デザインをつくりながら、新しい理屈もつくっている 【JAGDA新人賞2022】コクヨ 佐々木拓さん
1つのプロダクトを1年かけて完成させる苦労とやりがい
──JAGDA新人賞おめでとうございます! まずは、美大でプロダクトデザインを目指された理由からお聞きしたいと思います。
ものをつくる仕事がしたいという思いは漠然とありました。小さいときから絵を描いたり、工作したりすることが好きだったので。最初は建築がいいなと思っていて、美大の建築を目指していました。予備校で、いろんな学校説明会に参加したとき、多摩美術大学の和田達也先生が、プロダクトデザインの面白さを情熱的に語ってくれた。それまでプロダクトデザインという領域を知らなかったのですが、身の回りのものをデザインしたい!と初めて思いました。それがきっかけで多摩美のプロダクトデザインを目指し、入学しました。
まず、どういうデザインをしたいかと考えたときに、電気が通っていないものをデザインしたいと思ったんです。機械のデザインというのは、例えば、車で言えば、動力系がプロダクトの中心にあって、デザインはそのカバーを考えるというイメージでした。そうではなく、中身からデザインできるものがいいなと思ったんです。そうした思いから、アナログな道具のデザインをしている会社であるコクヨを目指しました。
あとは、大学2年のときに、コクヨデザインアワードに応募して、賞をいただいたんです。そこでコクヨの社員も何人か知り合えました。そういう人を通して、いい会社だなぁというイメージは持っていました。
──入社してからどうでしたか? 苦労がありましたか。
それはいっぱいありました(笑)。コクヨでは、一つひとつのものをつくるのに長く時間をかけることが一般的です。1つの製品に1年かけるペースです。入社して3年働けば一人前のデザイナーになれるのかなぁと漠然と予想していたのに、3年経っても1~2個しかデザインしていないぞ、あれ、あんまりつくれてないぞ、という印象がありました。
もちろん、その他にも手がけたプロダクトはたくさんあります。チームで仕事をするので、他のデザイナーと一緒につくったものはあるんですが、「これは自分がつくった」と言えるものとなると、それくらいだったんです。このままでいいのかなぁという思いも生まれてきて、デザイン以外の仕事もたくさんあるので、苦しいときは結構ありましたね。
──1年に1個ですか。同じデザイン領域でも広告のデザインとは完成までのスパンが違います。模型をつくる工程もありますし。
そうですね。簡単な模型は自分でつくります。最初につくったのは回転椅子だったんですけど、1分の1(原寸大)で、座り心地を確かめるためのモデルや、見た目を確かめるためのモデルなどをそれぞれつくり、何度もブラッシュアップしていきました。
──大変ですね。
でも、やりがいがあります。大変ではあるのですが、一つひとつ試作して、クオリティをどんどん上げていくことに楽しさ、やりがいを覚えます。自分がデザインして完成させるものは自分の実績にもなりますし、それによって成長の実感も生まれます。
「売れるか」ではなく、「会社の考えをどう形にするか」
──仕事の流れについても教えてください。私が入社した当時は、企画・マーケティングのチームが中心になって、こういう商品を市場に向けて、この価格帯のこういう方向性でつくりましょう、という戦略がまず提示され、それに基づいてデザインする流れが多かったです。デザイナーだけでなく、企画部の人とか、設計者とか、さまざまなメンバーがいて、チームをつくって仕事を進めていく。たまに持ち込みプレゼンをする機会もありましたが、基本はそういう流れでした。
──戦略的なものとデザイン的なものがぴったり合わさればいいですが、ずれることもあります。データと感性、理屈とセンスのせめぎ合い。
意見をぶつけ合うことは当然あります。本能的にデザイナーは、「いいデザイン」を目指しています。その目指しているデザインが、市場に受けるかどうかわからないが、こういうデザインのほうが社会的にいいはずだ、または、これまでのデザインよりいいはずだ、と直感している。そういうデザイナーの「いい」の軸がマーケティングのメンバーとずれていたりすると、激論になりますね。ただ、すごく建設的な話し合いだとは思います。ぶつかることを恐れずに、このプロセスを経ることで、いい製品を市場に提案できることも多いです。
社会、ソーシャルを意識したデザインはいまや、大きな方向性になっています。「売れる・売れない」を超えた視点にもなってきています。デザイナーはそういう社会性のようなものをずっと潜在的に持ち続けていたし、やっとそれが認められ始めてきたという実感はあります。いろんな価値軸が生まれてきているので、いろんなデザインの方向性を考えていかないといけない時代になったとも感じます。
──ソーシャルな視点も含めて、どうデザインを考えていきますか。
そうですね、その視点ももちろんあるし、僕はいろんな情報から考えていきます。大学時代からですが、デザインオタクというか、デザインを見るのがすごく好きなんです。作品だけでなく、つくったデザイナーもすごく好きになって、視点や方法に興味を持ちます。プロダクトデザインだけじゃなくて、いろんなグラフィックデザインも見て、自分もこういう表現がしてみたい!というところからモチベーションが生まれます。ジャンルにこだわらず、デザインやアート全般から刺激を受けて、やりたいことを見つけることがよくあります。
──デザインの社会的価値はやっと上がってきているのではないかと思います。コクヨにいて、それを感じることはありますか。
現在の仕事では、コクヨがどういう「もの・こと」を発信していくべきだろうかと常に考えながらデザインしています。社会とコクヨをどう関係付けていくか。ビジネスだけでなく、その関係づくりも重要なデザインだと考えています。デザインの社会的な価値が上がったというより、デザインをする対象や求められる解が変化してきたという印象の方が強いですね。前からそういうことをできているデザインはあったと思うのですが、いま、できるようになった。
恵まれていることに、「売れるデザインをしてください」というよりは、どう会社の考えを形にしていけばいいのか、社会と向き合ったときにどういう発信をしていけばいいのか、ということを依頼されている気がします。ブランディングに近いデザインをさせてもらっているので、いま、デザイナーとしてとてもやりがいを感じます。 ──ブランディングに近いことをしているから、アートディレクションもやるべき範疇になったんですね。
そうなんです。会社のなかで、いままでアートディレクターは、僕と同期入社の金井あきさんしかいませんでした。金井さんは4年前にJAGDA新人賞を取った方ですが、コクヨでほぼ初めてのグラフィックデザイナー採用だったんです。もちろん、上司にアートディレクターは誰もいなくて、アートディレクターってなにをすればいいんだろうと思っていました。
平面のデザイン、つまりグラフィックデザインはいろんな意味でデザインのベースになっていて、アートディレクションには欠かせないんです。ブランディングをする立場になって、自然にアートディレクションをせざるを得なくなり、自分たちで意味や役目を手探りでつかみながら、覚えていった印象はあります。
──佐々木さんの仕事にはアートディレクションを感じます。製品のデザインを越えた大きな意思を強く感じます。
とても嬉しいです。目指していることでもあります。
形だけでなく、新しい理屈をつくっていく
──仕事をしていて難しいと思うことは? 自分のなかで、なかなか思いつかないことはありますか。なかなか思いつかないのはいつもですね(笑)。いろいろ難しいことはありますが、平面のものをつくるときは特に悩みます。僕はベースがプロダクトデザインで、平面のときにどうつくるかを学んできたわけではないので。しかし、その悩みはやりがいでもあるし、いいデザインが生まれてくる可能性でもあるし、やがて達成感にもなります。悩むから喜びが生まれるんだと信じてやっています。
そのほか、難しいのは、デザインをする状況をつくることでしょうか。プロジェクトのチームをつくったり、自分の役割を整理したりとか…。そういうデザイン以外の業務は難しいですね。いいデザインをするための前提条件で、とても大切なことなのですが、大変ではあります。
──実際に手を動かしたり、つくったりするのではなく、方向性を決める仕事はディレクションにはいっぱいあります。
頼まれていない作業をしてみることで何かを見つけようとしたり、指定されていない範囲まで広げてデザインしてみたり、そういうことはよくあります。逆に、やらなくてもいいことの判断、例えば、承認のフロー短縮の提案をすることもあります。そういうのもディレクションのひとつだと思っています。
──ある意味、編集者みたいですね。全体を見ながら、この部分はいらないとか、ここはもっと必要だとか。元々、ディレクションは編集的です。
予算をどう使うか、もあります。ここは使わなくていい、こっちに集中しましょう、という強弱とか、デザインの力をどこに集中させるか、を見つけていくための判断ですね。そうしたお金の強弱や力の配分を考えることで、結果的にディレクションしているのもしれません。
また、納期を調整する仕事もあります。クオリティを高めるためにも、できるだけスケジュールは長く取れるよう交渉することも。クライアントワークと違い、実は納期優先ではない仕事も多く、そういうことも可能なのだと思います。インハウスデザインの特権かもしれないですね。
とにかく、僕は趣味がデザインなんです。デザインしてないときはデザインを見ていますし、デザイン最優先で生きていると言うのでしょうか。ですから、オンオフや方法論に関係なく、デザインは、いつでもどこでも思いつく。もちろん、「頑張ってこの時間内で案を出さなきゃ」と自分を追い込むときもあります。
──つくりながら考えていく、考えがあってつくっていく、両方があると思います。
それは、アイデアの種類によって違います。グラフィックやプロダクトだと、つくる過程で思いつくことがあるので、デザインの発想はラフを描いてみたり、模型をつくってみたり、手を動かしながら考えます。しかし、企画的なことでしたら、何もないところで考えることのほうが多いですね。
僕は、考えがまとまるまで手を動かさないタイプではあるんです。ですが、つくってみて、ちょっとデザインを変えてみたら、「説明がつかないけどこっちの方がいいな」と思うケースは結構あって、そこで新しい説明や理屈を考えることはあります。こういう場合は、本当にブレイクスルーした手応えがあります。僕の場合、説明とビジュアルは並列にあるんですけど、その順番が逆転したときに面白いなと思いますね。
──説明とか理屈から始まるけど、最終的に形にしたら、最初の説明や理屈を超えてしまう。まさにデザインの持つ「大切な価値」だと思いました。
もっといい説明ができるようになることもありますしね。形だけでなく、新しい理屈をつくっていく。そんな仕事で新しい流れをつくっていければ嬉しいです。
人とは違うやり方を考える
──インハウスデザイナーの面白さがあればお聞かせいただきたいです。
コクヨで言えば、会社が考えていることを肌で感じながら、形にできる環境です。頭で考えてあれこれ推測したりするのではなく、肌でリアルに感じ取ることができる。それはすごくつくりやすいし、やりがいにもつながる。あとは、会社の資産、たとえば100年前につくられたものを使いながらデザインするとか、アーカイブ、アセットを内部にいて知っているからこそできる表現やアイデアがあります。
──昔のコクヨのデザインを佐々木さん流に再解釈することもできるってことですね。
ここのTHE CAMPUSも、「キャンパスノート」を大半の人が認知しているなかでデザインしています。外部の企業では、これほど強いブランドイメージを継承してデザインはできないと思うんです。それがすごく大きいな、恵まれているなと思います。
──「人とは違うやり方を考える」を座右の銘として書きましたが。
学生時代に言われて印象に残っている言葉で、日ごろ、意識していることでもあります。大学時代からデザインのアプローチや方法を考えるのは好きだったのですが、造形には苦手意識がありました。周りの人と比べて、手先が不器用だったんです。だから、自分なりのデザインのやり方に悩んでいた時期がありました。そんなとき、多摩美術大学で非常勤講師を務めているプロダクトデザイナーの岩崎一郎さんが、「会社に入っても人とは違うやり方を考えて勝負していくんだよ」と言ってくれました。ああ、そうか、そういうことをずっと続けていこうと心に入ってきました。座右の銘と言われたときに、それを思い出したので書きました。王道で勝負しないって感じで、いつもやろうとしています。
それで言うと、楽ができる方法を見つけるために、アイデアを考えることもあります。「あ、こうしたらもっと、シンプルにスムーズにつくっていける!」というアイデアです。面倒くさがりのほうが、アイデアを思いつくって言いますよね。面倒くさいから、早道や逃げ道をつくることを考える。言い訳とアイデアって結構近いのかもしれないと思ったりします。
──最後に、デザイナーとして佐々木さんの実現したい未来について、お聞きしたいと思います。
僕は元々プロダクトデザインから始まって、グラフィックデザインをするようになっていった。領域を超えていくというか、肩書きが定まらない状態がすごく好きで、いろんなデザインにチャレンジしていくことで、新しいデザインの可能性が見いだせるのかなと思っています。
枠にとらわれないデザイナーでいたいし、いろんなことをしていきたい。そのためには常に学んでいる状態が必要だと思います。最近はWebの仕事が増えたので、自分でコーディングを覚えて、Webサイトをつくってみました。自分のこれまでの領域の外側にあるデザインにチャレンジしつつ学んで、新しいデザインの可能性を模索して、探究していきたいなと思っています。
──そのうち、いちばん初めに目指そうとした建築もやりたくなるかもしれませんね。
ぜひ、やりたいですね(笑)。
デザインはカタチではあるが、実はカタチではない。人はデザインを見て、カタチを認識するのは一瞬で、実は意味や価値、さらには感情を見出す。製品のデザインでは、機能そのものを感じ取る。このデザインの役割を理解しているかどうかが企業ブランドのあり方を左右する。製品やロゴマークや広告のデザインが知的でなければ、その企業ブランドは生活者にとって知的ではないのである。逆にデザインが知的であれば、企業全体が知的に思える。特に、インハウスデザイナーは企業の内側からブランドを肌でデザインできる。このことはとても創造的なメリットだと今回、佐々木さんのお話を聞きながら強く感じた。THE CAMPUSなど、いろいろなデザインの場を見せていただき、ありがとうございました!