作品のポテンシャルを粘り強く探っていく

市原:八谷さんはコンスタントにヒット作を手がけていらっしゃいますよね。クリエイターあるあるかもしれませんが、一つの作品が大当たりしたらそこで満足してしまう人もいるのではと思っています。愛玩メールソフトである「PostPet」の大ヒットなど、普通の人なら満足してしまいそうな瞬間もあったのではと推察します。八谷さんはどうして走り続けられたのでしょうか?

八谷:僕は飽きっぽいからですかね。「AirBoard」という映画『バックトゥーザフューチャー』に出てくる乗り物を再現した作品も過去につくったのですが、実はPostPetの開発と同時期に制作していました。PostPetはソフトウェアの開発なので、細かいデバッグ作業の繰り返しに飽きちゃって(笑)。ダイナミックな乗り物系の作品をつくりたくなったんです。会社員をやりながらアーティストをしていた経歴もそうですが、いつも二兎を追いがちなのかもしれません。
左:二号機 AirBoard β(1999年)、右:三号機 AirBoard γ(2001年)
左:二号機 AirBoard β(1999年)、右:三号機 AirBoard γ(2001年)
八谷:でも最近は少し反省しています。一つのことに集中しない弊害で、OpenSkyも長期化してしまっている。2003年から、かれこれ16年も続けていたことになります。だから今年は本腰入れてプロジェクトのまとめフェーズに入ろうと思います。
市原:飽きっぽいと言いながらも執念深いですね。

八谷:超執念深い。飽きっぽさと執念深さを兼ね揃えています。自分はマラソンランナーで、瞬発力より持久力で勝負するタイプです。マラソンランナーって長期戦だから走ってる時にずっと走ることに集中しているわけではなく、「今日終わったら何食べよう」とか考えている気がするんです。最近は、OpenSkyの機体を製作しながら、VRでフライトシミュレーターあったらいいよなと思い、並行して開発したりしています。走りながらいろんなアドオンするイメージですかね。

市原:私も、次から次に作品をつくる多作なタイプではないので共感できます。一つ作品をつくっておしまいではなく、「まだまだいけるはず」とポテンシャルを探していくスタイルなんですね。
八谷:そうですね。エンタメでもなんでも一番収益が上がるタイミングは終わる直前です。週刊少年ジャンプの連載漫画も「この作者的にはそろそろ終わらせたいんだろうな」って頃に映画化が決まったりしますよね(笑)。レイトマジョリティに到達する頃に収益が発生するので。作家側が飽き始める時期に、ようやくお客さんに作品が届くフェーズだったりします。僕はやっぱりプロデューサー気質だから「この作品はまだポテンシャルあるな」と思ったら「もうちょっとたくさん知られるまで粘ろう」と動きますね。

市原:私も自分の過去の作品に対してもう少し粘ってみようと思いました。過去につくった、死者と49日間共生するロボット「デジタルシャーマン・プロジェクト」も、まだちゃんと収益化をできていないので、事業化してそれこそ数万人が使えるようなものへと発展させていきたいです。

アーティストのターニングポイントは「30歳」?

市原:話は変わるのですが「30歳ぐらいがアーティストとしての成長期だから、会社を辞めてよかったね」と、私が独立した直後の2016年に八谷さんがおっしゃっていて、その言葉がずっと引っかかっていました。どういう意味なのでしょうか?

八谷:市原さんも実際にそのように感じることはないですか? ちょうどいま脂が乗っているなって。作家の個性は作品が数点揃うことでようやく外部から理解される。少なくとも3作品はないと作家性がわかりにくいと僕は思っています。絵画や彫刻に比べるとメディアアートは制作期間が長くなりがちだから、数点出来上がるのがだいたい30歳前後。それまでやってきたことが理解されて、「あの人は面白い」と目立ってくる時期なんです。そこで「今度、あの人にこういう企画をお願いしてみよう」という依頼が舞い込んできたり、自分から企画を持ち込んだ時に担当者が自分の作品のファンだったりして、企画を通しやすくなる年齢なんだと思います。

市原:リアルですね……。ようやく点と点が星座になるイメージでしょうか。同世代の人たちが、企業内で権限を持ち始めるのもそれぐらいの年齢ですものね。

八谷:僕もPostPetをつくったのはちょうど30歳でした。会社員時代のことを市原さんがどう思っているかはわからないけど、そこで得たものや経験は絶対にあるはずなんです。それとアーティストとしてやってきたことがちょうどいいバランスでミックスされて、味のしみた煮物やカレーになる頃なんですよ。

市原:会社員の数年と、アーティストの数年が融合しはじめる頃ですよね、30歳って。八谷さんの30歳頃を振り返ってみると、ちょうど海外受賞ラッシュだった頃ですよね。まさに脂乗りまくり……。

八谷:そうですね、世界的なメディアアートの祭典アルスエレクトロニカに作品を出していたのがだいたいそのぐらいでした。96~98年と3年連続で受賞して、現地で多くの美術館・ギャラリーから企画展のオファーをいただいて、ヨーロッパツアーをしていました。

市原:海外に出たことは糧になりましたか?

八谷:それはもちろん良かったです。海外で展覧会に参加したことは自分のCV(編集部注、アーティストとしての履歴書)に載せられるし、そのあと国内の展覧会のオファーも多くいただくようになったので。海外での展示経験がブランディングになって、仕事を選べるようになりました。

市原:なるほど、長期的なアーティストの生存戦略としては、プロモーションする時期と、ちゃんと根を張って収益を上げる時期が波になっている感じなんですね。

人徳は必須? クリエイターとして長生きするには

市原:「人徳」について八谷さんに伺いたいとずっと思っていました。私がまだアーティストでもないただの大学生の時からとてもフェアに接していただきましたし、若手にチャンスを常に与えているし、本当に徳が高いですよね。

八谷:いや、偉ぶってもしょうがないし、メディアアートはチームプレイじゃないですか。年下の人にオファーをすることも多くあるし、年上だから偉いという考えはないです。むしろいつでも仕事をお願いできるように「いい人戦略」をとっている部分はありますね。それに僕自身も若手の頃に上の世代の方から引っ張ってもらった自覚があるので、若い人たちを支援することは積極的にやっています。東京藝術大学の先端芸術表現科で教えているのも、そういった理由ですね。
市原:でも本当に、八谷さんの「ギブの精神」は大御所だからこそ心がけているのか、昔からそうだったのか気になるところです。「鶏が先か、卵が先か」といった類の話なのかもしれませんが。

八谷:それは昔からかもしれません。僕は信用できる人とわかったら、その後もずっとお仕事をお願いする傾向が強い。PostPetで一緒だったスタッフとも、シャネルの案件をはじめ他の仕事でずっと一緒にやってきました。信頼できる人と一緒のほうが仕事も楽なので、優秀な人は手放したくないだけ。人徳というよりは打算かもしれないです。僕に求められるのはプロデューサー、ディレクター的な動き方が多いので、優秀な人と関係を継続させたい。あと、僕は人の名前と顔を覚える能力が著しく低くて、人のこと覚えていなくて失礼なことになりがちなので、せめて人と接する態度くらいは丁寧にしよう、と心がけてます。

市原:自分もディレクター型なので、人を大事にしようと思いました。これまで八谷さんのインタビューを穴があくほど読んで励みにしていたので、今日はじっくりお話が伺えて本当によかったです。
八谷:こうやって若い人に伝わると嬉しいですね。最近いろいろと手広くやりすぎて、下の世代に「なにをやっている人」なのかあまり知られていなかったりするので。改めて振り返ると、自分が作品を通してやりたかったことは、「なにかをリープさせること」だと気付きました。視聴覚交換マシンは「意識のリープ」、PostPetは「感情のリープ」、OpenSkyも、空を飛ぶことによる「物理空間内のリープ」。

さきほどすこし触れましたが、長期化してしまっているOpenSkyを完結させるべく、今年は勝負の年にします。OpenSkyをお披露目したいと3年前から思い続けていた世界最大規模の航空ショー「EAA AirVenture Oshkosh」に今年は挑戦します。実はこのイベントを主催するEEA(Experimental Aircraft Association/実験航空機協会)の会報誌の最新号でOpenSkyが紹介されて、満を持して全米デビューしますよ。だから「アメリカで飛ばします!」と大学の同僚の先生たちにも宣言して、夏は丸々捧げる予定です。クラウドファンディングでも絶賛ご支援を募集しているので是非みなさまに応援していただけたら嬉しいです。
市原:素晴らしいですね。実は私もちょうどクラウドファンディングを立ち上げたんです。申請に不慣れで苦労しましたが、アーティストとクラウドファンディングの相性なども見えてきたところです。「アーティストのクラウドファンディング話を聞きたい」という声も多かったら、ぜひ第2弾の対談(※)をしましょう。今日はアーティストの生き方について学びの多いお話をたくさんお聞かせいただき、ありがとうございました。

※記事公開前の6月30日(日)に、実際に対談が実現しました。以下より当日の様子を見ることができます。

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【ナビゲーター】
市原えつこ
メディアアーティスト、妄想インベンター。1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。2016年にYahoo! JAPANを退社し独立、現在フリーランス。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。 主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラ・インターフェース》、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる《デジタルシャーマン・プロジェクト》等がある。 第20回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞を受賞、総務省異能vation(独創的な人特別枠)採択。2018年に世界的なメディアアート賞であるアルスエレクトロニカInteractive Art+部門でHonorary Mention(栄誉賞)を受賞。
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