・社会理工学院)で、ずっと理系の研究をしていたんですけどね。周りはみんな、そのまま研究室に残るか、メーカーの研究部門に就職する人たちばかり。そうじゃない選択肢をあえて取ってみたいという気持ちがありました。

修士課程の頃に、農業に携わり始めました。研究テーマというわけでもなく、ただ魅力を感じて。その時にお世話になった長野の農家さんが、作物を育てるだけではなく、加工してジュースやソースにして販売したり、農家レストランや民宿まで運営したりするようなチャレンジングな人で。その人の影響を受けて、農業の世界に飛び込むのもいいなと思ったんです。

その考えを話したら、てっきり歓迎されると思ったのに、ダメ出しされてしまいました。「今のままでは、日本の農業は海外に負けて先細りする。新しい農業をつくるために、あなたは外の世界を見てくるべきだ」と。僕、農家の息子でも何でもないんですけどね(笑)。そんなふうに言われて、じゃあちょっと修行してこようかなという気になって。いろんな世界を見られそうだったから電通にした。ただそれだけでした。

──入社当時はどのような仕事をされたのですか。
渡邉:最初はメディア営業、つまり媒体の広告枠をクライアントに売る営業の仕事を5年ほどやりました。それから、電通の新規事業開発を行う部門に異動したのですが、しばらくすると、「新しいビジネスをつくりたい」というクライアントのニーズにも関わっていくようになって。プロジェクトに伴走するために、いわゆる「客先常駐」で働くことが多くなりました。2016年からDX領域で関わるようになったトヨタ自動車もそうでした。

トヨタ・コニック・アルファ リビングラボ長 渡邉弘毅さん
トヨタ・コニック・アルファ リビングラボ長 渡邉弘毅さん
──田中さんのご経歴も伺いたいです。
田中:僕が広告会社に就職したのも、(渡邉)弘毅さんと同じ頃です。でも、僕の場合は結構転々としてきました。会社も何度か変わりましたし、行く先々でまったく違う業務に携わりました。

キャリアの最初は、電車の中づり広告や駅の看板を扱う交通系の広告会社。それからWeb広告会社へ行き、さらに映画配給会社に転職しました。

──広告業界を出て、違う分野に飛び込んだわけですね。
田中:映画配給会社ですから、メインの事業は海外の制作会社から映画の版権を買い付けてくることなんですけど、僕は新規事業の担当として入ったんです。映画をテーマにしたSNSやアプリをつくるっていう。

でも、自身の熱量の限界を感じて2年半で辞めてしまいました。というのも、周りにいるような、根っからの映画好きの方たちのようには、映画にパワーを注ぐことができていないなと思って。

──それで広告業界に戻られたのですね。
田中:はい。トヨタ自動車のハウスエージェンシーだったデルフィス(現:トヨタ・コニック・プロ)に入社しました。最初は販売店で使われる販促ツールの企画、そのあとは全国の販売会社の代表者にメーカーの方針を伝える「トヨタ自動車代表者会議」の企画・運営をしていました。他には、優秀な店舗や営業をたたえる表彰旅行や表彰式を運営したことも。だいたい2年周期で目まぐるしくミッションが変わっていく感じでしたね。そうやって2018年に行き着いたのが、弘毅さんが電通から常駐していたトヨタ自動車の販売店業務やマーケティングをDX化していく部門でした。
トヨタ・コニック・アルファ 事業デザイン部 プロジェクトマネージャー 田中聡志さん
トヨタ・コニック・アルファ 事業デザイン部 プロジェクトマネージャー 田中聡志さん
──おふたりはトヨタ自動車で、お互い常駐の社員として出会ったのですね。
田中:
はい。トヨタ自動車の中に「常駐者席」っていうのがあって。僕の席の向かい側に弘毅さんが座っていました(笑)。

渡邉:そうそう(笑)。僕は電通に入社したものの、クライアントに常駐する働き方でずっと仕事をしてきました。電通から言われていたのは、「整えろ」ってことです。広告会社はクライアントからの依頼でモノをつくったり、サービスを提供したりする。つまり、要望を頂いてから仕事が生まれるわけです。でも、ぶっちゃけると、自分たちが本当は何をしたいのか、要望を明確に言語化できているクライアントって多くありません。だから、「切り込み隊長として、プロジェクトをデザインする」人間として送り込まれたんです。クライアント側の立場で目的を再設定し、そこへたどり着くまでの道筋と段取りを整理するのが仕事でした。ぐちゃぐちゃな状態のところへ入っていくのが僕の使命なんだと思って、ずっとやってきましたね。

田中:プロジェクトに関わる人たちは、それぞれ頭の中に違う絵を描いています。弘毅さんはそれを「こういうことじゃないですか?」って整理して、例えばビジュアルに落とし込んで伝えることができる。すごい能力だなって思いますよ。

僕にはそういうスキルはありません。でも、いろいろな会社でさまざまな仕事を経験してきた「雑食性」を持っているので、結果としてまれな人材として重宝されているのかもしれません。「とりあえず田中を入れてみたら何か良い形になるのではないか」みたいな(笑)。

トヨタが掲げる「幸せの量産」には、縦割り組織を崩す存在が必要だった

──トヨタ・コニック・アルファが誕生した背景を教えてください。
渡邉:
トヨタ自動車のDX部門には、結局5年ほど常駐していました。その間に見えてきたことがあって。大きな企業の中で自分たちが付加価値を出せる部分は、DXをやるにしても、中の人たちとは違う視点を持つことで、フットワーク軽く、横のつながりをつくることがとても大事なのではないかと思いました。

今ある仕事やミッションに縛られず、私のような第三者的な立場にいる人間こそ、組織を俯瞰で見て、チームとチームを有機的につないでいくことができるのだろうと思っていました。

とはいえ、完全に外の会社である電通の社員としてそれをやるのも限界があります。広告会社だからこそ実現可能なことはたくさんありますが、それでもやっぱり、プロジェクトの主体はクライアント。「NO」と言ったら、それ以上は一歩も進むことができません。

何かを提案しようとすると、電通社内からも「それ、クライアントが求めてるの?」とよく言われます。でも、クライアントのニーズにはまだなっていなくても、その向こう側に広がる社会や、そこで暮らす人々を幸せにするためには絶対にやるべきことはありますよね。やるべきだとわかっているのに、クライアントから要望として出てこない限り、動くことができない。スピード感を持って行動することができないというジレンマをずっと感じていました。

──そういったジレンマは広告会社の方からよくお聞きしますね。

渡邉:ところが、田中さんは違ったんですよね。トヨタ自動車のハウスエージェンシーとはいえ、別会社であるデルフィスからの常駐で来ていたのですが、言うべきことははっきり言うし、やるべきことはちゃんと実現させる。クライアントに寄り添うということの正解を見たような気がしました。第三者的な立場の人間でも、熱い思いをちゃんと実現することはできるのだと知ったんです。僕自身もこんなふうに働きたいと思いましたね。そして、2021年1月、トヨタ自動車と電通、デルフィスを中心とするDX推進を担う会社が立ち上がりました。トヨタ・コニック・アルファです。

──田中さんがトヨタ・コニック・アルファに関わるきっかけは?
田中:会社ができる数カ月前、「新しい会社に行ってもらいたい」という内示が出て。一般的な人事異動と同じ発表のされ方でした。行くことが決まっていたメンバーに当初、僕は入っていなくて、なんだか追加で招集されたような感じでしたよ(笑)。もちろん光栄なことではあったのですが。

──そうなんですか! 新たにメンバー入りした理由は聞かれましたか?
田中:それが聞いてなくて(笑)。

渡邉:田中さんの上司や周りの人たちは、田中さんは「柔軟性がある」とか「よくわからないものでも仕事として取り組める」とか言っていましたよ。

田中:これも、先程お話した「雑食性」なんでしょうね。環境の変化を好んでいる部分も良かったのかもしれません。

お客さまを幸せにするには、まず従業員が幸せでなければならない

──トヨタ・コニック・アルファが目指していることを教えてください。
渡邉:僕たちが目指しているのは、自動車業界全体のDXを推進すること。それにより、働きやすい業界に変革し、自動車を所有しやすい世の中に変えて、トヨタ自動車が掲げる「幸せの量産」につなげていくことです。


働き方の視点で言うと、昔からの習慣や暗黙のルールに従って仕事をしていていいのだろうか? あなたは本当はどんなふうに働きたいのか? そんな問いかけをして「ありたい姿」を描いてもらう。そこを出発点に、それぞれの業務や、お客さまに提供する製品・サービスを、デジタルの力を使って見直していこうとしています。

──具体的にどんな取り組みを?
渡邉:
いろいろと言えることと言えないことがありますが、象徴的な取り組みが「しあわせ考え中。」です。もともとは、「お客さまに良い体験を提供するにはどうしたらいいのか」ということを考えるプロジェクトとしてスタートしました。でも、それには、まずは従業員自身が幸せでなければならないという考えに至って。それで、社会に幸せを届けている先輩(会社)に、「幸せ」をテーマにインタビューをして、その結果をWebサイトで公開しています。

もちろん、幸せに関する調査をしておしまいではありません。トヨタ・コニック・アルファが提供するソリューションは、販売店や、その向こうにいるお客さまの幸せを実現できているのか。それをチェックする指標としても活用しています。

──「しあわせ考え中。」のWebサイトには、「そざい」というコーナーがあります。販売店の幸せについてまとめたレポートに添えられたイラスト素材を、誰でもダウンロードして自由に使えるようになっていますね。これにはどんな意図があるのでしょうか?
田中:せっかく調査しても、よくある調査レポートにまとめてしまっては、広くは読んでもらえないだろうなと思っていました。それで、より多くの人に見てもらうためのアウトプットの形として、絵本のような体裁にしたんです。

さらに、絵本に描かれたたくさんのイラストを日常的に使ってもらえると、よりいいかなと思って。パワーポイントの資料をつくる時に使ってもいいし、ある販売店では名刺の裏に印刷して、自己紹介代わりに「自分の幸せ」についてちょっと話をされているみたいです。「幸せ」ってすごく抽象的ですし、気軽に語り合うのが難しく思えますが、かわいいイラストがさりげなくあるだけで会話のきっかけになる。自分の幸せについて話すことのハードルが、ぐっと下がるんじゃないかなと思ったんです。
「しあわせ考え中。」そざい
「しあわせ考え中。」そざい
渡邉:「幸せ」って、アカデミックになり過ぎるところがありますよね。「どこどこの大学教授が」とか「研究者が」というお墨付きをもらった崇高な話でないと、語ってはいけない空気が漂っている。そうなってはダメだと。僕たちが世の中に出すもののクリエイティブには、すごく気を遣いました。幸せは一人ひとり、みんなのものです。論文にならないような、ごくごく小さな日常の幸せだって、堂々と語り合える世の中にしたいじゃないですか。だから、理論武装など必要なく、幸せについてストレートに話せるように、プロダクトをデザインしたんです。

あと、僕も田中さんも広告業界の出身ですから。難しいものを難しく伝えるなんて、それはちょっとプライドが許さない、というのもありましたね(笑)。
──この流れで、最後におふたりの幸せについても伺ってみたいと思います。
渡邉:
40代に入って、もうマネジメント職から逃げられないだろうなと覚悟が決まっています。だからかもしれませんが、僕個人より、チームとしての幸せに意識が向いています。メンバーがやりがいを持てているとか、自己成長を実感しながら仕事ができているとわかった時が、僕が一番幸せを感じる時かなと思いますね。

田中:「しあわせ考え中。」のプロジェクトに携わるようになって、ライフワークとして取り組めるテーマに出会えたことが、すごく幸せです。「田中を入れてみたら何か良い形になるのではないか」と思ってもらえて、あれこれと雑食的に仕事をしてきたからこそ、ここにたどり着いているのだと思います。これからも既定路線で与えられた仕事を淡々とこなすのではなく、いろんなところから声が掛かるような仕事の向き合い方をしていきたいし、そんな仕事を自らつくっていきたいと思っています。

──トヨタ自動車には「わたしたちは、幸せを量産する」という素晴らしいミッションがあります。トヨタ・コニック・アルファはDX推進を担う企業というだけでなく、まさにミッションの実現につながる思想や活動をされていることがわかりました。「幸せ」は人間の根底を成す部分ですから、渡邉さんがおっしゃるように難しくとらえがち。でも、広告ご出身のおふたりなら、誰もがフラットに「幸せ」を語れる社会の実現も、不可能ではない気がしました。本日はありがとうございました!
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