VRに魅せられたキャリア

──なんだか懐かしさ漂うオフィスですね! このオフィスはテレワーク拡大の波を受けてつくられたのでしょうか?
そうですね。コロナが蔓延してからテレワークが注目されるようになったので、VR上でも実現できたらいいなと思い、VRChat上に「坪倉仮想事務所」をつくりました。僕が幼少期に見た、親の会社の事務所をイメージして作成したので、レトロな雰囲気が再現できたところが特に気に入っています。異次元な空間もつくれるのですが、自分が体験したことのない場所では、「実在感」がないんです。バーチャル空間だからこそ、実在感を大事にしたかったので、あえて懐かしい雰囲気の事務所にしました。

また、ただの背景とは違って、机の引き出しを開け閉めすることもできますし、ビデオプレーヤーで実際に動画を再生することもできます。そういうリアルな面もあれば、アバターが椅子に乗って階段をスライディングしたり、ブランコみたいに激しく揺らして遊んだりと、VRならではの楽しみ方もできる空間になっています。
──主にVR領域を中心に活躍されている坪倉さんですが、あらためて「メディアアーティスト」とは一体なにか教えてください。
明確な定義や資格があるわけではないので、自称すれば誰でも「メディアアーティスト」と言えます。動画をつくっている人が名乗ってもいいと思いますし、テクノロジーを扱う人たちは全員、メディアアーティストと言えると思います。僕個人としては、「空間を演出すること」と「実際に体験できるもの」をテーマに、創作活動を行っています。そのため僕にとってのメディアアーティストとは、体験する人をワクワクさせるものをつくる存在であり、それが僕自身の目指すメディアアーティストの理想像でもあります。

──メディアアーティストを目指したきっかけはなんだったのですか?
昔からゲームが大好きなのですが、いまでも鮮明に覚えているのが、20年くらい前、僕が小学校3年生のときに体験したVRアトラクションです。当時もちょうどVRブームが来ていたタイミングでした。池袋にナムコが運営している「ナンジャタウン」という屋内テーマパークがあって、そこに「ファイヤーブル」というVRアトラクションがありました。戦闘ヘリのパイロットとしてバーチャル空間内を飛行するというもので、カメラ付きのヘッドマウントディスプレイをかぶると、目の前の窓の外に3DCG映像が流れるんです。本当にヘリコプターに乗って、映し出される空間を飛行しているような感覚を味わうことができて、本当に興奮しました。

その後の生活のなかでも「どうやったらあんなことができるのだろう」と、ずっと頭にひっかかっていて、初めて自分で形にすることができたのが、大学の卒業制作でした。大学で学んだVRやARの知識を活かして人を楽しませたいと思い、まるで影に触っているような体験ができるメディアアート『Shadow Touch!!』をつくりました。Wiiリモコンの赤外線カメラを搭載した懐中電灯デバイスによって、視覚をだますことで、影を掴んだり投げたりすることができる仕組みになっています。
──これが坪倉さんのメディアアーティストとしての第一歩になったのですね。
大学卒業後は、システム会社でプログラマーとして働きながら、個人活動としてメディアアートに取り組んでいました。そのようなときに、僕の制作した卒業制作の『Shadow Touch!!』が国立新美術館で開催される文化庁メディア芸術祭に展示されることになったのです。そして、それを見たクリエイティブスタジオのワントゥーテンの社長から声をかけてもらい、本格的にクリエイティブ業界に入ることになりました。いまではインタラクティブ系のイメージが強いワントゥーテンですが、当時はまだ数多あるWeb制作会社の一つでした。インタラクティブコンテンツを強化していきたいというタイミングで、新部署の創設メンバーとして入社しました。

──ワントゥーテンではどのような案件を担当されていたのですか?
例えば、西武園ゆうえんちの「ミライセンシ」という体験型アトラクションでは、当時、世に出たばかりのKinect (マイクロソフトが開発したジェスチャーや声によってゲーム操作ができるデバイス)を取り入れ、遊園地でのカード探しと連携する仕組みを実現しました。また、トヨタの東京モーターショーの案件では、ブース内に360度プロジェクションマッピングをつくり、いろいろなものがインタラクティブに動く空間のなかで子どもが遊べるコンテンツを開発しました。ほかにもインラタクティブ系のものはいろいろと任せていただきました。

また、会社の仕事と並行して個人での制作活動もしていたのですが、次第にもっと自分の作品をつくり込む時間を確保したいと考えるようになり、現在は会社を辞めて、フリーでの活動をしています。フリーになってから、とりわけ印象に残っているのが昨年手掛けた「カブキノヒカリ展」ですね。歌舞伎の松竹さまから、「若い人たちに歌舞伎を広めるために、体験型コンテンツと絡めて展示ができないか」というご相談をいただき、メディアート4作品の企画・制作を担当しました。ワントゥーテン時代は、プロモーションの一部として「アトラクション」をつくることが多かったのですが、この「カブキノヒカリ展」では、メディアアーティストとして一つの「作品」を提供できたという実感があり、すごく印象に残っています。

もう一つの世界はすでに生まれている

──先ほども「アトラクション」をつくることが多かったとおっしゃっていましたが、新型コロナウイルスによる仕事への影響がありそうですね。
確かに、リアルでの展示の仕事は軒並みなくなってしまいました。ただ、個人的には自分の制作に集中する時間が確保できるようになりましたし、もともとあまり外出しない生活をしていたので、不自由はしてないんですよ。このオフィスもそうですが、遊びに行く場所がVR上にたくさんあるので。友達もVRのなかにいて、人と話したいときはVR Chatにログインすれば会話もできるので、全然困っていないです。むしろ、これこそがVRの使い方だなと思っています。

実は、VRだからこそ可能なこともあるんです。テレワークやリモート飲み会などでよく使われるZoomのようなツールでは、画面上に複数の人の顔が一律に出ていますが、これではリアルと同じ会話は成立しない。全員が同じ音量で、同じテーマについて話すことになりますし、隣で別の会話をすることは、Zoomではできないですよね。つまり、Web会議ツールには「距離の概念」がないと言えるんです。それがWeb会議ツールと現実の違うところだなと、僕は思っています。その点、VRでは距離の概念が存在しています。声の減衰もあるし、同じ空間にいながら遠くで別の会話をすることもできます。

社会でもテレワークがいままで以上に推奨されるようになり、その波にVRも乗ることができれば、社会にも浸透していけるのでしょうね。ただ、VRが企業に導入されたり、個人での利用が広がったりするには、いまはまだ敷居が高いのも事実です。機器も高価ですし、使うのにはそれなりの知識が必要です。まだ誰でも簡単に使えるものとは言えないので、まずは生活家電のような身近な存在になっていく必要があるのでしょうね。

──VRはまだまだ発展途上で、先が楽しみなテクノロジーと言えますね。テクノロジーを扱う業界で、活躍し続けるためには、どのような考えが大切になってくると、坪倉さんは考えますか?
僕もVR上でのアバターを持っていますが、今後、仮想空間で生活するための「マイアバター」を一人ひとつ持つ時代が来ると予想しています。まるでSFの世界のようですが、そう遠くない未来にきっと実現するでしょう。

そんな日が来たときに、なにが求められるのかを素早く察知できるように、さまざまなものに触れて自分のセンスを磨いておく必要があると思います。なにが必要かはその時代によって変わってきますが、求められるものをすぐにつくれるフットワークの軽さは、常に大事ですよね。フットワークが軽い人がどの時代でも生き残れると思います。

──1年先ですら、どうなるか予想できない世界になっていますからね。そんな未来が来ると予想されているなかで、今後、坪倉さんはどのような作品をつくっていきたいですか?
新型コロナウイルスの影響により、メディアアートのような展示用のコンテンツは求められなくなってしまったので、直近では、VR上で必要な道具をつくっています。最初にお話ししたような、バーチャルオフィス内の机やパソコンなどもそうです。先日はVRChat内で「リアルアバター集会」を開催したのですが、そこで使う会議室やプロジェクターなどもつくりました。新型コロナウイルスによるDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む波は、少しずつですが、VRの世界も開拓していっています。その動きを進めていくようなモノづくりこの先はしていきたいですね。
VRの良いところって、その空間にいる人全員で同じものを見られることだと思っています。リアルアバター集会では、僕のオフィスにみんなで集まって話したり、社員旅行と題して神社に行って桜を見たり、雲の上に行って記念撮影をしたり、最後には居酒屋で打ち上げをしました。VRの世界でも、同じ景色を見て、感想を伝え合うこともできる。つまり、体験を共有することができるんですよね。そうなると、VRの世界は「実在」するのとなんら変わりないんです。バーチャルなので、場所やお金をかけずにそれができるというのも面白い部分ですね。

ほかにも、VRの世界だけで活動するアーティストも現れています。僕もよく参加するのですが、先日も600人くらいが同時に参加したVRライブがありました。
現実の世界ではライブやイベントを行うことは難しいですが、VRの世界では問題ありません。アーティスト本人たちも現実では別々の場所から演奏していますが、VR上では近くで一緒にセッションしている様子が見られて、それも面白いんです。みんなが同じものを見て盛り上がる一体感は現実と本当に変わらないので、モノや体験の価値はどこにあるのか考えさせられます。物理的な価値が必ずしも必要にならない、そんな考え方がきっと重要になるのではないでしょうか。

──リアルとバーチャルの境目も徐々に薄れていくのかもしれないですね。現実とは違うもう一つの世界がすでにVRでは生まれている。坪倉さんのご活動や考え聞き、それがよくわかりました。日夜発展を続けるテクノロジーの世界で、坪倉さんがこの先つくる作品もとても楽しみです。本日はありがとうございました!
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