──はじめに、TVドラマ『わたし、定時で帰ります。(以下、わた定)』を企画した経緯について教えていただけますか。
新井:2018年3月末に書籍『わたし、定時で帰ります。』が刊行されたタイミングで、働き方改革関連法が国会で議論されていました。2018年6月末には国会で可決され、2019年4月1日から施行されるということで、2019年4月クールに合わせるしかない、「いまやらないでいつやるんだ!」となりまして、急ぎ準備を始めました。
原作:朱野帰子「わたし、定時で帰ります。」シリーズ(新潮社刊)
原作:朱野帰子「わたし、定時で帰ります。」シリーズ(新潮社刊)
新井:とはいえ私たちテレビ業界は一般的な働き方とは違うと思ったので、まずは普通の働き方を知ろうといろんな人にアンケートやインタビューをしました。それでわかったことは、価値観が本当にバラバラだということ。好きでしょうがなくて仕事をしている人もいれば、なんとなくしている人もいる。でもどれも正しくて、働き方に不正解はないと改めて感じて、そういったメッセージを込めようと考えました。そのため原作の主人公のキャラクターを、ドラマでは周りを引きで客観的に見る主人公にして、「私はこう思う。でもあなたはそう思うならそれでいいんじゃない」といったスタンスを貫く主人公にしました。

砥川:かなりリサーチされていらっしゃるんですね。

新井:そうですね。この業界でしか働いたことがないので、いわゆる9時17時で働いている方の感覚がわからなすぎて(笑)。もちろん外部の方々だけでなく、自分の周りの制作現場のスタッフにもヒアリングをしました。ドラマでは、実際に起こったことを描写することが一番リアリティを表現できます。だから『わた定』も、ガチで遭遇したネタを引用しました。インタビュー中に「わたし定時なので帰ります」ってリアルに言われたり、ドラマ撮影中に大事なシーンに立ち会えないスタッフに、「なんで私だけ帰らなければならないんですか…」と泣かれたり(笑)。

砥川:そんなシーン、ドラマでもありましたね(笑)。連ドラの現場なんて大変そうですけど、働き方はどうなんですか?

新井:実は私の所属するTBSスパークルは二交代制を取り入れているんです。監督はさすがに交代できないですが、助監督もカメラマンも美術さんも交代制になっています。働き方がテーマのドラマなので徹底していて、みんなが帰りやすい空気をつくるように意識していました。それこそ「なんだ、帰るのかよ…」ではなく「さよなら、グッバイ!」と送り出せるぐらいドライな現場でしたね(笑)。
──連ドラだと深夜にまで撮影が及んだりするイメージがありますが、どのように効率化を図っていたのでしょうか?
新井:シーン数を押さえる工夫をしていました。移動が時間を食うので、なるべく移動をなくして省エネになるように。それこそ台本10ページが10シーンに分かれていると9回の移動が必要ですが、10ページで2シーンだったら1回の移動で済みます。だから基本的にオフィスシーンや上海飯店シーンしかないんですよ。
©TBS
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沢木:確かに、言われてみるとその2つのシーンが多かったですね。でもまったく間延びせずに楽しませていただきました。

新井:ありがとうございます。お二人はご覧になられたんですか?

砥川:もちろんですよ!

沢木:私ももちろん拝見して、このドラマはマネージャー向けの研修として見せるべきだと感じました。
新井:え!本当ですか? ありがたいですね。

沢木:正直に申し上げますと、最初にタイトルを見たときに「働く時間」がテーマだろうと思っていました。ただ実際に蓋を開けてみると「働き方の多様性」がテーマだと感じたんです。いまの時代、マネジメント側はこの事実を理解していないと本当に成り立たない。いろんな価値観の人が社内にはいる。我々はどれだけそれを理解して寄り添うことができるか。そういったことに気づくことができる素晴らしいドラマでした。

砥川:私も子どもの出産を機に大きく価値観が変化しました。前職の広告会社では死ぬほど考え抜いたやつが一番になれると思い、働きっぱなしで。1児目が生まれたときはまだ30代前半で、仕事をしたい思いと、育児をしなければという思いの葛藤がありました。けれども、2児目が生まれてさすがにまずいなと思って、育児休暇を1カ月取ったんです。そのときに仕事の価値観も変わりました。仕事一辺倒ではなく、仕事もできて家事育児もできるほうがカッコいいと思うようになった。仕事ができる人はこの業界にごまんといるけど、仕事をやりつつ家事育児もできるなら差別化できるなとポジティブに思い込むようにしました。

新井:1カ月も取れたんですね。いい旦那さんですね。

砥川:現代は男女ともに優秀な人物が活躍できる時代です。それなのに子育てが足かせになって、母親が時短勤務を強いられたり、バックオフィスに移動させられたりする理屈がなかった。だから夫婦でフェアにしようと思い、今は週の半分は定時で切り上げて子どもの保育園のお迎えを行っています。妻も同業のキャンペーンディレクターなのですが、彼女が子育てをしながら活躍することが後輩の女性たちに勇気を与えることだとも思っているので、そういう意味でも夫婦で必死に頑張っています(笑)。
沢木:それこそ『わた定』の2話にあったような、出産後のキャリアが見えない、ロールモデルが見えないからと、30代の女性が辞めてしまう問題ですよね。当社は人事総務向けサービスを提供しているので、多くのクライアントからその課題についてお聞きします。

──「わた定」は“多様な価値観を許容する”ことが一つのメッセージだったように思いますが、皆さんはどう思われますか?
沢木:当社のマネジメント層には女性も多いです。もっと言えば、副業をしながらで週3日をOKANで働いているマネージャーもいます。人によって大切にするものが違うことを理解し、尊重していくこと。それがいまの時代の経営には必須なのではないでしょうか。

砥川:当社には、プランナーでありながらラッパーをしている人や、バックオフィスでありながらモデルをしている人がいます。いろんな考えを持っているからこそ、いろんなアイデアが出てくる。それが強みの源泉になると思います。僕もある意味で、育児休暇を一つのインサイトが増えるきっかけと捉えています。

あと「価値観ってそんなに変わらない、でも習慣を変えることで価値観は変わっていく」とドラマを見ていて気づきました。例えば、激務だったシシド・カフカさん演じる三谷佳菜子も、主人公の東山結衣につられて定時帰社して、ビールを半額で飲むために上海飯店へダッシュすることで、価値観が徐々に変化しているように見えました。

新井:激務から開放されたいのなら、みんな就業時間の後に予定を入れ込めばいいんですよ。私だったら18時にヨガを予約してしまって、間に合わなかったらお金が無駄になる…みたいな。後ろがないとグダグダとオフィスにいてしまうので。
沢木:健康を第一とする価値観の人も増えてきましたよね。そういった流れをくんで当社では、ヒューマン・サクセスグループを立ち上げました。このチームでは、従業員が理想の働き方をそれぞれの価値観に合わせてつくっていくための数々の企画を実施しています。例えば、睡眠の質を高めるために、オーダーメイドまくらの購入補助をしたり、スマホで歩数を測って一定歩数を超えると特別休暇を付与したりしています。

──これまでの福利厚生とはどのように違うのでしょうか?
沢木:これまでの福利厚生は、リゾート地に保養所をつくるなど非日常を充実させることが目的でした。しかし、これからの福利厚生は、日常をサポートする必要があるように感じます。ただ日常といっても価値観や生活習慣の多様化によって、一人ひとり違うので、それを理解した上で福利厚生の施策を企画していくべきではないでしょうか。杓子定規な福利厚生ではなく、本質を追求していかないいけません。

砥川:「働き方改革」も同じですよね。“早く帰る”や“業務を効率化する”といった時間の面に目が向きがちですが、本質を捉えていくべきですよね。

沢木:言葉だけが独り歩きしてしまいましたよね。このドラマは働き方改革の本質に気づくよいきっかけとなりましたね。今まさに働き方改革の流れが変わって、「ワーク・ライフ・バランス」から「ワーク・ライフ・バリュー」に変化したように感じます。仕事と生活のバランスを取るのではなく、個々人がなにに価値を置くかを重要視する。そんな時代の変わり目なのではないでしょうか。

砥川:働き方を人それぞれにあった形に変えていくことが、働き方改革の本質ですよね。働き方をみな同じ方向に揃えようというのは本質的ではない。みんなそれに徐々に気づき始めて、本来あるべき姿に立ち戻ろうとしているタイミングかもしれないですね。ワーク・ライフ・バリュー、これから浸透していきそうですね。

──皆さんのおっしゃるとおり「働き方改革」も一通り周知され、次のフェーズに移行しているのかもしれませんね。またドラマ『わた定』はそれに気づかせる良い研修教材になりそうですね。本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございました。

わたし、定時で帰ります。
DVD&Blu-ray11月6日発売
DVD-BOX ¥20,900(税抜)
Blu-ray BOX ¥26,400(税抜)
発売元:TBS 発売協力:TBSグロウディア 販売元:アミューズソフト
ⓒ2018 朱野帰子/新潮社 ©TBS/TBSスパークル
WORK LIFE VALUE CONFERENCE
日程:2019年11月26日(火)11:30~17:30
場所:グランフロント大阪 ナレッジシアター
   大阪府大阪市北区大深町3−1 グランフロント大阪北館4階
規模:300名
主催:株式会社OKAN
共催:大阪府(Well-Being Osaka Lab)
後援:一般社団法人at will work
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