PRのアイデアは「他者」の中にしか見つからない 嶋浩一郎さんに学ぶ日常への眼差し 博報堂ケトル ファウンダー 嶋浩一郎さん
日本のPR業界の第一線を走り続ける、博報堂ケトル・ファウンダーの嶋浩一郎(しまこういちろう)さん。1993年に博報堂へ入社し、若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクターを務め、2004年には「本屋大賞」立ち上げに参画。2006年に博報堂ケトルを設立されてからも、さまざまなクライアントや社会の課題を解決するPRを手がけられています。今回は、『「あたりまえ」のつくり方 ——ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』(NewsPicksパブリッシング)を発刊した嶋浩一郎さんに、PRの仕事についてインタビューしました。本記事は、マスメディアンの学生向け就活支援サービス「マスナビ」で行われたインタビューに、若手PRのパーソンへのメッセージを加えたadvanced by massmedianだけの特別版です。
この記事は前後編です:前編はこちら
「PRの第一人者・嶋浩一郎さんが考える、新しい『あたりまえ』のつくり方」
「エンパシー(共感)力」です。相手の立場を思いやれる人が一番ですね。広告・マーケティング業界にも言えますが、PRパーソンはより一層その力が求められると思います。
ステークホルダーである相手に納得して行動してもらうには、一方的な発信ではなく、相手の目線に立って対話を重ねることでしか、なしえません。世の中はダイバーシティで、立場や価値観の違いがあるという前提にもとづいて、交渉と対話によってギャップを埋めていくことで、共感してもらう。そのためにはエンパシー力が最重要です。
あとは「新しいあたりまえをつくるための補助線を引く」という意識です。新しいテクノロジーやアイデアを考えるのは自分ではないことを胸に留め、いかにそのテクノロジーやアイデアが滑らかに世の中に浸透していくのをサポートできるか。そういった職業倫理を、PRパーソンやPRパーソンを目指す人には持ってほしいですね。
「広告とPRの違いは? PRの第一人者が解説」
──ところでこの書籍には、次のあたりまえのヒントになるのは、最初に新しい欲望を体現する「ファーストペンギン」、例えば最初にひとりでご飯を食べにいく「おひとりさま」を見つけることだと、書かれていますが、そのひとり目を見つける眼差しはどう身に付けたらいいのでしょうか。
常に自分の常識との違和感や、人が心に抱えるモヤモヤを発見するつもりで、日常を見つめることですね。博報堂では、街に出て違和感のある行動をしている人を探す「タウンウォッチング」という新人研修を行っていました。
例えば、飲み会の1杯目。今ではビールでも烏龍茶でも好きなドリンクを注文するのが「あたりまえ」です。でも、以前は「とりあえずビール」があたりまえでした。ということは、その通例に疑問を抱き、「誰かビール以外を飲みたい人いる?」などと声をかけた人が必ずいます。この人がファーストペンギンです。皆さんの周りにも、そんな人がいますよね?
こうした日常の風景の中にこそ、新しい欲望の発露があるんです。こうしたちょっとした違和感を見逃さないことが大事です。
「市場の中の私の役割」と「社会の中の私の役割」、2つの視点を自在に行き来できるようにすることでしょう。
「市場の中の私の役割」とは、自社商品が競合とどうスペックが違うのかという価値のことです。広告やマーケティングに携わる人たちは、この視点で説明するのが得意ですよね。ですが、成熟した市場においては、機能面の差異を語るだけではユーザーに選んでもらえません。マルチステークホルダーとの合意形成をするPR発想で、「社会の中の私の役割」、つまり商品やブランドが社会でどんな価値を発揮できるのかを語ることが必要です。
ステークホルダーから支持を受けているブランドというのは、「社会の中の私の役割」をきちんと語っています。例えば、サイボウズやコンカーは、自社のSaaSサービスのプロモーションで、UX/UIの利便性や機能性だけではなく、「このサービスを使えば、従業員の業務効率化につながり働き方改革を促進できる」と説明しました。
「働き方改革」は、ユーザーだけでなく、社会が求めていることですよね。その文脈で語ることで、ユーザーだけでなく、働き方改革を進めたい企業、従業員とその家族、政府など多くのステークホルダーを味方にすることができるんです。
このように社会が求めていることと、自社のサービスができることは同じだという合意形成をすることで、サービスの利用だけではなく、ブランドや企業への共感を抱いてもらうことにつながります。まさに社会と相対していくPR発想は、広告やマーケティングにとって欠かせない視点なのです。
──最後に、今後の業界を担う若手PRパーソンに向けてメッセージをお願いします。
今までのPRパーソンは、黒子になりすぎたんじゃないかと思っています、もちろんそれが美徳でもあるんですけれどね。
現代社会はとにかく変化が速く、新しい「あたりまえ」をつくることが次々に求められる状況です。だからこそ、PRパーソンの提供する合意形成の技術はもっと評価されるべきだと思います。PRアワードやACC賞のPR部門などでPRパーソンの技術が評価され、シェアされることはとてもいいことだと思っていますし、個々のPRパーソンの働きがしっかり認知される時代に移りつつあることを感じています。
今までの日本はマスメディアの影響力が圧倒的だったので、PRの成果はパブリシティの量で評価されることが大半でした。もちろんメディアを通してPRの価値を感じてくれるクライアントも多いですが、マルチステークホルダーと対話を重ねていくというPRの本質ももっと評価してほしいと考えています。
そして、PRがきちんと評価される社会にするためには、PRパーソンたちも、自ら合意形成の技術をどんどん言語化していくべきです。私もこの本の執筆にあたって、例えば「こんな補助線を引くと、合意形成が進む」など自分の技術を書き起こしました。PRパーソンそれぞれが技術を言語化して、互いに磨き合い評価し合える、そんな業界になっていくといいなと思います。
──世の中のさまざまな場所で発揮されているPRの力。日常の「あたりまえ」がPRパーソンたちの技術によるものだと明確になれば、世の中がもっと面白く見えてきそうですね。本日はありがとうございました。
「PRの第一人者・嶋浩一郎さんが考える、新しい『あたりまえ』のつくり方」
PRパーソンに必要なのは全方位への共感力
──人間の新たな欲望を見つけることで、PRは次のあたりまえの萌芽を読み取ることができます。実際にその新たな欲望を見つけるためには、どのような視点・マインドが必要になりますか?「エンパシー(共感)力」です。相手の立場を思いやれる人が一番ですね。広告・マーケティング業界にも言えますが、PRパーソンはより一層その力が求められると思います。
ステークホルダーである相手に納得して行動してもらうには、一方的な発信ではなく、相手の目線に立って対話を重ねることでしか、なしえません。世の中はダイバーシティで、立場や価値観の違いがあるという前提にもとづいて、交渉と対話によってギャップを埋めていくことで、共感してもらう。そのためにはエンパシー力が最重要です。
あとは「新しいあたりまえをつくるための補助線を引く」という意識です。新しいテクノロジーやアイデアを考えるのは自分ではないことを胸に留め、いかにそのテクノロジーやアイデアが滑らかに世の中に浸透していくのをサポートできるか。そういった職業倫理を、PRパーソンやPRパーソンを目指す人には持ってほしいですね。
マスナビでは本書籍の一部を読むことができます:詳細はこちら
「広告とPRの違いは? PRの第一人者が解説」
──ところでこの書籍には、次のあたりまえのヒントになるのは、最初に新しい欲望を体現する「ファーストペンギン」、例えば最初にひとりでご飯を食べにいく「おひとりさま」を見つけることだと、書かれていますが、そのひとり目を見つける眼差しはどう身に付けたらいいのでしょうか。
常に自分の常識との違和感や、人が心に抱えるモヤモヤを発見するつもりで、日常を見つめることですね。博報堂では、街に出て違和感のある行動をしている人を探す「タウンウォッチング」という新人研修を行っていました。
例えば、飲み会の1杯目。今ではビールでも烏龍茶でも好きなドリンクを注文するのが「あたりまえ」です。でも、以前は「とりあえずビール」があたりまえでした。ということは、その通例に疑問を抱き、「誰かビール以外を飲みたい人いる?」などと声をかけた人が必ずいます。この人がファーストペンギンです。皆さんの周りにも、そんな人がいますよね?
こうした日常の風景の中にこそ、新しい欲望の発露があるんです。こうしたちょっとした違和感を見逃さないことが大事です。
「社会の中の私」を語ることで、応援する人が増えていく
──嶋さんは、PRパーソンの発想法や行動規範は、新しい「あたりまえ」の普及を目指すすべてのビジネスパーソンも生かすことができると、この書籍で仰っていますね。すべての広告パーソン・マーケターが成長していくためには、何をすべきですか?「市場の中の私の役割」と「社会の中の私の役割」、2つの視点を自在に行き来できるようにすることでしょう。
「市場の中の私の役割」とは、自社商品が競合とどうスペックが違うのかという価値のことです。広告やマーケティングに携わる人たちは、この視点で説明するのが得意ですよね。ですが、成熟した市場においては、機能面の差異を語るだけではユーザーに選んでもらえません。マルチステークホルダーとの合意形成をするPR発想で、「社会の中の私の役割」、つまり商品やブランドが社会でどんな価値を発揮できるのかを語ることが必要です。
ステークホルダーから支持を受けているブランドというのは、「社会の中の私の役割」をきちんと語っています。例えば、サイボウズやコンカーは、自社のSaaSサービスのプロモーションで、UX/UIの利便性や機能性だけではなく、「このサービスを使えば、従業員の業務効率化につながり働き方改革を促進できる」と説明しました。
「働き方改革」は、ユーザーだけでなく、社会が求めていることですよね。その文脈で語ることで、ユーザーだけでなく、働き方改革を進めたい企業、従業員とその家族、政府など多くのステークホルダーを味方にすることができるんです。
このように社会が求めていることと、自社のサービスができることは同じだという合意形成をすることで、サービスの利用だけではなく、ブランドや企業への共感を抱いてもらうことにつながります。まさに社会と相対していくPR発想は、広告やマーケティングにとって欠かせない視点なのです。
──最後に、今後の業界を担う若手PRパーソンに向けてメッセージをお願いします。
今までのPRパーソンは、黒子になりすぎたんじゃないかと思っています、もちろんそれが美徳でもあるんですけれどね。
現代社会はとにかく変化が速く、新しい「あたりまえ」をつくることが次々に求められる状況です。だからこそ、PRパーソンの提供する合意形成の技術はもっと評価されるべきだと思います。PRアワードやACC賞のPR部門などでPRパーソンの技術が評価され、シェアされることはとてもいいことだと思っていますし、個々のPRパーソンの働きがしっかり認知される時代に移りつつあることを感じています。
今までの日本はマスメディアの影響力が圧倒的だったので、PRの成果はパブリシティの量で評価されることが大半でした。もちろんメディアを通してPRの価値を感じてくれるクライアントも多いですが、マルチステークホルダーと対話を重ねていくというPRの本質ももっと評価してほしいと考えています。
そして、PRがきちんと評価される社会にするためには、PRパーソンたちも、自ら合意形成の技術をどんどん言語化していくべきです。私もこの本の執筆にあたって、例えば「こんな補助線を引くと、合意形成が進む」など自分の技術を書き起こしました。PRパーソンそれぞれが技術を言語化して、互いに磨き合い評価し合える、そんな業界になっていくといいなと思います。
──世の中のさまざまな場所で発揮されているPRの力。日常の「あたりまえ」がPRパーソンたちの技術によるものだと明確になれば、世の中がもっと面白く見えてきそうですね。本日はありがとうございました。