AI×日本酒のサービス「YUMMY SAKE」開発者に聞く、2年間の歩みとこれからの構想
予備知識や視覚情報に頼らない「ブラインドテイスティング」での直感的な感想を入力するだけで、自分のお酒の好みを知ることができるAIを活用したオンラインサービス「YUMMY SAKE」。2018年のサービスリリースから2年が経ち、多くの人たちがこのサービスを利用してきました。一体、この2年間でどのような反応が得られたのでしょうか。今回は、YUMMY SAKEの開発を行う、YUMMY SAKE株式会社 CEO 山本祐也(やまもとゆうや)さんと、CCO(Chief Creative Officer) 中島琢郎(なかじまたくろう)さんに、YUMMY SAKEの歩みについてお聞きしました。
スタートから2年。YUMMY SAKEの現在
──2020年でYUMMY SAKEも提供を始めて2年が経ちますね。あらためて、YUMMY SAKEがどのようにスタートしたのか教えていただけますか?中島:一番初めにYUMMY SAKEを提供したのは2018年5月でした。その時期に渋谷パルコのスペイン坂のギャラリーでポップアップバー「BAR YUMMY SAKE」を期間限定でオープンしました。未来日本酒店と博報堂アイ・スタジオの社内ラボによる共同プロジェクト「Project Yummy」として実施し、ありがたいことに、約1000枚のチケットが完売して盛況で終えました。このイベントの成功によって、需要があると確信し、正式に事業として進めていこうと会社を設立して、いまに至ります。
共同経営者の山本との出会いは、共通の知人からの紹介でした。当初はサービスの構想があるなかで、日本酒ビジネスのプロフェッショナルを探していたときに紹介されたのです。そこで、僕が思い描いていたYUMMY SAKEの構想を伝えたところ、山本とも考えが一致。そのままプロジェクトを立ち上げることになり、事業構想からアプリ開発、イベント企画などを一緒につくり上げてきたという経緯ですね。
──YUMMY SAKEのユーザーはどのような方が多いのですか?
山本:店舗やイベントによって多少バラつきはありますけれども、基本的には20~30代の若者が中心です。
中島:そのなかでも特に若い女性が多いです。やはり若い女性は新しいものへの感度が高いですし、グループで利用してくださる女性も結構いらっしゃいます。
山本:男性の飲用者が圧倒的に多い日本酒業界としては、めずらしい比率です。実際にYUMMY SAKEでイベントを開催すると、参加者の約半数は女性なので、関係者の方々からも「女子も日本酒飲むの!?」と驚かれますね(笑)。
中島:日本酒はワインやビールと比べるとマイナーな存在ですし、最近では若者の酒離れみたいなことも言われています。そのため、構想段階では若い人たちが利用してくれるのか?という懸念を持たれることもありました。しかし、結果的には予想以上に若い世代の反応があって、いい意味で世間の予想を裏切りました。
──若い世代、しかも女性の参加者も多いのですね。確かにその客層は、「渋い」「大人」「男性向け」といったような従来の日本酒のイメージとは異なる気がします。実際にサービスをリリースして2年が経ちますが、どのようなことを感じましたか?
中島:日本酒をこれまでとはまったく違う切り口で描くことができたと思います。エンターテインメント性を持たせることができたというか。実際に、日本酒と距離があった20代の利用者も多いので、YUMMY SAKEにはかなりポテンシャルはあると感じました。
山本:日本酒の入り口を広げられたのではとも感じています。日本酒自体に興味はあるけど、取っかかりがないという人は結構多いのではないでしょうか。我々のサービスでその課題を解決できるということは、企画当初から確信していたのです。実際にイベントのフィードバックでは、「味覚判定後にお勧めされたお酒が美味しいと感じた」という満足度が90%以上にのぼり、そのほかにも「自分の味覚タイプがわかった」「面白かった」といったポジティブな意見もいただいています。YUMMY SAKEのイベントやサービスは無料ではないので、お客さんがお金を払った上でこのように評価してくださったことには、確かな手応えがありました。
中島:業界内外問わず、注目してもらったことも大きいです。この2年の間で日本酒以外の飲料や食品のメーカーから、「話を聞きたい」「コラボしたい」と声をかけていただくことも増えていきました。そのなかの1つで、昨年は「JR東日本スタートアッププログラム2020」に採択をしていただき、観光活性に使うためのプログラムの実証実験をやらせていただきました。実施した場所は、新潟県。そこに「日本酒観光案内バー」をつくり、近隣の酒屋や飲食店をめぐりながら、YUMMY SAKEを使って、自分に合った日本酒を探すという企画を実施しました。残念ながら同時期に新型コロナウイルス感染症が拡大し、自粛要請後に客足が減少してしまったのですが、短くなった実施期間の日程だけでも、当初のKPI を達成するぐらい好評な企画でした。あらためて、日本酒の潜在ニーズの高さを実感しましたね。
──日本酒の潜在ニーズとは具体的にどういうものなのでしょうか?
山本:おいしい日本酒を選びたいけど選べない、選び方がわからないということです。僕も日本酒のセレクトショップを経営していて日々感じるのが、日本酒はラベルを見て買う「ジャケ買い文化」が一般的です。どれを買おうかなと選ぶ際に、実際に日本酒をあれもこれもテイスティングするのはなかなか難しいですよね。酔っ払うし、お金もかかってしまいます。そういった点でお酒、特に日本酒は新しいものに手を出しにくいのです。
日本酒で有名な新潟には、約90個もの酒蔵があります。しかし、それぞれの酒蔵の酒を一つずつ試すのは難しいし、どの銘柄がどういう味かは実際に新潟に住んでいる人も含めて実はそんなに知られていないのです。
中島:だからこそYUMMY SAKEでは、「Taste first. Label Second.(ラベルよりも、センスで選ぼう)」ということをタグラインに設定しています。これまでの収集したデータや実際のお客さんの反応からも、味を重視する考えに共感してくれる方が多いことを実感しています。AIがフィーチャーされたりもしますが、YUMMY SAKEとしてはテクノロジーの面を強く推しているわけではありません。あくまでAIは手段のひとつ。これまでの「ジャケ買い文化」を打破できるように、日本酒そのもののブランド体験の再構築を目指しています。
──そもそもの疑問なのですが、YUMMY SAKEではなぜ初めに「日本酒」を取り上げたのでしょうか?
中島:理由は2つあります。1つは、実体験としておいしい日本酒に出会ったことがあったからです。以前、先輩に勧められて飲んだ日本酒が本当に感動するくらいおいしかったのです。でも、そのお酒を飲めたのはそれっきりで、再会できない。なんのお酒だったのか覚えていなくて、まだそれをどのように注文したり調べたりすれば出会えるのかもわからなくて…。僕自身が日本酒の注文の再現性の難しさを実感しました。きっとほかにも同じ経験をした人もいるのではないか? 自分の経験から、日本酒市場のまだ見ぬニーズがあるのではないか? そう仮設を立てるようになりました。
2つ目の理由は、日本酒はお酒というカテゴリーのなかでも、一番選びにくいお酒だと感じていたことです。ワインはお酒のなかでは接触頻度も高いし、詳しい人と飲みに行ったりお店の人に聞いたりすれば、ある程度当たりを引ける印象がありました。対して、日本酒は専門用語やブランドの名称が多く、勉強しないと取っかかりづらいイメージがあると思いました。ジャケ買いの話がありましたけど、漢字も多いし、商品名が記載されたラベルも複雑でわかりにくい。「生酛造り」や「大吟醸」と言われても、それがなにを表しているかというイメージも湧きづらいのではないかと思いました。 山本:また、数あるお酒のなかでも、日本酒は「味」の重要性が大きいのではないかと思ったことも要因ですね。ワインやウイスキーって、「ファッション性」や「ストーリー性」から飲む人も多いのです。それを飲んでいること自体にかっこよさを感じたり、お酒のブランド性や生まれた背景などが好きであったり。そういう部分からワインやウイスキーを飲む人たちもいます。またビールは先述のように、300円以下の安価なものが多く、価格が優位な市場です。そこに比べると日本酒は、価格差も大きくありせん。また、ジンだったら「ビーフィーター」や「ゴードン」などのメジャーブランドがありますが、日本酒にはありません。その一方で、日本酒は味のバリエーションが豊富で、いい意味でカオスな状態ですよね。味覚で選べる土壌がありながらも、それまでの現状ではラベルでしか選べない状況が多かったのです。
──確かに、「日本酒といえばこれ!」という選択肢がワインやビールに比べるとあまり思い浮かばないイメージはあります。
中島:僕ら自身が現状に物足りなさを経験したからこそ、なにも知らない人や日本酒の知識がない人でもおいしい日本酒を選べるサービスをつくりたいと考えました。せっかく、たくさんのおいしいお酒があるのにそれが知られていないのは、消費者が味の多様性に接触できてないということです。それではあまりにもったいないですから。
山本:その思いは日本酒の売り手側としても、同様に感じていました。ジャケット買い文化やストーリー性を伝える売り方では、売り手側にも相応なスキルが求められます。なにより、店頭スタッフの育成がとても難しい部分になっていました。そのため、売り手と買い手、お互いの考えから、味をベースに日本酒を選択することは、ビジネスとして成り立つ可能性が十分にあるのではないかと感じました。
3年目、そしてさらに先の展望は
──その思いから生まれたYUMMY SAKEですが、今後の課題やさらなる展開などは考えていますか?山本:どうやって「継続」につなげていくかが直近での課題ですね。YUMMY SAKEは日本酒のタッチポイントとしては一つの成功だと思います。入り口として効果を持つ一方で、そこに入ってくれた人たちが今後どう楽しんでくれるか。そこに対して、より継続的に役立つサービスへ、「点から線へ」発展させていかなければいけないと思っています。ただ1回YUMMY SAKEを使って、自分の好みの日本酒の味がわかるだけではなく、自分の味覚を知ることで得られる、新しい体験へとつなげていきたいです。
中島:具体的なことを言うと、現在自宅用キットの開発を進めています。従来、日本酒は1つの種類を瓶で買う形が主流です。そのため、自宅で複数の日本酒を飲み比べることは難しいことが多いのですが、我々は日本酒を少量ずつ複数テイスティングできるようなパッケージの開発を現在進めています。
また、YUMMY SAKEのWebアプリについては、テイスティング時だけでなく、普段飲む日本酒に関しても記録ができるログ機能の実装を検討しています。あとは、そもそものAIのアルゴリズムもより精度を上げてアップデートしていく予定です。そのため、自宅用キット、アプリ、AI、大きくその3つの準備を現在は進めているところです。コロナ禍において、自宅を中心にした新しいお酒の楽しみ方が求められていることも追い風になると考えています。
──それでは最後に、お二人が想像する日本酒業界の未来について教えていただけますか?
山本:僕としては「フェア(公平さ)」がこれからの日本酒業界の大きなテーマになると考えています。現状、この業界ではブランド力や宣伝力があるところが有利な側面が存在しています。先祖代々、数十年に渡り築き上げられてきたブランドがその地域に対して強力な影響力を持っている…なんてことがよくある話です。もちろん、歴史を積み重ねてきたブランドは一朝一夕では真似ができない、とても素晴らしいものです。けれども、それが強すぎるあまり新参者が入りにくく育ちにくい、という問題も同時に生じているのです。この問題を解消し、誰でもフェアにモノづくりができる環境を築き上げていけるかどうかが、日本酒業界の未来を大きく左右するのではないかと思います。古参も新参も、誰もがフェアにプロダクトやサービスを発信できる業界を、YUMMY SAKEを通して実現できるようコミットしていきたいです。
中島:僕は、このYUMMY SAKEを立ち上げてからというもの、本当に数多くの学びを得てきました。もともと僕は、ブランディング・マーケティング領域のクリエイティブとして、体験設計を中心にキャリアを積んできました。それがこのYUMMY SAKEに関わるようになってから、「もっと事業側に踏み込みたい」と思うように変わっていきました。そこで2020年の夏に会社を辞め、YUMMY SAKEのサービス価値向上に尽力しています。これまで広告業界で培ってきたクリエイティブのスキルを今度はビジネスサイドからの知見とも合わせて、YUMMY SAKE、そして日本酒業界にも注ぎ込んでいきたいと思います。
前職に勤めているときから感じていましたが、世の中にはクリエイティブとビジネスは相反するものだと思っている人が多くいます。でもそんなことは決してありません。クリエイティブとビジネスにはお互いにお互いをドライブさせる力が確かに存在しているのです。どちらかを優先し、どちらかを犠牲にする必要なんて絶対にない。僕はそのことを証明していきたいと思います。
──誰でも気軽に自分の好みの日本酒が選べるYUMMY SAKE。その立ち上げから2年が経った現状について、開発者のお二人にお話をお聞きしました。YUMMY SAKEが今後の日本酒業界でどのように変化し、影響を与えていくのかとても楽しみです。本日はありがとうございました。