大企業の“攻めの部隊”へ

──はじめに、岩佐さんのこれまでのキャリアについて教えてください。
私は大学院を卒業後、新卒でパナソニックへ入社しました。それから5年ほど勤めた後、2007年に独立し、ハードウエアベンチャーのCerevoを設立しました。

当時の家電業界はとても好調で、パナソニックに限らず、国内の電機メーカーの業績は伸び続けていました。製品をつくればつくるほど売れる。そんな時代だったのです。そのような市場のなかでは、新規事業を立ち上げて革新的なプロダクトを生み出す「攻めの姿勢」よりも、既存事業をミスなく継続し、堅実に売上を積み上げる「守りの姿勢」が重視されていました。私は日々新たな事業にチャレンジすることにやりがいを感じるタイプだったので、徐々に会社の方針とズレを感じるようになり、独立する道を選ぶことになったのです。

──Cerevoは国内屈指のハードウエアベンチャーとして、順調に事業を拡大していましたよね。そこからなぜ、一度は離れたパナソニックへの「出戻り」を決めたのでしょうか?
独立してからの10年間で家電業界にさまざまな変化が起こり、国内メーカーが危機に直面していたからです。パナソニックも例に漏れず苦戦を強いられ、一時は未曾有の大赤字に陥っていました。この状況を打破するためにも、それまで貫いてきた「守りの姿勢」から、新規事業によって突破口を開く「攻めの姿勢」に転じることが求められるようになっていたのです。

しかし、長らく守りを得意としてきた大企業がすぐに体勢を変えることは難しく、パナソニックは攻めあぐねている様子でした。そのときに、Cerevoとして新規事業に挑み続け、成果を残してきた私たちであれば、転換を手助けできるのではないかと考えたのです。守りに強い大企業に、攻めの部隊として協力する。これもまた新たなチャレンジになるのではと考え、Cerevoから分離・独立した新会社としてShiftallを立ち上げ、子会社化という形でパナソニックに出戻りすることになりました。

スタートアップの独自性×大企業のノウハウ

──現在、Shiftallではどのようなプロダクトを開発しているのでしょうか?
ShiftallではIoT家電をはじめ、ハードウエアとソフトウエアが高度に混ざりあった、新たなプロダクトを手掛けています。例えば、クラフトビールを自動補充する冷蔵庫「DrinkShift」。これは専用冷蔵庫がユーザーのビール消費ペースや残数を学習・判断し、ビールを切らすことがない最適なタイミングで自宅やオフィスに追加のビールが発送されるサービスです。そのほか、テーブル上にさまざまな情報を投影するARプロジェクション機能搭載の照明器具「BeamAR」や、前回と同じ服を着ていないか判断し、コーディネートをアドバイスしてくれるスマート姿見「Project: NeSSA」など、人々の暮らしを豊かにするプロダクト開発に取り組んでいます。
「DrinkShift」
「DrinkShift」
当社はパナソニックのグループ会社ではありますが、事業としてはできる限り親会社の意見に左右されない、独立運営を行っています。私たちが親会社の指示に従い過ぎてしまうと、事業全体が「パナソニック色」に染まり、本来の強みである攻めの姿勢が失われる恐れがあるからです。グループ会社としてパナソニックに貢献していくためにも、Cerevo時代から培ってきた自分たちのカラーを貫く必要がある。一方で、パナソニックが持つノウハウや、設備・資金といったリソースを活用できるのは、グループ会社であることの大きなメリットです。大企業が長い歴史のなかで蓄積されてきたプロダクトに関するデータを活用することで、Shiftall独自のプロダクト開発をさらに飛躍させることができているのです。
「BeamAR」
「BeamAR」
「Project: NeSSA」
「Project: NeSSA」
──スタートアップと大企業、それぞれの良いとこ取りができているのですね。
最近では、グループ社員が「レンタル移籍」のような形でShiftallに席を置き、共に業務を行うといった取り組みも増えてきました。守りを得意としてきたとはいえ、パナソニック社内にも、私のように攻めのマインドを持つ人や、やりたいことに取り組めずに鬱屈している人はたくさんいると感じます。そのような人材がShiftallというスタートアップで業務に取り組むことで、より適性のある環境に気づくきっかけになっているのです。私たちにとっても、パナソニックの優秀な人材の働き方やスキルを間近で感じることができるので、よい刺激になっていますね。

「好き」を見つけるには「嫌い」から

──現代は「攻め」の時代になっているとのことですが、キャリア形成を考えていくうえでも、攻めの姿勢を持つことは必須になってくるのでしょうか?
確かに攻めの時代ではあると思いますが、全員が攻めのマインドを持つことには反対です。本当に大切なのは、自分が好きなことに取り組めているかだと思います。時代や流行に合わせて仕事を選んでも、自分が納得できることでなければ十分な成果を出せないし、最悪の場合、ストレスなどから心が潰れてしまうかもしれません。それでは「人生100年時代」と言われ、長い道のりが待つ人生を、幸せに生きることはできないのではないでしょうか。

現代は働き方の多様化が進んだことで、人材の流動性が高まり、転職や起業といった選択肢が一般的になってきています。20~30年前までは、「1つの会社で勤め上げることが美徳」「転職は裏切り行為」といった風潮がありました。そんな古い価値観にとらわれず、自分が好きなこと・向いていることを見つけ、納得できる環境を見つけてほしいと思います。

──多くの選択肢があるなか、好きなことを見つけることは難しいようにも思えます。岩佐さんは、好きなことをどのように見つけたのですか?
まずは「嫌いなことを見つける」から始めると良いかもしれません。

好きなことを見つけようとするとき、多くの人は「100ある仕事のなかの、自分に向いている1の仕事」を探しがちです。しかし、その考えでは「自分には1しかない」と思い込み、ほかの可能性を閉ざしてしまうことになります。私は、人間の本来の適性は「100のうち90は向いている」ぐらいだと考えています。嫌だと感じることは多くても10くらいの限定的なもの。それらを除いてしまえば、だいたいのことは許容できるものです。自分で自分を決めつけなければ、できることは意外と多いのではないでしょうか。

私は学生時代にコンピューターサイエンスを学び、プログラミングなども度々経験していました。でも、大学在学中にプログラミングが向いていないことを悟ったんです。決め手になったのは、当時行っていたITベンチャーでのアルバイトでした。そこでは私を含む同級生6名で作業をしていたのですが、全員が同じようなプログラムを書いているはずなのに、私だけ圧倒的に時間が掛かっていたんです。メンバーはいずれも授業で学んでいることは同じで、学力も同等レベルなはずなのに、作業スピードにまったく追いつくことができませんでした。この差が縮まらないまま社会人になったら…そんなことを考えて挫折してしまったんです。

そこで私は、途中からプログラムを書くことを諦め、クライアントとの交渉やスケジュール調整など、プログラマーからシステムエンジニアとしての役割にシフトしました。すると、アルバイトの時間がすごく楽しくなったんです。同時に、自分で考えたアイデアをもとに、人と調整・交渉を重ねながら全体像を組み上げていくことが、自分に向いていることなのだと気づきました。だから、パナソニックの採用面接でも「技術職での採用はお断りします」とはじめに伝えていたんです。当時のパナソニックでは、情報系の学部出身者は、プログラミングなどを行う技術職で採用することが通例でした。そのため、私の要望はかなり異例だったと思いますが、社内で調整していただいた結果、商品企画職として採用していただくことができたのです。

──周囲に対する劣等感が、「好き」を見つけるきっかけになったのですね。
途中でプログラミングを辞めたことは、「逃げた」と思われるかもしれません。しかし、あのまま我慢して技術職の道に進んでいたら、社会人になっても成果を出せず、心が潰れていた可能性もあります。早い段階から自分の適性を見極められたという意味では、むしろ良い決断になったと感じています。

私は学生時代に偶然にも好き・嫌いを見極められましたが、なかには自分の適性がわからないまま、社会人になった人もいるはずです。しかし、社会に出てからもやるべきことは変わりません。まずは飛び込んだ環境のなかでさまざまなことにチャレンジし、自分の適性を一つひとつ見極めてください。そのなかで「これは本当に嫌だ」と思うことがあったら、すぐに別の道に切り替えて良いと思います。選択肢が多様な社会だからこそ、納得できるまで模索することが、人生100年時代を幸せに生きる近道になるはずです。

──最後に、Shiftallの今後の目標を教えてください。
今後も生活者の豊かな暮らしにフォーカスし、IoT家電をはじめとしたプロダクトを生み出し続けていきたいです。私が特に注目しているのが、調理家電の分野ですね。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い「ステイホーム」が提唱されました。自宅で料理をする人々が増えていますよね。同時に、いつもよりじっくり時間をかけてつくった料理をつくり、その美味しさに感動している人も確実に増えています。この機会を通じて覚えた味は、早々忘れられるものではありません。少なくともこれから1~2年間は、自宅で料理をすることが世界的なムーブメントになるでしょう。そのなかで、調理に関連するサービスやプロダクトは、劇的に進歩するタイミングを迎えるはずです。

私が思う「究極の調理家電」とは、SF映画などに登場する「声で指示するだけで、全自動で料理をつくってくれる」といったもの。実現させるのはかなり難しいですが、自動化をキーワードとした製品を開発していくなかで、目標に近づいていきたいと思っています。そのなかで、当社とパナソニックとの連携も劇的に加速していくことになるでしょう。今後リリースされていくプロダクトを通じて、連携の成果を示していきたいと思います。

──インターネット×ハードウエアで、時代の変化に合わせた新たな体験も提供していく。日々のチャレンジのなかでShiftallが次にどのようなプロダクトを生み出し、人々の体験をアップデートしていくのか、とても楽しみです!お話いただきありがとうございました!
SHARE!
  • facebookfacebook
  • twittertwitter
  • lineline