いまクリエイティブが医療のためにできることはなにか? とある看護師×エンジニアの取り組み NODE MEDICAL 代表取締役/メディカルデザインエンジニア 吉岡純希さん
新型コロナウイルスの感染拡大により、マスクやフェイスシールドなど感染を予防するための自己防護具を求める人たちが急増しています。さまざまな企業が新たに自己防護具の生産を始めているにも関わらず、それを上回る圧倒的な需要。生活をしている誰もがその影響を受けるのはもちろん、医療の現場の最前線にいる医療従事者たちにも深刻な影響を与えています。
そのようななかで、NODE MEDICAL 代表取締役の吉岡純希(よしおかじゅんき)さんは、デジタルファブリケーション(※3Dプリンターなどのデジタル工作機械を用いて、素材を成形する技術)で、医療現場で用いられる自己防護具の作成と、つくったものを安全に届ける方法を発信する活動を始めています。以前は自身も看護師として医療機関に勤めていたという吉岡さん。なぜこのような活動を始めたのか、その真意に迫ります。
そのようななかで、NODE MEDICAL 代表取締役の吉岡純希(よしおかじゅんき)さんは、デジタルファブリケーション(※3Dプリンターなどのデジタル工作機械を用いて、素材を成形する技術)で、医療現場で用いられる自己防護具の作成と、つくったものを安全に届ける方法を発信する活動を始めています。以前は自身も看護師として医療機関に勤めていたという吉岡さん。なぜこのような活動を始めたのか、その真意に迫ります。
──現在吉岡さんが行っている活動について教えてください。
3Dプリンターを使っての医療現場での自己防護具の製作、および安全に届ける方法の検討と、それらの発信をしています。新型コロナウイルスの影響がさまざまな分野で表れていますが、そのなかでも医療現場の物資不足は特に大きな問題の一つです。
例えば、訪問看護のサービスを提供している訪問看護ステーションがあり、それらが1施設につき、1日あたり70人の患者を訪問しているとします。このとき、訪問看護ステーションが提供する安全なケアを実現するためには、患者の人数と同じ70個のフェイスシールドを使い捨てで用いることができること、これが理想的な状態になります。
しかし、現実では日本だけでなく世界的にみても、医療での自己防護具を始めとした感染予防の物資は不足しています。徐々に物資の改善は進んでいるものの、使い捨てであるはずのマスクやフェイスシールドなどを消毒して使い回している場所もまだあるのではないかと予測しています。
実際にどのくらいの数の自己防衛具が必要になるかというと、先ほど例に出した訪問看護ステーションは、現在日本には11,000ほど存在していると言われています。つまり、訪問看護ステーションだけでもかなりの数のフェイスシールドが1日でも必要とされている可能性があるのです。ほかにも病院や介護施設など、医療を提供する場は数多く存在し、それぞれで使い捨てできる数量のフェイスシールドが本来は必要なのです。
そのような状態を少しでも緩和できるようにと、個人で工作した自己防護具の提供と、デジタルファブリケーションでの製作方法を発信しています。現在当社のHPでは、3Dプリント製のフェイスシールドの販売を開始しました。
また、販売して実物を流通させること以上に大切なのが、「安全に提供する方法を発信する」ということです。というのも、「自分以外の誰かのためにものをつくること」は、自分のためだけの工作をする以上のリスクがあります。もし、個人が工作をしてつくった自己防護具で事故が起きたときには、その器具をつくった人物が責任を負わなければならない。現在の日本の法律ではそのように決められているのです。そのため、自己防護具を自作する人たちが認知すべき情報がありますし、自己防護具を利用する人たちにも正しい情報を伝える必要があります。ポイントになるのは、リスクがあるからつくらないというのではなく、「安全に続けられるようにする」ことが重要になります。
──それが吉岡さんの掲げる、「誰かのためのものづくりを安全に」という考え方なわけですね。具体的にはどのようなことが挙げられるのでしょうか?
例えば、つくり手側はつくり方だけではなく、医療現場で使う上で配慮すべきことや耐えうる素材がなにかを知る必要があります。医療現場ではよく消毒のために、次亜塩素酸ナトリウムが使われています。もしも、この次亜塩素酸ナトリウムに弱い素材を使ってフェイスシールドをつくってしまうと、消毒の際に劣化が通常より速く進み、破損してしまうリスクが生まれます。これを回避するためにも、医療現場の運用に耐えうる素材をつくり手には知ってもらう必要があります。ほかにも、洗浄機は高温なので一般的な3Dプリント品は洗浄の際に劣化してしまうということも考えなければいけません。
さらに、工作の過程でウイルスが付着し汚染するリスクを少しでも減らすため、工作をする場の環境を整える方法やつくったものを消毒する方法などにも、正しい知識が必要になります。実際に利用する人たちのリスクを下げるためにも、適当な方法ではなく、適切なフローで工作を行ってもらうことがとても重要なのです。
一方で、実際にその医療器具を利用する人たちにも、「工作された自己防護具である」ことをしっかりと伝えることも大切です。一口に3Dプリンターと言っても、機器の性能や環境により出力の性能に差があります。そのため、同じデータで自己防護具を工作しても、3Dプリンターが違えば幾分かの差が生まれるリスクがあるのです。その差が実際に利用する際に問題がないか、つくり手がそれを検証することはもちろん、実際にそれらを利用する人たちにも、その事実を伝えなければいけません。
これらのように、自己防護具をつくった人と自己防護具を実際に利用する人、この両方を守るためには正しい情報を公開すること、その方法をまとめたガイドラインが必要になります。そのための情報の整理を大学や有識者と進め、先日から「FabSafeHub」というWebサイトにて公開を始めています。
──自前の家庭用3Dプリンターで、医療現場でのデジタルファブリケーションに自分も参加したいと思ったときに、どのようなところから始めていくべきなのでしょうか?
先ほどお話したように、自己防護具を工作することには配慮すべき点が多くあります。正しい知識や工程を踏むのはもちろんですが、大切なのは、自分自身が感染源にならないようにすることです。モノが移動する・集まるということは、同時にウイルスに接する可能性も高まります。自己防護具と同時に、ウイルスも移動させないためにも自分の周りの衛生環境を整えて、自分自身の健康を保つ。それを配慮することが医療現場での自己防護具を工作することへの最初の一歩になると思います。
繰り返しになりますが、とにかく医療現場での自己防護具の数はまだ十分ではありません。この現状は、改善しつつあるかとは思いますが、もう少し続くのではないかと考えられます。そのための私の活動について、ここまでお話をさせていただきましたが、まだまだこちらも手が足りていません。私自身、看護師とデザインエンジニアの領域で活躍していて、得意にできる部分もあるのですが、そうでない部分も存在しています。特に、「継続的に安全について考えるコミュニティの持続」や「情報をわかりやすく伝えること」などは、クリエイティブの力を貸していただき、一緒に発信をしていけたらと考えています。
いま地球上にいる多くの人が新型コロナウイルスの影響を受けている状況下にいると思います。だからこそ、それぞれの得意な領域を活かし一致団結をすることで、この状況を乗り越えていくべきであると私は思っています。誰にでも必ずどこかでコラボレーションできるきっかけはあります。だからこそ、ぜひ皆さんの手や知恵を貸してほしいです。
──非常事態だからこそ、お互いの得意な領域で協力できる体制を整えていくことがとても重要ですね。後編では看護師×エンジニアを組み合わせる、吉岡さんのキャリアについてお話いただきます。
※2020年5月21日に記事のTOP画像を修正しました。
3Dプリンターを使っての医療現場での自己防護具の製作、および安全に届ける方法の検討と、それらの発信をしています。新型コロナウイルスの影響がさまざまな分野で表れていますが、そのなかでも医療現場の物資不足は特に大きな問題の一つです。
例えば、訪問看護のサービスを提供している訪問看護ステーションがあり、それらが1施設につき、1日あたり70人の患者を訪問しているとします。このとき、訪問看護ステーションが提供する安全なケアを実現するためには、患者の人数と同じ70個のフェイスシールドを使い捨てで用いることができること、これが理想的な状態になります。
しかし、現実では日本だけでなく世界的にみても、医療での自己防護具を始めとした感染予防の物資は不足しています。徐々に物資の改善は進んでいるものの、使い捨てであるはずのマスクやフェイスシールドなどを消毒して使い回している場所もまだあるのではないかと予測しています。
実際にどのくらいの数の自己防衛具が必要になるかというと、先ほど例に出した訪問看護ステーションは、現在日本には11,000ほど存在していると言われています。つまり、訪問看護ステーションだけでもかなりの数のフェイスシールドが1日でも必要とされている可能性があるのです。ほかにも病院や介護施設など、医療を提供する場は数多く存在し、それぞれで使い捨てできる数量のフェイスシールドが本来は必要なのです。
──医療現場の感染予防の防護具は不足している、という話はよく聞きますが、どのくらいの数が足りていないのか具体的にお話いただくと、その問題の深刻さがより鮮明になりますね…。
そのような状態を少しでも緩和できるようにと、個人で工作した自己防護具の提供と、デジタルファブリケーションでの製作方法を発信しています。現在当社のHPでは、3Dプリント製のフェイスシールドの販売を開始しました。
また、販売して実物を流通させること以上に大切なのが、「安全に提供する方法を発信する」ということです。というのも、「自分以外の誰かのためにものをつくること」は、自分のためだけの工作をする以上のリスクがあります。もし、個人が工作をしてつくった自己防護具で事故が起きたときには、その器具をつくった人物が責任を負わなければならない。現在の日本の法律ではそのように決められているのです。そのため、自己防護具を自作する人たちが認知すべき情報がありますし、自己防護具を利用する人たちにも正しい情報を伝える必要があります。ポイントになるのは、リスクがあるからつくらないというのではなく、「安全に続けられるようにする」ことが重要になります。
──それが吉岡さんの掲げる、「誰かのためのものづくりを安全に」という考え方なわけですね。具体的にはどのようなことが挙げられるのでしょうか?
例えば、つくり手側はつくり方だけではなく、医療現場で使う上で配慮すべきことや耐えうる素材がなにかを知る必要があります。医療現場ではよく消毒のために、次亜塩素酸ナトリウムが使われています。もしも、この次亜塩素酸ナトリウムに弱い素材を使ってフェイスシールドをつくってしまうと、消毒の際に劣化が通常より速く進み、破損してしまうリスクが生まれます。これを回避するためにも、医療現場の運用に耐えうる素材をつくり手には知ってもらう必要があります。ほかにも、洗浄機は高温なので一般的な3Dプリント品は洗浄の際に劣化してしまうということも考えなければいけません。
さらに、工作の過程でウイルスが付着し汚染するリスクを少しでも減らすため、工作をする場の環境を整える方法やつくったものを消毒する方法などにも、正しい知識が必要になります。実際に利用する人たちのリスクを下げるためにも、適当な方法ではなく、適切なフローで工作を行ってもらうことがとても重要なのです。
一方で、実際にその医療器具を利用する人たちにも、「工作された自己防護具である」ことをしっかりと伝えることも大切です。一口に3Dプリンターと言っても、機器の性能や環境により出力の性能に差があります。そのため、同じデータで自己防護具を工作しても、3Dプリンターが違えば幾分かの差が生まれるリスクがあるのです。その差が実際に利用する際に問題がないか、つくり手がそれを検証することはもちろん、実際にそれらを利用する人たちにも、その事実を伝えなければいけません。
これらのように、自己防護具をつくった人と自己防護具を実際に利用する人、この両方を守るためには正しい情報を公開すること、その方法をまとめたガイドラインが必要になります。そのための情報の整理を大学や有識者と進め、先日から「FabSafeHub」というWebサイトにて公開を始めています。
──自前の家庭用3Dプリンターで、医療現場でのデジタルファブリケーションに自分も参加したいと思ったときに、どのようなところから始めていくべきなのでしょうか?
先ほどお話したように、自己防護具を工作することには配慮すべき点が多くあります。正しい知識や工程を踏むのはもちろんですが、大切なのは、自分自身が感染源にならないようにすることです。モノが移動する・集まるということは、同時にウイルスに接する可能性も高まります。自己防護具と同時に、ウイルスも移動させないためにも自分の周りの衛生環境を整えて、自分自身の健康を保つ。それを配慮することが医療現場での自己防護具を工作することへの最初の一歩になると思います。
繰り返しになりますが、とにかく医療現場での自己防護具の数はまだ十分ではありません。この現状は、改善しつつあるかとは思いますが、もう少し続くのではないかと考えられます。そのための私の活動について、ここまでお話をさせていただきましたが、まだまだこちらも手が足りていません。私自身、看護師とデザインエンジニアの領域で活躍していて、得意にできる部分もあるのですが、そうでない部分も存在しています。特に、「継続的に安全について考えるコミュニティの持続」や「情報をわかりやすく伝えること」などは、クリエイティブの力を貸していただき、一緒に発信をしていけたらと考えています。
いま地球上にいる多くの人が新型コロナウイルスの影響を受けている状況下にいると思います。だからこそ、それぞれの得意な領域を活かし一致団結をすることで、この状況を乗り越えていくべきであると私は思っています。誰にでも必ずどこかでコラボレーションできるきっかけはあります。だからこそ、ぜひ皆さんの手や知恵を貸してほしいです。
──非常事態だからこそ、お互いの得意な領域で協力できる体制を整えていくことがとても重要ですね。後編では看護師×エンジニアを組み合わせる、吉岡さんのキャリアについてお話いただきます。
※2020年5月21日に記事のTOP画像を修正しました。