ART FUN FAN Vol.11 世田谷美術館「ミュージアム コレクションⅠ アートディレクターの仕事―大貫卓也と花森安治」
ART FUN FANでは、広告・マーケティング・クリエイティブ業界で働く皆さまにアートの情報をお届けします。おすすめの企画展をピックアップして、美術ライターが独自の切り口で解説。「アートってなんだかよくわからない。」方から「興味があるからもっと知りたい!」方まで、誰でも楽しめるアートの魅力に触れていきましょう!
コラム第11回では、世田谷美術館のコレクション展へ。広告業界のトップランナーとして活躍する大貫卓也さんと、『暮しの手帖』初代編集長を務めた花森安治さん。一見異なるふたりのレジェンドの意外な共通点を探ります。
書き手は文筆家(ライター)のさつま瑠璃。芸術文化の領域で取材執筆を行い、多くの美術展やアートスポットに足を運ぶフリーの記者です。今回は、担当学芸員の矢野進さんのお話も交じえながら、展示の見どころをご紹介します!
コラム第11回では、世田谷美術館のコレクション展へ。広告業界のトップランナーとして活躍する大貫卓也さんと、『暮しの手帖』初代編集長を務めた花森安治さん。一見異なるふたりのレジェンドの意外な共通点を探ります。
書き手は文筆家(ライター)のさつま瑠璃。芸術文化の領域で取材執筆を行い、多くの美術展やアートスポットに足を運ぶフリーの記者です。今回は、担当学芸員の矢野進さんのお話も交じえながら、展示の見どころをご紹介します!
十一度めまして! さつまです!
ART FUN FANをご覧の皆さん、こんにちは! もしかしたら、こんばんは。さつま瑠璃です。
さて、やって来たのは東京都の世田谷美術館。ここでは1階展示室で企画展を、2階展示室でコレクション展を開催しています。このような美術館を取材するとき、通常は企画展のフィーチャーが多いのですが、今回は広告やクリエイティブに関心が高い皆さまのために、コレクション展を取り上げました!
1986年に開館した世田谷美術館は、国内外の近現代の作品を中心に約1万8000点の美術作品を収集しています。なかでもコレクションの大きな柱のひとつとなっているのが、世田谷区ゆかりの作家の作品です。実は、アートディレクターの大貫卓也さんは世田谷区在住なのだとか。
また、同館は以前から花森安治さんとも縁が深く、過去にも表紙画やカット画をテーマに紹介する展示を開催してきました。今回は『暮しの手帖』の交通広告や新聞広告などに焦点を当てています。
「アートディレクターの仕事―大貫卓也と花森安治」はここが面白い!
2階展示室の壁面の片側には、大貫卓也さんの手がけたポスターがずらり。思わず「なんだこれ!?」と言いたくなるような、強烈なビジュアルが目を惹きつけます。反対側に並ぶのは、花森安治さんの手がけた広告。素朴ながらも個性の強いデザインが印象的です。
時代の先を捉えていた、大貫卓也さんの目
大貫さんが若くして注目されるきっかけとなったのが、博報堂に入社して携わった遊園地「としまえん」の広告です。「プール冷えてます」のなんとも言えない愛らしい手書きのような文字に、ゆるかわいいペンギンのイラスト。シンプルながらもインパクトは抜群で親しみやすさ満点です。夏の風物詩である「冷やし中華始めました」の店主の貼り紙を想起させるようで、これを見たらとしまえんの冷たいプールに飛び込みたくなりませんか?
今でこそ、ユーモラスに商品を宣伝する広告はよく見かけるようになりましたが、実はこの作品が世に出た当時はそうではありませんでした。「広告はとにかくカッコよくオシャレに仕上げるのが、当時の主流。しかしそのムーブメントの中で、広告が本来すべき商品やサービスの良さを伝える役割が忘れ去られ、ただデザイン性が強くカッコいいだけ、のビジュアルが世に溢れていたのも事実でした」と教えてくれたのは学芸員の矢野さん。大貫さんはいち早くこの現状に気づき、当時の広告デザインの常識をくつがえす仕事で、その後の広告のあり方を変えていったのです。
としまえんの広告だけでもかなりのバリエーションがあり、「これが遊園地の広告!?」と驚くような発想力や、クスッと笑えるような表現は、今の時代のクリエイターにとって学びになる部分も多いはずです。
本展会場では、大貫さんが目を通した解説リーフレットを無料で配布しています。「そのときの時代背景や、どういう社会状況下でつくられたかは、広告を見る上で大切なこと。大貫さんが当時どんなことを考えていたかがよくわかります」と、矢野さんもおすすめの資料は必見です。
花森安治さんをアートディレクターとして見るのが、本展の新しい視点
『暮しの手帖』は、1948年から刊行されている家庭向け総合生活雑誌です。衣食住をはじめ、ライフスタイルに関するさまざまな提案をするこの雑誌は、創刊75周年を迎えた今でも根強いファンによって支えられています。
花森さんはこの雑誌の初代編集長を務めながら、自ら広告クリエイティブも手がけていました。「新聞広告や電車の中吊り広告まで、何から何まで全部自分でつくる姿勢はかなりクレイジーで、現代でいう一般的なアートディレクターともまたちょっと違うのが面白いところ」と矢野さんは話します。
その広告はなかなかにエキセントリックです。「天ぷら油とサラダ油はじつはおなじものではないだろうか」——赤い背景にでかでかと手書き文字で主張する謎の(?)メッセージ。一見しても生活雑誌の宣伝だとすぐにはわからないけれど、ある日電車に揺られてふとこれを見たら、なんだか『暮しの手帖』という雑誌に興味が湧いてはきませんか?
「花森さんは編集者であり、文章を書く文学者とも評されますが、デザインもやるし絵も描くし、雑誌そのものが作品といえるほど本当に多才です」と矢野さんが紹介するように、花森さん自ら、表紙画もカットも描き、『暮しの手帖』のタイトル文字も毎回書いていたというから驚きです。広告の版下には自ら写植を貼り、細部にまでこだわっていたとか。アナログが当たり前だった時代の、今ではなかなかお目にかかれない制作物は見逃せません。
「花森さんがアートディレクターとして紹介されることは今まであまりなく、編集長やイラストレーターと称されることが一般的でした。だからここで、アートディレクターとしての側面を紹介したいんです」という矢野さんの思いが、この展示には詰まっています。
大貫さんと花森さん、ふたりの共通点は?
「大貫さんと花森さんはなんとなく似ている気がします。クレイジーというか、徹底的にとことんやるところです。あとやっぱり、広告はコミュニケーションが大切じゃないですか。伝えるためのアイデアをあの手この手で捻り出して、時には常識を疑ってみる。普通やらないよね、とみんなが二の足を踏むものをクリアしてしまう。クリエイティブには、大変だけどやったら面白いことはいくらでもあって、それを現実にするには多くのハードルを超えなければいけないはずです。そんな中で、こういう情熱も仕事人としてすごく大事というか、見習うべき部分のひとつでもありますよね」と矢野さんは語ります。なぜ広告をつくるのか。広告で何を表現するのか。常に原点に立ち返り、本質を見定める力は、クリエイティブの技術やトレンドが進化しても変わらない大切なことだと実感します。
ふたりそれぞれの、平和への願い
一見異なるふたりのクリエイターをつなぐ本展。その要素として、平和への願いが挙げられます。大貫さんが制作した「ヒロシマ・アピールズ」ポスター展の作品は、AR(拡張現実)の技術を取り入れたものです。「スノードームって、なんだか楽しく懐かしい思い出を感じるものですよね。それを広島の原爆ドームと重ね合わせている。一瞬真っ暗になって死の灰が舞う光景は残酷で、でもそれぐらいインパクトがないと広島の悲惨さは伝えられないのだと思います」と矢野さん。
原爆を経験した世代が高齢化する中で、戦争を知らない人たちにどうやって戦争を伝えるべきなのか。大貫さんの思いを感じられます。
花森さんはかつて、戦時広告を作る大政翼賛会の仕事を担っていました。戦後は、人々を戦争に導くような仕事に加担してしまったと深く悔いていて、暮しの手帖社にこもって一生懸命働いていたといいます。
そのため、戦争中に付き合いのあった報道技術研究会のメンバーとも距離を置き、同会のメンバーが興した東京アドアートディレクターズクラブ(東京ADC、現在の東京アートディレクターズクラブ)にも入りませんでした。でも東京ADCのメンバーは、花森さんの新聞広告と雑誌表紙の仕事に、ADC賞の銅賞を贈りました。そして花森さんは、報道技術研究会が戦中に使っていた作業机をもらい、生涯大切にしていたそうです。
なお、展示室を出た先の小コーナーでは、そうしたふたりの平和への願いをつなぐように、写真家・川田喜久治が撮影した広島の写真が公開されています。
おわりに
大貫卓也さんと花森安治さん、その意外な共通点を楽しめるのはこの展覧会ならでは。ひとりだけを見ていたり、ひとつの仕事だけを見ていたりしてもわからないことが、工夫された視点で発見とともに見えてくる。そんな鑑賞体験を、ぜひお楽しみくださいね!また、今回展を機に暮しの手帖社から『花森安治の広告デザイン 暮しの手帖のポスターと新聞広告』が販売されています。ミュージアムショップで購入できるので、ぜひお手に取ってご覧ください。
緑豊かな砧公園の一角に位置する世田谷美術館は、お散歩をしても気持ちの良い場所。田園都市線・用賀駅からのアクセスが便利でおすすめです! オフィシャルの道案内動画にさつまが出演しているで、ぜひ参考に足を運んでみてくださいね!
「ミュージアム コレクションⅠ アートディレクターの仕事―大貫卓也と花森安治」
会期:2024年7月20日~10月14日
開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:毎週月曜日(9月16日、23日、10月14日は開館。9月17日、9月24日は休館)
会場:世田谷美術館 2階展示室
主催:世田谷美術館(公益財団法人せたがや文化財団)