夢見た世界は、ここにある

──2020年は新型コロナウイルスの影響もあり、VR事業に大きな注目が集まっています。そのなかで、HIKKYの強みはどのような点にあるのでしょうか?
私たちがユーザーの皆さまに提供しているのは「圧倒的な体験」です。HIKKYは、世界で初めてバーチャル空間による事業を展開したVR法人。バーチャル空間にアクセスしたユーザーは、友人たちと集合して観光スポットを巡り、買い物を楽しみ、イベントに参加する。そうして得られた刺激的な思い出を、誰かにシェアしたくなる。現実と同様の体験をバーチャル空間で楽しめるだけでなく、非現実的な体験まで味わうことができます。

バーチャル空間ならではの利便性も、体験の質の向上につながります。例えば、バーチャル空間なら移動手段や所要時間を考えずとも、一瞬で目的地まで移動することができます。反対に、あえて目的地までの道のりを、入り組んだ設計にすることもできます。探検や迷路感覚でそれらの道を進む人もいるため、そこにある展示物が注目されやすかったり、ゲームの「隠し要素」のような演出を盛り込んだりすることもできる。バーチャル空間ならば、現実の空間よりも手軽に、かつ緻密に設計することが可能であるため、魅力的なエンターテインメント空間を提供できるのです。

──その一つが、2018年から実施している「バーチャルマーケット」なのですね!
そのとおりです。2020年のゴールデンウィークに実施した「バーチャルマーケット4」では、パラリアルワールド(並行現実世界)をテーマに、現実とバーチャルが融合した世界を目指しました。例えば、東京を模したバーチャル空間「パラリアルトーキョー」では、東京タワーやスカイツリー、六本木ヒルズなどをバーチャル空間上で再現しました。その隣には、等身大のウルトラマンやガンダムといったキャラクターたちが並び立ち、現実では見られない景色が広がっていました。こうした独自の世界観を評価いただき、VR/AR領域を対象とした作品コンテスト「XRクリエイティブアワード 2020」では、最優秀賞を受賞することもできました。
2020年12月19日から2021年1月10日まで開催した最新イベント「バーチャルマーケット5」では、出展企業やIPキャラクター数がさらに拡大しました。スティーヴン・スピルバーグ監督が手がけた映画『レディ・プレイヤー1』で描かれた世界のように、さまざまなキャラクターや世界観が混ざり合い、そこに自分も参加することができる。「いつの日か」と夢見ていた世界はこれから生まれるのではなく、すでに実現しているのです。

──なぜVRに注目しHIKKYを設立したのですか?
あるとき、当社のアートディレクターの澤江が「VRが絶対にくる!」と言い出したことがきっかけでした。彼女は昔から次に社会のトレンドとなるテクノロジーや、ブレイクするクリエイターを予言し、都度それを的中させてきたのです。これを見て私は、クリエイターにはクリエイティブの最前線で活躍しているからこそ得ている情報がたくさんあり、時代を見極める力が養われている。そのように感じたんです。これはビジネスを考える側の人間では、持ち合わせていないスキルでした。だからこそ、このスキルをビジネスに活かすべきだと思い、VR 領域へ事業進出し、2018年にHIKKYを設立しました。
アートディレクター 澤江美香さん
アートディレクター 澤江美香さん
そしてその後、バーチャルマーケットが生まれたのは、この企画の発起人であるバーチャルYouTuber「動く城のフィオ」の影響が大きいです。現実社会での彼は、結婚し家庭を持ちながら、うつ病を患ってしまい家に引きこもるようになっていました。外に出ることができず、社会復帰が難しい状態が続くなか、彼の心を大きく動かしたのがバーチャル空間だったのです。彼は自作した3Dモデル美少女アバター「フィオ」として活動をはじめ、いまではVR界隈で高い評価を受ける存在となっています。新たな居場所を見つけたことで、彼は「バーチャルで生きていける世界をつくりたい」という新たな夢を持つことができたのです。

実際に、初めにフィオからバーチャルマーケットの構想を聞いたとき、本気でVR空間に経済圏を形成しようとしているフィオの思いを感じました。そして、この構想を実現することは、ほかの多くのクリエイターにとって必要なことだと感じました。VRは近年ようやく社会に普及してきた技術ですが、最新のテクノロジーを駆使してきたクリエイターにとっては、自分たちのスキルを発揮できるフロンティアの一つです。しかし、こうしたクリエイターは社会全体で見ると少数派。一部のクリエイターが世界から注目される事例はあるけれど、大多数はテクノロジーの専門家ではないため、正当な評価を受けることは難しい状況でした。

だからこそ、フィオが考えた、VR空間で経済圏を形成することは、クリエイティブの価値が再定義され、市場全体の革新につながると考えました。それはフィオのようなクリエイターを救い、活路を見出すことでもある。それがバーチャルマーケットであり、クリエイターにスポットライトを当てる場所づくりが、私の使命なのです。
バーチャルYouTuber 動く城のフィオさん
バーチャルYouTuber 動く城のフィオさん
VR市場の発展という意味では、2020年は大きな追い風となりました。新型コロナウイルスの感染拡大を機に、バーチャルマーケットへ出展する企業や、コンテンツの数が大幅に増加。昨年までは数えるほどだったVR事業を行う企業も、現在では300社以上の競合ひしめく業界となっています。VR事業といっても業態はさまざまですが、HIKKYならではの強みは、新型コロナウイルスが拡大する以前から、数十万人もの人々が訪れる場所をつくれていたことです。「楽しいコンテンツがあるから人が集まり、人が集まるから経済が成り立つ」というCtoCのマーケットが集客の土台となり、そこに出展を望む企業やクリエイターからの依頼が絶えず、バーチャル空間の経済圏として拡大し続けています。この独自の強みを発展させながら、盛り上がりを見せるVR市場をポジティブに捉え、さらなる推進力にしていきたいですね。

テクノロジーがもたらす、働き方のゲームチェンジ

──VR技術が社会に浸透するなか、フィオさんのようにバーチャル空間で活躍する人も増えていきそうです。そのなかで、人々にはどのような変化が求められると思いますか?
これからの社会では、誰もがマーケターである必要があると考えています。本来価値があるはずのモノなのに、少数の「これはダメだ」と言う人の価値観に大衆が流されてしまえば、正当な評価を受けることができなくなってしまいます。だからこそ、自分で考えて判断していくことがとても大切になると思います。

いまはインターネットが当たり前になって情報を得やすくなり、他人の意見に左右されずにものごとを評価できる時代です。自分なりの価値観を持つ人が増えることで、これまでとは違ったモノの魅力が掘り起こされる事例もあるのではないでしょうか。HIKKYで活躍するクリエイターたちも、実はマーケターの側面を持つ人材ばかりです。日々良質なインプットができているクリエイターだからこそ、そこで得た情報をクリエイティブに昇華し、高レベルなアウトプットにつなげられている。そのため、それらを信頼して受け入れることができるのです。

また、ネット活用が当たり前になったからこそ、基本的なコミュニケーションスキルを見直す必要もあります。リモートワークなどの普及で、仕事における些細なやり取りもメールやチャットで行われるようになりました。場所にとらわれない働き方も実現できますが、いずれも非同期なコミュニケーションであることから、メッセージを相手が確認できているか把握しにくいといったデメリットもあります。こうした環境のなかで円滑なコミュニケーションを取るコツは、即レスをすること。聞かれたことに対して、すぐに回答できなくても問題ありません。現実での会話と同じように「少々お待ちください」「後ほどご連絡します」みたいなリアクションだけでも良いのです。ちょっとした会話を面倒臭がらずに実践できる人は、非同期なコミュニケーションでも信頼を勝ち取る。すると組織のなかで仕事がしやすい環境が生まれ、成果も出しやすくなると思います。

──情報収集とコミュニケーション、環境が変わるなかでも社会人としての基本を実践できるかが大切なのですね。
逆に言えば、こうした基本をごまかしながら働いてきた人は、次々に淘汰される時代です。ネットありきの働き方になるということは、仕事におけるすべての動きがログとして記録されるということ。どんな業務を抱えているのか、資料作成にどれくらい時間をかけているのか、届いたメールをいつ確認しているのかなど、すべてが数値として表れてしまいます。

例えば、仕事ができなくてもうまく社内コミュニケーションを取って立場を守っていた人は、生産性の低さがバレて信頼を失うリスクが高まったと思います。一方で、仕事ができても会話が苦手だった人は、非同期なコミュニケーションの方が取りやすくなったり、仕事の生産性を正しく評価してもらえたりするかも。こうしたゲームチェンジが起こりうるという意味では、面白い時代が訪れるのではないでしょうか。

──テクノロジーが進むなかで、「仕事ができる人」のあり方も見直されそうですね。最後に、舟越さんの今後の展望について教えてください。
今後もバーチャルマーケットなどを通して「バーチャル空間を発展させ、豊かにする」という目標に向けた活動を続けていきます。事業をはじめた当初は、バーチャル空間でしか生きられない人、バーチャル空間をフロンティアだと思ってくれる人のためにサービスを提供していました。しかし、今後はVR技術を知らない人や専門的なスキルがない人でも、気軽にバーチャル空間に参加できるような環境を構築していきたいと思っています。そのためには多くの人々や企業の協力が不可欠ですし、その逆にHIKKYの持つ技術も積極的に提供していきたい。インターネットと同じように、バーチャル空間が当たり前の世界になる。世界中にノウハウを共有していくことで市場を盛り上げながら、次なる夢の世界も、現実に変えて行きたいと思います。

──VR空間と現実が共存する、夢の世界は既にある。クリエイターを救いたいと走りだした舟越さんの思いが、テクノロジーの壁を超え、誰もが楽しめる新たな社会構造をつくりだす日も間近に迫っているのですね。お話いただきありがとうございました!
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