じ、十度めまして!? さつまです!

一見、館内の通路に見えますが実はここも展示会場で……!?
一見、館内の通路に見えますが実はここも展示会場で……!?

ART FUN FANをご覧の皆さん、こんにちは! もしかしたら、こんばんは。さつま瑠璃です。

連載はついに第10回を迎えました。広告・マーケティング・クリエイティブ業界で働く皆さま、アートの記事はお楽しみいただけていますか?

これまで、主に近現代の幅広い芸術作品をはじめ、写真やデザインなどさまざまな分野のアート情報をお届けしてまいりました。何かひとつでも好きなジャンルや作品に出会えていたら、これほど嬉しいことはありません!

今回は、清澄白河にある東京都現代美術館(MOT)へ。常に多彩な企画展やコレクション展を開催しているMOTでは3月30日から7月7日まで、「サエボーグ『I WAS MADE FOR LOVING YOU』/津田道子『Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる』Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞記念展」を開催中です。

Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)とは?

サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》2023-2024年
サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》2023-2024年
Tokyo Contemporary Art Award(以下TCAA)とは、東京都とトーキョーアーツアンドスペース(以下TOKAS)が2018年度から実施している現代美術の賞のことです。

TOKASは幅広いジャンルの芸術活動を東京から創造・発信するアートセンターで、発表の場としての「TOKAS本郷」と、滞在制作やリサーチ活動の拠点となる「TOKASレジデンシー」の2館を中心に運営しています。

TCAAの対象となるのは中堅アーティストで、受賞から複数年にわたる継続的支援によって、さらなる飛躍を促すことが目的です。第4回目の開催となる今回の「TCAA 2022-2024」では、サエボーグさんと津田道子さんが受賞しました

サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」は、巨大な造形に圧倒される!

サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》2023-2024年
サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》2023-2024年
会場に入った途端、不思議な世界に迷い込んでしまったかのような巨大な造形作品に驚きます。サエボーグさんの主な表現手段であるラテックスで作られた、鮮やかな色彩の空間が印象的。

中央には1匹の犬がいて、どこか悲しげな目でこちらを見ています。本物の犬のように歩いたり寝転んだりするこのワンちゃん。観客のふるまい次第で反応を変え、時には近寄って人懐っこく鼻先を近づけてくることもあります。
サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》2023-2024年
サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》2023-2024年
サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》2023-2024年
サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》2023-2024年
ラテックス製のスーツを自作して、自ら装着するパフォーマンスをこれまでも展開してきたサエボーグさん。今までは「家畜シリーズ」として屠殺の暴力性などを表現していましたが、今回はより繊細なテーマとして、人間と動物、あるいは家畜とペットの境目に注目したと言います。

家畜やペットに見られる「弱さ」は、「人の心に揺さぶりをかけてくるもの」。現実と非現実の境界線のような空間で出会う犬と、どういう関係を結べるかが今作のテーマ。ステージが円形のため、犬を見つめているといつの間にか向かい側の観客とも視線が交わされ、他の人たちが犬にどういう振る舞いをしているかもありありと見えてきます。

犬を構ってやっているとき、本当は構われているのは私たちかもしれない。ペットは人間のケアワーカーだという連想から生まれるサエボーグさんの作品に、思わず私も、社会的に弱い立場といわれる存在への向き合い方を省みました

津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」は、演劇的な見せ方が面白い!

津田道子《カメラさん、こんにちは》2024年
津田道子《カメラさん、こんにちは》2024年
主に映像やインスタレーションを制作する津田道子さんの展示は、壁一面にモニターが並んでいます。これは同じ脚本を基に、12人の役者が役を変えて12パターン演じたもの。作品の起点となったのは、津田さんが8歳の時、自宅にビデオカメラが初めて来た日に撮ったカメラテストのような映像と言います。

登場人物は父・母・娘の3人ですが、時には女性が父役になったり、男性が女の子を演じたりして、 “家族”のステレオタイプなイメージを揺るがします
津田道子《カメラさん、こんにちは シングル・チャンネル・バージョン》2024年
津田道子《カメラさん、こんにちは シングル・チャンネル・バージョン》2024年
対面の壁には、それぞれの3人組で撮った家族写真が。展示室の中央には、撮影で使ったダイニングルームの舞台セットが置いてあります。部屋の隅で三脚に取り付けられたビデオカメラを見れば、この撮影をした役者たちの気持ちに近づけるかも。

台本で描かれているのは、父親を中心とする家族の中で、カメラの画角の真ん中を取り合うような3人のやり取り。一見、家族という小さく親密な世界のようで、もっと大きくパブリックな社会に置き換えて捉えることもできます
津田道子《12の家族写真》2024年
津田道子《12の家族写真》2024年
津田道子《12の家族写真》2024年
津田道子《12の家族写真》2024年
津田道子《カメラさん、こんにちは》2024年
津田道子《カメラさん、こんにちは》2024年
別の部屋で展示している《生活の条件》は、自らの振る舞いが一瞬でも客観的に見えるのが面白い! 計算されたモニターと鏡の配置の中で、映像からふと視線を外すと、鏡の中にまるで他人のような自分が映っています

津田さんは「この作品では、映像の中の人が家で行う所作や振る舞いをしています。その映像を見ていると思ったら、モニターと同じ大きさの鏡に自分が映っている。これも映像かな、と思ってみたら自分で、他人を見ている目線で自分を見る体験ができる」と話しています。
津田道子《生活の条件》2024年
津田道子《生活の条件》2024年

サエボーグさんにインタビュー!

サエボーグさん
サエボーグさん
——さつま:今回の作品の見どころや、制作背景について教えていただけますか。
サエボーグ:ペットは飼い主から世話をされ、その代わりに「かわいい」という役割を果たし、飼い主の心を慰めるケアワーカーです。それは家庭の中の制度の仕組みと似ていて、特に構造として問題視される女性の役割と、ペットは全く同じ役割を果たしてしまっている。

そういう弱い存在を目にしたときに、どのような情動が生まれるか。その子(サエボーグさんの作品)とどう向き合って関わるか、という問いかけを受け取ってほしいです。

やっぱりみんなが弱いものに対して、無条件にかわいい、何かしてあげたいと“母親的”に振る舞うのはすごく面白い。それは作品をつくるまで全く想像もつかなかった。加えて、二足歩行の着ぐるみに対しては全くそうではないのに、四つ足の動物には“母親的”な態度に変わるので、目線や立ち位置だけで関係性が変わるのは非常に面白いと思います
傷ついたような犬を見て、優しく手を差し伸べたい気持ちが湧いてくるのはなぜだろう。
傷ついたような犬を見て、優しく手を差し伸べたい気持ちが湧いてくるのはなぜだろう。

津田道子さんにインタビュー!

津田道子さん
津田道子さん
——さつま:「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」のタイトルに込めた思いについて、お聞かせいただけますか。
津田:
《カメラさん、こんにちは》の中で起こっている、カメラの存在についてのことや、家族の中での役割などは、小津安二郎監督の映画を題材にしたパフォーマンスやインスタレーションなどを私がつくる時にも、作品内でよく扱ってきたテーマです。それらのテーマは、私が子どものころ自宅に初めてカメラが来た日に撮影された、ホームビデオの中に既にあったと考えると、映像が先で人生は遅れてやってきているように感じました。

「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」は、わかるようで意味がわからない言葉。だから、これについて考えてみよう、と意味を込めてタイトルにしました。ちょっと遅れてくる、という響きも優しいなと感じています。
津田道子《振り返る》2022年、2024年
津田道子《振り返る》2022年、2024年

おわりに

犬を憐れみながら、あるいは他人の所作の映像を見ながら。何気ない体験の中で、自らの振る舞いに気づいてハッとする体験。2人の作家のアプローチは異なるようでいて、その“振る舞い”に注目し、自身の身体性に気づかせることに共通点があります

日常で意識していないことに気づけば、きっと世界は少し広がって、頭もちょっと柔らかくなる。現代アートの面白さは、そこにあるのではないでしょうか。

イベント情報
サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」/津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」
Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞記念展
会期:2024年3月30日~7月7日
休館日:月曜日(4月29日、5月6日は開館)、4月30日、5月7日
開館時間:10:00~18:00
会場:東京都現代美術館 企画展示室3F(東京都江東区三好4-1-1)
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 トーキョーアーツアンドスペース・東京都現代美術館
協力:TARO NASU
入場料:無料
URL:https://www.tokyocontemporaryartaward.jp/
※予定は変更になる場合があります。
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さつま瑠璃
文筆家(ライター)。芸術文化を専門に取材執筆を行い、アートと社会について探究する書き手。SNSでも情報を発信する他、さつまがゆく Official Podcastでは取材執筆にまつわるトークを配信中。Web: https://satsumagayuku.com/ X:@rurimbon
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