大企業の現場の悲壮感をどうにかしたかった

──まずはBIOTOPE設立までの経緯を教えてください。
キャリアのスタートは、新卒で入社したP&Gです。ファブリーズやレノアなどのマーケティングを行っていたのですが、ある程度認知された商品をさらに広めていくというアプローチなので、どうしても時代の波を捉えるタイミングが遅くなってしまうんです。もっと時代の流れを先読みしながら、新しいことを考えてみたいと思うようになり、ソニーに転職しました。社長直下でオープンイノベーションプロジェクトの立ち上げに携わり、デザインの力を使った新規事業の創出を進めていました。そのなかで感じたことですが、大企業で新しいものを生み出そうとするとき、どうやって発想するのか以上に、それを形にしていく環境や仕組みが会社のなかできちんと確立されているが重要です。

──そのように感じたきっかけがあったのですか?
ソニーはあくまでメーカーなので、年間を通して決まったサイクルで商品開発をしています。そういう歯車のなかにいる限り、既存のシステムやビジネスモデルを超えたモノづくりを社内だけで行うことは不可能だと感じました。僕は30歳手前で入社しましたが、実際に同世代のエンジニアも、社外のデザインコンペティションに参加している人が多かったですね。社外の方が自由にコラボレーションできるし、商品を世に出すこともできる。国内トップクラスのエンジニアが、「自分の商品はどうせ世に出ない」と思いながらも真面目に働いている悲壮感を目の当たりにして、悔しさというか、怒りにも似た感情を持ちました。これをなんとかしたいという思いが発端ですね。

当時、メイカームーブメントが巻き起こっていた時期でもあったので、エンジニアの意識も外に向き始めていたように思います。そのころ、社外のプロジェクトで、エンジニアとユーザーが直接顔を合わせるワークショップを企画しました。そこでは、普段は淡々と仕事をこなしているエンジニアが、会社では見たことのない生き生きとした笑顔をしていたんです。その姿を見て、彼らのエネルギーを社外とうまく結びつけながら、事業のスキームをつくっていけば、エネルギーがもっと広がっていくと確信しました。そこで、時代に沿ったものづくりを実現できる環境を整備しようと、モノづくり文化運動のような形でオープンイノベーションプロジェクトがスタートしました。

──現場の熱量をプラスのエネルギーに変えていかれたのですね。
あくまで現場としてはそうです。当時はオープンイノベーション的な企業の枠を超えた動きが起こるタイミングだったこともあり、組織を越えた動きをしていくことに可能性を感じました。企業を越えて、日本のイノベーション現場に個人の妄想に重きを置き、それを形にしていく文化をつくりたいと思い、BIOTOPEを立ち上げました。企業や組織の総合的な文化づくりのような形で、ビジョンやミッションを一緒につくっています。

妄想をビジネスにするには

──個人の妄想が形になっていくまでの流れを詳しく教えてください。
大前提として、「(1)妄想」からスタートして、「(2)構想」「(3)企画」の3段階があります。まず、「妄想」の起点になるのは、「身体感覚(kinetics)」、つまり原体験です。例えば僕の場合、ソニーでオープンイノベーションプログラムを行う原動力になったのは、同年代のエンジニアにもっと輝いてほしいという思いです。やりきれなさや憤りの感情が妄想のエネルギーになった。
出所:佐宗邦威『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)
出所:佐宗邦威『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)
この時期は、本当にやりたいことはなにかを自分自身に落とし込むプロセスが重要です。インディーズのバンドが、楽屋でタバコを吸いながら「ああでもないこうでもない」と話し合うような感覚ですね。まずは話せる環境をつくること。そして、はじめは愚痴みたいにマイナスなことでもいいので、徐々に「5年後、10年後にはなにをしたいか」という質問で自分自身の意識をプラスに向けていきます。誰しも、「自分が考えていることなんてたいしたことはない」と思いがちなので、まずは話して、周囲に肯定してもらえる環境が必要です。

そうして自分のやりたいことが見えてきたら、次の「構想」に進みます。「構想」とは「ビジュアル(visual)」、目に見えるものです。BIOTOPEでは、妄想を可視化するために「ビジョンマップ」を描いています。やりたいことを整理して、「10年かけてこれとこれをやっていこう」というように「自分のやりたいこと曼荼羅図」=「絵」を完成させていきます。
出所:佐宗邦威『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)
出所:佐宗邦威『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)
──実際にBIOTOPEで手掛けた具体事例を教えていただけますか?
宇宙を文化圏にするというミッションを掲げた人工流れ星事業を手がけるALEの社長・岡島礼奈さんらとビジョンづくりのお手伝いをしました。人工流れ星事業を主軸にしていましたが、資金調達のタイミングでもあり、岡島さん自身が人工流れ星という目の前の事業が本当にやりたいことなのか?という疑問も出ていていたタイミングでした。後ほど本人に聞くと会社もチームもバラバラの状態だったそうです。

いろいろと話をしていくと、人工流れ星はあくまで手段であって、彼女が本当に実現したいのは、宇宙というビジネスを通して基礎科学のスピードを上げたいという思いだったんです。人工流れ星はその思いを実現するためのひとつの手段だったのに、それ自体が目的みたいになっていたんですよね。岡島さんご自身もなんとなく違和感を持たれていたようですが、一人で気づいて整理していくのはなかなか難しいです。

──確かに経営者としては、資金繰りなど目の前の向き合うべき現実が山積みですよね。
そうなんです。活動すればするほど現実が見えてしまうので、現実の先に思考を飛ばすことがなかなかできない。そこで私が大事にしているのが「ビジョンのアトリエ」と呼んでいる場です。現実から一度離れて将来のことだけを考える、アトリエのようにワクワクする余白の環境が必要だと考えました。自分の妄想を話したり、お互いに刺激し合ったりしながら、本当にやりたかったことの原点に帰る。

そして、時代性を大きなスパンで捉えながら絵を描き、最後はそれを言葉や物語にします。この物語の段階が「構想」の次にある「企画」です。企画とは「聴覚(audible)」、つまり言語化されたものを指しています。

──ここでようやく言葉になるわけですね。
言葉というものは、常に他人が言語化したものなので、言ってしまえば他人が考えた概念なのです。だから、いきなり言葉にすると、新規性が削ぎ落とされてしまう。身体感覚から始まって、それを絵で考えてから言葉に落とすと、ユニークなポイントが見えてきやすいと思います。身体感覚(kinetics)、ビジュアル(visual)、聴覚(audible)、それぞれの頭文字をとって、K→V→Aという順番が非常に大事です。
出所:佐宗邦威『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)
出所:佐宗邦威『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)
よく、やりたいことをいきなり企画書にしようとしてうまくいかない人がいますが、それはこのフローをすっ飛ばしているからです。妄想をいきなり言語化しても、うまく伝わらないから、「実現の可能性が難しい」などと言われてしまうのです。

妄想とは目に見えない虚構のようなもので、それを伝えるためには、絵とストーリーが必要です。そうして人間が想像力を掻き立てられて、はじめてコミュニケーションが成立するのだと思います。ビジョンは目に見えないけど、企画は目に見えますよね。見えないものを見えるようにする過程が、構想段階で絵を描くことです。そこで現実の世界に落とし込むと、ギャップも見えてくるので、それを埋めるためにどのような企画が必要なのかを逆算して考えることもできます。

妄想起点がなぜ求められるのか

──佐宗さんがBIOTOPEで妄想を大事にしている理由がよくわかりました。世の中的にも、妄想起点のビジネスは浸透してきているのでしょうか?
マーケットの細分化が進み、またデジタル化によって需要と供給のマッチも容易になりました。これによって、グローバルにニッチの経済圏が多数成立するような状況になっています。YouTuberは典型ですが、デジタル世界では個人の偏愛が広く世界に受けれられる市場環境が生まれています。個人の小さな妄想が起点のビジネスが受け入れられる土壌が整いました。

──外発的な動機ではなく内発的な動機が重要視される機運も高まっていますよね。
そうですね。単純に流れに乗るだけならば、自分がエンジンになる必要はありません。ゼロからイチをつくるには、内面から出てくる強烈なエネルギーがなければ実現できないと思います。古くから、「内発的な動機がない想像は創造ではない」と言われてきましたが、ビジネスの世界にもそれが当てはまるようになったのではないでしょうか。内発的な動機のある創造にこそ価値を見出す世の中になってきたし、今後も浸透していくと思います。

──個人の妄想がイノベーションを生む。妄想の持つエネルギーの大きさを改めて感じることができました。ありがとうございました!
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妄想力は、構想力だ!
人工知能、ゲノム編集、ブロックチェーン、量子コンピューター、全個体電池、3Dプリント、AR・VRなど、テクノロジーの進化により、私たちの生活は大きく変わろうとしています。そんな未来を最先端のサービスや技術を生み出している起業家たちがどのような未来を描いているのか。起業家たちの構想の種をイラスト化してみました。
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