今がゴールドラッシュ!? 新しいあたりまえが続々生まれる

──嶋さんの新刊のタイトルが『「あたりまえ」のつくり方』ですが、なぜ「あたりまえ」に注目したのでしょうか? 
ここ10年ぐらい新しい「あたりまえ」のゴールドラッシュが来ているように感じます。10年前には考えられなかったような新しい概念が、次々と新しい常識になっています。

例えば「ライドシェア」。昔は移動手段といえば、公共交通機関やタクシーしかありませんでしたが、複数人で乗り合わせる概念が生まれています。「カーシェア」もそうです。これまでは車を所有するのが一般的でしたが共有する流れがあります。他には「キャッシュレス」もそうですよね。財布からお札や小銭など現金を出すのがあたりまえでしたが、スマートフォンを使えばワンタッチで完結するようになりました。

枚挙にいとまがないですが、皆さんもこのような「あたりまえ」の変化を日々感じているのではないでしょうか。
嶋浩一郎 著『「あたりまえ」のつくり方 ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』NewsPicksパブリッシング
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「広告とPRの違いは? PRの第一人者が解説」


──確かに一昔前にはまったくなかった「あたりまえ」が溢れていますね。例えば、「マッチングアプリ」は、以前は合コンしかなかったものが、スマホで簡単にマッチするようになりました。
実は昔から新しい「あたりまえ」の浸透をサポートする産業があります。それがPR産業です。

今ではあまりにあたりまえすぎて想像がつかないかもしれませんが、「鉄道」という新しい概念が浸透するために苦心した人たちが100年前のアメリカにいました。広大な国土に鉄道というインフラを敷いていく過程で、さまざまな軋轢が生じました。そこで鉄道の価値理解を促す技術として活用され広がっていったのがPR=パブリックリレーションズです。

100年前の鉄道はいうなれば新しいテクノロジー(技術)です。こうした技術が生まれたときに生じる「危ないのでは?」「なんか怖い!」「今のままでいい…」といったさまざまな反対意見に対して、丁寧に対話を重ねてリレーション(関係)を築いていくことで、新しいライフスタイルとして受け入れられます。

冒頭の話に戻りますが、明治、大正、昭和、平成といつの時代も「あたりまえ」は発生しては定着してきましたが、令和の今こそAIをはじめとするテクノロジーの進化によって、新しい「あたりまえ」のゴールドラッシュを迎えているわけです

──昨今のテクノロジーの進化によって新しい「あたりまえ」が生まれる土壌が整っていて、PRがどんどん求められているのは理解しました。では具体的にどのようなサポートをするのでしょうか?
今ではあたりまえの「民泊」を例に説明します。それまでは旅行に行くならばホテルや旅館に泊まる選択肢しかなかったものを、一般人の民家やマンションに泊まることができるまったく新しい宿泊体験が誕生したことで、旅行者にとっては選択肢が広がりました。

「民泊」が浸透するまでに、PRパーソンによるさまざまな取り組みがされましたそのひとつは自治体に向けた活動です。旅行者を自宅に宿泊させるには自治体の許可が必要です。住民すべてが賛成している訳ではないので、すべての自治体が民泊を積極的に進めたわけではありません。そこで、PR会社は自治体の抱える課題に寄り添ったアプローチを始めたんです。

たとえば地方自治体の人口減という喫緊の課題に対して、民泊によって「関係人口」を増やすことができると説いたのです。確かに宿泊施設に泊まるより、市井の中に入るほうがディープな体験になり、訪れた自治体と強い関係(絆)が結ばれます。ほかには「空き家問題」も地方自治体にとっては悩ましいものです。これも民泊によって空き家が有効活用され、問題解決の糸口を示したわけです。

また、近隣住民からすると「いつの間にか知らない人が隣家に泊まっている」と不安に感じることもあるはずです。しかし民泊によって、人の往来が増えることで逆に防犯に効果があることや過疎地に賑わいがもたらされることなど民泊の価値を伝えて、納得を促します。

このようなステークホルダーに寄り添うコミュニケーションを通して、民泊に対する合意形成が進み、Airbnbをはじめとする民泊サービスが広く使われるようになりました。

社会現象を起こすPRのダイナミズム

──行政や世間などさまざまな方面との調整にPRパーソンが関わって、新サービスが受け入れられているのですね。
昔からPRパーソンの仕事は「マルチステークホルダー(利害関係者)との合意形成」と言われています。わかりやすく言うと、いろんな懸念・不安を感じる人たちと、納得して握手し合うことをサポートする仕事です。

PR=パブリックリレーションズは最後に“s”と複数形になっていることが肝要です。さまざまな人たちと合意を形成することが、新しい「あたりまえ」の定着につながります。

複数のステークホルダーと握手する例として、「男性の育児参加の促進」を広めるには、PRパーソンが新聞社・記者に対して「男性の育児参加率」という記事ネタを提供するのもひとつの手段です。もしくは育児に積極的な男性を主人公にしたドラマやマンガをつくってもらうために、テレビ局・プロデューサーや出版社・編集者にアプローチすることもあるでしょう。

このようにさまざまなメディアと合意形成をするのもPRパーソンの重要な役目です。しかしそれだけでは新しい「あたりまえ」はなかなか普及しません。

例えば、ショッピングモールの男性トイレ内に赤ちゃんのオムツ換えコーナーを設けてもらうために、ゼネコンやディベロッパーと握手する手もあります。他にも、会社の総務部を集めて、男性の育休取得制度の社内整備を議論するカンファレンスを開くことだって考えられると思います。

このように全方面に交渉して、社会全体が動く起点になりえるのが、PRのダイナミズムであり、醍醐味でもあります

──「社会現象」を起こすことがPRにはできる。確かに面白い仕事ですね。
「社会現象」を起こすのは簡単なことではありません。なぜなら、多くの人の共感が伴わないと発生しないからです。「そう、私もそう思っていたの!」と気づいて、いろんな立場の人が各々で行動をすることで「社会現象」につながっていきます。

そして、共感を促すひとつのきっかけとして「社会記号」が挙げられます。上述の男性の育児参加でいうなら「イクメン」という社会記号です。この言葉ができたことで、立場の違う人たちがそれぞれ自分の持ち場で何かできないかを模索し始めたのです。そして誰よりも早く実践してきたイノベーターが注目を浴びて、その周りにフォロワーができて、さらにメディアが大々的に広めて社会記号を増幅させ、スターができる。このようなサイクルが回ることで、社会現象へと転じるのです。

「社会記号」は言い換えると、人間の欲望を言語化したもの。みんながなんとなくモヤモヤしていたこと、既成概念に対しての違和感を的確に表したものです。「おひとりさま」も、「みんなで食べたり旅をしたりすると、楽しいよね」という常識に対して「いや~私はひとりで堪能したいんだけどな…」と感じていた人が多かったから共感を生みました。「おひとりさまカラオケ」「おひとりさま焼き肉」とさまざまなステークホルダーが能動的に動き、新しいあたりまえとして定着しました。

実は「社会記号」自体はPRパーソンでなく、メディアがつくることがほとんど。世の中の現象やトレンドを伝えるのがメディアの原理だからです。ただ、このような人間の欲望の萌芽を、敏感に見つけていくことがPRパーソンには求められます。

──後編では、実際に人間の欲望の萌芽を見つけていくためには、どのような視点やスキルが必要なのかをお聞きします。

この記事は前後編です:後編は1/29公開予定
「PRのアイデアは『他者』の中にしか見つからない 嶋浩一郎さんに学ぶ日常への眼差し」
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株式会社マスメディアンの一員として、「未来を面白くするヒントは“いま”にある」をコンセプトに、時代の一歩先で挑戦をする人々にフォーカスし、未来を見つめた(advancedな)情報をお届けします。
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