体調不調による経済的損出を試算。経営に資する健康施策を推進 DeNA CHO室 室長代理 健康経営アドバイザー 平井孝幸さん
3月18日は「睡眠の日」。advanced by massmedianは短期集中連載で、睡眠とハイパフォーマーの関係について掘り下げていきます。今回は、率先して「健康経営」に取り組んできたDeNAの「睡眠」に対する取り組みです。
DeNAの会長兼CHO(Chief Health Officer)である南場智子さんとともに、社員の健康を推進するCHO室 室長代理の平井孝幸(ひらいたかゆき)さんにインタビュー。平井さんは、CHO室を立ち上げる前に、運動・食事・睡眠・メンタルの4項目で社員の体調不良がもたらす経済的損失を各分野の専門家と試算しました。それによると、当時、年間で23.6億円もの金額に上ったそうです。この損失を改善すべくCHO室を立ち上げ邁進する平井さんに、社員に大好評だったという睡眠スキルアップセミナーの内容や、昼寝推奨が生んだ新たな社員間コミュニケーションなどのお話を伺いました。
DeNAの会長兼CHO(Chief Health Officer)である南場智子さんとともに、社員の健康を推進するCHO室 室長代理の平井孝幸(ひらいたかゆき)さんにインタビュー。平井さんは、CHO室を立ち上げる前に、運動・食事・睡眠・メンタルの4項目で社員の体調不良がもたらす経済的損失を各分野の専門家と試算しました。それによると、当時、年間で23.6億円もの金額に上ったそうです。この損失を改善すべくCHO室を立ち上げ邁進する平井さんに、社員に大好評だったという睡眠スキルアップセミナーの内容や、昼寝推奨が生んだ新たな社員間コミュニケーションなどのお話を伺いました。
健康経営を推進するCHO室
──社員の健康問題に本格的に取り組むことにした背景ついて教えてください。
DeNAの社員は、みな優秀で、ビジネスアスリートだと思っています。しかし、どれだけ優秀であったとしても健康状態がいまいちであれば、本来持っている能力をフルで発揮することはできません。
周囲の社員たちに健康面について尋ねてみたところ、腰・肩の痛みや睡眠の質などに悩みを持っていることがわかりました。なにかできないかと考えはじめたころ、ちょうど、2015年に『日経ビジネス』(日経BP)で「健康経営」の特集を読みました。自分の取り組みたいことは、まさにこれだと感じ、着手し始めました。
社員のパフォーマンスを健康面から支える必要があると確信したため、専門の部署を立ち上げるべく、企画書を作成。部署の立ち上げとなれば、会社に対しどんな価値をもたらすことができるのか、また、投資対効果がどのくらいなのかなど、具体的な数字を出さなくてはなりません。
そこで、2006年に出された『ハーバード・ビジネス・レビュー』(ダイヤモンド社)の「プレゼンティーイズムの罠」を参考にしました。ここには、出社しているものの、腰痛やメンタル、睡眠などの健康面に課題があることで、生産性が下がっている状態による経済損失は全米で年間1500億ドルだと算出されていました。それをDeNAの状況に置き換え、さまざまな分野の専門家に協力を仰ぎ、損失額を仮に試算してみたところ、運動・食事・睡眠・メンタルの4項目で社員の体調不良がもたらす損失は、年間で23.6億円と算出されました。
また、こうした数値の算出をする以前から、会長の南場と話していたのは、DeNAの社員に生き生きと働いてもらいたいということ。また、ヘルスケア事業にも取り組むなかで、社員の家族や社外へもそういった良い影響を広げていきたいということ。議論の末に、2015年11月には南場がCHOに就任し、2016年1月に「CHO室」として、社員の健康増進およびパフォーマンスをアップする部署が立ち上がりました。
運動・食事・睡眠・メンタルのなかで最も取り組みやすいのは…
──運動・食事・睡眠・メンタルの4つの分野で、社員の健康にアプローチしているとのことですが、睡眠に関してはどういった取り組みを行っていますか?2016年から、社員向けに健康研修セミナーを実施してきました。年に100回近く開催した年もあります。睡眠に関するセミナーでは、『あなたの人生を変える睡眠の法則』(自由国民社)の著者である作業療法士の菅原洋平さんのセミナーが大好評でした。参加した社員は、素直に取り組み、結果、「睡眠の質が変わった」という声をいくつも受けました。
メタボやダイエットに関する悩みであれば、体重が減り始めるまで時間がかかるなど、成果の見えにくいところがあります。腰痛やメンタルの悩みも同じです。結果をすぐに実感しにくいということは、アクションの継続を難しくします。しかし、睡眠はセミナーで聞いたことをその日の夜から試すことができ、しかも、取り組んだ翌日の朝の目覚めから変わることが多い。もちろん、睡眠の悩みの種類によって、取り組むべきアクションは異なりますが、PDCAが回しやすいという特徴がありました。
──具体的な睡眠の悩みに関する講義内容や課題解決方法を伺ってもよろしいですか?
そうですね。例えば、入眠の悩みであれば、人間は深部体温が下がると眠りやすくなるといわれています。入浴で上がった深部体温は1時間後に急激に下がるため、入浴と就寝を1時間あけるとよいそうです。また、電車のなかで、つい、してしまいがちな仮眠も、なかなか寝付けないタイプの人にはおすすめできません。帰宅時に仮眠してしまうと、連続覚醒することで溜まり続ける脳内の睡眠物質が使われてしまい、深い睡眠の妨げになってしまいます。
また、夜中にトイレのために目が覚めてしまう人は、就寝前にカフェインなど、利尿作用の多いもの控えるよう伝えています。あるいは、夜に眠れず朝の目覚めが悪いという人であれば、起床直後にカーテンを開けて太陽の光を浴びることをすすめています。これは、夜に眠くなるメラトニンというホルモンが朝日を浴びた約15時間後に分泌されるからです。朝日を浴びて体内時計をリセットさせて、生体リズムが整いやすくなります。
ほかにも、日中の眠気がつらい人は、目覚ましのスヌーズ機能を使わない。寝過ごしてしまう人は、就寝前に起きる時間を3回唱えて、脳にインプットさせる。そうするとその時間に合わせてコルチゾールというホルモンが分泌されて、時間通りに目覚めやすくなる。「自己覚醒法」の実践をすすめています。逆に早くに目が覚めてしまう人は、目覚めた際に時計などで時間を確認することを控える。というのも、言語に影響を受けるコルチゾールの特性から、確認した時間に目覚めるよう分泌されるプログラムを組んでしまうことがあるからです。こういった生理学に基づくテクニックを紹介していただいています。 ──確かにエンジニアの方などはエナジードリンクをよく飲んでいるイメージがあります。すこし気をつけるだけで快眠につながるのですね。
あと、これはIT企業の社員ならではかもしれませんが、ベッドの上でスマホだけでなく、パソコン作業もする社員がいました。これだと、ベッドが「寝る場所」ではなく「頭を使う場所」となってしまうため、ベッドに入っても脳がリラックスしづらくなるそうです。セミナーでは「どうしてもパソコン作業をしなくてはいけない場合、布団から一歩でもいいから出ること」と伝えました。ベッドにお菓子や簡易机まで持ち込んでいた社員が、すべてを取り除いてみたところ、睡眠の質が格段に向上したといいます。
このように、睡眠の課題解決行動というのは、アクションを起こしやすいものが多い。困っている人にテクニックさえ届けば、解決することができるものだと考えています。
──ベッドから手の届くところにすべてを置きたくなりますよね。わたしも気をつけます……。
なお、起床してから4時間以内に眠気を感じてしまう人は、寝不足なのだそうです。その人にとって、それまでの睡眠時間では短いということを示しています。ショートスリーパーの人も、ロングスリーパーの人もそれぞれいます。ベストな睡眠時間は人によって異なるので、これを指針に睡眠時間のコントロールをするとよいでしょう。
同様に、朝型人間もいれば、夜型人間もいます。しかし、日本では「早起きは三文の得」と言い、美徳とされている風潮があります。一部の企業では、朝ごはんの無料提供などによって、朝型勤務へのシフトを推奨しているところもありますよね。しかしDeNAでは、各社員が自分にとってベストな起床時間と睡眠時間を見つけられるようサポートしていきたいと思っています。
──睡眠に関するセミナーやテクニックに関して、社員からの反響はいかがでしたか?
セミナーに参加した多くの社員が、ポジティブにアクションに取り組むことができていると聞きます。また、「悩みを解決できた」という喜びの声も多いです。
しかし、睡眠にかぎった話ではありませんが、当初のセミナーには、まったく人が集まりませんでした。「健康セミナー」というと、健康志向の人しか集まらないわけです。セミナーを成功させるコツは、2パターンがあることがわかりました。
ひとつは、課題解決型の内容にすることです。腰痛や寝不足など、身近な悩みの解消をサポートするセミナーであれば、悩んでいる人や興味のある人が参加してくれます。もうひとつは、“スキルアップ”セミナーです。「睡眠」に関する内容でも、仕事のパフォーマンス向上・スキルアップにつながるという文脈のセミナーにしています。仕事に還元されるのであればと、足を運んでくれる人は増えました。
現在は、「悩みの解消」または「より質の高いスキルを得られる」という2つの切り口に絞り、セミナーを企画しています。これは、年に100回近くのセミナーを行い、たくさんの失敗を経て、得た結果です(笑)。そして、知識の押し付けをすることなく、社員の健康に関するリテラシーが自然と高まっていくことを目指しています。例えば、「睡眠」に対してであっても、課題解決をするための多くのアプローチを社員自身が取捨選択していくために、適切で適量な情報を伝えていきたいですね。
新入社員からボトムアップで昼寝文化ができあがる
──セミナー以外の「睡眠」に関する取り組みとしてはどのようなものがありますか?DeNAではリクライニングチェアを備えた多目的室を設置しています。仮眠は午後早めの時間帯にとるのがいいことや、仮眠時間は15分程度がいいこと、仮眠前にカフェインをとるといいことなど、利用者に仮眠に関する情報提供も行っています。
CHO室には、睡眠に関する資格を持っているメンバーがおり、社内セミナーだけでなく、新卒研修も担当しています。DeNAの新卒研修は2週間とコンパクトなのですが、その2週間のなかに数時間の健康研修の時間が設けられています。これは、新入社員のうちに良質なワークスタイルを覚えてほしいからです。
入社時に、睡眠・食事・運動習慣など、健康に関する質の良い情報提供をすることで、ビジネスパーソンとして理想の暮らし方を実践できるよう、健康研修を手厚くしています。もちろん、15分ほどの仮眠=昼寝の大切さに関する内容も含まれます。
──新入社員も積極的に仮眠をとっているのですね。
あるとき、研修の内容を受け、新卒社員が素直に昼寝を実践したんですね。しかし、所属部署の上長は「怠けている」と感じ、それをとがめたそうなんです。すると「CHO室の研修で仮眠が良いと教わったので実践した」と、新卒社員は答えました。その上長は「なるほど、そういう理由で寝ていたのか」と、午後のパフォーマンスのことを考えての昼寝を納得してくれたのですが、寝ている社員に直接のコミュニケーションを取らず、マイナス評価を抱く上長もいるかもしれませんよね。そういったことは、CHO室として本意ではないですから、仮眠の良さ伝えるのであれば、全社的に周知しなければならないと感じました。
そこで、「新卒研修では昼寝に関する研修も行っている」と、マネージャーに周知し、社内全体の昼寝に関するリテラシー向上に努めています。
経営に資する健康施策
──「睡眠」に関する取り組みによる、具体的な効果はあったと感じていらっしゃいますか?先ほど述べた、2015年から定期的に実施しているアンケートの結果に、ポジティブな効果が見受けられています。行動変異の起きている割合が着実に増え、健康意識の高まりや悩みの減少が数字にあらわれはじめました。毎回ちょっとずつの変化ではありますが、確実に変わってきています。
また、アンケート結果だけではなく、CHO室の立ち上げ時に算出した、健康の悩みによるパフォーマンス低下が招く損失額を0円にすることが目標です。前述の4項目だけでも相当な額ですが、花粉症や二日酔いなども加味すれば、さらに増えるでしょう。今後はこういった観点にもメスを入れていきたいです。
──最後に、今後の活動の展望をお聞きしたいと思います。
CHO室の施策の一つに、健康に関する訴求ポスターを作成しています。インハウスデザイナーと一緒に、ポジティブ訴求とネガティブ訴求の両面に立った内容で、さまざまな健康に関する情報を伝えています。これが好評で、DeNAの社内用ポスターでありながら、「健康経営」を推進している経済産業省の廊下にも掲示していただいているくらいです。
このポスターを、絵本などに展開することも考えています。自治体や子どもたちに対し、配布するなどしたいなと思っています。 ──1社だけでなく他社も巻き込んで、素晴らしいですね。
また、渋谷にある企業と連携し「健康経営を推進していく団体として「渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム」を創設しました。このように、他企業や自治体、官公庁などとの協働も進めていきます。
これまでは、産業医やストレスチェックなど、国が定めたものに対する受け身の、健康“施策”だったのではないでしょうか。企業にとって大事なことではありますが、従業員に喜ばれる、攻めの姿勢での「健康経営」を実践できれば、本当の意味での健康“経営”になると考えています。
自社の従業員が喜び、健康になり、仕事に対するパフォーマンスが上がっていけば、会社の価値向上へとつながっていきます。大企業にかぎらず、中小企業にだって、「健康経営」のためにやれることはたくさんあるでしょう。ぜひ、積極的に取り組んでほしいです。 ──単なる健康“施策”ではなく、経営に寄与する真の健康“経営”に取り組むべきということですね。パワーナップ(昼寝)などを推進し、出社しているもののパフォーマンスが低いプレゼンティーイズムを解消し、経済損失をケアして、生産性を高めていきたいですね。