好きなものにのめり込んだ学生時代

──BOVA協賛企業賞、受賞おめでとうございます。今日はいろいろお聞きしたいのですが、まずはキャリアからよろしいですか。
伊藤:大学時代はSNS専門の広告会社でアルバイトをしていて、SNS広告の制作や運用に関わり、運用成果の数字まで見ていました。多岐にわたって学ばせていただいたと思います。フリーのライターとしてインタビュー記事も書いていました。それから、新卒で電通デジタルに入社して、今はコピーライター・プランナーとしてお仕事させていただいています。
電通デジタル コピーライター 伊藤麻由香さん
電通デジタル コピーライター 伊藤麻由香さん
柴田:僕は就活をしてないんです。学生時代から映像ディレクターの仕事をしていて、そのままフリーランスになりました。

──最初、柴田さんはどうやってお仕事をもらうようになったのですか。興味があります。
柴田:音楽が好きだったので、路上ライブをしているアーティストさんに声をかけて、ライブ映像を撮らせてもらって、その日のうちに編集した映像を送って、仲良くなって。じゃ、次はミュージックビデオ(MV)やりましょう、みたいな流れで映像制作を行っていきました。自分の売り込みのための制作ですから、もちろん無料です。とにかくアーティストさんを捕まえて、DMを送信しまくって、MVやりませんかの一点張りで(笑)。

実績がなかったので、とにかく数だと思って、学生時代に100本以上つくって。必死にやってました。その制作をしながら、編集や演出は独学で身に付けていきました。その100本のうち、出来のいいものをレコード会社に見てもらって、そこからメジャーアーティストとの仕事もできるようになっていったんです。
映像ディレクター 柴田海音さん
映像ディレクター 柴田海音さん
──すごいですね、頑張りが。必死さのレベルが違います。
伊藤:私も柴田さんほどではないですけど、新卒で絶対コピーライターになりたくて。コピーの制作なんて経験がなかったものの、学生時代の友達に手当たり次第に声をかけて、なんでもいいから書かせてください!みたいな感じで、ポートフォリオに載せる作品をつくりました。とにかくチラシとかポスターとか自由にやらせて!と言いまくって(笑)。コピーだけではなくデザインまで自分でやって、どうにか作品数を用意しました。

──クリエイティブはつくったものの評価がすべて。だから、学生の時はつくれる場を探すのに必死になりますよね。今のお仕事は、その延長線上にあると思いますが、どうですか。
柴田:僕は広告制作会社で2年間インターンをしたことがあって。そこで初めて広告に出会って、広告ってこんなに面白いんだと気づかされました。制作のバジェットの幅の広さや、クライアント企業へのパフォーマンス、スタッフとのチームワークがMVとは違って面白くて、そこからのめり込んでいきました。今は広告の映像をつくることが本当に楽しいし、やりがいを感じます。

伊藤:私はデジタル系の仕事が多いとはいえ、幅広くいろいろな仕事を経験させていただいています。テレビCMやマス媒体を考えることもあって、テレビCMの打ち合わせしたと思ったらバナーの構成書いてみたいな、行ったり来たりしながらお仕事しています。

広告業界の人はひとりの心を動かすためにみんなで頑張る、そこが尊い

──次はBOVAの受賞作『運命』について。お題は「クリエイティブな仕事を応援する」動画。どうでしたか、難しいお題でしたか。
柴田:まずは、どの企業の課題にするかで悩んで、そこがかなり大変でした。ふたりで1回、全部の課題を考えてみようとしたのですが、一歩進むと、これってどこが面白いの?と悩み出して、一歩下がって、どの課題がいいか再び悩む、みたいな感じでした。

伊藤:ぐるぐる悩むのをずっと繰り返していましたね。全13社分の企画を考えたことを思うと、結構とんでもない量のボツ案になっている気がします。私の場合、3分という長い尺の動画の制作がほぼ初めてだったので、企画の立て方も難しかったです。

柴田:そのまま年が明けて。締め切りが1カ月後に迫ってきて、さすがにもう決めなきゃとなりました。マスメディアンさんの企画もまだ4つぐらいあって迷っていましたが、もう撮影、編集をしないと完全に間に合わない状態に。

伊藤:企画が4つ……ありましたね、まだ決めきれずに。

柴田:最後に、制作に参加してもらっていた方々に、相談しました。僕らじゃもうわからない混沌とした領域に入って、考えすぎて何が面白いのか判断できなくなっていました。「どれが面白いですか?」と単刀直入に相談したところ、経験が豊かな方々だったので、いろんなアドバイスをいただけて。もう感謝しかないです。

──「クリエイティブはチームワークだ」が受賞作のコンセプトだと感じましたが、それは初めから絞ってあったんですか。
伊藤:いえ、最初はちょっと違うコンセプトから始まりました。あれこれと話し合っていく中で、「ひとりの心を動かすためにみんなで頑張っているところが、広告業界の人たちのやっぱり尊いところだよね」みたいな話になっていった

柴田:リレーだよね、と言った気がする。僕がすごく思うのは、ディレクターって最後にバトンを受け取る役割じゃないですか。プランナーやプロデューサーの方々が持ってきたものをどう繋いでゴールさせるかという、それは責任重大だなと思って。

伊藤:しました。しました。広告業界の人たちってバトン屋なんだと。

柴田:それをストーリーにして描こうという話はしましたね。

──ストーリーでチームワークを描くとなると、必然的に出演者が多くなって、それぞれのパートの役割やセリフの難易度がすごく上がります。
柴田:そうですね。撮る量もかなり増やしてしまったので難しかったです。ソロショットもあるし、グループショットもあるし、カット数も多い中で、正直、編集はかなり悩みました。3分の尺にどういう展開で収めるか、すごく苦労しました。

伊藤:私も、それぞれのキャストのセリフにはもう四苦八苦しました。コピーライターとしてはどちらも書けるようにならなきゃと思っているのですが……私は、書き言葉よりも話し言葉を考えるのが苦手で、なかなかうまくいかなかったんです。柴田さんにも「そのセリフしゃべってみて。なんか不自然じゃない?」などとアドバイスをもらいながら、撮影5分前までセリフを変えたりして。撮影現場の隅っこの椅子で、ふたりでギリギリまで考えました。

──キャスティングがイキイキしていたのは、そのあたりにも秘密があったんですね。僕が素敵だなと個人的に思ったのは、バス停のジュエリー広告。あのコピーはとてもいいと感じました。
『運命』より、ジュエリー広告を見た男性が駆け出すシーン
『運命』より、ジュエリー広告を見た男性が駆け出すシーン
伊藤:嬉しいです。あの広告のためのコピーは、本当にたくさん書きました。あの広告を見て、心を動かされる人がいるというシーンにしなきゃいけない。あそこの説得力がなかったら、全部台無しになっちゃうと思っていたので。心が動くとしたら何の言葉になるんだろうと吐きそうなほど悩んで、なかなかできなくて。ギリギリまで引っ張ってしまったのですが、アートディレクターがすぐにグラフィックを仕上げてくれて、無事完成させることができました。

柴田:演出も悩みましたね。ラストのネタばらしシーンは、最後の最後に編集しながら、「そうだ! ネタバレをこうやって出したら面白いかも!」と思いついて、エンドロールのようにしてみたらうまくいった。そこに行き着くまで、本当に頭が混沌としていました。

異なる「好き」を持つ仲間とつくるから、面白い

──苦労した分、受賞の喜びは大きかったのではないですか。
伊藤:私が代表者になっていたので、まず、私のところに連絡が来て、すぐに柴田さんに連絡しました。本当に嬉しかったです。

柴田:僕は去年、ファイナリスト止まりだったので、絶対、今年は賞を取りたかったんです。めちゃくちゃ嬉しかったです。「やっと授賞式に行ける!」と思いました。
伊藤:プロデューサーさんや役者さん、たくさんの方々に助けてもらったので、その協力を無駄にするわけにはいかないという気持ちがずっとあって、嬉しかったと同時にめちゃくちゃ安心しました。だから最初に来たのが「ああ、よかったなぁ」でした。

柴田:制作期間が短かった中、本当にたくさんの方に協力してもらって、あの動画ができました。その頑張りに報いられたことが僕もすごく嬉しかったです。

──それに関連するかもしれませんが、クリエイティブ職のどんな点に楽しみを感じますか。
伊藤:今回テーマにした「みんなでつくる」ことにはすごく面白さを感じています。この業界に入ったからこそできることだなと思います。異なる得意分野を持つ人と一緒につくることで、自分ひとりだったら行けなかったところまで行ける感覚があります

あとは、デジタル広告の特性だと思いますが、自分がつくったもののリアクションがSNSで見られるので、誰かに届いている実感を持てて嬉しいなと感じます。コピー1本でこんなに動いた人がいるんだと思うと結構感動します。

柴田:僕は伊藤さんが言ってくれた後者の方なんですけど、もともと人を幸せにするのが好きなんです、かっこよく言うと(笑)。小さい頃からサプライズとか、人に何かをあげたり、誰かのために何かをしたりすることが大好きでした。今、自分のやっていることは、それができる仕事すぎる、と感じていて。自分がつくったもので人が幸せになっている、僕がいなかったらその幸せがなかったんだって思うと、すごくやりがいが湧いてきます。

伊藤:いい企画、いいコピーを出すのは大変で、納得いかないことの方が多くて、結局ぐるぐる考えちゃう。でも、その辛い時間があるからこそ、これだ!というものができた時の嬉しさが2倍にも3倍にもなるんだと思ったりします。

自分の経験や苦悩から生まれる「体重が乗った言葉」を軸に、企画を広げていって。そうやっていいものをつくれるようになりたいですね。
──日頃、アイデア力を鍛えるために何かやっていることはありますか。
伊藤:若手あるあるかもしれませんけど、デコンストラクションと呼ばれる構造を抽象化していくことをやっています。年の近い先輩と、私たちはもっと広告の事例を知るべきだという話になって、事例をひたすら見ながら、これはどこが面白いのか、どうしたらこれが思いつけるのか、をとことん喋り続ける。すぐれたコピーや企画が生まれた背景を疑似体験するような感覚です。週に500本ぐらい見るのを目標にしていて、それがすごく身になりはじめた感じがしています。

柴田:僕は演出の勉強のために、海外のテレビCM作品を見ることが多くて、日本の人がやらない撮り方を研究しています。どうやって撮っているんだろうと探りながら、演出がマンネリにならないよう自分の仕事に落とし込んでいます。

──最後に、クリエイティブ職を目指す人へのアドバイスをいただけますか。
伊藤:先輩から言われてすごく心に残っている言葉があります。「私たちの仕事は、クライアント企業や見ている人が思いつかないものをつくらないと価値がない。でも、ひと握りの天才以外はそう簡単にはいかない。だから、人が考えてない時間も考える。誰よりも多く考える。そうして、その時間そのものがお金になる。だから、負けずに考えなさい」と。自分はそうありたいと思っているし、クリエイティブとはそういうことだとも思っています。

柴田:頑張れるのは、やっぱり好きって気持ちが強くあるからだと思っているので、自分の好きなことを突き詰めてみるのが大切な気がします。僕は、高校の時は映像を仕事にしたいとは思ってなくて、ただ楽しくて撮っていただけ。好きって気持ちがどんどん強くなっていくと、気づいたら、僕の好きを応援したり、求めたりする人が出てきて、好きが仕事になっていった。

今、社会人の方だったら、ちょっとやってみたいけど、どうしようかな、という好きの芽を、忙しい合間の時間でもちょっとやってみる。それが実は一番近道なのかなって思います
──お話、ありがとうございました。 素敵な作品をこれからもつくり続けていってください。

コピーや企画に「体重を乗せる」。伊藤さんの発言だったが、そのフレーズがインタビュー中にとても記憶に残った。多くの情報を得て満足するだけでなく、平均点を取れれば安心というだけでなく、ぐっと自分の思いを乗せて人に本当に価値あるものを伝え、繋がり、動かす。そんな仕事のやり方を「体重を乗せてやる」と言っていたように思う。困難があっても、それを乗り越えていく先にあるものは、きっと素晴らしいものだ。そう思える人は、みんなクリエイターなんだと感じた。
写真
黒澤晃
元博報堂 クリエイティブディレクター
横浜生まれ。1978年、広告会社・博報堂に入社。コピーライターを経てクリエイティブディレクターになり数々のブランディング広告を実施。受賞多数。2003年から博報堂クリエイターの人事、採用、教育を行う。多くの優れた若手クリエイターを育成した。2013年退社。黒澤事務所を設立。さまざまなライティング、プランニングの領域で活躍している。東京コピーライターズクラブ(TCC)会員。最近の著書「20歳からの文章塾」「これから、絶対、コピーライター」など。ツイッター#ツボ伝ツイート。note「3ステップ・ライター成長塾」。
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