パン市場を救う、美味しいパンに魅せられたローカルベンチャーの展望 パンフォーユー 代表取締役 矢野健太さん
「魅力ある仕事を地方に」をビジョンに、企業・個人向けのパンのサブスクリプションサービスなどを展開しているパンフォーユー。2017年1月に群馬県発のスタートアップとして設立以降、独自のパン冷凍技術と物流網を強みに、現在では全国100以上のパン屋と連携し、美味しいパンを提供し続けています。 代表を務める矢野健太(やのけんた)さんは電通へ新卒入社したのち、3年後に退職。教育系ベンチャーやNPO法人を経て、パンフォーユーを立ち上げました。今回は矢野さんが電通から新天地を目指した理由と同社設立の経緯、現在の活動に込められた思いについてお話を伺いました。
美味しいパンとの出会い
──はじめに、矢野さんがパン事業をスタートさせた経緯を教えてください。電通を退職後、教育系ベンチャーを経て群馬県のNPO法人に勤めていました。そこであるパンメーカーと出会ったことが、事業を立ち上げたきっかけです。
当時の私は寄付の窓口担当をしていて、以前から寄付をしてくれていたパンメーカーへお礼に伺うことになりました。そこでメーカーの社長と話しているなかで「事業を手伝ってみないか」と誘っていただいたんです。コンサルティング業務のサポートからスタートし、新規事業として提案した「パンのオーダーメイドサービス」のアイデアが、起業するときの土台になりました。
──ご自身も、以前からパンがお好きだったのですか?
それまでの私は本当に美味しいパンというものを知らず、食べていたパンといえば、仕事に合間に購入していたコンビニのパンくらいでした。しかし、メーカーさんがつくっていたパンを食べたとき「パンってこんなに美味しいものなのか」と感動して、一気にパンの世界に興味を持ち始めたんです。
詳しく調べてみると、日本のパン市場は人口が減少傾向にあるにも関わらず、消費量は年々増加しており、新たなパンも次々に生みだされています。一方で、スーパーやコンビニといった身近な場所で買えるパンの種類は、この数十年間ほとんど変わっていないことを知りました。こうした状況に変化をもたらし、たくさんの人に美味しいパンを届けたいと考え、パンフォーユーを設立することになりました。 ──矢野さんは電通で3年間勤めたあと、教育系ベンチャーへ転職されていますよね。どのような思いがあったのですか?
私は中部支社に初期配属され、メディア担当として3年間、交通広告をメインとしたOOHメディアやPOP、チラシ、折込広告など、さまざまな媒体を担当していました。特に交通広告の場合は出稿時の制約が厳しく、媒体元への交渉力などはかなり鍛えられました。しかし、携われる仕事のほとんどは、社内のプランナーやクリエイターが生み出したアイデアを形にするものばかりで、どこか納得できていない部分がありました。
そんなときに、ある教育系ベンチャーが新規事業を立ち上げようとしていることを知りました。当時の私にとって、自分のアイデアを交えつつ0から事業を立ち上げられることはとても魅力的でした。考えた末に、目の前のチャンスを逃したくないという思いが勝り、新天地へ移ることを決めたのです。この決断をしたことで、後のNPO法人での仕事や、パンメーカーさんとの出会いにつながりました。
「冷凍パン」による課題解決
──続いて、パンフォーユーの事業内容について教えて下さい。全国の職人さんがつくった美味しいパンを届けるサービスとして、個人向けのサブスクリプションサービス「パンスク」、オフィスワーカー向けの福利厚生サービス「オフィス・パンスク」などを展開しています。
最大の特徴は、パン屋さんがつくった焼きたてのパンを、冷凍してお届けしているということ。従来のパン屋さんの場合、常温保存のパンでは賞味期限が短く、販売ルートも実店舗などに限られていました。しかし当社独自の冷凍技術を用いれば、焼きたての美味しさを長時間保つことができ、遠く離れたお店のパンを、本来の美味しさを保ったまま消費者の自宅へ届けることができるようになります。 最近では新型コロナウイルスによって、店舗での売上を確保できないパン屋さんも増えてきています。そうしたなかで、冷凍パンによる自宅への販路を提供できることは、パンフォーユーの大きな存在意義になっているように思います。
また、多くのパン屋さんでは朝や昼の時間帯が最大の売りどきになるため、早朝から生地を仕込むなど、ピークにあわせてスケジュールを組む必要がありました。冷凍パンとして提供する選択肢が増えることで、販売する時間帯を調整しやすくなり、仕込み時間の柔軟化・効率化につなげることもできるのです。
──冷凍パンによって、メーカー・消費者の両方に大きなメリットがあるのですね。
企業さまからも、「オフィス・パンスク」を自社の福利厚生サービスとして利用したいと多くのお問い合わせがあり、現在およそ150社もの企業に導入いただいています。この背景には、日本企業の人材の流動化があると考えています。
今の時代は転職がキャリアアップの選択肢として一般的になっており、優秀な人材を長期間確保できないことが企業の大きな課題となっています。その対策の一環として注目されているのが、離職防止を目的とした福利厚生の充実です。「オフィス・パンスク」の導入によって社食やカフェテリア機能を拡張することで、美味しいパンを楽しめるだけでなく、社内コミュニケーションの活性化など、さまざまなシーンで社員の満足度向上につながる。こうしたマーケットが今後も拡大していくなかで、パンフォーユーが企業へ貢献できる可能性も、まだまだあると考えています。
── 7月には、新たに「パンフォーユーBiz」もスタートしましたよね。これはどのようなサービスなのでしょうか?
美味しいパンを売りたい企業や個人と、製造技術を持つパン屋さんをつなぎ、飲食店やECサイトなど、さまざまなニーズに合わせて冷凍パンを提供するOEMプラットフォームです。
これまでにも飲食店を営む法人を中心に、OEMに関するお問い合わせを数多くいただいていました。サービスとしての体制を構築することで、ご要望に応えるだけでなく、パン屋さんの販路をさらに広げることもできると考えたのです。「パンフォーユーBiz」では、業務用パンの企画・製造を受け付けるだけでなく、オリジナルのパンを販売したいという方に対して、仕入れからパターン設計までを一貫してサポートしています。さらに、全国100以上のパン屋さんネットワークのなかから、製造を担ってくれる最適なパン屋さんをマッチングすることが可能となっています。
最近ではパン屋さんや企業だけでなく、これからパン屋さんを開業したいという方からのご相談も増えてきています。しかし、一般的にパン屋さんを開業しようとすると、店舗を構える場所や機材、販売ルートの確保といった課題が発生します。これらの開業におけるハードルを下げることが、私たちの次なるミッションではないかと考えているんです。 現在展開している「パンスク」「オフィス・パンスク」「パンフォーユーBiz」は、パン屋さんにとって新たな販路を提供するサービスとなっています。近い将来には、当社が店舗スペースや機材も提供することで、パン屋さんをより多面的にサポートしていきたいと考えています。開業希望者のなかには「週3でパンを提供したい」「特定の時間帯だけ店舗を使いたい」という方もいらっしゃいます。従来の形にとらわれず、それぞれのニーズに柔軟に応えていくことで、パン屋さんの新たなあり方を提供していきたいですね。
──パン屋さんの働き方改革を実現していくということですね。
さらに、中長期的な目標としているのが、「食事制限者のためのプラットフォーム」となることです。
病気を患っている方や高齢者のなかには、栄養面などの制限によって美味しいパンが食べられないという方が大勢いらっしゃいます。でも、こうした方々も食べられるような特注のパンって、大量生産することが難しいんです。そこで当社の「パンフォーユーBiz」などを活用すれば、つながりのあるパン屋さんにお願いして、食事制限者向けのパンをつくることも可能です。この体制をさらに拡充し、食事制限者が美味しいパンを食べられる未来をつくっていきたいです。
──美味しいパンは人や企業を元気にするだけでなく、誰もが食を楽しむためのきっかけになり得るのですね。パンフォーユーが社会のプラットフォームとして、どのように貢献していくのか、今後の活動にも注目したいと思います。本日はありがとうございました!