──Kenさんが今回、日本CPO協会を設立した経緯について教えてください。
私がセールスフォース・ドットコムに勤めていたころ、日本の企業を200社ほど訪問したときに感じたことがありました。それは、ソフトウェア開発におけるプロダクトマネージャーとCPOの必要性が海外に比べて、日本では浸透していないことでした。日本には素晴らしいデザイナーやエンジニアなどのクリエイターがたくさんいます。任天堂やSONYのようなメーカーが生み出したハードウェアのプロダクトには世界中にファンがいて、愛されています。その反面、特にSaaS分野で活躍するCPOやプロダクトマネージャーは、クリエイターに比べて少なかった。

また、いまの日本ではSaaSの領域を手がける多くの会社が成長している最中です。それはまさにかつてのアメリカのような、これからさまざまな企業が上場していく、夢のある時代の到来を予感させます。それくらいのポテンシャルを日本はいま秘めていると、私は思っています。そして、その勢いを加速させるためには、やはりCPOやプロダクトマネージャーが必要なのです。そのために設立したのが、日本CPO協会です。

日本CPO協会では、私がアメリカの企業で学んできたことを共有・情報交流ができる場所であり、CPOとプロダクトマネージャーを育成する場所になることを目指しています。私はいまでもアメリカのCPOや、プロダクトマネージャーの人たちとつながりを持っています。彼らから得た、海外からのさまざまな情報を取りまとめて、インタビューやイベント、セミナーを通じて日本に発信していく窓口として、日本CPO協会は尽力していきたいと思っています。
──日本のSaaS業界の発展を加速させることが日本CPO協会の目的とのことですが、そもそもなぜ企業にはCPOやプロダクトマネージャーが必要なのでしょうか?
まず、プロダクトマネージャーの役割は大きく2つあると考えています。1つ目はプロダクトをつくること。2つ目は、そのプロダクトをビジネス化することです。

SaaSのビジネスの多くは「エンジニアリング」「プロダクト」「デザイン」、この3つの領域の三権分立が必要になります。なぜなら、どれか1つの分野が強すぎる状態では、顧客にとって適切なビジネスは生まれないからです。例えば、優秀なエンジニアがたくさん集まって、エンジニアとしてのこだわりが詰まったプロダクトができたとしても、その良さを顧客が理解できるとは限りません。また、たとえ使いやすいデザインでも、ビジネスのニーズと合致していない場合、それも良いプロダクトとは言えないと思います。そして、良いプロダクトができたとしても、それはなにもせずとも自然と売れるわけではありません。プロダクトを売る営業や、販促をするマーケターがいて、初めてプロダクトは世の中に流通します。そのため、プロダクトの良さを的確に営業やマーケターに伝えることもプロダクトマネージャーの役割なのです。プロダクトマネージャーは、これらの3つの要素のバランスを調整することが求められます。

このように、プロダクトマネージャーはクリエイティブとビジネスの両面で、先頭に立ち、指揮を執ることが職能です。各部門の橋渡しのような存在がいることで、社内の連携がスムーズになり、プロダクト、さらには企業の発展につながっていくのです。

そしてCPOは、プロダクトマネージャーよりもさらに上流のフェーズを見て、指揮を執るポジションになります。自社のプロダクト全体の未来を見据え、CEOやCOOと一緒に企業の経営や戦略を見ていくことがCPOの仕事です。「企業としてなにが求められているのか」「マーケットとしてなにが求められているのか」に注目し、企業を今後、飛躍的に伸ばすためにはどのようなプロダクトが必要なのか。そのためのストラテジーとビジョンをつくり、人材を育成していかなければいけません。

──日本は海外に比べ、CPOやプロダクトマネージャーが少ない理由はなぜなのでしょう?
私は、日本のプロダクトづくりの主流がSlerによるビジネスだったことが背景にあると思っています。Slerのビジネス体系は、一法人の顧客ためにシステムを受託開発する方法が主流です。日本の多くの大企業は、自社専用のシステムを開発し、それを買い切ったほうがコストは安く済むと判断してきました。それに外部への情報漏洩などのリスク回避にもつながります。このように考える企業が多かった結果、Slerにソフトウェア開発を委ねる形が日本では主流となりました。

反対に、海外ではSaaSによるビジネス体系が主流なのです。つまり、基本的にあらゆるユーザーが同じアプリケーションやプラットフォームを使うことを前提として設計されている。そのため、そのビジネスやプロダクトに対して、なにが一番重要で最適なのか。それぞれの顧客に対する最適解を判断する必要がありました。そのときに必要だったのが、クリエイティブとビジネスの両方の視点で指揮を執る人材でした。それこそが、CPOやプロダクトマネージャーだったのです。

したがって、SIerとSaaS、この2つのビジネス体系の違いにより、日本と海外でのCPOやプロダクトマネージャーの職種人口に差が出たのではないでしょうか
──それでは、CPOやプロダクトマネージャーになるにあたり、必要なマインドやスキルセットはどのようなものになるのでしょうか?
エンジニアやデザイナーのなかで、手を動かすだけでなく「プロダクト全体に興味を持ってリードしていきたい思考」を持つ人は、CPOやプロダクトマネージャーに適正があると言えるでしょう。また、顧客との距離が一番近いセールス領域の人材のなかで、「プロダクト自体を改良していきたい思考」を持つ人もプロダクトマネージャーに必要なマインドを持っていると言えます。

つまり、いまの自分の職種に限らず、「プロダクトをもっと良くしたい、変えていきたい」と考えることができる人。もしくは、それを変えていける力を持つこと。それらがCPOやプロダクトマネージャーに必要な考えです。

スキルの面では、主に以下の2つが必要です。1つ目は、いろいろな人と話をして、さまざまな観点を持つことです。プロダクトマネージャーは前述のとおり、幅広い領域にいる人たちと関わりを持ちます。したがって、まったく異なる業界で働く人とも接点を持って、それぞれの仕事の良さや悪さ、面白さを積極的に知っていくことや、どんな人物が相手でもコミュニケーションをうまくとることは、とても重要な能力になります。

2つ目は、常に「モノ足りない」「もっと良くしたい」という気持ちを持ち、高い情報感度を持つことです。例えば、オンラインミーティングのプロダクトがあるとして、Aというプロダクトだと「参加者の顔が全員映るけど、背景をぼかすことはできない」。一方で、Bというプロダクトだと「全員は映らないけれど、背景をぼかすことができる」。ここで生まれるもどかしさを変えたいという気持ちを持つことが重要なのです。こういった細かいところに、新しいプロダクトやイノベーションが生まれるきっかけが眠っています。そこに常に目を光らせ、アンテナを張っていくことも重要なスキルになります。

──Kenさんが感じる、CPOやプロダクトマネージャーの仕事の面白さはどこにあると思っていますか?
私が経験した具体的な例でいうと、Adobeでのテクノロジーの課題をどう変えていくかという経験が非常に面白かったです。私が在籍していた当時のAdobeは、ソフトウェアのパッケージ版を販売することで収益を得ている会社でした。しかしその当時、ソフトウェア業界で新しく生まれるビジネスのほとんどがパッケージではなくクラウドに置き換わっていき、まさに過渡期でした。潮流に置いていかれないように、Adobeもパッケージ版の技術をクラウドにするチャレンジを常にしていました。私が参加していたチームでは、iPhone版Photoshopを開発しており、実際にその実装がかなったときはとてつもない達成感と、プロダクトマネージャーとしての誇りを手に入れたのをいまでも覚えています。iPhone版PhotoshopのようにBtoC向けのプロダクトの場合、ユーザーからの反応も目に見えて、面白さを特に感じることができると思います。

また、日本のようにルールが多い国では、BtoB向けのプロダクトに、BtoC向けのプロダクトとは異なる面白さを感じることができると思います。「ルールが多い」とは、すなわち面倒くさいことがたくさんあるということです。それは手続きの多さだったり、毎回同じことを繰り返さないといけない過程の煩わしさだったり、さまざまあります。そのような部分にこそビジネスチャンスは存在しています。例えば、「繰り返さないといけない作業の自動化」や「テクノロジーを使い、過程を簡略化する」など。BtoB向けのプロダクトでそれらが可能になれば、企業はもちろん、うまくいけば国や経済に大きな影響を与えることができます。そのようなインパクトの大きさも、BtoB向けのプロダクトを手がける上で魅力的な部分ではないでしょうか。CPOやプロダクトマネージャーとして、そこに関わることができれば、ほかの職種では得られない体験を得ることができると思います。

──日本CPO協会としては、今後具体的にどのような活動をしていくのでしょうか?
CPOやプロダクトマネージャーという職種を周知させるために、海外のノウハウや情報をもっと日本に送り込めるような仕組みを整えていきたいですね。そのような流れを構築できれば、日本全体のビジネスが底上げしていくことにもつながると思っています。

あとは、アメリカと日本のプロダクトマネージャーたちをつなげる活動をして、そこからも新しいイノベーションが生まれるきっかけづくりをしていくつもりです。アメリカのプロダクトマネージャーの多くは、日本のテクノロジーやデザイン、技術が大好きな人たちが多い。だから海外の人たちも喜んで協力してくれると思います。これらのような出会いの機会を増やしていき、情報が多くの人に広がる体制をつくっていきたいです。

2020年は新型コロナウイルス感染症により、テクノロジーへのニーズが顕在化してきたと思います。それにより、今年2021年は、さまざまな領域で新しいビジネスチャンスが生まれていくでしょう。特に、SaaSビジネスは一際顕著に現れると考えています。会社への通勤が必要のない在宅勤務や、オンラインミーティング。これらのような、いまある既成概念を変えていく新たなアイデアをビジネスにすべく、日本のCPOやプロダクトマネージャーが新しい発明をしていくことを私は期待しています。

──CPOやプロダクトマネージャーが日本に増えてきたとき、日本産の素晴らしいプロダクトが数多く生まれていく。そんな未来を期待してしまいますね。日本CPO協会の今後の活動も楽しみです。本日は貴重なお話をありがとうございました!
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