「OPEN MEALS」プロジェクトスタートのきっかけ

──まず「OPEN MEALS」プロジェクトについてお聞きします。電通社内でどのようにして始まったのでしょうか?
数年前にコミュニケーションプランニングセンターという、ポスターやCMと決まったものではなく、ソリューションニュートラルで解決するミッションを持った部署が立ち上がりました。ストラテジックプランナーやマーケティング、戦略プランニング、クリエイティブ、メディアなどさまざまな部署の人々が在籍して、アートディレクター(AD)として自分だけが加わったんです。

──お1人だけなんですね!?
当初はそうでしたが、今はADも多く在籍しています。その部署で、なんでも良いから世の中の課題を見つけて面白いソリューションを考えるという社内コンペが行われ、僕は「OPEN MEALS」プロジェクトの元となる企画、食のデータ化とプリントアウトで2位になりました。そこで予算が出たのが始まりです。

──食をテーマにしたのは何か理由があるのですか?
食はすべての人に関係するじゃないですか。ニッチなキャンペーンより、多くの人に影響を与えられるようなキャンペーンやアイデアが意味があると思ったので、70億人に関係のあるものとして選びました。あと、僕がデザイナーなこともあり、印刷のプロセスカラーを食に応用できれば、料理を再現できるのではというアイデアも発端にありました。CMYKではなく、SSSB(ソルティ、サワー、スウィート、ビター)という味の4原色が入ったカートリッジで、食べられる紙に印刷するイメージです。実際に、まず食べられる素材を印刷できるフードプリンターを買い、大豆由来の食用の紙、インク代わりに醤油とみりんと酢を入れて自分で印刷してみました。

──え!? 味はどうだったんですか? 
めちゃくちゃまずかったですよ(笑)。でも、配合を変えると味が変わるので、原料や配分、ベースの紙を修正していけば、何かできるのではと思い、それが発端でいろんな人に声をかけてプロジェクトとして大きくしていきました。

──社外や大学も交えたプロジェクトになっていますよね。どのように声をかけていったのですか?
一人ひとり、連絡をとって、会いに行って、ビジョンを語って、共感した方が参加してくれていますCMプロダクションの東北新社は、"非"広告領域へのチャレンジに興味を持っていただきました。参画いただいたプロデューサーさんも新しくて面白いものが好きなので、半分好奇心でプロデュースや制作進行をしていただいていました。大学や技術開発関連の企業と話を進めていく中で、開発方針も紙から3Dプリントでの出力へシフトしていき、さらに大きな可能性に気づきました。それは紙ではなく、3Dプリンターを使った本物に近い料理の再現への挑戦です。そして東北新社が、柔らかい素材の3Dプリンターを研究している山形大学の古川先生を紹介してくれて、一緒にプロジェクトを進めることになりました。

──それが2015年、プロジェクト開始当初ですよね。
そうですね。そこから、これまでに100人以上の人と話して、現在プロジェクトにご協力いただいている企業は10社以上に増えてきています。山形大学などと僕らが目指す研究テーマが合致したことで並走することになり、デジタルおでんプロジェクトが始まりました。食を再現できないと転送もできないので、今ある技術でやれることを考えた結果、おでんの大根の再現に挑戦したんです。

──どうやってつくったのでしょうか? 
大根を3Dスキャナで読み込み、食感センサーで弾力を測り、ゲル化剤などの原料に、水や酵素を混ぜ合わせるといろんな食感を再現できるんです。その技術やさまざまな企業の協力で本物にかなり近い大根をつくることができました。試食会をやったら、これはいけるぞって。そのデジタルおでんを大手食品メーカーに披露しているうちに、追加予算を確保でき、その予算で世界のフードテックのリサーチやWebサイト構築、プロジェクトムービー作成など、次の施策に充てていきました。 

実際につくられたデジタルおでん
実際につくられたデジタルおでん

SXSWで成功したワケ

──そこからSXSWの出展につながっていくのでしょうか? 
実はそのタイミングで、会社からこのプロジェクトのストップがかけられました。広告領域との関連性があまりになさ過ぎるので。ただ、山形大学はそのまま研究を進め、プロジェクトが止まっている間も情報交換はしておりました。そんな中で、電通がSXSWに出展するという話を聞いて、これはチャンスだと思い、我々のチームも追加してもらいました。「テクノロジーと何かが掛け合わせることで、世の中をどうアップデートできるか」といったテーマで、既に電通から出資するコンテンツは決まっていましたが、我々も食とテクノロジーをどう掛け合わせるかのプロジェクトということで、無理やりねじ込みました。ネゴシエーションに次ぐネゴシエーションです(笑)。

──すごいですね(笑)。でも「テクノロジー×●●」というテーマに合致していますね。
それで、どういう文脈でSXSWに出展していこうか考えたのですが、「OPEN MEALS」は完成されたプロジェクトではなかったので、「ビジョンを示してプロジェクトをドライブする」、「今後進めるための仲間集め」、「話題を集めてSXSW後にクライアントを巻き込んでいく」といった目的で、今持っている技術の最大限の話題化を狙うことにしました。そうして出たアウトプットが、「SUSHI TELEPORTATION」です。



──かなりPR的の視点ですね。
まさにそうですね。クリエイティブとPR、コミュニケーションデザインです。実際、SXSWのトレードショー、世界中から集まる数百の展示で1~2位を争うほど注目していただいたのは「SUSHI TLEPORTATION」だったと思います。技術連携や投資がどれくらい決まったか他のブースについて知らないですが、かなり注目してもらえました。先日フジテレビの27時間テレビでも取り上げられ、ビートたけしさんや所ジョージさん、劇団ひとりさんにピクセル寿司を食べていただくなど、現在でも取材依頼が続いています。
SXSWでの「SUSHI TELEPORTATION」の様子
SXSWでの「SUSHI TELEPORTATION」の様子

ビジュアライズ能力の価値

──すごいですね! では話題化は狙い通りだったと。具体的にはどういった手法をとられたのですか?
こういったテック系のイベントはプレゼンテーションがすごく重要で、僕は今回のSXSWのプレゼンテーションを3段階に分けて考えました。1つ目はいわゆるつかみ、注目を集める外側のデザインです。「SUSHI TELEPORTATION」のネーミングや屋台の中で銀ピカの機械が動いているプロダクトデザインとか、まずキャッチーにして人を引きつけるというビジュアライズです。2つ目は、最もコアな部分のテクノロジーについてのプレゼンテーション。それが一番伝えたいことで、僕らの場合は、食データのプラットフォーム化ですね。そして3つ目、最後にビジョンを伝える。「SUSHI TELEPORTATION」の根幹である食のデータ化や、食のデータプラットフォームが完成したら、宇宙への食の転送や、食糧危機の解決、おじいちゃんおばあちゃんがつくった料理を1,000年先まで保存して再現するなど、あらゆるソリューションにつながります、という将来性を示しました。その3段階でプレゼンした結果が成功の原因だったんじゃないかと思います。つかみとテクノロジーと将来性。1つ目があるとメディアに載りやすい。2つ目は共同パートナーが見つかりやすい。3つ目は投資家が共鳴してくれやすい。その3段階でサンドイッチしてプレゼンテーションすると、元々興味がない人にも気づいてもらえます。この戦略は広告的発想であり、広告屋ベースで発信している僕らの強みを活かせました。それと、自分がADだから絵をつくれたという点も良かったです。

──絵をつくれるとは、どういうことですか?
今回のプロジェクトもそうですが、ADがプロジェクトリーダー的に動くメリットは、ビジュアライズできることだと思っています。元々ある産業と新しい技術の組み合わせ、まったく異なる産業同士のコラボは、今後どんどん増えていくかと思います。今回の「OPEN MEALS」も同様で、食を出力するプリンターメーカーや、食の原料を用意する食品メーカー、またデータ分析するIT企業、さらに大学の研究者や、プロの料理人など、異ジャンルの人材がチーム内に混在し、それぞれの扱う言語はまったく違います。ミーティングをするときも、用語も文化も違うので、本当に噛み合わない。そのときに唯一の共通言語になるのがビジュアルです。私は毎回ミーティング時に、「これをつくりたい」という絵を用意しました。一度、ビジョンをビジュアルに落とすと、全員の方向性が同じになります。

──たしかにビジュアルで方向性を示すのは強いですね。プロジェクトメンバーもブレません。
最終の目標地点を絵にして見せられます。それによりチーム全員が理解し、それぞれの専門性に基づき意見が出て、議論になります。ADの能力は、デザインができるというスキルだけではなく、あらゆる課題を、脳内で編集して、アイデアに変えてビジュアルに落とせること、今ある技術とアイデアを自分の頭の中で掛け算して将来の具体的ビジョンをビジュアライズできることなどです。そのスキルこそが、広告業界を飛び出ても使える、価値あるスキルなんじゃないかと思っています。

「OPEN MEALS」が描く未来

──では、今後のプロジェクトが目指す最終的な目標地点についてお聞きしたいです。
「OPEN MEALS」プロジェクトが最終的に目指しているのは、ここにある食がスキャンされて見た目も味も転送されるという、ドラえもん的なプロジェクトです(笑)。僕の予想では、シンギュラリティ後のスピード感は読めませんが、それが実現するのが2050~2060年だと予想しています。直近では、食転送の要素を分解して、最初に必要なものを研究開発していこうと思っています。たとえば、「料理の再現」ではなく「ニューフード」として提供可能なフードプリンターを開発したり、個人のヘルスデータを取得解析して最適な栄養素をデータとしてインターネット上にアーカイブしたり、そしてこれらが掛け合わされて、ニューフードに今必要な栄養素が完全に入った状態で出力される研究などです。テレポーテーションの手前にはいくつものステップがあるかなと。

──ニューフードですか!? かなり未来のように感じます。
個人に完全に最適化された食といったニーズはすでにあり、そういったサービスは始まりつつあります。世界的には当たり前で、ヘルスデータ取得系のベンチャー企業は数え切れないほどです。皆さん食べるときに、栄養素やバランス、それに健康状態や食事制限など考えるじゃないですか。でもたとえば、スマホに入力したら食がすぐ出力されたり届いたりして、そこに今日の自分に必要な栄養が完璧に揃っていて、食感や味も全部自分の大好きなものになったら、もうやめられないですよね。早いとおそらく10年以内にはそういった時代になると思います。

──すごい世界がもう目の前なんですね。では「OPEN MEALS」プロジェクトもそのような方向性なのでしょうか? 
そのうえで、「OPEN MEALS」プロジェクトは、データレストランを2020年に開業しよう!という構想があります。最初は期間限定のイベント的なはじまりだと思いますが、そこで提供するサービスは、最適化食の出力、ニューフードです。詳細はまだ言えないのですが、例えばAdobeのIllustratorやPhotoshopのような、料理をデザインできるシステムを構想しており、それで世界中のシェフが料理をできるようになると面白いなと思っています。

──パソコンで料理をつくるんですか?
その感覚に近いですね。世界中の料理人、たとえばフランスの料理人がデザインした料理が東京で出力される、といったサービスです。それを、完全予約制で人数を限定し、予約者にはDNAデータや血液データなどを事前に提出してもらい、その人に最適化した料理を提供するというレストランです。もちろん2020年にすべてを実現するには時間が足りず、100%はできないです。けど、あえて、壮大すぎるビジョンを発信して、興味をもっていただけた方々と、一歩一歩トライして、ゴールに近づいていくのが面白いんですよ



──今後、最適化レストランは事業化していくのですか?
機会があれば事業化するかもしれないです。ただ、私はベースが広告屋なので、新しい技術を自ら発明し、事業として拡大して、ゆくゆくはAppleを超えていきたい、という考えではなく、自分が持っているアイデアの力や人をつないでプロジェクトを推進していく能力を活用して、新しい食体験や食の感動を創造していく、フードクリエイティブ集団を目指していきたいです。そして、そこで得た知見や技術を活かして、別の課題を解決しながらアウトプットを出していくことが面白いのではないかと思っています。

──なるほど、それには課題もあるのですか?
プロジェクトの予算自体も永続的ではありません。そもそも、広告業界の基本的なビジネスは受注型で、1プロジェクトのスパンが短く、極端にいうと3カ月単位で受注、制作、納品を繰り返すため、確実に利益が読めます。それに対して、僕らがやっていることは、利益が出るまでに多額のR&Dが必要で、しかも100%うまくいくかもわからない。逆に、劇的にスケールする可能性もある。こうした事業スタイルの違いがあるなかで、電通として乗り出せるか。電通だけでなく、広告業界全体が、”非”広告領域へ拡張していこうとする中、どこまでを自らのフィールドだと判断するのか

── 一企業ではなく、業界全体の課題ですね。
でも変わろうとしているんですよね。していると願いたいです。その良い先行事例になりたいと思っています。

──広告業界が過渡期になっていき、クリエイターへ求められる役割や能力は変わっていくのでしょうか?
変わらない部分もあるし、大きく変わっていく部分もあると感じています。今回のプロジェクトは、その1つのトライだったと思います。たとえば普通のスタートアップだと、何かしらの独自の要素技術が基にあって事業化すると思うのですが、今回の「OPEN MEALS」プロジェクトはそれがほぼない中、ビジョン先行で壮大な構想をぶちあげるところから始まっています。そのビジョンに皆がわくわくするように仕掛け、後から足りてない人や技術をどんどん巻き込んでいき、本当に実現に近づけていく。それは普通のスタートアップにはできない進め方で、広告クリエイティブの「アイデア」や「ビジュアライズ」のスキルを活かして戦える、新しいフィールドの1つであると、個人的には思っています。

──広告クリエイターの活躍するフィールドは、ますます広がっていくのですね。「OPEN MEALS」プロジェクトの今後にも期待しています! ありがとうございました!
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