伝統を未来へつなぐAIと、人が向き合うべき責任 ima 代表取締役CEO 三浦亜美さん
2013年に設立し、日本酒をはじめとする伝統産業や昭和のものづくり技術の海外展開支援、事業承継の仕組みづくりなどを行っている株式会社ima(あいま)。これまでにAIを活用して日本酒の技術継承を支援する「AI酒」や、AIが自らアート作品を描く「AI Mural」、優生学に対して疑問を投げかける生殖をリアルタイムでシミュレーションするアート「組換えでない/組換えである」など、さまざまな領域とテクノロジーを掛け合わせるプロジェクトを“起藝家”として仕掛け、話題を集めています。
今回は、同社代表取締役である三浦亜美(みうらあみ)さんへインタビュー。AIの活用による伝統産業の課題解決や、テクノロジーの進歩によって、私たち人間に求められる変化についてお話を伺いました。
今回は、同社代表取締役である三浦亜美(みうらあみ)さんへインタビュー。AIの活用による伝統産業の課題解決や、テクノロジーの進歩によって、私たち人間に求められる変化についてお話を伺いました。
日本の伝統を未来へ
──imaとは、どのような組織なのでしょうか?社名の通り、私たちはあらゆる領域の「合間」を取り持つことに力を注いでいます。活動におけるキーワードは「今という瞬間を感じ“意思決定”している匠とユーザーのあいまを埋め、現代に実装させる」です。
日本は、世界のなかでも特にユニークな成長を遂げてきた国です。江戸時代には鎖国が行われ、他国と交わることなく、独自に文化を発展させてきました。反対に、戦後にはものづくりの技術を活かした高品質な製品を海外へ輸出し、高度経済成長へとつながっていきました。これらの歴史のなかで欠かせない存在となっていたのが、こだわりを追求する日本人の気質と、ものづくりを担う匠の技術です。
日本の経済を支えてきた匠の手によって、脈々と受け継がれてきた伝統産業に、現代ならではの最新テクノロジーを掛け合わせることで、未来へとバトンをつなぐ事業継承のエコシステムを構築する。私たちはこれを「文化工学」と呼び、アート、工学、科学、地政学、金融などの概念を掛け合わせた、さまざまな事業を展開しています。 ──三浦さんが伝統産業に注目したきっかけを教えてください。
私は幼少期から高校卒業までクラシック音楽や日本の伝統に関する習い事に数多く挑戦させてもらっていました。また、同時期から “意思決定”という行為に興味を持ち、さまざまな方と出会い経験を重ねていくなかで、和洋折衷、日本の伝統文化を未来につないでいきたいと考えるようになりました。
そんなときにヒントを与えてくれたのが、家族の存在でした。我が家は江戸時代に材木屋、料亭などを名古屋の城下町で営んでいたのですが、曽祖父の代からは数多くのアスリートを排出しており、父は体操選手、弟は水泳選手、従姉妹は五輪選手というストイックな環境でした。なかでも曽祖父の影響は大きく、自らも柔道9段の腕前で活躍しながら、愛知県の柔道連盟を運営していたほどです。
柔道は、日本に古くから伝わる格闘技の「柔術」を基に誕生し、1964年の東京オリンピックで正式種目となって以来、スポーツとして世界中に知れ渡りました。柔道が世界で認知された一番の要因は、その土地ごとにローカライズされた、新たな柔道が生まれていったことにあります。例えば、日本の柔術家からブラジルのグレイシー一族に伝承されたことで誕生した「グレイシー柔術」は、その後「ブラジリアン柔術」として広まり、今では世界中の道場で学ぶことができるようになっています。国ごとに独自の発展を遂げた結果、柔道全体の競技人口を増やし、世界規模のスポーツへ発展していくことにつながったのです。
「ただ選手として強くあるのではなく、仕組みまでつくれると、さらに面白くなる」。こうした背景の家に生まれたからこそ、発展のプラットフォームとなる場所をつくることが、日本のあらゆる伝統を未来に継承していくために必要だと気付かされました。日本と世界の“あいま”をとりもち、“文化工学”によって伝統を未来へとつなぐ。この役割を担える組織をつくりたいと考え、imaを創業することを決めたのです。
AIによる事業継承
──imaでは、AIを活用した伝統産業の支援を行っていますが、その第一歩が「AI酒」プロジェクトでしたよね。なぜ日本酒に注目したのですか?日本の匠のなかでも、日本酒をつくる蔵元が、地方の中心的な存在となっていたからです。
かつての日本では、お米が通貨としても使われていました。そのお米を大量に保有していた酒蔵というのは、金融事業者のような役割を担っていました。お米という資産から日本酒という新たな商品をつくって、冠婚葬祭のあらゆるシーンで運用していたり、秋には収穫作業を終えて時間にゆとりができたお米農家さんたちが、冬になると酒造りを手伝っていたりと、現代でいうクラウドソーシングのような取り組みが行われていたんです。
また、日本酒は食中酒でもあるため、美味しい食べ物や美しい酒器などの焼物も必要です。そうなると、酒蔵の近くには自ずとさまざまなものをつくる職人や、人をもてなす文化人が住むようになり、伝統産業も栄えていくことになります。こうした「街づくりのエコシステム」を構築していた蔵元を支えることが、日本の伝統に向き合うために重要だと考えました。
──伝統ある酒造りに最新のテクノロジーを導入するには、否定的な意見もありませんでしたか?
職人さんたちにとっては馴染みのないものなので、いきなりテクノロジーの話をしても敬遠されてしまいます。そもそも、私たちが業界の実態を理解していなくては、いくらテクノロジーやビジネスの話をしても、蔵元さんにとっては不信感しかありませんよね。
まずは私自身が酒蔵でお手伝いさせていただき、酒造りや蔵の思いを学ばせてほしいとお願いしました。その代わりに、私たちからはマーケティングやブランディングのノウハウを提供し、日本酒の魅力を発信する方法を提案する。共に手を動かしながら時間を過ごすことで、徐々に信頼していただけるようになっていきました。
そのなかで考案されたのが、スパークリング日本酒「awa酒」です。外国の方々にも日本酒を飲んでもらうためには、シャンパンやワインと同様に飲めるものをつくることが第一だと考えました。2016年には、一般社団法人「awa酒協会」を立ち上げ、日本酒業界が課題としていたブランディング、マーケティングを強化していきながら、スパークリング日本酒市場の拡大を推進してきました。ありがたいことに、awa酒は数々のイベントへ出展させていただき、大使館でのレセプションでも乾杯酒に採用いただくことができました。こうした結果を示せたからこそ、酒蔵からの信頼がさらに高まり、「AI酒」プロジェクトにも賛同いただけるようになりました。
──なぜ「AI酒」プロジェクトが必要だったのですか?
酒蔵が廃業に追い込まれる最大の要因となっているのが、後継者不足です。従来の酒造りは、その工程のほとんどが人の手によって行われていました。そのため、職人の熟練された味覚や嗅覚を引き継ぐことが難しく、事業継承ができない状況だったのです。東京23区内最古の酒蔵も「自分たちの味が再現できなくなった」という理由で、清酒事業を辞めてしまったと聞きます。
そこで私たちは、匠にしかできない意思決定や味覚などの感覚的な情報を、AIを用いることで見える化することを考えました。お米の発酵具合や給水のタイミングなど、あらゆるデータを専用のデバイスによって解析することで、後継者が先代の技を受け継ぐサポートを行い、変わらない味を残すことができるようになるのです。 現在「AI酒」プロジェクトは、全国数カ所の酒蔵さんにご協力いただき、拡大を続けています。しかし、今後はプロジェクトという形を超えていく必要があると考えています。日本にはまだたくさんの酒蔵があり、廃業の危機に直面しているところも多い。また日本酒業界以外にも、同様の課題を抱える伝統産業も数多く存在している。「AI酒」を起点として、日本のあらゆる事業継承におけるプラットフォームを構築することが、私たちの真の役割だと考えています。
テクノロジーに対する責任
──AIを活用した事例でいうと、2019年にはAIが壁画を描いた「AI Mural」も話題となりましたよね。これはどのような経緯で製作されたのでしょうか?これは芸術を学習したAIが、現代を象徴するような「価値あるもの」を壁画として描き、新しい形のアート作品を創出するというプロジェクトです。
今回導入したAIには、2万年前のクロマニヨン人によって描かれた人類最古の絵画『ラスコーの壁画』がどのような表現で描かれているのかを教え、人類がどのようなものに価値を感じているかを学ばせました。そうして学習した内容を踏まえて、AIが自らインターネット上にある画像のなかから「価値あるもの」と判断したモチーフを抽出し、ロボットアームによって絵画が描かれていきました。
「AI Mural」の特徴の一つが、「価値あるもの」が人間とは異なる理論で抽出されていたということ。AIが描いた作品のなかには、著名人や有名キャラクターと思われるものも数多く含まれていました。しかし、AIが著作権を侵害してしまったとしても、その責任をAIに対して追求することはできないし、誰が責任を取ることになるのかも定義されていないのが現状です。
新たなテクノロジーは日々生まれ続けているにも関わらず、そこに潜む問題点については放置されてしまっている。人間が自ら生み出すテクノロジーに対して、あらゆる面で責任を持たなくてはならないということを、この作品を通じて問いかけているのです。
──人間ではなくAIによって問うことで、より大きなメッセージとして届けられたのですね。こうした技術が発展していくなかで、人間が担う役割はどう変化していくのでしょうか?
AI技術の進歩が注目されがちですが、このプロジェクトで伝えたいことのひとつは「人間の価値」でもあります。ロボットアームで描かれた壁画は、最終的には人間の手によって壁に取り付けています。一見すると人間がAIに使われているように見えるかも知れませんが、実際には人間がルールを決めたなかで、役割を果たしているだけなのです。
例えば、ロボットアームが描画に使用しているペンをAIが交換しようとすると、筆圧や温度、湿度を観測し、あらゆる角度からカメラで撮影し続けていくなかで、適切な交換のタイミングを導きだすことになります。これだと、ペンを交換するためだけに、かなりのコストがかかってしまいますよね。対して、人間の場合は直感的にペンの状態を判断できるし、ロボットアームでは再現できない繊細な動きを、低コストで瞬時に行うことが可能です。どのような作業が適しているのかということは、今のAIが自ら判断することはできず、人間の意志が前提になります。
描き出されている壁画についても同様で、そもそも「価値がある部分を切り取りなさい」という指示を出しているのは人間です。さらに、AIが抽出した画像のなかで不適切と思われるものは、人間が削除することでチューニングされている。AIがなにかを実行するためには、「なにを実現させたいか」という人間の意志が必ず前提となっているのです。
──人間の思いがあってこそのテクノロジー、ということですね。
ただし、これは現時点での話です。「価値あるもの」の定義が今後より細かくチューニングされていくことで、近い将来、AIが1から絵を描くことも可能になるのではと思います。そうなると、クリエイティブ領域をAIが一手に担うようになる。意思決定をせず受動的に働いてきた人にとっては仕事を奪われることになるし、AIに使役される未来がきてもおかしくありません。人間だからこそできること、実現したいことを能動的に考えられるかどうかが、これからの時代を生き抜く上で求められていると思います。
──AIは伝統産業を救う救世主となる一方で、人間としての価値を見直すメッセージを届けていることがわかりました。大切な伝統を残し続けるためにも、日本の魅力に目を向け、自分たちにできることを考えていきたいと思います。本日はありがとうございました!